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    cheese27cheese

    @cheese27cheese

    2023年になってから黄金神威にハマり🌙🎏の沼に生息したいアラフォーヲタクで🌸🐈も好きです(*^^*)♥️
    至らない点が多いですが趣味嗜好が合う方と仲良くさせて頂けたら……と思いページを作りました😊
    オリジナルの小説を書いてたりもしています✨
    よろしくお願いいたします(>人<;)

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    cheese27cheese

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    クラシックコンサートの衝撃で書いちゃった金カムの現パロなお話。
    年月過ぎてるんですが某日曜夕方のアニメみたいに過ぎてない感じです。捏造盛り沢山ですが楽しく書いてますので読んで頂けたら幸いです(*^^*)

    #金カム腐
    golden-camRot
    #月鯉
    Tsukishima/Koito

    ゲンガクセレナード·第一楽章俺にとってヴィオラはいつも傍にあるもので、弾く事も風呂に入るのと同じように日常的に行う動作のひとつだった。
    いつ、どういう理由で始めたのかも分からないくらい幼い頃から共に生きてきた相棒。
    そんな相棒といつしか共に世界中で演奏したい、というのが俺の夢になり、あと一歩のところまできていた。
    が、それは父親が事業に失敗した事で幻となった。
    決まっていた音大への進学も学費が払えないという事で白紙となり、俺は今まで俺の為に投資してくれた両親の為、少しでも役に立ちたいと思い就職する事を決意した。
    ずっと一緒に生きていくと思っていた相棒とも別れなければならないのだと思いながら迎えた高校最後の定期演奏会。
    そこで俺は、その後の人生に繋がる大きな出会いをした。

    「君の音色、誰よりも輝いていたよ。うちの楽団に欲しい音色だ」

    鶴見と名乗ったその人は、七國信用金庫の職員の有志が所属している花沢交響楽団に入らないかと俺を誘ってきた。
    働きながら相棒と一緒に生きていけるという道は、就職先の決まっていなかった俺にとって理想そのものだった為、俺は猛勉強して採用試験に臨み、何とか入庫する事が出来た。
    審査部に配属になり、部長である鶴見さんの下で働きながら仕事の後は楽団員として練習に励む日々。
    そうして何年も過ごし、その中で父親の事業失敗は鶴見さんが俺欲しさに仕掛けた事だったという事も分かって驚かされた事もあったが、俺はいつしか係長という役職を与えられ、それなりに充実した日々を送っていた。


    「今度の日曜、付き合って欲しい場所がある」

    ある時、鶴見部長からの突然の誘いで俺は同じ審査部で楽団ではトロンボーン担当の菊田課長、後輩社員でチェロ担当の尾形と共に国内の中高生の中から選抜されたメンバーによるオーケストラコンサートを見に行く事になった。

    選りすぐりのメンバーによる演奏はかなりの完成度だったが、特に印象的だったのはコンサートマスターを務めていた男子学生だった。
    褐色の肌に特徴的な眉をしたその学生は終始物憂げな顔をして演奏していたが、時折見せる艶めかしさとそれに相反していると言ってもいいような真っ直ぐで観客を惹きつける音色を奏でていた。

    「鯉登音之進君だ」

    俺が彼を見ていた事に気づいたのか、隣に座っていた鶴見さんが言った。

    「彼は大学を卒業したらうちに来る事になっている。荒削りなところもあるが入団がとても楽しみだよ。月島、その時はお前に彼の指導を頼みたい」

    と、鶴見さんは俺に耳打ちしてくる。

    「はぁ……」

    全てが鶴見さんの願望であって、まさか現実にそうなるなんてこの時の俺は微塵も思っていなかった。


    「あの子の父親は理事長と同郷の親友で、うちの最大取引相手の鯉登商船の社長だ。彼を入庫させて更に結びつきを強めたい…ってところなんだろう」

    コンサートの帰り、俺は菊田さんに誘われ、尾形と共に居酒屋に来ていた。

    「いかにもボンボンって顔でしたね。あれがいつかおれたちの上司になるかもしれないのか……」

    「…………」

    尾形の皮肉に、俺は同調出来なかった。
    確かにそう見えるような雰囲気はあったかもしれないが、それよりも俺にはあの若さで人を惹きつける、色気のようなものを持っている彼が次に会った時にどんな風に成長しているのか気になった。

    「尾形、お前がそう言うなって。お前だってボンボンみてぇなモンだろ」

    「……違いますよ。おれにはあんな光なんて無い。父親はおれを気持ち悪いくらい大事にしてくれてますが所詮おれは愛人の子。生まれ持ったものが違う……」

    尾形はレモンサワーを飲み干すとお代わりを頼み、すぐに口をつけた。

    「過去に何かあったって感じだな」

    「…………」

    菊田さんの言葉に尾形は応えない。

    「ま、生きてりゃ何かしらあるか……」

    菊田さんの目に哀しみが伺えるように見えた。

    少し前、菊田さんが住んでいるシェアハウスの管理人の息子で、菊田さんと同じトロンボーンをやっていた高卒入庫三年目の有古という男性職員がコンサート後の打ち上げで飲酒運転の車に撥ねられ左半身が不自由になり、現在も入院していた。
    菊田さんの話では、有古は職場も楽団も辞めて父親の家業のひとつである清掃業を手伝う事にしたらしい。
    突っ込んできた車から菊田さんを守り、治る事のない怪我を負った有古は菊田さんのお気に入りで、救急車で運ばれていく時も菊田さんは無事かと心配していた。

    「…………」

    生きていたら何かしらある。

    菊田さんの言葉に俺は共感したが、何も言わずにいた。


    それから数年。
    鶴見さんが言った事は現実となり、鯉登さんが入庫し、審査部に配属となった。

    「今日からお世話になります、鯉登音之進と申します。どうぞよろしくお願い致します」

    あの頃から人目を惹きつける魅力があると思っていた鯉登さんはその魅力を更に高めていて、女性職員たちがほぼ全員見蕩れていた。

    「鯉登君の指導は主に月島係長に行ってもらうが、皆も鯉登君をサポートして欲しい」

    「はい!!!」

    鶴見さんの言葉に呼応する職員たち。
    女性陣の方が声が大きかったのは気の所為ではないと思う。

    「月島さん!!」

    鯉登さんの仕事ぶりは新人にしてはミスも少なく、有能さが伺えるのだが、声が大きく、よく通るので俺を呼ぶ声もかなり目立っていた。

    「鯉登さん、もう少し声小さくても聞こえていますよ」

    と指摘しても直らず、尾形と同期で楽団ではクラリネットを担当している宇佐美から、自分の声がデカすぎて周りの声が聞こえていないんじゃないかと言われていた。

    仕事を終えると上のフロアにあるホールで練習が始まる為、俺は案内を兼ねて鯉登さんと共に向かっていた。

    「こちらのホールは練習場所であり、楽団の定期演奏会の会場でもあります。町民に貸出も行っており、町内の数少ない娯楽施設のひとつという顔もあります」

    「そうなんですか……」

    スーツに高そうな鞄と紫色のバイオリンケースを肩に掛け、ホールを見回す鯉登さん。

    「……鶴見さんの指揮で早く演奏したいです……」

    と、鯉登さんはうっとりとした顔をして言った。

    この光景、何年か前に……あぁ、宇佐美もこんな感じの顔をしていたな、と俺は思い出してしまった。
    鶴見さんの卒業した高校の吹奏楽部に在学していた宇佐美は、鶴見さんが指揮をしてくれた事が縁で入庫してきたのだが、鶴見さんにかなりの熱を上げていて、それは未だに変わらない。

    「お、やっぱそうだ!!スゲー久しぶりだけど俺の事、覚えてる?」

    練習の為に席をセッティングしている楽団員のひとり、審査部の下のフロアにある本店営業部勤務でトランペット担当の杉元が笑顔で鯉登さんに話しかける。

    「え、もしかして、杉元さんですか?」

    「そうそう!!何年ぶり?めっちゃデカくなったなぁ、お前」

    「止めてください、髪の毛が乱れますから……」

    杉元が鯉登さんの肩を抱いて頭を撫でると、鯉登さんは不機嫌そうに言った。

    「月島さん、俺たち十年くらい前に一緒に演奏した事あったんすよ」

    と、杉元は俺に国内の中高生の中から選抜されたメンバーによるオーケストラコンサートに参加した時の話をした。

    鯉登さん、中学生の頃にも選ばれていたのか。

    俺の脳裏に初めて鯉登さんを見た時の衝撃が過ぎる。

    「また一緒に演奏出来るなんて思わなかったよ。よろしくな、鯉登」

    「……こちらこそ……」

    杉元に乱された髪を直すと、鯉登さんは杉元が差し伸べた手に応えた。


    今年の新入団員は鯉登さんを入れて三名。
    鯉登さん以外は本店営業部所属の新入職員だった。
    全員が揃ったところで鶴見さんが司会となり、新入団員たちの自己紹介をした後で歓迎の演奏をした。

    ドヴォルザーク作曲の『新世界から』。
    新入団員たちはステージ上から見下ろす形で演奏を聴いていた。
    鯉登さんはというと、すぐ傍で指揮をする鶴見さんに熱い視線を送っているのが見えた。

    確かに、鶴見さんは凄い。
    学生時代、国際コンクールで入賞経験があるのは入庫前に調べて知ったのだが、この目で初めて見た時は俺も鯉登さんみたいな顔をして感動していたのかもしれない。
    ただ……ある時から鶴見さんは必ず指揮をする事がなくなった。

    演奏を終えると、鯉登さんを含めた新入団員たちは座っていたイスから立ち上がり、大きな拍手を送ってくれた。

    「この曲を来月末、ここで君たちのお披露目公演として演奏する。当日、私は娘の参観日があるので指揮は理事長が担当するが、今日から練習を頑張って、本番には最高の演奏をして欲しい」

    「…………」

    笑顔で話す鶴見さんの横で、興奮した様子で顔を真っ赤にしていた鯉登さんの顔からその色が消え、魂が抜けたような表情に変わる。

    「ふふふ、可哀想だね、デビューコンサートで鶴見さんに指揮してもらえないなんて。ボクはしてもらえたからすっごく幸せだったなぁ……」

    宇佐美が嬉しそうに言った。

    鶴見さんはお子さんが産まれてから、土日にコンサートとお子さんの予定が重なると指揮を経験者である花沢理事長に頼むようになった。
    また、平日、仕事と楽団の練習とで帰りが夜遅くなる日が多い為、家族の時間を大切にしたいという理由で土日の練習時間は鶴見さんの都合の良い時間帯に合わせる形になった。
    それまでもお子さんのいる団員にはそうした配慮がされていたが、指揮者である鶴見さんが不在という事に最初は戸惑いの声もあった。
    特に、宇佐美は鶴見さんの前では家族思いで子煩悩な鶴見さんは素晴らしい、とか言いながら、社員寮に帰宅すると鶴見さんの指揮でなければ演奏する意味がない、ソロパートを頑張っても本番で鶴見さんに聴いて貰えないのが辛すぎると言って鯉登さんがしたのと似たような表情をしていた。

    「ウサミン、ウサミンだってあの子と同じような顔をしていた時あったじゃん」

    と、近くにいたオーボエ担当で本店営業部勤務の白石が宥めるように言う。

    「昔のコトなんてもう忘れちゃった」

    ふたりは入庫した年が近い事と一緒にソロで演奏する事が多い事もあるのか、お互いに言いたい事を言い合っているが割と仲が良かった。

    その後、新入団員を交えて練習が行われ、鶴見さんは新入団員たちひとりひとりに声を掛け、直接指導していた。
    その時の鯉登さんの瞳には生気が戻り、活き活きとした様子でヴァイオリンの音色を奏でているように見えた。


    2時間程の練習で解散すると、俺は鯉登さんに帰り道は大丈夫ですかと声を掛けていた。

    「はい、スマホのマップに自宅を登録してあるので大丈夫かと思います。お心遣いありがとうございます」

    「そうですか。では、また明日」

    「お疲れ様です」

    冷蔵庫の中身が空っぽだった事を思い出した俺は、リュックを背負い相棒を収めたケースを持つと、住んでいる社員寮に足早に向かった。
    独身の職員たちは職場から徒歩10分以内にある社員寮に住む事になっていて、俺も宇佐美や同じ審査部で楽団ではパーカッションを担当している二階堂と同じ花沢寮に住んでいた。

    そうだ、今日はいつも行く銭湯がサービスデーでいつもより安く利用出来る日だ。
    そこに行ってから買い物に行こう。

    帰宅して風呂の準備をしてからトレーナーとジャージに着替え、サンダル履きで外に出ると、そこで鯉登さんと鉢合わせる。

    「鯉登さん」

    家、こちらの方だったんですね、と俺は声を掛けた。

    「はい、あそこです」

    と、指さしたその先には、先日定年退職した元総務部長が住んでいた一軒家の社宅があった。
    新入職員が住む場所ではないそこに住んでいるというのは、父親との繋がりがあるからではないかと邪推してしまう。

    「月島さん、お風呂に行くんですか?」

    と、鯉登さんは俺が小脇に抱えている風呂道具を見たらしく尋ねてきた。

    「えぇ、そうですが」

    「……わたしも御一緒してよろしいでしょうか?」

    「はぁ、その後スーパーで買い物してもよろしければ」

    思ってもみない言葉に驚きながら、俺は鯉登さんの要望を受け入れていた。


    鯉登さんの支度が終わるまで、俺は鯉登さんの社宅に招かれ、居間らしい場所に通されていた。
    俺の住んでいるところよりも少し年数が経っているように見えるが、純和風という言葉がしっくりくる内装の部屋。
    そこに置かれた高そうなソファに座るように言われたので腰を下ろし、スマホで今度の演奏曲のスコアを見ていると、お待たせしましたという声が聞こえてくる。
    その方を見ると、パーカーにジーンズ姿の鯉登さんがいて、手には風呂道具を入れたと思われる大きめのビニール製っぽい鞄を持っていた。

    「…………」

    スーツ姿の時から思っていたが、背が高いだけでなく脚の長さが目立つ。
    恐らく165センチの俺より15センチは高いと思うのだが、腰の位置が俺より上にあるように見えた。
    ……あと、室内もそうなのだが、香水なのか凄くいい香りがして、妙な気分になってしまう。

    「月島さん?」

    「あ、あぁ、すみません。行きましょうか」

    「よろしくお願いします」


    「この町の事、何も知らないので御一緒出来て良かったです」

    と、鯉登さんは銭湯まで向かう途中の車内で言った。

    「小さな港町ですから、すぐに何処に何があるか分かるようになりますよ」

    「そうなんですね」

    車内でも香る、鯉登さんの匂い。

    人を乗せて走るなんてよくある事なのに、今日の俺はおかしい。
    鯉登さんとふたりにだけになってから、ずっと彼の美しさに魅入られている。

    ……もう、こんな感情なんか要らないと思っていたのに。

    俺は銭湯に着くと、鯉登さんと並んで身体を洗ったり風呂に入ったりしたが、なるべく鯉登さんの方を見ないようにした。

    「先に行ってますね」

    「は、はい」

    いつもはもっと長く入る風呂も早めに切り上げて、休憩所にあるマッサージチェアに金を入れ、鯉登さんが終わるのを待つ。

    「度々お待たせしてすみません。これ、良かったら」

    うとうとし始めると鯉登さんの声がして、見ると薄紫色のタオルを首に掛けた鯉登さんが自販機で買ったらしいスポーツドリンクを渡してくる。

    「ありがとうございます」

    風呂上がりで更にいい匂いがする鯉登さん。

    「これからお買い物ですよね?わたしも食材を購入したいので御付き合いさせて下さい」

    「鯉登さん、自炊されてるんですか?」

    「はい、自分の事は何でも自分でするようにと、実家にいる時に母親に叩き込まれました」

    「そうですか」

    意外だったが、その後スーパーで買い物をした際に鯉登さんが手に取った食材のほとんどが高額だったのを見ると、やはり裕福な家庭の子なのだと思い知らされた。


    その後、楽団は新人お披露目の公演に向けて日々練習に励み、本番1週間前からは花沢理事長も合流して最終段階に入った。

    「百ちゃん、今日も素敵な音色だったね。ところでこの後一緒に食事でも……」

    「……こいつら全員連れていってくれるなら行きます。あと距離が近いです、理事長」

    恒例の、子を溺愛している父親とそれに辟易している息子の姿。
    尾形はこんな理事長が嫌で家を出たと、以前俺に理事長のいない酒の席で話していた。

    「あの顔に百ちゃんって……あの人相当イカれてるよね」

    「宇佐美、聞こえたらお前クビになるぞ」

    「…………」

    宇佐美が他の楽団員と話しているのをよそに、よく似た顔の親子の姿を少し離れた所で見ていた俺の視界の中には鯉登さんが元気のない様子でヴァイオリンをケースに収めているのが見えた。
    あれ以来、俺は車の免許のない鯉登さんを乗せて週に何度か買い物や銭湯に行くようになっていた。

    「お疲れ様です」

    「月島さん」

    そして。
    鯉登さんの教育係だからかどうかよく分からないが、俺は鯉登さんに懐かれていた。

    「今日、家で一緒に飲みませんか?母が地元の酒を送ってくれたので月島さんにもご馳走したくて」

    「ありがとうございます、俺で良ければ……」

    社宅が同じ方向なので一緒に帰るようになった事もあるのかもしれない。
    こんな風に家に来ないかと誘われるようにもなっていて、帰りが遅くなると宇佐美からプライベートでもお世話してるなんて大変ですね、とからかわれていた。


    「どうぞ」

    「頂きます」

    家に帰ってつまみになりそうなものを持ってから行こうとすると、鯉登さんがこのまままっすぐでいいですからと言ってきた為、俺は鯉登さんと共に鯉登さんの社宅に足を踏み入れていた。

    鯉登さんの故郷、鹿児島のお酒。
    今回は地酒を送ってもらった、と、鯉登さんは職場ではあまり見せない笑顔で俺に言った。

    「ん、甘めで美味いですね」

    琥珀色の酒はトロリとしていて、出してくれた豚の角煮やさつま揚げに合う味わいだった。

    「……月島さんは鶴見さんの事、どう思うちょっと?」

    「どうって、凄い方だと思っていますが……」

    酒が進むと、鯉登さんが方言混じりの言葉で突然言い出す。

    「そいだけと?」

    「えぇ、あとは強いて言えばお子さんが産まれて変わられたと思うくらいでしょうか」

    「そうなんか……」

    鯉登さんが何か言いたそうな顔をしているように見えたからどうしたのか尋ねてみたが、

    「いや、別に……」

    と言って口ごもってしまった。

    「…………」

    今までにない微妙な空気。
    このままではまずい。
    そう思ったが、何を言っていいものか。
    と思っていると、鯉登さんが口を開く。

    「月島さんって今まで恋した事あっと?」

    「は?」

    「その…だいかを好きになったりとか、付き合うたりとか……」

    と俺に聞いてくる鯉登さんの視線は定まっていなくて、心なしか顔も酒の所為もあると思うが紅く見える。

    「まぁ、一応ありますけど……」

    その時過ぎった記憶に、俺は一瞬胸をチクリと刺されたような心地がした。

    「オイ、そげん経験をした覚えがなって、どげん時に人を好きになっとか教えてくれもはんか」

    「教えるって、それは人それぞれ……」

    「月島さんだから話しちょるんじゃ!月島さんじゃっで……」

    「鯉登さん……」

    何だ、この状況。
    鯉登さん、鶴見さんが好きなんじゃないのか。
    これじゃまるで……俺に気があるみたいじゃないか。
    否、そんな筈はない。
    鯉登さんは人を好きになった事がないから仕事同様に俺に分からない事を聞いているだけだ。

    そうだ、そうに違いない。

    俺は自分に言い聞かせ、

    「俺の場合ですが、相手と同じ時を沢山過ごしたいと思う瞬間が来たら、それは恋をしてしまった、という事だと思います」

    と、鯉登さんに向かって言った。

    「そう……なんか……」

    教えてくれてあいがとごわす。

    俺の言葉に鯉登さんは笑顔を見せると、空になっていたグラスに酒を注いでくれた。


    「鯉登クンって絶対月島サンのコト好きだよね」

    新人団員のお披露目コンサートを翌日に控えた日の夜。
    宇佐美にお風呂に連れてってとねだられ、いつもの銭湯にふたりで来てサウナに入っている時の事だった。

    「有り得ないだろ」

    「そうかなぁ。あの子が自分から話しかけてるのって月島サンだけだと思うんだけど」

    「それは…俺が教育係だから……」

    振り切ろうとしたが、宇佐美はしつこかった。

    「あっ、月島サン、何か心当たりあるんでしょ?お風呂連れてきてくれたお礼にここだけの話にしてあげるから教えてよ」

    「そんなの礼になってないだろ」

    「ねぇ〜、気になるからはやく教えて。じゃなかったら明日の打ち上げの前に白石たちに月島サンが鯉登クンに誘惑されてるみたいって言っちゃうよ?」

    「ふざけるな、そんな事したらお前の楽器、帰ってすぐへし折ってやる」

    「え〜、そんなの困る〜」

    そんな押し問答をした後、俺が折れて宇佐美に鯉登さんから恋について聞かれた話をしてしまった。

    「へぇ〜、かわいいね、それ月島サンに告白してるようなモンじゃん。月島サンもかわいいって思ったんでしょ?」

    「いや、そんな事は……」

    「……あ〜、そっか、月島サンもヴィオラ以外相手いなかった感じかぁ。うん、分かった、ここは可愛くて経験豊富な後輩のボクが助けてあげるね」

    俺の言葉に宇佐美は俺の頭を撫でながら笑顔で言う。

    こいつ、何で上から目線なんだと思ったが、色恋沙汰に関しては俺の方が経験が少ないと思ったのと、ここで突っ込んだら更に面倒臭い事になりそうなので何も言わなかった。
    が、俺はひとりで来るペースでサウナと風呂に入り、宇佐美にもう無理付き合えないと言わせていた。


    当日のコンサートはお披露目公演ではあるもののミニコンサートという形式で行われるのが例年の事で、ホールを会場に30分程の内容だった。
    新人団員たちは1曲のみの参加で、演奏後にひとりひとり自己紹介をし、それぞれ1分程度のソロ演奏をした。

    「ヴァイオリンを担当します、鯉登音之進です。どうぞよろしくお願い致します」

    白いスーツとベストに紫色のネクタイ、胸元には紫のバラのブローチをつけた装いの鯉登さんは、ステージのスポットライトの下で眩しいくらいに輝いているように見えた。

    「…………」

    鯉登さんはソロ演奏としてエルガー作曲の『弦楽セレナード』、第1楽章の冒頭を少しだけ演奏した。

    エルガーが妻へ3回目の結婚記念日のプレゼントとして作ったというこの曲の第2楽章を、俺もかつて弾いた事があった。

    俺の全てだった人の為に、弾いた事があった。

    貴方と貴方のヴィオラの音色が大好きだと、ずっと隣で応援しているからと言ってくれたその人は、俺の夢が絶たれてすぐに俺を一方的にライバル視していた男の元に行ってしまった。

    それから、
    もう、人を愛する事などしない、
    と、
    俺にはヴィオラと共に生きていける世界があればいい、
    と、そう思って生きてきたのに。

    今、目の前で、初めて見た時よりも更に艶めかしい顔をしながらも、観客を惹きつける真っ直ぐな美しい音色を奏でている鯉登さんに、俺は心を奪われてしまっていた。


    「お疲れ様で〜す!!カンパーイ!!!」

    ステージの上で杉元がノーマイクでジョッキを掲げ、音頭を取る。
    ホールでのコンサートの後は会場を自分たちで片付け、宴会の準備をして打ち上げ、というのが恒例になっていた。

    「…………」

    席は円卓を用意して5〜6人くらいずつ座り、その時によってメンバーが違うのだが、今回の俺の席は鯉登さん、宇佐美、クラリネットを担当している総務部の女性職員ふたり、ホルンを担当している本店営業部の女性職員ひとり、というメンバーだった。

    「ウサミン、今日も絶好調だったね!ソロめっちゃ良かったよ!!」

    「そう?ありがと。鶴見さんがいてくれたらもっと良い演奏が出来たと思うけどね」

    「あはは、ウサミンってホント鶴見さん好きだね〜!!!」

    クラリネット担当のひとり、桃部さんは宇佐美、尾形と同期で、誰とでも気さくに話せる人だが、同じパート同士で話しやすいのか宇佐美と今日のコンサートの振り返りなどあれこれ話していた。

    「鯉登クン、お疲れ様!!普通の演奏もだけど、ソロの演奏すっごく素敵だったよ!!!」

    「……ありがとうございます」

    俺の右隣ではもうひとりのクラリネット担当の最部中さんが鯉登さんに積極的に話し掛けている。
    俺のひとつかふたつくらい下の彼女もまた桃部さんと同じように誰とでも気さくに話せる人だが、鯉登さんが気になるのか色々と質問していた。
    そんな最部中さんに鯉登さんは仕事中と同じく冷然とした印象の顔をして、聞かれた事に淡々と応えていた。

    「月島さん、お疲れ様です」

    「お疲れ様です」

    声を掛けられたので視線を鯉登さんからそちらに移すと、左隣に座っているホルン担当の藻部村さんが俺にグラスを向けてきたので応える。

    「久しぶりに同じテーブルになれて嬉しいです」

    俺よりだいぶ下で、こういう席で一緒にならない限り話したりする事もない藻部村さん。

    「月島さんってスポーツとか格闘技とかされてたみたいな身体ですよね。とっても素敵です」

    「ありがとうございます……」

    酒に弱いらしく、藻部村さんはレモンサワーを1杯も飲まないうちに酔っ払い、俺の身体に触れてくる。

    「ホントに素敵……どうしたらこんな身体になれるんですかぁ?」

    腕や胸に遠慮なくベタベタと触れられて良い気持ちはしないが、宴会の雰囲気を壊したくなくて俺は毎回藻部村さんのしたいようにさせていた。

    「……見ていて不愉快なので止めてもらえませんか?」

    それを止めたのは、鯉登さんだった。

    「鯉登さん……」

    その声の大きさで、周りの席にいるメンバーの視線がこちらに集まる。

    「な……っ、あなた、部外者なのにそんなに大きな声出さなくてもいいじゃない」

    「失礼致しました。わたし、元々声が大きいもので普通に話しているつもりでした。部外者というお話ですが、月島さんはわたしの教育係を務める上司ですので部外者という言葉は不適切かと思います」

    淡々と話している鯉登さんだが、目つきには怒りが感じられた。

    「鯉登クン、落ち着いて」

    「貴方も少し考えて頂きたいのですが、これが逆の立場ならばすぐに問題になりますよね?同じ女性として指摘しないのは何故ですか?」

    止めようとした最部中さんも鯉登さんに言われて口ごもる。

    「鯉登さん、もう十分ですから」

    会場の雰囲気が一気に悪くなった様な気がして、俺は何とかしようと思って鯉登さんに言った。

    「月島さん、あんな事されてどうして黙っていたんですか?嫌じゃないという事ですか?」

    「……そんな事もないのですが、その…周りの雰囲気が悪くなってはと思いまして……」

    と、俺は鯉登さんに伝わればいいと思いながら辺りを見回す。

    「あ……すみません!!そこまで考えられなかったです……」

    気づいてくれた様で、鯉登さんは感情的になってしまいすみませんでした、と、ホール中に響くくらいの声で言った。

    「まぁまぁ、お酒のせいでヒートアップし過ぎちゃったってコトで、エネルギー発散の為にも歌おっか」

    と、宇佐美が間に入ってきてニコニコしながら話す。
    ホールにはカラオケの機材があり、宴会の際には欠かせないものだった。

    「じゃあボクから歌うね」

    こういう時の宇佐美の問題処理能力を俺は凄いといつも思う。
    皆が盛り上がれるような曲を選び、ステージの上にマイクを持って上がると歌いながら踊れて会場の空気を一気に楽しい雰囲気に変えられるのだから。

    「は〜い、じゃあ新人団員さんたちも……あ、その前に先輩がお手本見せないとね。月島サン、歌って」

    えっ、何で俺なんだ。
    他にも歌える奴いるだろ。

    「良いねぇ、月島サンほとんど歌わないから久しぶりに聴かせて欲しい」

    と、本店営業部勤務でホルン担当の大沢房太郎が言い出す。
    宇佐美や杉元、白石と仲の良い大沢もまた、宇佐美同様に盛り上げ上手な奴だった。

    「月島サン、お願いしまぁす!!」

    ここで断ればせっかく良くなりつつある会場の雰囲気がまた暗くなる。
    俺は仕方なく、ステージに上がった。

    何年かぶりに人前で歌ったが、杉元や白石、大沢の、声カワイイ〜!!と囃し立てるような声が聞こえてきた。
    歌う時、音は外さないがどうしてもいつもより声が高めになってしまい、どうする事も出来ない。
    それでも何とか歌い切り、宇佐美にマイクを返した。
    それから宇佐美が次は新人団員たちに歌を披露するよう促し、鯉登さんには最後にマイクがまわってきた。

    「…………」

    演奏の時と同じように物憂げな顔をしながらステージに立った鯉登さんの歌声はいつもの高く澄んだ声とは全く違っていて、低く響く雄々しいものだった。
    普段とのギャップに俺の心はますます鯉登さんに向かっていき、そんな事は決して許されないという思いと葛藤する。

    宴会は宇佐美、杉元、白石、大沢のお陰で無事に楽しい雰囲気で終わったが、俺の心の中は鯉登さんへの想いでぐちゃぐちゃになってしまった。


















































































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