夜景 いつもながら何を考えているのかわからない。突然泊まりに行ってもいいかと連絡が入り迎えに行くと助手席に乗るなり窓を開け外をじっと眺めている。夜の帷が下り始めたヨコハマの風が冷たい。
「あのさ」
急に口を開きだした。顔は窓の外を見たままだ。
「銃兎が僕の歳の頃ってさ、僕まだ産まれてないじゃん」
なんだ急に痛い所を突いてきやがって。
「そうだな」
「どんな世の中だった?」
「どんな?」
「うん。僕肩に傷痕があるじゃん。あれ、戦争中に負った傷なんだ」
「あー…でかいな、あの傷痕。そうなのか」
戦争孤児なのだからそれも頷けるがそれとどういう関係があるんだ、今の疑問。
「家族と銃兎しか知らないんだよ、傷があるの」
「え?プールの授業とかあるだろ」
「ラッシュガード着るし。エグいから修学旅行も部屋風呂使わせてもらったし」
エグい、か。職業柄そんな傷痕は結構見ていたし、さして気にした事もなかったが、結構なコンプレックスなのだろうか。
「そうだな。俺の家はごく平凡な家庭だったし、今のお前と変わらない生活をしていた。学校には普通に行ってたし、戦争の事もニュースで戦場の様子を見ていただけだ」
「そっか」
家で何かあったのだろう。多くは語らないがいつも以上に不安そうな表情が横顔からも見て取れる。俺が話を聞いてやるのも悪くはないがそんな泣き言は多分言わないだろう。このまま家に帰らせても沈んだまま考え続けさせてしまうだろう。
家に向かう道から工場地帯の方へハンドルを切る。三郎はチラッと俺の方を見たがそのまま外を眺めている。
「そろそろ寒いから閉めろ」
海に近づく道は本当に風が冷たく車内の暖房が負けてしまう。三郎は言われた通り窓は閉めたが目は外を眺めたままだ。キラキラと輝く高い塔が三郎の目の前に広がる。適当なところに車を停める。
「製油所だ。きれいだろ」
「……なんでこんなとこ来たんだよ」
文句を言いつつ目は輝く工場群に釘付けだ。
「別に意味なんてないな。単なる気晴らしだ」
「は?」
「ずっと気を張ってるのは疲れるからなー。夜景でも見て気分転換だ」
そう言いながら俺は伸びをして三郎の顔を覗き込む。
「ふん!気晴らしなんて必要ないよ。まあ、きれいだけど」
素直になれない可愛い恋人のざわざわしたものを少しでも穏やかにさせたならそれだけでいい。
カチッとライターを開けると三郎はギロっと俺を睨む。
「煙たくなるから外に行け」
やれやれ通常営業に戻ったようですね。