あなたに残せるのは俺の誓い #5「今日は……大学の学校祭にお邪魔しています!!全国でも珍しい、企業とのコラボレーションという事で朝から大勢の人で賑わっております!!!」
「いらっしゃいませ〜!射的は1回300円で〜す!!特賞は温泉旅行券、他にも豪華景品をご用意しておりま〜す!!!」
宇佐美が気持ち悪い営業スマイルを振りまいて積極的に客寄せをしている。
すぐ近くで鶴見店長がテレビ局からのインタビューを受けているからだろう。
「店舗からも社員の皆さんが駆けつけて学校祭を盛り上げていらっしゃるとの事で、これから鶴見店長に出店されているお店をご紹介頂きます」
「ご覧の通りなのですが、私たちは射的をやっております。私たちの店舗以外にも地元の旅館や商店街などからもご支援を頂き、豪華景品を用意しておりますのでぜひ遊びにいらして下さい」
「ありがとうございます!!それではここでお店で使う銃を作られた資材担当の尾形主任にデモンストレーションを行って頂きます」
「…………」
気だるそうに銃を構えると、尾形が的の中心を射抜き、出来ていた人だかりから歓声が上がる。
「ありがとうございました!現場からは以上です、スタジオにお返しします!!」
取材が終わるや否や、最前列で見ていた花沢少尉がこちらに向かって走ってくる。
「兄様、流石です!!それに今日のお着物、とてもよくお似合いですね!!!」
「ありがとうございます、勇作さん」
一応、仕事の筈だが、尾形と花沢少尉は堂々と仲睦まじい様子を見せ、尾形が花沢少尉に銃の扱い方を教え始めていた。
「はぁ、百之助ばっか目立ってムカつく。てか月島サン、そのネックレス何?顔怖いのに着物にネックレスなんてつけてたら間違いなくそっちの人に見られると思うんだけど」
鶴見店長が御家族と共に校内を周りはじめ、人がまばらになると、宇佐美が言い出す。
「うるさい、お前に関係ないだろう」
思えば、俺も仕事という自覚がなかった。
音さんに今日はお揃いでネックレスをつけたい、と言われて分かりましたと即答してしまっていた辺りで。
「あ〜分かった、ハイハイそういう事ね、どうもご馳走様でした〜。僕、先にお昼買ってくるね」
鶴見店長の様子が気になるのか、宇佐美はそう言っていなくなってしまう。
鶴見店長の発案で、音さんと花沢少尉の通う大学と俺たちの勤務先とのコラボレーションで開催される事になった学校祭。
学長と鶴見店長が大学時代からの友人という事で町おこしのモデルケースとして話が進み、今日は店を休業して射的の店番をやる事になった。
祭りだから和装で、と鶴見店長に言われ、着物を買わなければ……と思っていた時に音さんからうちにある着物で良かったらという話があり、音さんの母上が俺にはこれが似合うと言って選んで下さった、深緑色に水色の細かい柄が入った着物をお借りしていた。
「月島さん」
宇佐美が戻ってきて後ろで買ってきた焼きそばを食べ、尾形と花沢少尉がいなくなり、ひとりで店番をしていると、白い剣道着姿の音さんが現れる。
「おにぎり買ってきたんですけど、一緒に食べられそうですか?」
宇佐美の存在を気にしてなのか、仕事中と同じ言葉遣い。
小麦色の綺麗な肌に白の道着が映えて、そこに俺とのお揃いのネックレスが飾られていて、思わず、いとしげら、と呟いてしまいそうになる。
「ありがとうございます、鯉登さん」
話しているうちに小学生くらいの子供たちが射的をやりたいと言い、俺は対応する。
「わぁっ、スゲー!!本物の銃みたいだ!!!」
音さんも手伝ってくれて、子供たちは楽しんで帰っていった。
「ごめんね〜、タダ働きさせちゃって」
「宇佐美さん、お疲れ様です」
そこに、焼きそばを食べ終えたらしい宇佐美が戻ってきた。
「あっちにテーブルとイスあるから、良かったらそこでお昼食べていきなよ」
「ありがとうございます」
「月島主任もどうぞ」
「あぁ、済まない」
ニコニコしながら話す宇佐美に、俺は後で絶対何か言われると思いながら音さんと店の裏側に置いた食事をするスペースに向かった。
「基さぁ」
席に座ると、音さんが写真を撮りたいと言ってきたので恥ずかしくはあったが応じていた。
「わっぜよかにせ、似合うちょっじゃ」
「ありがとうございます。音さんの剣道着姿も素敵です」
音さんが買ってきてくれたのは鶏五目のおにぎりだった。
「音さん、この後の予定は?」
「こん後は店番と、コンテストに出っ事になっちょい」
「コンテスト?」
「あたいも学校に来てから知ったたっどん、毎年ミスコンをやっちょっらしゅうて、あたいん学年ではあたいと花沢が選ばれたんじゃ」
「そうですか」
「そいで、表彰式みてとがあっせぇ、軍服を着っ事になっちょっど」
「はぁ!?」
おにぎりを食べ終わったので、食後にと思いクーラーボックスから缶コーヒーを出して音さんに渡そうとしていた俺の手元が狂いそうになる。
「表彰式は毎年何らかん仮装をすっ事になっちょっらしゅうて、今年は軍服なんじゃって」
「……そうですか……」
見たい、と思ってしまった。
「ふふっ、基さぁ、見ろごたっ?あたいが軍服着ちょっところ。顔に書いちょっじゃ」
「……っ、音さん、からかわんでください」
悪戯っぽく笑って、俺の頬を指で突く音さん。
「軍服、もれるごたっで基さぁん前で着ちゃるね」
と、音さんに笑顔で言われ、俺は試されていると思ってしまった。
店番をしてくる、と音さんがいなくなった後、宇佐美から、
「百之助も大概にしろって思ったけど、月島サンも相当だったよ?」
と案の定からかわれたが、戻ってきた鶴見店長が店番を交代してくれるというので俺は音さんの元に向かってしまった。
音さんから剣道部は体育館で道着を着て喫茶店をやっていると聞いていて、ネットで仕切った向こう側ではバスケット部が何か催し物をやっている様だった。
「いらっしゃいませ!!」
喫茶店は賑わっていて、俺の対応は別の部員がやってくれて、音さんは若い女性たちに囲まれているのが見えた。
「すみません、相席でもいいですか?」
「ええ、構いません」
とりあえず座れたらいいと思った俺は部員に案内された席に座ったのだが……。
「お、わいは……」
黒のスーツに黒のサングラスという見るからに怪しい男の格好をした兄上がテーブルを挟んで向こう側に座っていた。
「……どうも……」
何を言っても殴られる。
そう思っている俺はとりあえず頭だけは下げた。
「わい、ないでこけおっ!?仕事はどげんした!?」
安定の早口大声薩摩弁が返ってくる。
「今日はここで仕事をしています」
「そげん都合んよか話があっか。仕事をさぼって音ん様子を見け来たんじゃろ!?」
「いいえ」
「わいのせいで音ん外泊が増えたんも腹立たしかが、音にも学校さぼらすっごつ仕向けちょっじゃろ!?」
「いいえ」
「父上から聞いたが、わい、音と暮らそうとしちょっちゅうたぁ本気なんか?」
「はい」
どこかで似たような事があったような会話の流れになってしまったが、
「あまっな、だいが許すか!?」
と兄上が殴りかかってきたので今回ばかりは受け止めていた。
「ここでは勘弁して下さい。騒ぎを起こしては音さんに迷惑がかかります」
「ぐ………ッ……!!!」
音さんの名前が効いたのか、兄上はおとなしくなる。
「兄さぁ!!ないでこけおっと?来んでよかってゆたどん」
そこに、音さんが後ろに女性たちを引き連れながら現れた。
「音、おいはわいん事が心配でいてもたってんいられんやった」
兄上がサングラスを外すと、女性たちから歓声が上がる。
「あの人が鯉登君のお兄さん?色白のイケメンじゃない!?」
「イケメン兄弟見られるなんて幸せすぎる〜!!!」
兄上と俺の席はいつの間にか女性たちで取り囲まれていた。
「心配してくれんでよかで、兄さぁ。いつまでも子どんじゃなかし、あたいには基さぁがおっし」
「じゃっで心配なんじゃ。音、わいは分かっちょらん、こげんわいより小さって歳食うたきっさなか男なんかと一緒におっなんて……」
「兄さぁこそ分かっちょらん!!基さぁはあたいん事わっぜ大事にしてくれちょい。背は確かにあたいより低かどん、そげん事関係なか!!!」
早口大声薩摩弁の兄弟喧嘩が始まってしまったが、音さんが俺の事を大切に想ってくれてる話をしてくれているのがたまらなく嬉しかった。
「ねぇ、一緒にいる着物の人ってもしかして鯉登君の噂の彼氏じゃない!?」
「えっ!?剣道部全員を殴り倒した元ヤクザって噂の!?」
「やだ〜、あれ噂じゃなかったの!?鯉登君に彼氏がいるなんて……」
ふたりが揉めているところに、女性たちが俺を見てヒソヒソと話し始める。
「音さん、俺、ここにいては迷惑をかけますので戻ります。すみませんでした」
「おい、待て、逃ぐっつもりか!?」
噂が更に大きくなっているのを知った俺は、大事になる前にと思い注文を諦め立ち去ろうとしたが、兄上に腕を掴まれる。
「元ヤクザなんて聞いちょらんぞ」
「それは誤解です。私は今の仕事に落ち着くまでは色々な仕事をしましたが、反社会的な仕事はしていません」
「おいんむぜむぜ音に手を出して誑かしたわいわいん話など信じらるっか!!」
俺を殴ろうとした兄上の手を、音さんが怒りの表情で背後から掴む。
「兄さぁ、えーころ加減にせんか」
殺気さえ感じる声と顔は、戦場にいた頃の鯉登少尉の様だった。
「勝手に来てかかじり回しっせぇ、基さぁに迷惑かけちょっとが分からんのか?あたいん大切な基さぁを傷つくっ奴はたて兄さぁでも許さん……!!」
胸倉を掴んで話す音さんに、
「ご、ごめんなせ……」
と、兄上が青ざめた顔をして謝る。
周りもしん、としてふたりを見ていた。
「……実行委員会より連絡です。法学部1年鯉登音之進さん、鯉登音之進さん、表彰式の準備がありますのでホールまでお越しください」
そこに流れる校内放送。
音さんは店番から抜けると、俺にまた後で連絡すると言ってホールに向かって行ってしまう。
その場に居ずらくなった俺は意気消沈している兄上を連れてホールを目指す事にした。
「あげん怒っ音ははいめっ見た」
途中、学校の歴史の展示がしてある場所があり、休憩所のようになっていて近くに自販機もあったので缶コーヒーをふたつ買ってひとつを兄君に手渡していた。
「少し前にな、夢を見たんじゃ。おいはもうこん世におらんせぇ、音が立派に成長していっんを見守っ事しか出来んやった夢やった」
それは、過去の話のように俺には思えた。
「でな、そん夢にはわいも出てきたんじゃ。音ん事をだいよりも大切に思うて支えちょった」
「そうですか……」
兄上は身罷られてからも音さんをずっと見守っていらしたのだろう。
だからこそ、生まれ変わった今も記憶が無くとも音さんの事が心配で仕方ないのかもしれない。
「月島どん、おはんはどげん事があってんずっと音ん傍におっかっごはあっとな?」
「勿論です。音さんとお付き合いをすると決めた時から、何があっても音さんを必ず幸せにすると心に決めています」
「…………」
有り難い事に今の世の中は多少の偏見はあるものの、法律上では男同士でも結婚出来るようになっていて、音さんとの結婚前提の交際を御両親も理解して下さり、同棲する事にも賛成して下さっていた。
だが、俺は、兄上に理解してもらうまでは同棲しないと決めていて、音さんも渋々ではあるが受け入れてくれていた。
とはいえ、音さんは俺と結ばれてから最低でも週3回はうちに泊まっていたりする。
「分かった、おいも子どんんごたっ事はもう止むっ。わいを信ずっど。月島どん、音ん事、どうかよろしゅうたのみあげもす」
「……ありがとうございます……」
こんなところでこんな話になるとは思わなかったが、俺は兄上と固い握手を交わした。
表彰式の案内の放送が流れると、俺たちはホールに向かった。
「1年生男子のグランプリは法学部の花沢勇作さん、準グランプリは同じく法学部の鯉登音之進さんです!!」
最前列で見たかったが、先程の一件もあり、後ろの方で音さんと花沢少尉の軍服姿を見ていた。
将校用の軍服を着た音さんはあの頃も見せていたツンとした表情を浮かべていて、俺は鯉登少尉だった頃の音さんに思いを馳せてしまっていた。