闇夜に出会うは森の賢者「お母さん、この鳥知ってる?」
「どれ?梟?」
「魔法使いの男の子と一緒にいるんだ。ペットなんだよ。」
「へー。梟は幸せを呼ぶのよ。あと賢さの象徴ね。」
「でも鳥だよね……」
「そうね。銃兎は鳥嫌いだもんね。」
「嫌いじゃなくて苦手なの!鳥なんて可愛いのかなあ。」
「そうね。お母さんも飼ったことないけど愛情があれば苦手でも可愛く見えるかもしれないわね。」
目が覚める。懐かしい夢。母が出てくる夢なんて何年振りだろう。子供の頃読んだ魔法使いの男の子は梟を飼っていた。本で見るイラストの梟は飛ばないし、鳴かないのでこれなら可愛いかもと思っていた。
「理鶯、交代しますよ。」
このところ野営地が騒がしく理鶯から睡眠を少し取りたいという申し出がありキャンプに来ている。食事をご馳走すると言われたが左馬刻は今忙しくしていて一緒に来られないと言われ生贄なしで理鶯の食事は摂取出来ないので仕事中に食事を済ませているからすぐに仮眠だけさせて欲しいと食事だけは丁重に断った。仮眠を取った後理鶯を休ませた。
ここは本当にヨコハマなのかと思うくらい鬱蒼とした森が目の前には広がっている。喧騒の中での日々が嘘のように静かな夜。
ガサッと何かが罠にかかる音がした。
(やれやれ。こんな静かに過ごせる事なんてなかなかないというのに。)
理鶯の罠にかかったからには逃げられないので特に急ぐこともなく罠の場所へと移動する。罠の場所に着いたが人影はない。ただバサバサという音がする。
(羽音?……鳥……嫌だな。)
しかしここにこれを置いておけば明日の朝に食卓に出されてしまう可能性が高い。仕方なく網を持ち上げる。
(なんだ?羽デカイな。)
羽が広がったまま網にかかってしまったらしい。そっと外してやると羽がヒョッと仕舞われ急に小さくなった。その姿は色こそ白ではないが魔法使いの相棒と一緒だ。
(梟か。初めて見たな。)
ヒトを見ても臆することもない。それどころかこちらをじっと見つめているようにも見える。首を少し傾げた姿を見せた。
(ん?可愛い……か。)
小さな梟はよく見ると目の色が青と緑のオッドアイ。動物は目の色が違うものもいるのを見た事はあるから少し珍しいくらいなのかもしれない。とはいえ網を退かして少し観察したもののやっぱり鳥なので敢えて近づくこともせず網の片付けをしていたがその間も梟は動くこともなくじっとしていた。
(網にかかって怪我でもしたか。)
近づくとバサッと羽ばたかれビクッと怯んでしまったが飛び去って行ったという事は怪我もしていなかったのだろう。
(あんなちっちゃいの食わされたら罪悪感しか湧かないな。)
「三郎、何してるんだ……怪我?」
網に引っ掛けて腕を少し擦りむいてしまったので手当てをしていたらいち兄に見つかってしまった。
「あ、いち兄。大した事ないんです。ちょっと枝に引っ掛けて……」
「どこかに行ってたのか。」
「ちょっと天体観測に。」
「この辺じゃ星なんて……お前まさか……」
「な、何言ってるんですか、いち兄。」
「三郎。お前いくら言っても聞かないんだな。あの姿はこの辺りでは珍しいんだからなるなってあれほど……」
「いち兄ごめんなさい。あ、宿題しなきゃ。」
僕らイケブクロ三兄弟はチームのモチーフにも使っているけど本物のフクロウ三兄弟だ。母がフクロウだったという事らしい。御伽噺のような話。お母さんが鳥だったって言われても嘘っぽいけどこれはいち兄から聞いた事だから否定するわけにはいかない。それに現実として僕含め三人ともフクロウの姿にはなれる。なれるけど姿を変えるのはいち兄には禁止されている。野鳥自体いない都会に住む僕らが安全に暮らすには姿を変えない方がいいからだ。
でも、僕は空を飛ぶ事が好きすぎていち兄に怒られてもどうしてもやめられない。それに空を飛べば電車の時間もお金も気にしなくて済む。それにフクロウは夜行性だから陽が沈んでからしか動けないからそんなに見つからないしね。
だけど今日のは計算違いだった。ヨコハマの森は前に何度か行ってるし、罠の場所もわかってたのに目線が違うから目測誤って引っかかってしまった。軍人の仕掛けは誰かに取ってもらわないと絶対逃れられないからマジで焦った。運良く何故か入間銃兎が来たから良かったもののあそこで毒島が来てたらあっという間に食材になって僕の命はあそこで尽きていたかもしれない。
淡々と罠を片付けるだけでこっちには見向きもせずにいた入間銃兎。逆にこっちが観察してしまった。入間は毒島のご飯は好きじゃなさそうだったから変なもの食べさせられないように助けてくれたのかもしれない。
「おはよう銃兎。」
「おはようございます。よく休めましたか。」
「ああ。久しぶりに何も心配せずに休めた。感謝する。」
「それは良かった。昨夜はネズミが一、二匹出たくらいで静かでしたよ。」
「そうか。」
「あの、一つ罠を外してしまったのですが。」
件の梟の引っかかった網を渡す。暗がりでもう一度仕掛けるのは俺には困難だった。
「む。」
理鶯が罠についていた羽を見つけ摘んだ。
「梟か。」
「なにか音がしたのですが外したら逃げてしまいましたのでわかりませんが。」
「残念だ。なかなかに美味だぞ。」
「そ、そうですか。」
(危ない。やっぱり食わせられるところだった。)
「しかし、この辺りでは保護種だから生きていたらそのまま逃すがな。」
「そ、そうなんですね。」
(元気に飛んで行ったしその辺でのたれ死んでることもないよな。)
あのまま放置していたら朝食になっていたかもしれないということか。鳥は苦手だが救出して良かったのかもしれない。あんな小さな梟が羽をむしられ丸裸にされて食われると思うと心が痛い。
「ヨコハマにも梟なんかいるんですね。」
「この森には割と野鳥も住んでいるぞ。あまり小さな鳥は食べるところもないからあえて捕獲もしない。無闇に捕ると激減してしまうしな。虫や蛇なんかは卵も多いから数の減少をあまり気にせず食せるがな。」
「そ、そうですか……」
(虫や蛇は食材ではないがな。)
「梟は幸福を運ぶとも言うしな。逃げたなら怪我もしていないのだろう。」
「そうですね。」
鳥は嫌いだがあのどこか愛おしく思える梟には無事でいてほしいと思っていた。