最初で最後の…。 首筋にちくりとした痛みが走る。身体から血の気が引くような感覚を感じる。ああ、ちがう。引くようなじゃない。実際に吸われてるわけだから、無くなっているんだ。確実に。この感覚を妹、愛璃も味わったんだと思うとなんだか変な気持ちになる。視界がぼやけていく。身体の力が抜けていく。身体が地面に吸い込まれるようにして倒れこむ。指はもう動かない。どうにか眼球を動かして、最後にガーネット君の…。初めてできた友人の顔を見上げた。
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僕は昔からわがままを言わない子供だったらしい。よく言えば聞き分けのいい。悪く言えば都合のいい子供。小さい頃がどうだったかは覚えていないけれど、物心つく頃から僕に友達はいなかった。別に不自由はしていない。楽しかったし、充実した生活だったと思う。いつも特定の誰かと遊ぶことはなかった。毎日違う誰かと食事をして、毎日違う知人と言葉を交わした。孤立することはなく、かといって仲間外れにされるわけでもない。付かず離れず。そんな距離感。そんなある日聞いたクラスメイトの会話。
「あいつ、頼めばなんでもしてくれて便利だよな」
「わかるわぁ。でも誰にでもいい顔しすぎじゃね?」
「八方美人ってやつ?気持ちわりぃ」
「天河って、俺らにも話しかけてくれるけど、いつも何考えてるかわからないんだよね」
「そーそー、どうせ笑顔の下で俺らのこと見下してるんだぜ」
「底辺に話しかけてる僕優しいって?そんなこと考えてたら性格悪いどころじゃないよな」
そんなつもり、微塵もなかった。けれどそう思われているんだと理解してしまった。でも、生まれ持った性格はそう簡単には変わらなくて、翌朝、僕はいつも通りクラスメイトの前で笑ってた。
人にやさしくするのは僕がそうしたいから。誰かの世話を焼きたいのは僕が世話を焼くのが好きだから。…それなのに、そう思われていた事実に僕は確かに傷付いて、怖がった。でも僕は変わらなかった。いや、変われなかった。
都合がいい人間でいいじゃないか。裏で何を言われても僕は僕のやりたいように動いているんだからそれいいじゃないか。そうやってずっと生きてきた。生きてきたのに…。彼は、吸血鬼君は正面から迷惑そうな顔で僕を見た。見てくれた。
彼の、吸血鬼君の、ガーネット君の目に映るのは都合のいい人間じゃなくて、天河天音だった。それが無性にうれしくて、一緒にいたくて。それなのに僕は彼を利用していて。その事実に胸が痛くなる。こんなの…。こんなの、あのクラスメイト達と同じなんじゃないかって。
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…ああ、ほんと、考えがまとまらない。言いたいことは言えたはずなのに。もっともっと、本当は話したかったって言ったら君は迷惑そうな顔をするのかな。それとも困ったような顔をさせてしまうんだろうか。
でも、でもね。僕が君に言った友達だって言葉も行動も、君に恩返しをするためになんだってする覚悟も、……君のこと、ずっと待ってるって言葉も。嘘じゃない。嘘じゃないよ。都合のいい天河天音の言葉じゃなくて、全部、君の友人である天河天音の言葉なんだ。
君は信じてくれるかな。僕に友達がいなかったって話。「ばかいえ」なんて冷たくあしらわれるのかな。それでもいいな。ああ、ほんと。もっとたくさん話したかった。話したかったなぁ…。
どんどん失われていく体温と感覚。自分が死ぬってわかってるのに、それでも僕は最初で最後の友人の顔が見たかった。
視線を上げる。君の唇が見えた。そこで、僕は───。
死後の世界で僕は水辺を覗き込んだ。ここでは現世を見ることができる。もう何千年こうしているんだろう。まあ、ゆっくり来てほしいからあと千年くらいはこうして覗き込んでもいいかもなぁ。なんて思いながら自分が作ったお菓子をかじる。
結局。僕は最期の時、彼の顔を見ることはかなわなかった。若干悔しい。最後に見たのが友人の顔じゃなくて唇ってどういうことだろう。
水辺に映る友人は僕の妹だった子と話していた。無事に愛璃は転生できたらしい。何回目だったかな。僕もずっと前から転生の話が出てるけど全部蹴ってる。だってガーネット君のこと待つって約束してるんだから。
ふわりと風が頬を撫でた。その心地よさに目を細めて、僕はもう一口お菓子を口に放り込み、立ち上がる。
「さて、今日のガーネット君観察終わり!天使君たちのお手伝いに行かないとね」
ねえ、ガーネット君。君は地獄に行くと思っているようだけど、死後の世界は案外死人にやさしかったよ。だから、僕はこれからもここで待つね。ずっとずっと。君はたくさん思い出を作って、たくさん旅をして、たくさん笑ってここに来るんだよ。
そしたら聞かせてほしい、君が、僕の友人であるガーネット・デマントイドが経験した人生のすべてを。