練習 おつかれさまの飛び交う舞台裏。
今日は中王区主催のライブがあり、表面上和気藹々と和やかに行われた。この後割と近い日程でバトルが控えていることもあり当然バチバチの相手同士なのだがデモンストレーションと称して仲良く見せろという勘解由小路無花果からの命で割と何事もなく終了した。
大体もともと知り合い同士のリーダー達は歌ってる時は大概楽しそうだし、本当は仲良くしたいんじゃないかと思う場面も多々ある。
ま、僕には関係ないけど。
「三郎、珍しく間違えたな。びっくりしたぞ」
「すみません、いち兄」
そう、僕は自分のパート以外のところを歌ってしまった。リハの時はきっちり確認して間違えないように気をつけていたのに本番でやらかしてしまった。
「まあ、それもライブの醍醐味だからな」
「え?」
「間違えるくらいがちょうどいいテンションってことだ。俺もちゃんと出来てたかは怪しいからな」
「そんな!いち兄はいつでも完璧ですよ!」
「はは、買い被りすぎだな」
いち兄は笑って僕をバシバシ叩いた後スタッフに挨拶に向かって行った。
「お前、だから練習ちゃんとやれって言っただろ」
家に帰って銃兎からの指摘。
だって間違えないと思ってたんだもん。
「憮然とした顔でこっちを見るな」
……………
中王区からもらった全ディビジョン曲を練習するように渡されたのは二ヶ月くらい前から。僕は当然イケブクロ代表で銃兎はヨコハマ。でも学校もあるから練習は今住んでる銃兎の家で銃兎とやる事が圧倒的に多かった。
銃兎と練習するのは最初は楽しかった。二郎のパートをやってもらったり、僕が毒島さんのパートをやったりしてちゃんとやってたんだ。
だんだん慣れも出てきて「ねえねえ、一緒に歌おうよ」と提案した。
「一緒に、ねぇ。いいですけど大丈夫ですか」
練習中は一線引いているようでちょっと偉そう。
「大丈夫ってなに?」
「本番で間違えますよ」
バカじゃないのか。呆れて声も出ない。
「何驚いてるんだ。ふざけていればその分綻びが生まれるに決まってる」
「ふざ……間違えるわけないだろ!そんなの弁えてる!」
ちょっと楽しく歌いたかっただけじゃん。
「まあ、いいですよ。私は間違える事はないので。それに今回は余興ですからね。間違えたところで御愛嬌といったところでしょうし」
「そんなこと言うならもういいよ」
結局一緒に歌う事はなく、せっかく上がったテンションを下げてしまいその日は練習を終えた。
その後下げたテンションを引き摺ってしまいつつ銃兎とはいつも通りの練習をした。
週末イケブクロで練習した時に兄達との練習でも間違えないように頑張った。
「三郎、なんかいつもと違うな」
「え?」
「ああ。上手になったけどな。なんだ熱がな、うーん。お前、楽しいか?」
「はい」
「三人でやるのは楽しそうだよね、にいちゃん。なのに全員のやつは棒立ちじゃん」
「そう?楽しいよ」
「そうだなぁ…カラダ動かしながら歌うか。三郎はリズム感がいいから棒立ちでも外さないけどそのリズム感は見せる方にも活かせるからな」
「……」
棒立ち?なってるのか。
「まあ、入間さんと練習してるから棒立ちなのも納得だけどな。一緒に練習してたらどんどん小難しい顔になりそうだな、おまえ。そのうち遠く見つめながらタバコ吸い始めんじゃねぇ?」
「うるさい、低脳」
「煙草は駄目だな」
「吸わないです。……いち兄、練習も楽しくやった方がいいんですか?」
「そりゃそうだろ。入間さんとの練習は楽しくないのか?」
特に楽しくはない。間違えないように真面目にやってる。最初はウチにいる感覚だったけどだんだん銃兎のペースになって今は淡々としていると思う。
「あいつ、真面目そうだし練習時間とかきっちりしてそうだよなぁ」
「まあ、忙しい人だから濃い練習をしそうだとは思うけどな」
濃い練習か。確かに無駄はありませんよ、いち兄。
無駄話も多く、その時のノリで練習時間もまちまち、お互いの反応を見ながら表現も表情もころころ変わるうちの練習。それでも濃密さは変わらないのか疑問も残る。
「なあ、左馬刻。山田一郎とやっていた時どう練習していた」
ここ最近自宅での練習があまりにしっくりこなくて左馬刻が怒るワードを使ってまで聞いてしまった。
「はあ?また何があったのか」
また、とは。三郎が度々左馬刻の事務所に遊びに行っているらしいが何の用なのか細かいことは聞いた事がない。どうせ俺の悪口でも言っているんだろうとは思っていたのだが。
そんな事より三郎の様子が芳しくないから若者心理を理解したい。
「練習…あんましたことねえんだよなぁ。俺もアイツもノリが似てるからな。その場でバーっと盛り上がってガッとやってヨシッって感じだったしな」
確かに左馬刻はいつも練習らしい練習はしている様子はない。聴いて口遊んですぐモノにしてしまうし、その時のノリでどうとでもしてしまう天才肌だ。
「いろんなの歌ってテンション上げてチーム内でもいろんなとこ取っ替えて歌ったりしてたような…ま、あの頃はただただ楽しかったしな。若かったし」
昔話が嫌いなリーダーから聞く貴重な話。
なんでも吸収したい年頃という事も相まっていたのだろう。
「他人のパートを歌うのか。それは楽しいのか?」
「楽しいだろ。俺だったらこうやる!みたいなのあるし、お互い聴いてたら歌いたくなるだろ。ま、本番でぐちゃぐちゃになった事も何度もあったしな。先生はなかったけど俺と一郎と乱数はいつも本番間違えてその度に大笑いしてたぞ。それがライブの醍醐味だしな。練習なんてもっとひどかったしな。ふざけて喧嘩ばっかしてたし、先生いなかったらT.D.Dは成り立たなかったな」
とても楽しそうに思い出話を話す左馬刻。俺はそこまでの楽しさは残念ながら感じた事はない。チームでやる楽しさは最近実感はあるがそもそも人と一緒にラップを今まではしていなかったし、無邪気さはとうに忘れてしまった。
「一郎んちは遊びの延長でチビたちもやっててスキルアップしてるんだろ、たぶん。バトルやる前からサイファして遊んでたって言ってたし兄貴の影響は少なからず受けるだろうからな」
影響は少なからずではなく大いに受けている事は重々承知だ。
「そんで、ちびに何言ったんだ」
「ふざけて練習するなと。間違えるからと」
「まあ、そりゃそうだな。正論じゃねぇか。そんでどうした」
「素直に練習してましたよ。今はとても上手です。最初は覚えるのに夢中になってて楽しそうにしてましたけど今は始めた時のようにイキイキしているようには見えないし、バトルの時のような覇気もないですね」
「そうだろうなぁ。お前真面目だし、ちびも真面目なんだろうからな。今度一緒に練習してみっか」
「そうですね……それはそれで気分転換にもなりますかね。今日はブクロで練習するって朝からいないですけどね」
「楽しくて帰ってこなくなるんじゃねぇか、銃兎」
楽しさでいえばそうかもしれない。ただ学校があるから帰っては来るだろう。
ブー
携帯が鳴る。駅まで迎えに来いと偉そうなメッセージが届いた。
「遅い」
駅に迎えに行ったら何故かあまり機嫌が良くない。
「どうした。何かあったのか」
「別に」
どうやって練習したらいいのかわかんなくなった。ほんとはうちでやってるみたいな練習がしたい。楽しいから。でも銃兎にはたぶんできない。ノリが無理。体を動かしながらしたいけど僕だけ動いてるのって不自然すぎてバカみたいだし。
車の中でも窓の外を見ながらずっとどうすればいいのか考えてた。
「左馬刻が一緒に練習しないかと言ってたが、どうする」
「………………」
「おい。三郎聞いてるか!」
突然大きな声を出されてビクッとしてしまった。
「なに?」
「上の空だな。左馬刻が一緒に練習しないかって」
左馬刻?なんで?
「いいけど……」
ヨコハマはdopeな感じだから左馬刻もやっぱ銃兎に似た感じで練習するんだろうな。
「よぉちび。辛気臭ぇ顔してんな」
「うるさい、ヒマやくざ」
銃兎の家で左馬刻を交えて練習する事になった。僕の顔を見るなり失礼をブッかましてくる。
練習、しなさそうなんだけどこの人。防音室に酒持ち込んでるし。
「さあて始めるか。ちび、ブクロのパート全部やんぞ」
「え?」
「なんだ。練習すんだろ」
「いち兄のとこも?二郎の後半からとかじゃないの」
いつもと違う。
「はあ?最初からお前入るとこあんだろ」
確かにあるけど、それはノリでいけるから練習、いらない。
「いいから。次男坊のとこは銃兎がやれ。曲は通しで聴いてんだろ」
「あ、ああ」
そして曲をかけて歌い出す。左馬刻なのにいつもの左馬刻っぽくない……けどカッコいい。銃兎も二郎とは全然違うけど新鮮。面白い。
「どうだ」
「あ、うん。いい」
返事の簡素さとは裏腹に三郎の目はキラキラしている。見るからに今までよりずっと楽しそうでちょっと悔しい。
「左馬刻、上手いんだね」
「あ?当たり前だろ。一郎のやる事なんざ俺様には朝飯前だ」
「あっそ。いち兄のが全然カッコイイけどね。銃兎、この間練習行った時、いち兄のパートに被せてここ入れる事にしたから。わかる?ここ」
「ああ。わかった」
三郎は譜面見ながら説明する。とても積極的に練習している。左馬刻のリーダーシップが発揮され己の未熟さも痛感する。ヨコハマの方にも三郎を参加させながら譜割りの違いを教えたりしていた。サビの部分もお互いに合わせた。練習が進むに連れて見る間にスキルが上がっていくのがわかる。
「よし。今日はこんくらいでいいだろ」
「ええー!もっとやりたい!」
「はあ?これ以上やってももう伸びねぇよ。頭も喉も休ませろ。これで休んだら明日またすっきりした状態で更に伸びるんだからな。サボんなよ」
「……わかった」
三郎は残念そうにしている。
「銃兎、お前も楽しかっただろ?んな固く考えなくていいだろ。今回のは遊びだからな。楽しむのも大事だろ」
左馬刻も悪戯心いっぱいで楽しんでいた。
「まあ、余興ですからね」
「あー楽しかった。左馬刻、また来る?」
「はあ?俺様はそんなに暇じゃねーんだよ。銃兎とやれ」
(チッ。左馬刻に懐きやがった。)
「おっかねぇ目でこっち見てんぞ。ちび、ちゃんと相手してやれよ」
「えー?大丈夫だよ」
「拗ねるとめんどくせぇぞ」
「ん?へーき。拗ねたりとかしないよ。オトナだからね」
聞こえるように牽制してくるあたり流石だ。
左馬刻は笑いながら帰っていったが、こんなに楽しそうにしているのも久しぶりに見ては拗ねるというよりは落ち込む。
「銃兎、ご飯なに食べる?」
お腹すいたねーなどと呑気に話しかけられても自分の不甲斐なさに浮上しきれず「ああ」としか答えられなかった。
あーあ。銃兎の気分がめちゃくちゃ落ちてる。ま、だいたい僕の情緒と銃兎の気分は一致しないんだけど。銃兎は僕の事を心配して第一にしてくれてるみたいだけど、僕は銃兎のご機嫌取りは基本しない。面倒だから。
でもご飯は美味しく食べたいからね。「今日はありがとう、銃兎」とにっこりしてギュッとしがみつく。……我ながらあざとい。だけど、ぽんぽんと頭をされてあしらわれちょっと意外。いつもなら結構機嫌良くなるんだけどな。
構ってても仕方ないからご飯を作り始める。銃兎はリビングで本を読み始めた。ルーティン通りの事をやると落ち着くのもわかるから放っておく。冷蔵庫にあるものを使って調理してなんだかんだ一時間くらい。
「ご飯出来たよ」
「ああ」
上の空だなあ。
「銃兎、どうしたの?」
「お前、俺といてプラスになるのか」
「は?なに突然」
「俺はお前の良さを引き出すのには及ばない」
えー、重く考え過ぎ。
「良さねぇ。よくわかんないけどこないだの練習でブクロ帰った時いち兄に褒められて帰ってきたよ、僕。嬉しすぎて言わなかったけど」
「なに?」
「集中早くなったし、上手くなったって」
「そうか」
「うん。僕自分では集中するのなんて早い方だって思ってたけどそうでもなかったのかって知れたし、ちゃんと銃兎との練習で成果も出たよ。今まで三人でしかやってなかったからいろんな人とやるの単純に新鮮で楽しい」
「まあ、それなら良かった」
預かってる保護者としては気になるところなのかも知れないけど真面目だな、ほんと。
「あ、でも二郎に棒立ちでやんなって言われた。銃兎いつも動き少ないからさ」
「そうか。まあ、ブクロは若いからな。ほんとよく動くなといつも見ながら思っていた。うちはほとんど動かないからな」
「銃兎とシンジュクの二人って同い年ってほんと?」
「あー……そうだな」
「あの二人結構動いてるよね」
「そうか?それでもお前らがダントツで動くだろ。本当によく動く。カラダでリズム取るし、感情も表情と動きとで威圧しようとするからな。良くも悪くも若い」
「ふーん。コメントがおっさんだね、銃兎」
僕はこうやって違う目線で話をしてくれるから銃兎と一緒にいるのはすごくプラスになるのにな。
今日はよく喋るな。三郎なりの気の使い方なのか、珍しい。
とにかく三郎の探究心に圧倒された一日だった。若さ故疲れ知らずで何度も繰り返しの練習。左馬刻は全然しんどそうじゃなかったが、正直俺はかなり疲労困憊だ。まずこんなに連続で歌った事がない。本当に底無しで歌い続ける二人を見て唖然とした。しかも曲だけでなく急に掛け合いし始めたりもしてめまぐるしかった。
体力的には自信はあるが精神的な所がぐらついたから俺の課題はそこなんだろうな。呆れるほど食らいつかれた時や相手の出方が自分の想像を超えた時の精神力を保てないようだ。これがお遊びだからというのは言い訳にならないだろう。
それにしても元気だな、こいつ。
「なあ、疲れてないのか」
「んー?特には。あのくらいは普通。うちだと二郎がいるから負けたくなくてもっと疲れるし」
次男坊とやり合うのは疲れるだろうな。ブクロはいつでも全力っぽいしな。
「まあ、疲れてないならいい。食事の片付けはやっておくから風呂に入ってこい」
「え…まだ早くない?」
「明日は学校だろ」
「そうだけど」
怪訝そうに風呂に向かう。これからが休みの醍醐味だ。
これから声が枯れるかもしれないがあれだけ元気だし、まあ大丈夫だろ。
いろいろあったけど結果だいぶ楽しく練習した。直前練習は学校も休みに入ってたから一週間くらいブクロに戻ってやってた。
兄弟三人でいろんなパートをモノマネしたりしてやったりしてたのは他のディビジョンの人達には内緒だけど。
結果僕はテンションに引きずられ間違えたから練習はやっぱり大事だと痛感した次第。
……………
「でも、楽しそうだったな」
銃兎からの意外な一言。
「間違えたのも俺のとこだったし、一緒に歌えた事実は…まあ悪くない」
ちょっと照れてる。銃兎、真面目だからくどくどとお説教されると思ってた。結構身構えてたから逆にびっくりだ。
「うん。楽しかった」
「ま、今回は余興だからな。楽しくて良かったんだろう。俺もいつもよりリラックスして臨んだしな」
「ヨコハマ格好良かった」
「左馬刻の演出だ。あいつは見せ方もよく知ってる。自慢のリーダー様だ」
「それならいち兄の方が上だけどね」
笑いながら反省を寝落ちするまで二人でたくさんした。
練習の大事さも学んだ。
ライブの楽しさも知った。
僕は次に進むんだ。