コイバナ 久しぶりに怪盗団の全員が揃うということで、ルブランを貸し切ってパーティーを開いていた。全員成人を過ぎ、多少は落ち着いてきたがそれでも賑やかに宴は進む。そんな中で、春は片隅でちまちま日本酒を傾けるリーダーに目をやった。
白い頬が酒で仄かに赤みを帯び、長い睫毛が濃い影を落とす。上着は脱いでしまっていて、襟ぐりの空いたシャツから覗く首筋には赤い「痣」がくっきりと残されていた。どう見ても色めいた事情しか伝わらないそれが彼の首元にあるだけで妙に微笑ましく映る。恋の実った証拠だ。春は酔いも手伝ってちょっとからかってやりたくて、軽い気持ちで問い掛けた。
「ふふ、恋人さんとうまくいってるのね」
「ん?」
「首。赤くなってる」
「ああ……」
彼はするりと首に手を当て、思い返すように視線を流す。やはり心当たりがあったのか。なんとなく察してはいたけれど、少し寂しい。春はおっとりと微笑んで彼を見つめた。
「恋人、できたときに教えてくれたってよかったのに」
「気づいてたのか」
「仲間ですもの。それくらい、ね? ……お相手のこと、聞いてもいいかしら?」
「これは、そうだな、……悪い虫に刺されたんだ」
彼は困ったように笑って嘯いた。一瞬の逡巡で嘘だなんて丸分かりだし、春だとてそれなりに女として生きてきたのだ。虫刺されかどうかなんて見ればわかる。
「虫さんなの?」
「ああ。とびきりきれいで大きいの」
「そうなのね。でも、そんなことを言ったってとってもその跡を大事にしてるみたい」
やわらかく甘い笑顔を浮かべながら、無意識にだろうか、ゆっくりと痣のある辺りを指先が這っていく。それが随分と幸せそうに見えたのと、恋人を虫に例える言い草の酷さに春も笑ってしまった。
「まあな。俺が飲み会だって言ったらわざわざこんな上着で隠れるぎりぎりにつけてたから、かわいいだろ? 普段はめったにしてくれないのに」
「ふふっ!」
追及でも避けたいのか、悪い虫、なんて嘯いてはいるけれど、笑顔は相変わらず蕩けるようであてられてしまいそうだ。本当に大事に想っているのだろう。機嫌の良さそうなふわふわとした雰囲気を漂わせ、彼はまた一口酒を飲んだ。わざわざ見せ付けるように晒された首元は白く透き通って赤い印がよく映えており、牽制するかのようにくっきりと存在を主張している。
「とっても好きなのね。素敵」
ころころと笑う春の言葉に、ぽかんとした表情をした彼は、すぐにくしゃりと相好を崩しておどけたように言った。
「そうだな。かわいいは正義だと思わないか?」
幸せそうに細められた瞳に、周りの音が一瞬止まった気がした。彼もこんな表情ができたのか、と妙な感慨にふけりつつ、春は彼の空いたグラスに酒を注いでやる。
「うふふ、ごちそうさま。幸せそうで何よりね」
「ありがとう。こんな惚気、春たちにしか言えないから」
そんなことをさらりと言えてしまう彼に勝てるのは、きっと誰もいないに違いないと春は思っている。恋人なら勝てるのだろうか。彼の愛を受ける「悪い虫」なら。それでもきっと、惚れた方が負けの理論に従って勝率は五分を越えないに違いない。
彼の僅かに弾んだ声音に春も幸せな気分になって、そっとグラスを合わせた。
「あなたの恋に、乾杯!」