【同居人】透明な善性 ※ネタバレなし 人並みに当たり前に生きている気でいた。恵まれていたかと問われると答えに詰まってしまうが、それでも自身の境遇を悲観するほどではなかった。それが己の見解。母のいなくなった部屋で一人外を眺めながら、誰に話すこともなく完結した思考の末路だった。
ところが周囲の人々は、自分が生まれ持った境遇を話すと決まって悲しそうな顔をする。保健室の先生や、事情を聞きに来た担任、クラスメイト。生命として当たり前に善性を持ち、同情してくれる人々は、決まってこちらを気にかけてくれていた。
その行動に疑問があるわけではない。理解はできた。だが同意はできなかった。覆ることのない乖離がそこにはあった。他者に何を言われても、一向に自分の境遇が「憂慮されるべき」ものであると結論づけることはできなかった。だって必要がなかったから。憂慮されずとも生活は回っていたし、将来も高卒で働けば問題ないと想定がついていた。必要なものが過不足なく取り揃えられた現状。これ以上何かを得ようという欲求が自分にはなかったのだ。ただ、それだけのこと……なのだが。
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