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    hashi22202

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    hashi22202

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    わしはもう疲れたのだの後、最後の戦いに出るトラキア王の話
    (一人称わしは作っている派)

     名前が呼び上げられたとき、彼らは誇らかに頷いた。トラキアでも、屈指の古兵である。懐かしい男たちだった。慕わしい男たちだった。これまで、必死になってトラキアに尽くしてくれた者たちだった。──しかしだからこそ、彼らには生存が許されなかった。彼らの穂先は、いつも血で汚れていた。特に、北トラキアの男の血で。
     出撃の意味を、彼らは最期まで理解することがないだろう。だから彼らはこの本土決戦という重要な局面で、王の直属として起用されたことに、輝かしい顔を見せていた。いつもそうだった。我らが王、我らが希望、我らが祈り。あらゆる苦難と汚辱に塗れながらも、ずっと彼らは眩い瞳のまま、おのれを見つめていた。いつかこの王が、この国を救ってくれるのだと。いつか報われる日が来るのだと。頽れることなく、貧困にも、惨めにも俯くことなく、誇りをもって前を見据えていた。彼らの、輝かしくつつましい未来を胸に。
     しかし今日、初めてトラバントは彼らを「未来のない戦い」へと差し向けた。反乱軍はレンスターと同盟している。かつて主君を、友を、親兄弟を失ったレンスターの兵は、彼らを許しはしないだろう。そして同様に、彼らもレンスターを受け入れはしないだろう。だから、息子が和平をするためには、トラキアに残っていてはいけなかった。──おのれと同じように。
     そうしてトラバントは、彼らを選び抜いた。だから今これから死にゆく竜騎士の、誰の名前もトラバントは呼ぶことができた。あいつは初陣の時に腕をやって、あやうく竜騎士としてダメになりかけた。あいつは昔郷里に好きな女がいて、けれど遠征から戻ったら他の男と結婚していたと泣いていた。あいつは三人兄弟の末っ子で、鈍臭いと兄二人からは揶揄われていたのだが、結局生き残ったのはあいつだけだった。あいつは勇猛のわりに毛虫がダメで、見れば飛び上がって逃げたから、みんな笑ったものだった。あいつは去年、娘を嫁に出した。部下からは鬼と呼ばれる男が、式の間はずっと泣いていたという。あいつは、あいつは、あいつは──。
     トラバントの唇が震えた。死ね。死んでくれ。頼む。そう言ってしまえれば、どれほど楽か知れなかった。しかしその背約が許されるはずがないことも、トラバントは知っていた。これが、手酷い裏切りであることを。今まで彼らがどれほどトラキアに尽くしてきたのか、誰よりも知っている。それに、ずっと報いてやることができなかった。北トラキアを失って以降、ただひたすら、粥を水で薄めるようにして日々をつないでいたのである。そうして以前と比べて小粒の、誇りも何もない依頼で食を求めることに疲れかけた彼らを、トラバントは必死で奮い立たせていた。まだ望みはあるのだと。いつか、帝国の隙をついて北の豊かな地を手に入れるのだと。しかしそれもついに叶わず、とうとうトラバントは、彼らの命そのものを取り上げるのである。そう思えば、とても正気ではいられなかった。
     士気高く、冗談すら交わしながら竜に鞍を乗せ、轡を喰ませる騎士たちの顔を密やかにひとりひとり焼き付け、トラバントは静かにおのれの竜のもとに辿り着いた。甘えるように鼻面を擦り付ける頭を抱え、よしよしと撫でさする。これとも最後だと思えば愛しさが募り、手を離すことが忍びなかった。トラバントは目を伏せ、竜の喉が鳴るのを聞いていた。
     なあ、と、トラバントは囁いた。竜の大きな瞳が、くるりと主人を見た。唇がかすかに震え、小さな吐息が漏れた。
    「──俺と一緒に死んでくれ」
     竜が、応えて喉を鳴らした。わかるはずもないか、と、トラバントはかすかに笑った。

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    hashi22202

    DOODLEバーハラ直前、クロ一ド神父がモブ騎士を治療する話。あとで修正するかも
     虫の声がする。
     夜は冷え込むと言っても、フィノーラの砂地を過ごしたあとの、バーハラの平原である。上掛け一枚を羽織れば、どれほどのこともなかった。ただ、夜露が僧衣の裾を濡らすので、そればかりは少し閉口した。
     松明の灯りと煙に遮られながらも、月は高く、鋭い光でもって夜空に鎮座していた。明日も晴れる。そんな天候の見方も、こう従軍していれば、いつしか覚えるものである。そうして、おのれが知らぬうちに培っていた知識を意外に思いながらも、いっそ土砂降りになってくれないかと、クロードはふと思いもした。──それで、何かが変わるわけでもあるまいが。
    「これは、神父様」
     天幕を潜ると、なじみの騎士が頭を下げた。エッダ公爵であるクロードがその呼称で呼ばれるのはあまりにも気やすすぎたが、しかしクロードは、それを気にも留めなかった。ひとつにはフリージの公女があまりにも神父様神父様と連呼していたものだから、みなそれに釣られてしまったところもあるのだが、しかしまわりから見た彼は、あまりにも「そう」でありすぎた。もっともそれが彼の公爵であることを損なうものではなかったが、しかしやはり彼は「そう」であった。彼の本質は、結局はそちらであったのだ。
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