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    アルカヴェ🌱🏛
    夢魔に取り憑かれた🏛の話。

    ご都合設定が多分に含まれます。(原作に登場しないアイテムなど)

    #アルカヴェ
    haikaveh

    夢寐のほとりにてDay.1 邂逅Day.2 異変Day.3 泡影Day.1 邂逅
    ―――きっかけとなった出来事を思い返すなら、ある秘境を訪れたことが始まりだ。
    仕事で必要な素材があった。その素材は建物の基盤として使われる素材で、どうしても外すことが出来なかった。

    けれど、あまりにも辺鄙な地にあるその素材を採取するには相応の労力を要する。それでもカーヴェは自身のこだわりのためならば、例え嵐が吹き荒れていようとも、靴や目の中が砂粒に塗れようとも、決して厭うことはない。

    「仕事の関係で数日留守にするかもしれない。君には関係ないかもしれないが、一応ね」
    「静かになって良いことだ。今度の行き先はどこへ?一応、聞いておいてあげよう」
    「皮肉に皮肉で返すんじゃない。キャラバン宿駅とアアル村を越えた先にある秘境だよ、そこでしか採れない素材があるんだ」
    「また妙なところまで足を伸ばそうとしているな、君は」
    「必要なんだから仕方ないだろ?こればかりは譲れないぞ」

    リビングで荷造りをしているカーヴェは律儀にも家主へ数日間の不在を知らせる。仕事柄良く飛び回っている彼の不在は今までに何度かあったことだ。適当に流し聞いてはいたものの、告げられた行き先には僅かに眉をひそめた。あの辺りまで足を運ぶのなら、往復するのに2日か3日ほどは要するだろう。
    メラックの中にぎゅうぎゅうと仕事道具を押し込む姿を傍目に、アルハイゼンは思考する。いくら各地へ赴いているとは言っても、カーヴェは砂漠に強いとは言えない。それどころか行く先々でトラブルに見舞われていることが多いのだ。
    またコサックギツネに食糧を集られでもしたら、恐らく彼は数分の葛藤の末に食糧袋の中身を明け渡すことを選ぶだろう。ふむ、と一考した末にアルハイゼンはリビングのソファから立ち上がる。
    そして、淡々とこう告げた。

    「俺も同行しよう」
    「え?何でだよ、君は教令院での仕事があるだろ?」
    「なんてことはないさ。書記官の仕事くらい誰にだって務まる」
    「君は自分の仕事に対してのプライドってものがないのか?」
    「御託は良い。同行するが構わないな?」
    「別に構わないけど、普段からデスクワークの君が途中でへばったって知らないぞ」

    ぱちぱちと緋色の双玉を瞬かせて、あっけらかんとしたカーヴェの姿が視界いっぱいに広がっていた。
    アルハイゼンが突拍子もないことを言い出したり、行動に移したりすることは今に始まったことではない。何かしらの考えがなければ家で悠々自適な時間を過ごしていることだろう。敢えてそれを選ばないと言うことは、思うところがあるに違いない。
    カーヴェはそう結論づけて、ぴしりと人差し指を突き立てる。

    ―――出発は明日の朝だ、それまでに準備を済ませておけ!
    意気揚々とカーヴェが口にするよりも先に、アルハイゼンは既に自室へと姿を眩ませていたのだった。


    ***


    「あげないぞ」
    「コン」
    「あげないったら」
    「コン……」
    「そんな目で僕を見るな!」

    アルハイゼンの予想は、正に期待を裏切らない形で的中することになる。
    それは砂漠に入ってすぐのことだ。群れを作っているコサックギツネたちを横切る形で通過しようとしたら、カーヴェが食糧袋からザイトゥン桃を落としてしまったのだ。甘い香りが漂うそれは水分補給の役割も担えるから、とシティで購入したものだった。店での売り文句が完熟と謳っていただけあって、皮越しにも分かるほどに芳醇な香りが立ち込めている。
    そんな果実が落とされようものなら、鼻の利く獣たちが気付かないはずもない。案の定近くで飛び跳ねていたコサックギツネたちはザイトゥン桃に群がり始め、一つでは足りないとばかりにカーヴェの足元へカシカシと前足の爪を立てている。催促をされたところでカーヴェも最初は頑なに拒む姿勢を見せていたが、コサックギツネたちのつぶらな瞳を見ているうちに罪悪感のような、庇護欲のようなものが駆り立てられてしまって仕方がない。

    ぐぬぬと下唇を噛み締めていたカーヴェはしばらくの葛藤の末に自らの食糧袋に手を伸ばす。僕の負けだ、と思ったところで、アルハイゼンの片腕がそれを阻んだ。

    「これをあげよう。だからこのお兄さんのことは見逃してやってくれないか」
    「コン!」
    「良い子だ」

    アルハイゼンの手には食糧袋とはまた違った袋が握り締められていた。幼子をあやすような口調でコサックギツネに話し掛けている姿は正直面白いし意外ではあったが、それよりもいつの間に準備していたんだとカーヴェはまた呆気に取られてしまう。
    コサックギツネたちもその袋の中に食糧が詰まっていることを認識したのか、立派な鼻をふすふすと鳴らしながら袋の口を咥えて去っていく。獣の方がよほど理性的だな、とアルハイゼンはカーヴェを一瞥して口角を吊り上げた。

    「何で餌なんか持ってたんだよ!」
    「何故?この場において起こり得るあらゆる可能性を見越しただけに過ぎないが」
    「僕がコサックギツネに集られることを可能性の一つとして考慮するな!」
    「だが実際に起こっただろう?」
    「ぐう……!君ねえ……!!」

    心底から悔しそうな、恨めしそうな表情だった。ぐうの音も出ないとはこのことか。
    行く手を阻む存在が居なくなったところで、二人は歩み出す。カーヴェが目的としている秘境まではあと僅かだ。


    ***

    秘境に辿り着いた二人にまず強いられたのは、周囲の敵性存在を一掃する事だった。
    カーヴェは既に何度か訪れた事があるために、事前に知っている情報から対策は講じていた。そこにアルハイゼンという戦力が加わるとなると手こずる筈もなく、現れる魔物たちをひたすらに斬り倒して行く。
    魔物たちから得られる素材も必要とする素材のうちのひとつだ。カーヴェはそれを逐一と採取しながら秘境の奥へ進む。そうして最終的に辿り着いた場所で待ち構えていたのは、大型のスライムとマッシュロンだった。

    「メラック!」
    「ピポ!」

    カーヴェの一声とともに、メラックの中から水元素を濃縮した爆弾が繰り出される。
    爆弾はまっすぐ直線上に飛んで行き、スライムとマッシュロンの頭上に直撃する。狙い通りとばかりに中に濃縮された水元素が爆ぜ、激しい雨のようになって水滴が弾け飛んだ。
    それを確認したカーヴェは間髪を入れずにアルハイゼンに視線で合図を送る。アルハイゼンはその視線から全てを察すると、目の前の魔物に向けて腕を掲げた。

    「―――理論の演繹」
    「脚光を浴びるとしよう!」

    二人の声が音となって重なる。

    地にはカーヴェが手にするメラックから解放されたエネルギーによって創り出された測図空間が拡がり、草元素の原核が迸る。
    天にはアルハイゼンの手により創造された特殊縛境から無数の草元素が剣のように降り注ぎ、標的を逃すまいと追撃する。

    そうしてあらかじめ準備した水元素と反応を起こした草元素は種から花を芽吹かせ、周囲の魔物を諸共に巻き込んで爆発した。

    「……ふう。何てことなかったな」
    「君だけでは少々骨が折れる相手だったように思うが」
    「何だって?僕を舐めるなよ、ちゃんと対策は取ってるから問題ないさ」
    「必要な素材はこれか?早く採って帰るとしよう」
    「おい!人の話を聞け!」

    アルハイゼンは爆発した際に付着した魔物の残滓を手で払いながら、目的を達成するために飛び散ったスライムとマッシュロンたちの残骸から素材を回収して行く。カーヴェは秘境の中に蔓延っている珍しい色の鉱石と、この秘境でしか採れない粘土をいくつか採取して容器の中へ収めて行く。
    採集作業は一時間ほどで終わり、いつの間にかメラックと持参した鞄の中身はずっしりと重さを増していた。

    「よし、これだけあれば十分だ!帰ろう、アルハイゼン!」
    「ああ、外はもう暗くなり始めている頃合だろう。今晩はアアル村で宿を取るが、構わないな」
    「もちろん構わない。元からそのつもりだったからね」

    ふんふん、と上機嫌に鼻歌を口ずさみながら鞄を肩に提げる。上質な素材が豊作なのは素直に喜ばしい。あとは来た道を引き返して行くだけだ。
    先導するアルハイゼンの背中に続いて行こうとしたところで、ふ、と。
    カーヴェの鼓膜を掠めるか細い音―――いや、声が聴こえた。

    『 …… ケタ 』
    「――え?アルハイゼン、何か言ったか?」

    アルハイゼンは自分の目先に居ると言うのに、反射的に声がした方へと振り返ってしまう。
    ぐるりと視界を回転させた先には、見慣れない色をしたキノコンがふわふわと宙に浮いていた。

    「キノコン?倒し損ねたのか?」

    水でもない。草でもない。雷でもない。氷でも、炎でも、風でも、岩でも―――。
    七つの元素の何れにも当て嵌まらない風貌をした黒いキノコンは、カーヴェの目の前でニタリと目を細めたように見えた。
    ぱち、ぱち。緋色の双眸が瞬かれる。そして次の瞬間、細い声は明確に意思を持ってカーヴェの視覚と聴覚に自らの存在を訴えかけた。

    『 ミツ ケタ 』
    「―――!!うわっ!?」

    黒いキノコンはカーヴェの目の前で爆発し、忽ちに煙となって霧散する。

    「カーヴェ?」

    カーヴェの叫び声を聞いてアルハイゼンが振り向いた瞬間には、もう黒いキノコンの姿はどこにも見当たらなかった。

    「な、何だったんだ?変なキノコンだったな……」
    「キノコン?先程の戦いの残党だろう。それよりもカーヴェ、早くここから出ないか。このままでは日が暮れる」
    「分かってるよ!今行く!」

    アルハイゼンの声に急かされ、カーヴェは足早に駆け寄って行く。
    不思議なキノコンの存在が妙に頭に引っかかったまま、二人は秘境を後にした。

    ***

    アアル村に辿り着いた頃にはすっかり夜が深まっていた。
    アルハイゼンが見知った顔であるキャンディスに挨拶を済ませたあと、宿を紹介して貰えたようで遠慮なくそこに転がり込むことにした。
    しかし取れた部屋は一室だけ。ベッドはさすがに別々ではあったが、どうやら今夜は同じ空間で眠ることになるらしい。もっとも、モラを出すのはアルハイゼンなのだからカーヴェが文句を言えた立場ではないのだが。

    旅の疲れはほどほどに身体を軋ませている。二人は食事をしてから湯浴みを済ませ、早々にベッドの中に潜り込んだ。
    今にも瞼が落ちてしまいそうなカーヴェに対して、アルハイゼンはまだ起きているつもりのようだった。
    ……ランプの灯りを頼りに読書に勤しんでいる姿はどこで見たって変わらないな。
    ぼやけた視界に映る彼の姿にそんな感想を抱きながら、カーヴェはゆっくりと意識を沈ませて行く。穏やかな寝息が聞こえ始めるまで、そう長くは掛からなかった。

    ***

    「……ん……?」

    ―――沈ませたはずの意識が、ゆっくりと輪郭を帯びて行く。瞼を擡げた先に広がっている景色は、今日訪れたばかりの秘境のような場所を映し出していた。

    朧気な意識と、どこか不安定な足場。これが夢だと気付くには少しの時間を要した。
    夢にまで見てしまうほどに今日の収穫は嬉しいものだったのだろうか。そうだとしたら自分はあまりにも単純な性格をしている。そう思いながら、カーヴェは逡巡の末に秘境の中へ一歩ずつ踏み出して行く。
    まるで泳ぐような足取りで地面を踏みしめる感覚は違和感が拭えないようで、しかし夢だと自覚が出来ている分にはむしろ相応しいのかもしれないとも思えた。それに夢ならばそのうち目が覚めるはずだと思考を休めて、秘境の中を徘徊する。

    ところどころ景色を継ぎ接ぎしたかのような秘境は、ここが夢であることを忘れさせないように創られているふうにも見えた。
    そして徘徊を続けていたカーヴェが突き当たった先に、ひとつの影を見つける。

    「―――、アルハイゼン?」

    その影には見覚えがあるどころではない。毎日目にしているルームメイトの姿が、確かにそこに在った。
    ……今晩は同じ部屋で眠っているからだろうか?夢でまで会いたくなかったと思う反面、不気味さの否めない夢の中に知った存在を見つけることが出来た安堵感もある。
    夢の中に居る彼と会話が出来るのなら、いつものように生意気に口論を始めるのだろうか。ただの興味が芽を出して、彼のそばまで寄って行ってやろうと思った。

    けれどその試みは失敗に終わることとなる。
    なぜなら、その空間に入る手前にはまるで侵入者を拒むように、薄い膜のような、靄のようなものが一面に張られていたのだから。

    「なんだこれ……アルハイゼン?おーい、アルハイゼン!」

    ぺたぺたと両手をかざして触ってみても、柔らかい感触に阻まれて空を切るだけだ。
    その先にいる、或いは映し出されているだけの影に呼び掛ける形で声を張り上げてみると、意外なことに彼の方からこちら側へ歩み寄ってきた。どうやら声は聞こえているらしい。

    ついにカーヴェの目の前にまできた影はやはりアルハイゼンの姿をしていた。膜越しに見ても彼の仏頂面は相変わらずだ。
    けれど、なにか引っかかりを覚える。なんだろう、この違和感は。
    まじまじと眺めてみると、違和感の正体にはすぐ気付くことが出来た。――ひとみだ。ひとみの色が、赤い。

    「……んん?……僕の目の色が反射してるのか?」

    アルハイゼンのひとみは鮮やかな碧色をしている。目の前にいる彼のひとみはその鮮やかさからは程遠く、悼霊花を思わせるような赤色をしていた。
    訝しげに観察していると、膜越しの彼がこちら側に手を伸ばしてくる。その手を取ろうと掌をかざしてみても、やはり何かに阻まれているのか、触れているという実感を得ることは出来なかった。

    互いの掌が膜に触れているだけの姿は、見るものからすれば鏡写しのようにも思えることだろう。

    カーヴェは自分の夢の中だと言うのに何とも不可思議だと首を傾げる。すると膜の中にいるアルハイゼンが、ぱくぱくと口を動かし始めた。

    「アルハイゼン?聞こえないぞ、アルハイゼン」

    口が動いていることは分かるのに、声色が伝わってこない。こちらからの声は聞こえていたはずなのに、あちらからの声は聞こえてこないのはいったいどういう了見なんだろうか。

    アルハイゼンの唇が一頻り動いたあと、思わずカーヴェは目を瞠ってしまう。――笑った。あのアルハイゼンが、笑ったのだ。
    普段は絶対に見ることのできないなんとも美しい微笑みに、ぽやりと頬が上気する。彼が何を口にしたのかは分からないまま、ただ視線を奪われていた。

    ―――そうして恍惚とした感覚に囚われたまま、カーヴェの夢路は途絶えることとなる。
    次に瞼を開いたときには、まぶしい朝陽が部屋の中をいっぱいに照らしていた。


    Day.2 異変
    まぶしい朝陽が部屋一帯を照りつけている。
    夢路からの帰還を拒むように、重いままの瞼は光を取り込むことを簡単に受け入れてはくれない。

    時刻は午前7時を過ぎた頃だった。カーヴェはなかなか抜けない疲労感と眠気に意識を覚醒し切ることが出来ずにいた。何度目かの寝返りを経てようやく瞼を擡げた先には、既に起床して身支度を整えているアルハイゼンの姿が在った。

    「んん……おはよう、アルハイゼン」
    「おはよう。いつにも増して酷い寝癖だな」
    「うう、これから整えるからあんまりジロジロ見るなよ……」
    「今さら恥じる必要があるのか?さあ、早く顔を洗って来るといい」

    くあ、と大きな欠伸を零しながら背筋を伸ばしてベッドから這い出る。部屋の中に設えられた鏡の前で睨めっこをすると、確かに酷い寝癖をしていた。自分のチャームポイントでもある横髪も、もみあげも、あらぬ方向へと跳ね上がってしまっている。
    小さな悲鳴を上げたカーヴェは小走りで洗面台に向かって行くと、手早く朝の支度を整えてテーブルへ着いた。

    宿からの朝食として用意されたものは彩り豊かなサラダ、ジャムの添えられたデーツナン、冷たいミントビーンスープ、アアルコシャリの四品。軽食で済ませたい人にも、ガッツリと食べたい人にもバランスが良い品選びだ。
    アルハイゼンの皿にサラダを取り分けながら、そういえばとカーヴェが切り出し始める。

    「なあ、アルハイゼン。君の夢を見た気がするんだ」
    「ほう、夢の中でも下らない議論で白熱していたのか?」
    「下らないって君ねえ……それが、良く覚えてなくてさ。ただ君が夢に出てきたような気がするってだけで」
    「随分と曖昧だ。仮に君の夢の中に俺が出張していたとして、それが何かの障害になるわけでもないだろう」
    「それはそうだけど。……あ、おい。スープも飲まないか!」

    取り分けられたサラダとアアルコシャリに舌鼓を打ちながらアルハイゼンは淡々と応答を繰り返す。カーヴェの切り出した話に対して特に気に留めた様子はなく、軽くあしらうのみに済ませると目前に差し出されたミントビーンスープに対して眉間は八の字を描いていた。
    机の端に積まれた書物はアルハイゼンがこれから何をしようとしていたのかを雄弁に語っている。それを許さないとばかりにカーヴェがずいずいと差し出してくるものだから、アルハイゼンは深いため息を吐かざるを得なかった。

    「読書はあとにしろ、どうせ僕の身支度には時間がかかる。だからスープも飲むんだ、いいな?」
    「君は小姑か何かか?分かったからそう声を荒げないでくれ」
    「そもそも食事中に本を読むこと自体がおかしいんだって気付かないか!」

    観念してスープに着手すると、口の中に一気にミントの爽やかな風味が広がる。特に表情を変えるでも、感想を零したりするわけでもなく、アルハイゼンは無言でスープを飲み終えると最後にジャムをたっぷりと塗ったデーツナンを頬張って両手を合わせた。

    「ご馳走さま」
    「ご馳走さま。さてと、今日はどこまで引き返せたものかな」
    「キャラバン宿駅を抜けてパルディスディアイを目指そう。そこからヴィマラ村まで辿り着ければ明日にはシティに着く」
    「ここまで来た時も思ったけど、砂漠までが長すぎるんだよ……はあ。泣き言を言ったって仕方ないか。それよりも早く素材を持って帰って仕事に着手しないとだ」
    「なら早く支度を済ませて来るといい」

    食器の類を片しながらおおよその指針を組み立て終わると、カーヴェは改めて洗面台に立ち、軽く結わえていただけの髪を解いて念入りにセットし直した。
    外していた装飾具を身に付け、よし、と自らの頬を叩いて鼓舞する。部屋に戻るとアルハイゼンは相変わらず読書に勤しんでいて、カーヴェが戻ってきたことに気が付くと本を鞄の中にしまい込んだ。

    荷造りを終えると二人は宿の店主に礼を告げ、アルハイゼンは来た時と同じようにキャンディスに挨拶をしてからアアル村を後にしたのだった。

    ***

    旅はアルハイゼンの立てた予定通り、滞りなく進む―――わけもなく、最初の通過地点であるキャラバン宿駅では偶然訪れていた商人一家の子どもたちからカーヴェがアクセサリーを買おうとしていたところを寸でのところで阻止した。
    パルディスディアイに辿り着くまでには何度か魔物に襲われ、道端で困っていたスメールの住人を助け……カーヴェのトラブルメーカー気質とお人好しさはまるで留まるところを知らなかった。

    道中、エルマイト旅団が拠点にしているうちのひとつの小屋で昼食を摂ったが既に二人は疲労感が否めずにいた。食事中はアルハイゼンの小言が止まず、カーヴェはただただ耳を痛めていたと言う。
    重たい足腰を引きずってやっと二つ目の通過地点であるパルディスディアイに辿り着くと、空の色は茜色に染まり始めていた。太陽は傾き、薄らと浮かぶ月が残酷にも時間の流れを表している。

    早くヴィマラ村へ辿り着かなければ。パルディスディアイの美しい情景を堪能する暇もなく、アルハイゼンは歩みを進めていく。カーヴェは肩に提げた鞄の重みに嘆きながら、アルハイゼンの後を追うことしか出来なかった。

    ***

    とっぷりと日が暮れたころ、二人はようやくヴィマラ村の大地を踏みしめていた。
    ヴィマラ村は川沿いに集落を作っている小さな村だ。小さな村ではあるが、住んでいる人たちの器量は大きい。村長であるアマディアに掛け合うと、快くも宿として解放している民家のひとつを貸し出してくれた。

    「つ、疲れた……」
    「君はどうしてああも他人に時間を割こうとする?本来であれば夕暮れまでには辿り着けていたはずだ、だと言うのに遅れを取ったのは君が余計な世話を焼くからで」
    「分かった。分かったから止してくれ、本当に疲れてるんだ!」
    「……はあ。早く夕飯にして、明日の朝一番に出発しよう。ここからシティまでは一本道だからな」
    「ガンダルヴァー村には寄らないのか?ティナリに挨拶して行っても……」
    「却下だ。一刻も早く家に帰ってその荷物をどうにかすべきだろう。君は気付いていないのか?後で肩を見てみるといい」

    ベッドの上で大の字になりながらカーヴェが自分の肩に視線を配るが、マントや装飾のせいでアルハイゼンの言葉の真意を汲み取ることが出来ない。
    その場では言及することもなく軽く流したものの、湯浴みに向かったカーヴェの口から悲鳴が上がったのは数時間後のことだ。
    くっきりとした痕が肩全体に刻みつけられている。それは鬱血した痕のようにも、引っかき傷のようにも見えた。重たい鞄を長時間ぶら下げ続けたことによる代償だろう。
    気付いていたのなら代わりに持ってくれたっていいじゃないか、とカーヴェが愚痴を零したのもまた数時間後のことである。

    そして今晩はさすがにアルハイゼンも限界を迎えていたのか読書をすることはなく、二人はほとんど同時に眠りに就いた。

    ***

    「カーヴェ」
    「……ん、……んん…」
    「カーヴェ、目を開けるんだ」
    「うん……?」

    ―――誰かの呼び声がする。僕の名前を呼ぶ声だ。……誰の声だ?せっかく気持ちよく眠ってるのに起こすだなんて。

    頭の中で文句を唱えながら、カーヴェはゆっくりと瞼を持ち上げる。ぽやりと霞む視界の中、と言うよりもカーヴェのすぐ目の前を、ひとつの影が占めていた。その影はこちらを覗き込むようにして立っている。
    この影が呼び声の主なのだろうか。何度か瞬きをしてから改めてその存在を認知しようとしたところで、カーヴェは驚きに目を見開いた。

    「アルハイゼン!?」

    影の正体はどうやらアルハイゼンだったようで、霧が晴れていくように彼の顔が、表情が、くっきりと浮かび上がる。そしてアルハイゼンは名前を呼ばれるとわずかに微笑んで、カーヴェに向かって手を伸ばした。
    彼のグローブを嵌めていない指が頬を掠める。
    ―――なんだ、この違和感は?……いや、違和感だって?
    カーヴェはアルハイゼンの挙動に狼狽えながらも、彼を観察する。するとその違和感の正体にはすぐ気付くことが出来た。

    アルハイゼンのひとみの色が、赤い。

    「――、――ここは夢の中か?」
    「何を言っているんだ、カーヴェ」
    「何を言ってるんだって……君、昨日も会わなかったか?」
    「さあ、何のことだか」

    緩やかに頬から輪郭にかけて伝っていく指の感覚が擽ったい。
    目の前にいる赤いひとみをしたアルハイゼンの姿に視線を奪われるばかりで、カーヴェは周囲の異質さにすぐに気が付くことが出来なかった。昨晩の秘境に似た景観をした空間であることは確かでも、目を引くものがあった。
    昨日よりも継ぎ接ぎされた景色が増えていること。アアル村の宿のベッドに似たものが置かれていること。その他にも、昨日は空間を隔てていた膜がこの区画全体を覆い尽くしている、など、異質だと捉えられる要素は幾つも散らばっていた。

    アルハイゼンの指から逃れるように顔を逸らしたところで、ようやくとカーヴェは自分の置かれている状況の把握に努める。さすがに夢だと自認していても困惑が強いようで、眉間に寄せた皺と細められた双眸が不安の色を顕著に表していた。
    払われてしまってもなお、赤いひとみのアルハイゼンはカーヴェに手を伸ばす。眦に触れた指先は優しく肌の上を滑り、そして柔らかな金糸を退けながら耳輪に触れる。

    「んっ……!」

    びく、と反射的に肩が跳ねた。
    ……どうしてそんな優しい手つきで僕に触れるんだ、と、困惑が勝っていても声に出すことが出来ない。アルハイゼンの赤いひとみから、目を逸らすことが出来ない。

    「君は何も考えなくて良い。今日は疲れただろう。ほら、休むといい」
    「アル、ハイゼン……」

    穏やかな声色で、宥めるように紡がれた言葉が鼓膜に流れ込んでくる。まるで微温湯の中にいるかのような、心地好い感覚がカーヴェの心を浸して行く。
    どろりと思考する能力が蕩けて、奪われてゆく。気が付けばアルハイゼンに足元を掬われて、異質な空間の中には不釣り合いなベッドの上へと運ばれていた。
    ここは夢の中だって言うのに眠ることを強いられるのか。とんでもなく矛盾している状況だなと思いはしても、やはり声に出すことが出来ない。

    アルハイゼンの手のひらが優しく頭を撫でる。
    ゆっくりと髪を梳かして、そして――カーヴェの美しく輝く緋色のひとみを、覆い隠した。

    「おやすみ、カーヴェ」

    穏やかな声に誘われるまま、暗闇の中へ落ちてゆく。
    夢の中で手放した意識が次に覚めた時には、やはりまぶしい朝陽が部屋の中をいっぱいに照らしていた。

    Day.3 泡影
    穏やかな川のせせらぎの音が部屋の中にこだましている。
    あたたかな朝の陽射しを受けて瞼を持ち上げてみると、珍しく自分の方が早起きをしたようで隣の寝床ではアルハイゼンが寝息を立てていた。
    今は何時だろうかと時計を確認してみると、時刻は6時を少し過ぎた頃だった。もぞもぞと衣擦れの音を響かせてベッドの上から這い出ると、その音に覚醒を強いられてしまったようでアルハイゼンの碧色の瞳が緩慢と開かれる。

    「おはよう、アルハイゼン」
    「……今、何時だ」
    「6時過ぎだよ。ははっ、今朝は君の方が凄い頭をしてるな」
    「君に言われたくはないな。……それよりも、君が俺よりも早くに目が覚めるなんて珍しい」
    「正直に言うと僕も驚いてるよ。まあでも、今から二度寝をしようと言う気にもなれないし丁度いいさ」

    低く掠れた声は半ば無理やりに意識を引き戻されてしまったことへの不機嫌さが滲んで見えた。癖のある銀髪は昨朝のカーヴェと同様にあちこちに跳ね上がっていて、特徴的な三房も萎れていたり立ち上がっていたりと絵面としてはとても愉快だ。
    大きな欠伸を恥じらいなく零したアルハイゼンも布団の中から身体を起こし、軽いストレッチをしてから立ち上がる。窓から射し込む光に瞳を細めながら、民家の側に流れている川の音は心地よく鼓膜を揺さぶるものだと仄かに口角が釣り上がった。
    賑やかなシティも悪くはないが、こう穏やかな雰囲気は老後の暮らしには最適な場所かもしれない。ふとそんなことを考えていると、カーヴェがいつの間にかキッチンに立っていた。
    ふわりと風に乗って鼻腔を擽るのは珈琲の香りだ。どうやら鞄の中にいつもの豆を挽いたものを忍ばせていたらしい。慣れた匂いに惹かれるようにしてキッチンの方へ歩みを進めると、カーヴェがおもむろにマグカップを差し出してくる。

    「ほら、君の。朝食は何にする?って言っても保存の効くものと少しの果物しかないから……そうだな、フルーツサンドでどうだ?」
    「うん、それでいい」
    「分かった、準備するからその頭をどうにかして来るんだな」
    「……そんなに酷いのか」
    「ああ、一種の芸術だと呼んでも良いくらいにはね」

    ずず、と淹れたての珈琲を啜りながら熱の篭った吐息をこぼす。しかしカーヴェがしきりに頭のことを言うものだから気になって仕方がない。テーブルの上に飲みかけのマグカップを置くと、民家の外に出て新鮮な空気を吸い込んだ。川の水で顔を洗ったらその冷たさに思わず肩が震えたが、ちょうど良く寝ぼけた頭も一緒に冷やしてくれる。
    澄んだ水面に映る自分の頭は確かにひどいシルエットをしていた。掬った水でがしがしと癖を撫で付けるといくらかマシになりはしたが、戻ったあとでそれを見たカーヴェにどうしてそうガサツなんだと櫛で整えられた。

    「いただきます」
    「どうぞ。僕もいただきます」

    テーブルの上にはサラダとフルーツサンドが用意されていて、ピタの中に挟まれたフルーツとクリームの甘さがバランス良く調和していた。カーヴェの作る料理は簡単なものでも手を抜いていることはない。
    サラダの塩味、フルーツサンドの甘味、珈琲の苦味。食べる者が飽きを感じることがないように、全ての要素に考慮して味付けられている。同居を始めてからというもの、最初はただ作る料理が美味いと言う印象しかなかったが近頃はそうしたこだわりをひしひしと感じるようにはなった。
    それを表立ってカーヴェに伝えたことはないし、今後も伝える予定はない。けれどこの場においてひとつ明確な事があるとすれば、それは今朝の朝食も美味いということだ。

    「……なあ、アルハイゼン。君はきっとまたおかしなことを言うなと一笑に付すかもしれないが、聞いて欲しい」
    「予防線を張っておくのは自己防衛の術としては正しい。それで、聞いてほしい事とは?フルーツサンドの美味さに免じて聞いてあげよう」
    「君は相変わらず一言多いんだよ。それがさ、昨日の夢にも君が出てきたんだ」
    「ほう?連日寝床を共にしている弊害とでも言えば良いか、可哀想に」
    「それって自分への嘲りなのか僕たちの関係性に対しての皮肉なのかどっちなんだ?」
    「好きなように捉えれば良いさ。昨日も言ったことだが、俺が君の夢に出ようと現実に何かしらの支障を来す訳でもない。今晩からは普段通りの生活に戻るんだ、そう気にしなくても良いだろう」

    揶揄を交えながらも淡々と吐き出される言葉の数々は、胸の中の閊えを取り除くには至らずとも悩んでいる方が馬鹿らしいのかもしれないと頭を冷やしてくれる。
    そもそも夢の内容を明瞭に覚えているわけではなく、ただアルハイゼンが出てきたとそれ以外の情報が手元にない。故にアルハイゼンの興味を惹くこともこれ以上は出来ない、と言うことだ。
    その後は適当な雑談を交えながら朝食を済ませ、身支度と掃除を済ませたあとに民家を借り受けたことへのお礼も兼ねてアマディアへ挨拶をしに行こうとした。

    「……あれ、僕の鞄は?」

    あの重たい鞄をまた肩に提げて行かなければならないのかと落胆気味に荷物置き場に視線をやると、そこにはメラック以外の荷物が見当たらなかった。もしかして、と、家を後にしようとするアルハイゼンの方に向き直ると、肩にはカーヴェの鞄がぶら下がっている。
    落胆した様子から一変してぱあ、と花が咲くように表情を明るくしたカーヴェは〝素直じゃないな〟なんて去りゆく背中へ声を掛ける。アルハイゼンがその声に応えることはなく、心做しかいつもよりも早い足取りで村長の家に向かって行くのであった。

    ***

    ヴィマラ村からスメールシティへはほぼ一本道だ。道中は大した災難に見舞われることもなく、二人は無事にシティに辿り着くとどこかに寄り道をすることもなく帰宅する。
    時刻は正午になる少し手前。重たい荷物をカーヴェの作業スペースへ降ろしたアルハイゼンは肩を回してから時計を見やり、ふむ、と顎の下に手を添えて思考を巡らせた。

    「カーヴェ。昼食は作らなくて良いからグランドバザールに行かないか」
    「え?構わないけど、君のことだからこのまま休むのかと思ったよ」
    「明日からはどうせ普段通りに戻る。それなら余暇を楽しむくらいはしておいても損はないだろう」
    「またとんだ風の吹き回しだなあ。何を買いに行くんだ?」
    「家具を少しと、商人が来ているのなら何か仕入れても良い」
    「うん、なら行こう。君一人じゃヘンテコなものを買ってきそうだからな!」

    珍しくアルハイゼンの方から誘われたことが嬉しかったのか、ふんふんと上機嫌に鼻歌を口ずさむカーヴェを連れて、二人はまず少しの腹拵えを兼ねてプスパカフェに寄ることになる。
    その後は提案通りにグランドバザールに訪れ、カーヴェの小言を程々に聞き流しながらいくつかの家具を新調し、遠路はるばる特産品を売りに来ているモンドの商人からは蒲公英酒を、璃月の商人からは絶雲の唐辛子を、稲妻の商人からは娯楽小説を仕入れてから改めて帰宅するのだった。

    その日の夜の夕飯は絶雲の唐辛子を使ったレシピがいくつか卓上に並んだが、片や顔色を変えずに汗を流しながら完食するアルハイゼンの姿と、片やあまりの辛さにヒリヒリする唇を水で冷やしながら苦戦するカーヴェの姿が在った。

    そうしてひと時の団欒を済ませた二人は、明日からは普段通りの日々に戻り仕事に勤しむ事となる。

    ***

    「カーヴェ」
    「目を開けてくれ、カーヴェ」

    ―――まただ。また、僕を呼ぶ声がする。
    ゆっくりと瞼を持ち上げたその先に捉える影は、姿は、やはり良く見慣れた姿をしていた。
    この感覚に慣れ始めて来ている自分がほんの少しだけ恐ろしい。けれど夢ばかりはコントロールの効くものでもないからどうしようもない。
    そのコントロールが効かない中でも夢であるという自覚を持てていることには酷く矛盾を感じてしまうのだが、だからと言って僕が願えばこの光景が変化する訳でもないようだ。

    ただ、昨日までの光景とは違う点もいくつかある。
    異質な雰囲気であることに変わりはない。継ぎ接ぎされた景色も同じだ。けれど景色の数は明らかに増えていて、小窓のようなものが辺りに浮かんでいる。
    他に目立っている点としては昨日あったアアル村の宿に似たベッドがなくなっていて、代わりに今日はヴィマラ村の民家の部屋の内装に良く似た空間となっていた。
    僕が目を覚ましたのはその空間の中に設えられたベッドの上だ。今日は間違いなく自室で眠ったはずだから、その点も考慮すればこれは夢だというより大きな確信に繋がる。

    影は僕の覚醒を待っていたのか、顔を覗き込むようにして傍に佇んでいた。じっと視線を擡げて眺めてみると、この二日ほど夢に現れている赤いひとみをしたアルハイゼンだと言うのを再認識することが出来た。

    「……また君か」
    「ああ、俺だ。どうやら昨日のようには行かないらしいな」
    「こう毎日現れるんじゃ説得力なんてないぞ。それで?ここは夢の中なんだろ?君はどうしてここに居るんだ?」
    「その問いに答えることは容易い。俺が君を探していたからだよ、カーヴェ」
    「探していたぁ?なんのことだ?尚更こんがらがってきたぞ……」

    上半身を起こして顔を正面から向き合わせる。どこからどう見てもアルハイゼンの姿で間違いはないのに、爛々と輝く赤いひとみが彼ではないことを示している。仮に元と同じ色をしていたところで夢の中に現れているのだから、いずれにしても彼本人だとは呼べないのだが。
    昨日まではしらばっくれていた自覚のあるらしい赤いひとみのアルハイゼンは僕の質疑に応えてくれる。けれどその答えを聞いてもかえって謎が深まるばかりで、首を捻ることしか出来ない。

    「言葉を少し変えよう。俺が君に会いたいと願っていた。こう言えば少しは納得出来るだろう?」
    「会いたいって……なんでだよ、毎日会ってるって言うのに?」
    「毎日会っている、か。そうだな、確かにそうだ」
    「変なやつだなあ。夢の中でまで会う必要ないだろ?」
    「それでも、俺は君に会いたいと願っていた」

    赤いひとみが、僕を見ている。
    静かに、淡々と。けれど優しく、穏やかで。僕の心の中にゆっくり、じんわりと言葉が沁み込んでくる。
    ……怖い。どうしてだろう。こわいと思ってしまった。彼の赤いひとみに射止められていることがどうしようもなく怖いのに、目を逸らすことが出来ない。

    するりとアルハイゼンの手が伸びてくる。その手が行き着いた先は僕の頬から輪郭にかけてを滑り落ちて、顎下を掬いあげた。

    「――カーヴェ。ずっと君を探していた」

    見慣れたはずの端正な顔が、いつの間にか僕のすぐそばまで迫っていた。僕とアルハイゼンの吐息が、鼻先が、触れ合う。

    口付けられる。そう思った。
    咄嗟に腕を伸ばして、叫ぶ。

    「っ……!やめてくれ!」



    ***


    ―――次に目が覚めたとき、僕の腕は空を切っていた。

    どくん、どくん、と早鐘を打つ鼓動が、ただうるさかった。
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