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    1YU77

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    1YU77

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    拗らせている現パロやぎしず 手癖100%

    泡沫◆  








      



    「八木さんっ!」
     息が上がる。なんでこんなに足が速いんだ。
    「やぎさんッ!」
     声が裏返る。必死で走った。
     そうしなければ、人の波間に八木が交ざって隠れてしまう。
    志津摩だって足は速い方なのに。全然、追いつかない。
     みるみる遠く離れていく背に手を伸ばす。
     数えきれない人の顔がこちらに振り向く。それを掻き分け足を突き出す。
     すみません、通ります、すみません。呟きながら押し退けてでも走り抜ける。
     その姿をまた見つけて口を開く。
    「待って、やぎさん!」
    声が掠れる。喉を血の味が噎せ返る。
     人の塊を抜ける度、自分が出せる限りの全速力を出して足がもつれそうだ。
     あまり大きな声をだすことなんてないのに。
     それでもますます八木は見えなくなる。
    「やぎさんっ!!」
     叫んだ。人混みが気遣わし気に分かれて細い道が開ける。
    その間もみるみるその姿は小さくなる。
     大きな背中があんなにも小さくなっていく。
     このままきっと、闇夜に消えて二度と触れられなくなる。
    「やぎさん!!」
     腹の底から叫ぶ。心臓が飛び出しそうだ。ドクドク廻る鼓動が痛い。
    「まって―――っ!」
     ぐにゃりと足首が捩れる。がくりと膝から崩れる。
     両手を地につくと手と手の間へ汗の水滴が落ち続く。
     ポタポタと鼻先から雫が落ちる。
    「やぎさん、おいていかないで、」
     上擦る声で呻くと、ぐしゃり視界が歪んだ。
     ポタポタと落ちる水滴は瞳から。
    「やぎさん、っ……、ぅ、うう」
     腕がへなへなと曲がりそこへ蹲った。
     心臓がバクバクと脈動する。息が上がる。
     押し殺してもどうしても隠せない涙声が漏れる。
    「やぎさ、ぅ、ううー……」
     ザ、ザ、ザ。
     誰かが歩み寄ってきて、丸まった背に手を置いた。
     口を噤む。漏れ出る苦しい息だけを抜いて。涙を止める。
     背に乗った手は動かない。そっと指が背骨を包み添うように置かれただけだ。
     こんな街中で想い人の名を呻き蹲る自分を誰かが哀れに思っただろうか。
     心優しい誰かが情けを掛ける。やさしさに触れると増々声を上げて泣きたくなる。
    「す、すみません、大丈夫です、ありがとうございます、」
     平気な声をなんとかして出した、まだ泣き面の顔を見られたくなくて、俯いたまま膝をついて立ち上がる。気遣わし気な手は流れるように離れて。そのまま俯いて頭を下げて逃げ去ろうとしたが。優しい手は、強引に志津摩の手首を掴んだ。
    「わ、あの――ッ、」
     驚いて顔を上げると息が止まる。
    「……血、出てる」
     志津摩の手のひらを睨む男に喉が締まる。手を振りほどこうとしたけれど、できなかった。
    「転ぶなよ、」
     情けない声のくせ大事に志津摩の手を服の裾で拭う。
    「危なっかしんだから、お前は」
     ごしごしと強く拭われると、転んで擦りむいた傷がヒリヒリと痛くて涙がまたのぼってくる。そういえば、打ち付けた膝も捻った足も痛い。身体中、痛い。胸が痛い。ぜんぶいたい。
    「ふ、ぅ、うう、ううぅ、うう~~……」
    「おい、さっき大丈夫って言ったとこだろ」
     両手を包まれて、涙が止まらなくなる。
     相手が八木なら話は違う。なにも「大丈夫」じゃない。
    「やぎしゃ、きらい、ばか……」
     見慣れた八木の重たい靴の先が見える。涙で滲んで悔しくて、潰れた呻き声が漏れる。
    「おれは……きらいじゃない。ばかだけど、」
     呟かれてまた「ばか」と呟いた。
    「ずりいだろ、なくなんて」
     ずっと八木の前で泣かないようにしていただけだ。
    「お前がっ……別れるっていったんだろ、だめだって、いったのおまえじゃねえか、」
     志津摩の手を握りしめた八木の手に力が篭る。
     だって、しかたないじゃないか。志津摩だってちゃんと別れたかった。
    「志津摩……、泣くなよ」
     うんうんと頷いて、強く目をこする。
    「ごめ、」
    「いいよ、謝るな」
     志津摩は嗚咽を抑え込む。乱れた息を整えようと大きく呼吸する。八木はトントンと軽く志津摩の背を叩いた。それから志津摩の腕を掴むとあっという間に背負った。戸惑って口を開くが遮られる。
    「おちそうだからちゃんと腕まわせ、歩き難い」
     志津摩を背負い直し自分の前に志津摩の腕をぐっと引く。
     仕方ないからと頭の中で言い訳をして、志津摩は八木の首に腕を巻き付けた。ぎゅっとくっつくと温かくてまた泣きたくなった。肩に顔を埋めるともう抑えが効かない。毎日この匂いを嗅ぎながら眠っていたのだ。なにもかもが甦ってしかたがない。もう一生この匂いを嗅ぐことなんてないのだと思っていた。心に誓ったのだ、もう八木とは別れると。
     それなのに楽しかったことも怒ったことも寂しかったこともなにもかもが溢れ出す。
     つらいことだってあった。でも、振り返るとその全てが愛おしかった。
    ぐすぐす啜り泣いてしまうと八木はため息を吐いた。
    「志津摩……もうしないって約束する?」
     返事はでてこなかった。約束できない。だって、ずっと恐いのだ。
    「別れるってもう言わない?」
     きっと言うだろう。もう無理だと志津摩はまた八木から逃げ出すに決まっている。
     繰り返すのだろう。そうやって八木を傷つける。
     それが辛くてやっぱり別れようと心に決めたのに。
    「志津摩。おまえのこと、わかんねえよ」
     さみしい八木の声に胸が軋む。ただ、ぎゅっと腕に力を込めて八木にくっついた。
    「おれのこと、すき?」
     志津摩は、声が出せなかった。すきだと言いたかった。
     八木だけがすきだと言いたかった。嘘じゃない、本当だ。
     でも、別れようとする志津摩にそれを口にすることが許されないような気がして。
    「俺は、おまえのことがすきだ、わかってくれよ」
     志津摩は八木の背中で小さく頷いた。
    「だから、お前が辛いなら別れてもいいよ」
     優しい声だった。
     とぼとぼと見知った街を歩く。八木に背負われ煌びやかな喧騒の中。
     そこら中、八木と一緒に行ったところばかりだ。
    「お前がどうしたいのかわからない。どうしたら、一番お前にとっていいのかわからない」
     志津摩にだってわからない。八木の傍に居ても不安になる。八木が離れると悲しくてたまらなくなる。八木が、誰かと幸せになってくれたら、諦めがつくのだろうと、即ち別れようと思ったのに、できなくて、悲しくて泣いて呼んで追いかけて。
    躓いて転んで、八木が戻ってきてしまった。
    「おれだって、本当はわかれたくない、けどお前が辛そうにするから、俺だって辛い」
     そんなこと話してくれたことないじゃないか。八木こそ別れると言えば怒り狂って拗ねるじゃないか。今回は「本当にいいんだな」と悲しそうに出て行ってしまったから。
    本当にもう逢えないのだと実感が迫ると、堪え切れなくなった足が勝手に駆けだしてしまった。必死に八木の背を追いかけた。酷い自覚はあった。
    置いていかれたくないのだ。あくまで、自分が置いていきたい。
    「志津摩。俺じゃだめなのか」
     そうかもしれない。「八木さん」だからダメなのかもしれない。
    「なあ、何がそんなにつらい、なんでお前は俺と別れたいくせに泣く」
     八木の声が弱っていく。
    「なんで、俺のことを呼ぶ、俺を捨てようとしたのはおまえだろ、」
     だからごめんなさい。そう謝りたいのに声もでない。口を開くと泣いてしまいそうだ。
    「志津摩、泣きたいのは俺だ」
     やっと頷いた。知っている、八木こそがいつも隠れて泣いていたのだろう。
     志津摩は交際中、何度も逃げようとした、何度も癇癪を起すように出て行こうとした。
     その度、八木は怒り猛り志津摩を捕まえて叱りつけた。
    そのくせ後からめそめそ出て行かないでくれと声を震わせるずるい男だ。
     けれど、わかっている。志津摩はたちが悪い。八木に直してほしいところなんてないと言うのに何度も八木を捨てようとした。そのたび、八木は肝を冷やして志津摩を追いかけ必死に縋る。「なにが嫌なんだ」「どうして別れたい」「どこにもいくな」そう縋られるとホッとしてまたずるずると志津摩は温かい関係に甘えて浸かった。
     けれどすぐに不安が積み重なる。これはいつか終わるものなのだ。
     ならば、心の準備をして自分から終わらせようと。
     八木からすると昨日まで仲良く一緒に眠っていた志津摩にいきなり裏切られ別れたいと突き放される、それどころか突然、家に帰ってこなくなる。八木は酷く心配していつも志津摩を探し回って追いかけてきた。次第に「どうして」というわけを聴くこともしなくなった。
    そして、つい三か月前に八木は言ったのだ「おれは、もう追いかけない」
    そうして志津摩が呟いたことを引き金に八木は自ら「もう俺が出て行くよ」と泣き笑った。
    とうとう諦めたのだ。志津摩のことを。
     そのくせに、志津摩が転んで泣いたら、ほっておけない。八木はそんな人なのだ。
    「帰る? 帰らない?」
     八木の問いに答えられない。
    「一緒に帰ろう、志津摩」
     八木の声音が悲しい。
    「泣くなよ、もうほってったりしないから」
     ごめんなさい。声にならず背中にしがみつく。
    「いいよ、もう。降参降参。お前が置いていけばいいよ」
     ごめんなさい、ごめんなさい。
    「お前が出て行きたいときに出てけばいい、俺にはお前をおいてくことはできん」
     首を振るけれど八木は諦めたように笑った。
    「お前に泣かれるとかなわん」
    「ごめ、なさい……、」
    「まさか泣くとは思わんかった」
     志津摩も自分が追いかけて泣いてしまうなんて思わなかった。
     だって自分から突き放そうとしたくせに。
    「もういいから、お前のすきにしろよ。惚れた弱みだ」
     よいしょ、と背中から下ろされて志津摩はぐしぐし涙を拭いとる。
    「そんなに擦ったら赤くなるぞ」
     それでも強く擦って全部拭い去る。
    「泣かんでいいだろ、もう、ほら、俺はどこにもいかねえよ、」
     八木は志津摩の顔を覗き込むと服の袖で赤い鼻を拭く。
    「きたないですよ、やぎさん」
    「鼻水がなんだよ、ちんぽまでなめてんのに」
    「ばかぁ~~!」
    「しってるって」
     はぁ、と気の抜けた息を吐くと、八木は天を仰ぐ。
    「いつ捨てられるかわからない俺の身にもなってほしいわ」
    「捨てる気なんてないもん」
    「あ~~そう? ちぐはぐですよ、志津摩くん」
     とぼとぼ歩くと二人のアパートに辿り着いてしまう。
    「いっかい風呂入った方がいいんじゃねえ? 服も汚れてるし」
     八木に手首を取られて仕方なくついて行く。
    「鍵。返して」
     数時間前、八木に無言で投げつけられた鍵だ。
    『もう、わかった。おれがでていく。』
     八木の据わった目を見て凍り付いた。
     志津摩はその鍵を握りしめて、サンダルに足を突っ込み、駆けだし八木を追いかけた。
     その投げ捨てられた鍵を見て、志津摩はそれでアパートの鍵を開ける。
     八木には返さず玄関へ入った。
    「おーい、しずまくーん、鍵~」
    「……あげません、」
     だって八木が投げつけてきたのが悪いのだ。八木は声を荒げて抗議する。
    「なんで! 不便だろ!」
    「……俺が、いないと入れないの面白いですよね」
    「こわいこと言い出した……ここの名義俺!」
    「だったら、やっぱり出て行くのは俺の方ですね」
     志津摩が笑うと、八木はその志津摩の頬を抓る。
    「しずまくん、いい加減にしようか。鍵を返しなさい」
     言われて志津摩はポケットから自分の鍵も出して二つ八木の手のひらに乗せた。
    「お前なぁ! さっきの今でどれだけ俺をいじめたいんだ?」
     がしりと肩に腕をまわされリビングへ連行される。ソファに座らされて志津摩はぽかんと八木の背を目で追う。自室に入ったと思うとすぐに戻ってきて志津摩の隣にどすりと腰掛けた。
    「はい。失くすなよ」
     鍵を返された。しかしさっきまで鍵に無かった赤いリボンがついていて。
    「え、」
     そのリボンには銀色の輪が結ばれている。
    「お前がすぐ別れたがるから。わたせなかった、ずっと」
     はぁと八木は決まり悪そうに溜息を吐く。
    「もっとさ、記念日とか、誕生日とか、そういう時に渡したかったけど。お前、記念日近くになると逃げだして家出とかするだろ、けんかしてる時に渡すのもへんだし、そもそもこんなの渡されてもお前は困るかもしれんとも思ったし、はぁ~お前は本当に俺泣かせすぎる、俺は真面目にいろいろ考えてるってのに――、」
     照れ隠しかべらべらと話す唇に思わず口づける。
    「やぎさん、」
    「……なんだよ」
    「決まらないですね、」
    「はぁ? ほんと腹立つなお前。お前のせいだろ」
    「……わかれたいけど、おれは、やぎさんがだいすきなんです、」
     今度は、涙を拭わなかった。ぐすぐす涙が溢れるけれど、嬉しいからそのまま泣いた。
     指輪なんてベタなものに大きな価値を感じることもなかったけれど。
     八木がずっと渡したくて渡せなくて、ずっと準備して眠らせていたのかと思うと愛しさにあふれてたまらなくなる。志津摩は嬉しくて泣いた。愛されていて泣いた。
    「え、うあぁ、い、志津摩、泣くな! おい、また泣くのか!」
     焦る八木にまた笑ってしまう。
    「う、ぅう……、うれしい、です」
     しみじみ呟くと八木にがしりと抱きすくめられた。
    「……そんなに喜ぶなら、さっさと渡せばよかった、」
     八木はぼそぼそ呟いてへにゃへにゃの志津摩の手を取り指へそれを嵌める。
    志津摩は左手を掲げてライトに照らしてみた。なんだろう、こんなただの輪が、うれしくてならない。たんじゅんなものだ。
    「俺は、八木さんのものってことですか」
    「いや、今までもそうだけど」
    「そうなんですか?」
    「え、そうだよ??」
     何を今更、当然。と言われ志津摩は力が抜けて八木にもたれかかる。
    「じゃあ、八木さんも俺のものですか」
    「どうかな」
     八木にニヤリと笑われ、わき腹を殴る。じゃれついて八木にのし掛かると腰を掴まれ抱きかかえられて。そのまま上に重なり倒れた。
    「志津摩、すきだから、いっしょにいて」
     短い言葉が全てで志津摩は目を閉じる。
    「すきだから、別れたいときもありますよ」
    「ふーん。わからん」
    「やぎさんお子様だから」
    「うるせ~ェ、クソガキ天邪鬼志津摩にだけはいわれたくねぇ~~」
     また抱きすくめられる。遠慮なしに首元に鼻先を突っ込まれるのも慣れたものだ。
    「お前の匂い嗅ぐとよく眠れるんだ」
    「うん」
    「だから毎日一緒にねたい」
    「そっか」
     ソファにぎゅうぎゅう二人で寝転がってぼんやり白い天井を見る。
     深刻な別れ話はするくせにずっと仲良しなのは面白い。険悪だったことはない。
     何故なのか自分にもよくわからない。志津摩は八木を嫌いになったことがない。
     なのに、別れたくなる。理由はあまり考えたくない。未来を考えると全てがこわくなる。
     また今回も、流れるように、誤魔化すように、片目を閉じて、別れられず、八木に寄り掛かる。そうやって毎日を重ねていくのだろうか。これでいいのだと思い切れずに。
     ただ今の幸せを抱えてそれに縋る。
    「八木さん、俺のどこがいいんですか」
    「んー……そうだなぁ。しいていうなら、」
    「うんうん、」
    「顔」
    「ふは! さいあく!」
    「身体、匂い!」
    「あはは!ダメだこの人、もう誰でも良くないですか!?」
    「だめだめ、しずまくんじゃないとダメなのー」
     じゃれついてすりよる八木を押し退けていやいやと逃げる。
    「も~~笑わせないでください!」
    「はい、そういうお前は? 別れたいのにすきなところがあるという狂人のお前は!?」
    「……えー、……んー」
     腕を組んで考える。あまりにも、たくさん出て来て、迷うくらいで。
     もう言葉ではどう伝えればいいのかわからない。
    「は??? 悩みすぎじゃね?」
     八木が文句を言うから志津摩はじっとその顔を見詰めて微笑んだ。
    「顔!」
     頬を撫でると八木は目を見開いて。
    「ははは! さいあく!」
     嬉しそうに笑って志津摩を抱きしめた。
     次の別れ話まであと幾つ。
     しぬまでそうして居られれば、しぬまで時間稼ぎができれば、それでいいのかもしれない。
     俺が八木さんを看取れる、そんな日が、もしもくるのなら。
    その時にこそ、これまでの道すがら全ての答えがわかるのかもしれない。



     




     
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