正装のエルフと2
「エルランド氏は前は結婚していたって言ってた。」
「お前…そんなことまで質問してたのか。」
帰りの馬車の中で、隣に座る父が首の飾り布を外すのを見ながら彼はそう言った。
「だって不思議だったんだ。
ドランの商会のおじさんたちはみんなキコンシャの布を肩にかけてるのにエルランド氏だけなんにも身につけていなかったから。
立場のある男も女もみんな結婚するものでしょう?
父さんだって食事会には絶対母さんと一緒に行くんだし、大人には必要なことでしょ?」
「1度結婚して、それで今お一人でおられるならそれはそれなりの事情があるのだから口を出すのは見苦しいことだぞ。」
「うん。だからそれを聞いた時に謝りました。」
「そうか。」
「僕もすっごく訓練したら父さんを持ち上げられるくらい強くなれるかな。」
「うーんどうだろうなぁ。
人には才能が存在するからな。
お前にそういった才能があれば可能だろうが…そうじゃなければ無理だろう。」
「ねえ、母さんはどう思う?」
「そうね。母さんはまず、お祝いの席で腕まくりをしないようにする才能があればいいと思うわ。
それからもうじき十歳になるのに、おじ様のお客様に抱き上げられて控え室に行くようなことの無い子ならなおのこといいと思うわ。」
「えーもうそれはごめんなさーい。
だってSランクなんてそんなに沢山いないでしょ?どんな人なのか見たかったんだ。」
「綺麗な男だったな。」
「うん。
僕エルフは初めて近くで見たけど不思議な見た目だった。」
「不思議?何がだ。」
「だって僕の知ってる大人の男はみんな髭を生やしているしきっと僕もあと何年かしたらそうなるでしょ?
そして父さんもおじさんたちも、母さんたちと違って化粧をしないから肌がテカテカしてる時が多いのに、エルランド氏の顔も首もサラッとしていたから…。
男の顔なのに、不思議だった。」
「なるほど、確かにエルフであごひげなんか生やしてるのは見た事がないなぁ!
髭のないドワーフを見ないのと同じようなもんか。」
「そうなのかな。
今日の主役の姉様とかとは違うけど、男なのに綺麗だったし、僕の思ってた強い剣士とは違ったけど…。
でもすごくかっこよかった。
お腹も割れてたし、……そういえば全然もじゃもじゃしてなかったね。」
自分の胸元を擦りながら彼は父親を見上げた。
「そうだな。
だが髭も生えない種族ならそれも当たり前だろう。」
「金髪と同じ色のもじゃもじゃだったらかっこいいのになぁ。」
「わははっお前の大好きな鍛冶屋のドワーフと一緒にしてやるな。
あの親父の毛むくじゃらはドワーフの中でも群を抜いてる。」
「だってドワーフのおじさんは背中までもじゃもじゃなんだよ。
それに大金槌を片手でガツガツやるのも強くて好き。」
「お前は本当に強い男が好きだな」
「そうだよ!僕もそうなりたい。
ねえ、エルランド氏はどんな剣を使ってるのかな。
大鉈とか大槌は似合わないよね。」
「さぁなぁ、エルフの振るう剣は細身の鋭敏な剣のような気もするが…
あの腕力だとわからんなぁ!」
「でもただの細い剣じゃ強そうに見えないから、すっごく長い剣とか、5本くらい持ってるとかだとかっこいいとおもう!」
「そんな無茶言うな。
なんの変哲もない獲物を使って他の人間より強いからかっこいいんじゃないか?」
「確かにそれもかっこいいけど。
……あ、、そうだ。」
そこで彼は少し言葉を切り、思案顔を作って正面に座る母親を見た。
「今日、エルランド氏が、お酒よりも甘い飲み物の方が好きだと言ってて。
僕が、大人なのにお酒が好きじゃないと言ってもいいのですかって聞いたら、選べるならばお酒じゃない方がいいって言ってたんだ。」
「あらまぁ、じゃあ、着替えの時にお渡しした酒杯はご迷惑だったかしらね。」
「1杯だけ飲み干したあと目元を赤くしていたからおそらく強くはないんだろうと………あとから俺も思ったよ。
申し訳ないことをしたかもしれん。」
「僕は今日まで大人の男はみんなお酒を飲むもので、嫌いなんてありえないんだと思ってたけど、そうでは無いなんて、
なんていうか思ってもいなくて驚いて、
それで、……その…なんて言ったらいいか分からないから聞くんだけど…」
座ったひざの上で手を握ったり開いたりしながら考える。
「トリモチの弓矢で的当てしてる時に、エルランド氏がたくさん花を貰ってて。
すっごく嬉しそうにしててね。
それって、それは、いい事?」
「どういう質問なの?喜んでいらしたのなら良いことなのではないかしら。」
「花は女の子が飾るものじゃないの?
大人の男が花が欲しいって言ってもおかしくは無いこと?
それともみんなが笑わずに花を渡してたのは、エルランド氏がエルフだから?」
「あぁ、そういうこと。
お花を貰って嬉しいのはおかしなことでは無いわよ。
ギルドマスターがどうしてお花が欲しかったかは分からないけれどね。
お花を身につけるのは確かに女の子の方が多いけど、今日は新郎も花飾りだったでしょ?
お祝いの時や、人生の節目には花を送ったりすることは礼儀であることも少なくないのよ。」
「そっか…じゃあ、その、たくさん花をもらってエルランド氏が喜んでて、それはいい事で、
腕にいっぱい花を抱えてるエルランド氏を見て、とっても花が似合うと思ったのはおかしくない事?
僕がそう思うのは失礼ではないこと?」
「ええ、そうね。
とても花がお似合いだったわね。」
「…そっか。
良かった。
でもね、その時はとっても似合うと思っちゃ失礼だと思って、言わなかった。
言えばよかった?」
「なんで失礼だと思ったんだ?」
「だって……なんていうか冒険者は、花よりも骨付き肉や丸焼きの大魚が似合わなきゃダメだって思っちゃって…」
眉を寄せて口をとがらせ、小さな声でそう言う息子を見て、正面の席で吹き出してしまった。
「母さん、なんで笑ったの!」
「ごめんごめん。
いえね、あなたが理想としてる強い冒険者とは、随分と違う姿だったものね。
戸惑ったのもおかしなことでは無いと思うのよ。
だけど想像してみて、エルランド氏は骨付き肉は似合わない?
あなたが家でやるお行儀の悪い食べ方でもぐもぐ食べるところは似合わないかしら。」
「……そんなに似合わなくはないかもしれないけど……」
「なら、お花も骨付き肉もどっちも似合うんじゃないの?」
「それでもいいのかな。
男でも?強くても?ギルドマスターでも?」
「だって事実だもの。
そんな人もいるのね、の方が自然じゃないかしら。」
「……それでいいなら、父さん。」
「ん?なんだ。」
「僕もエルランド氏に花をあげたい。」
「おい?
今そんなこと言い出したってもう家に帰りついちまうぞ。
あちらももうとっくに仕事場におかえりだろう、」
「次はいつドランに行くの?」
「いつって…そんなに先じゃないさ。
だがなにせお前らが汚してくれた彼の礼服の染み抜きが上手くいくかどうかでドラン行きの日取りが決まるからまだわからん。」
「じゃあその時に僕も行きたい。」
「はぁ??
ダメに決まってる。
父さんは仕事で行くんだ。子供を連れて行けるような予定じゃない。」
「なんで。
僕もドランに行きたい。
冒険者ギルドにも行きたい!」
「それこそダメだ。
冒険者ギルドは子供が入るような場所じゃない。」
「商人ギルドは良くて冒険者ギルドはどうしてダメなの!?」
臭くて危ないからだ。
とは子供には言えない。
「商人ギルドは父さんの仕事相手で、冒険者ギルドに集まるのは商品になる前の原石や素材だからだ。
前にも一度教えたが、商人ギルドが買い取ったり、更にそこから加工場を通ったりしたものが父さんたちの手で流通に乗る。
うちが抱えてる職人頭だって冒険者ギルドには直接行ったりはしないんだぞ。
冒険者でもなければ取引もない部外者が簡単に足を向けていいほど規定の緩い組織じゃないんだ。
そこのギルドマスターにお前が今日あんなに構って貰えたのは場所が婚礼の庭園で宴席だったからだぞ?
もしもドランで冒険者ギルドに行ったとしても、ギルドマスターは表に出ていやしないし、訪ねて行った所で約束がなければ訪問を無視されたっておかしくないんだ。
ニコニコと優しい人だったが、仕事中も子供に構うと思わない方がいい。」
「でも…今日、いえなかったこと言いたい。」
「言えなかったこと?
なんかそんなのあったか?
お前ずっと喋ってたじゃないか。
着替える時までこれ以上ないほどおしゃべりしてたように思えるが?
虫の話とか棒切れの穴の話とか。
というか、棒に空いた穴の話をあんなに長い時間聞いてくれたのだってありえない事だぞ。
それに結婚宣言の時は静かにしろって口に指立てられても喋ってたろ。
あれは行儀がいいとは言えないな。」
「そうだけど、
あの、僕が持ってるかっこいい棒に空いてる穴はね!中ですごく洞窟みたいに捻れてて、穴の壁がつるんとしててすごいんだってば!
何かが長い時間住んでた穴なんだよ!
でもそういうおしゃべりじゃなくて、掲杯をこぼした後に、自分の分をくれた事とか、父さんにゲンコツ貰わないように抱えてくれた事とかにお礼言ってないし。
…………僕だけエルランド氏に花があげれてないし、弓の引き方今までで1番分かりやすかったこととか、そういうこと言ってない。」
「あらまぁー。
半日くらいで随分大好きになっちゃったのね。
正直母さんはあの棒気持ち悪いから捨てて欲しいんだけどねぇ。」
「絶対捨てない。
大好きって言うか、だって、なんか近くにいたらちょっと楽しい感じしたし。
何より嘘じゃなくて本当に強かったし。
それに父さんが春から用意してた今日の果実糖すごく美味しいって言ってたこととか嬉しかったって言ってない。
そういうの言わないといけないから僕もドランに行く。」
「母さんは行かない方がいいと思うけど…。」
「どうして!」
「だって実際会ったらあなたは今言ったことと関係ないことばっかり喋っちゃうと思うもの。
あのね、お友達でも親戚でもない人と会う時には理由は必要よ?
あなたが自分の家からドランに行くのにお金や時間がかかる事は大人なら簡単に想像できることなの。
わざわざ時間を作って会ったのに雑談をしてサヨナラしちゃったら、何しに来たのかよく分からないなって思われておしまいじゃない。
だからほんとに伝えたいことをちゃんとまとめて紙に書いて。
そしてほんとにお会いして伝えたいなら他人と個人的に会う時の会い方も覚えなさい。」
「手紙を出すってこと?」
「手紙でも小包でもなんでもいいの。
落ち着いて全部書出してみるべきだと思うわ。
それからそれを父さんに預けるか、本当に冒険者ギルドのギルドマスター宛に出すか。
それはあなたの好きな方になさい。
さっき父さんが言ったみたいに、ひとつの組織のマスターは忙しいの。
読み書きや世の中のことを勉強している最中の子に時間を割く事はきっと出来ないわ。
だから仕事場に押しかけるのは失礼にあたります。」
「……じゃあ、わかった。手紙を書く。
出し方もこの間父さんに習ったし、お祖母様から商会用の綺麗な押し花の作り方も教わったからそれで手紙を作る。」
「あら、お祖母様から合格は頂いたの?
母さんはそうは聞かなかったけど。」
「…合格は貰ってないけど、手紙書きあげるまでには出来ると思うから!
無理だったらお祖母様がいつもされてるお手仕事の手伝いをして、その代わりに綺麗なものを作ってもらうから!」
「そう、ではそうしなさい。
いつも言ってるように、母さんと父さんはあなたから貰うものはなんでも嬉しいけど、他人はそうでは無いから、世の中で何が美しいとされるかはきちんと勉強なさいね。」
「わかってる!
ねえ、でも、父さん。」
「なんだ。」
「僕またエルランド氏に会いたい。」
「あってどうするんだ。」
「……それはよく分からないけど…
でもじゃあ、子供が大人に会いたいって思ったらどうやって会ったら失礼じゃない会い方になる?
ドワーフのおっちゃんは父さんの商会の人だから僕が槌打ち仕事を見に行っても工房を見せてくれるけど、そうじゃない人は?
母さんが言うみたいに、手紙を出してお会いしたいですって伝えても、その、えと…会う理由…?はエルランド氏には無いかもしれないし…
もしエルランド氏に子供がいたら僕はその子と友達になれたかもしれないけどそうじゃないし。」
「あらま〜久しぶりにかまって欲しくてむずがるわねぇ〜」
「そういうんじゃないよ。
どうしてそういう言い方するの。」
「何年か前にドワーフのおじさんにも同じことやってたわよ。」
「そんなことしたの?僕が?」
「そうよ。
でもあの時よりはいいわね。
自分で考えられる歳だからそうやって父さんと母さんに相談できるでしょ?
金物工房に行きたいって泣きじゃくった時は気がついたら窓から抜け出して工房に行ってたもの。
父さんがおじい様から大目玉貰ってたのよ?
そうしないだけ成長してるわね。
お願いだから1人で町を抜け出してドランに行こうなんて考えないでちょうだいね。」
「あの…父さん、そのせつは…」
「ぶはっ
お前どこでそんな言い回し覚えてくるんだほんとに」