推しCPびんご① 付き合うまえの相合傘推しCPビンゴ① 付き合う前の相合傘
※キャラ崩壊注意※ 幼馴染らしきやぎしず
うにゃん。愛猫がちょうどみぞおちの上に丸まってきて苦しくなった。
息苦しさに眠りから覚めごしごしと目を擦る。すっかり日も暮れそうな、薄暗い涼しい夕間暮れ。蛙の声がざわざわと響いている。
ガラス戸の隙間から涼やかな風が吹く。昼間はひどく暑かったが今は心地よい気温だ。
「――……わぁ!」
志津摩は飛び起きた。愛猫は文句の鳴声を唸りながら駆けだす志津摩から離れ毛繕いし始める。バタバタと廊下を走り縁側のつっかけに足を突っ込んで庭に飛び出す。
ザァー、雨が降りそそぐ。地面が濡れていく。
物干しにかかった洗濯物も濡れていく。やばい。とても。おわった。
しょげながらも志津摩はびちょびちょと着物を腕にかけ取り込む。
濡れた襦袢が重くてかなわない。たまったもんじゃない。
自分もびしょびしょに濡れそぼる。
「しずーただいまぁ~!」
明るい声と共に玄関の戸がカラカラ開かれる音を聞き志津摩は肩を落とししょげる。
「おかえりなさーい!」
声を張ってから、縁側でしっかりと足を拭い玄関へ向かう。
「おかあさんおかえり~、雨、大丈夫だった? 濡れてない?」
「うん、だいじょう、ってしず!? なに、どうしてしずが濡れているの!」
ごしごしとタオルで頭を拭きながら志津摩は苦笑いする。
「ごめんなさい、洗濯もの取り込むの間に合わんかった~」
「え~~! 今日は降るから早めに取り込んでって云ったじゃない!」
「ごめんってば、寝てた! えへへ!」
「もう、しずは呑気なんだからぁ」
「ごめんなさい~」
「はやく着替えなさいね」
「はーい」
びちょびちょの洗濯物を丸めて縁側に放置しているのは後でまた怒られよう。
そそくさと着替えるがまだ髪がすこし濡れている。それでも水滴はもう落ちてこない。坊主はこういう時にすごく楽。想像通り、母が縁側の方で怒りの声を上げているが聴こえていないふりで畳に寝転がる。うにゃん、とまた愛猫がやってくる。背中だけをくっつけて志津摩の隣にまるまった。手をのばしてもそもそと背中を撫でてのんびりと本に手を伸ばす。
「しず~!」
また呼ばれて仕方なく起き上がる。母は人使いが荒いのだ。
「なに~!」
生返事をしているとバタバタ母がやってくる。
「あなた、正くんに傘もっていってあげなさい、駅までね」
「え」
名前を聴いてぎくりとする。正くんとは八木正蔵さんのことであり、志津摩の近所に住んでいた幼馴染のような兄のような、へんな存在である。
「え、八木さんに? なんでー!」
「なんでって、こんな雨で帰れるはずないでしょ」
「いやいや持ってってるでしょ」
「さっきね、正くんのお母さんと話してきたところよ。忘れてったって」
「え~~~! そんなん俺は知らんよ!」
「そういや、久しぶりね、あなたと正くんが逢うの。近くに住んでるのにねえ。でも、可笑しな子ね。いまごろ八木さんだなんて。しょうくんしょうくんてなついてたくせに」
「いやいや! 八木さんだってば。馴れ馴れしくできるわけないでしょ、今あの人大学いってるんだよ~~!? もう前みたいに俺とあそぶこともないってば」
「まあ、そうだけど……あのやんちゃな子がねえ……すっかり立派になられて」
「そうそう! 俺とはもう違うの!」
「見習ってしずもそろそろ働きなさいな」
「やだぁー、俺ね、外国へ旅にでたい!そこで働く~!」
「また言ってる……このご時世でそんなこというんじゃありません!」
叱られげっそり肩を落とす。
『正くん』は意地悪でやさしい志津摩の憧れのおにいちゃんだったのだが、年も離れている。相当に優秀でなければ通れない大学への進学で地元を離れていき、逢うこと遊ぶこともなくなった。数年前にふと帰省し見かけた時の姿は異様に大人びていて腰を抜かした。
あなた誰。そこで親戚と笑っていたのは、悪童「正くん」ではなく立派な青年の八木さんだったのだ。志津摩はひっそり両親の陰に隠れ挨拶にきた正くんだったらしき青年を遠巻きに見てぺこりと頭を下げただけだ。
十代の数年は男子を青年に変えてしまうほど大きな時間だったのだ。
正くんはイタズラばかりする悪ガキで近所の男子とけんかしては大人に拳骨で叱られ、幼い志津摩を子分のように連れまわし、とてもとても、かわいがってくれていた。
周りよりも年下で幼く人当たりのよかった志津摩が、ほんのイタズラでわるがきにいじられようものなら烈火のごとく怒り木刀で殴るような激烈ガキでもある。いつも志津摩を自分のものみたいに大事にしてくれた。本当の弟のように可愛がっていた。
久しぶりに志津摩をみつけた「八木さん」の方は、朗らかな表情で「しずじゃねえか!でかくなったな!」と嬉しそうに頭を撫でてくれた。たいへんよわった。
見た目は恐い大人になっていたが、中身はわりと「正くん」のままだった。
あれからまた暫く経っている。八木さんはもっと大人になっているのだろう。
むりである。もういっそ知らん人。どんどん優秀に男らしく成長する八木さんとは顔を合わせ辛いし、志津摩はそういう男子社会が苦手なのだ。
のらりくらりと自由にやっていきたい。
「とにかく、行きなさいね!任せたわよ、奥様にもしずに行かせるって言っちゃったんだから!」
もう既に夕飯の支度をしだした母の言葉に飛び上がる。
「え~~~!!!?? なんでそんなこと勝手に決めるの~!!」
「なに、駅なんてすぐそこでしょ? へんな子ね、正くんとけんかでもしたの?!」
「違うけど、ん~~~、う~~」
「もしよかったら、家にも寄ってもらってね、何かお渡ししたいからね」
「はぁい、わかりましたぁ……、いってきます、」
また愛猫をころりと横に転がしひと撫でしてから立ち上がる。
のろのろと着替えて、頭の中はいろんなことでごちゃごちゃのままで玄関を出る。
ザァー―――――。
どしゃぶりだ。
この雨の中、歩かせたらたしかにかわいそうだ。
もう、しょうがないなぁ。なんとなく気が重い、理由もなんとなくわかってはいる。
バサッ!と傘をさして玄関の戸を閉めた。
バラバラと雨粒が傘で弾ける音を聴きながら歩いているとあっという間に駅についてしまう。時間はだいたい合っていたはず。ぞろぞろと人混みが出てくるのを見ながら、あの人が出てくるのを探す。
暫く行き交う人の波をみていると、はっと一瞬にして見つける。
自分でも少々ひきはするが、彼は背が高いのだと言い訳をする。
すぐに声をかけなければならないけれど、なんだか気負いする。
八木さんは、きょろきょろと辺りを見回し駅の出口で空を仰ぎ、途方にくれている。
今だ、声をかけろ、と自分を嗾けるけど、うまくいかない。
「あ、っ」
八木さんは、手に持った鞄を頭の上にして駅舎から出て来て。
そこでやっと駆けだす。
「や、やぎさん!」
ばしゃばしゃと濡れた道を駆け寄ると、八木さんがハッと此方を向いた。
「お、お⁉ お前、しず! しずまじゃねえか!!」
振り向いた八木さんは既に濡れているがつり目を丸くして志津摩に気付くと、険しい真顔はぱっと明るく笑う。
「しず~! どした、なんでここにおる!」
「あ、え~~~、と、まずは、こっちきて!」
とりあえず八木さんの腕を掴んでまた駅舎の屋根の下へ避難する。
雨を避けふうと傘をたたむ。ちらりと八木を見上げると、ニヤニヤこっちを見ている。
「なんだ、志津摩、またでかくなったなぁ。お前」
顔を覗き込んで来るがそっちは見ずに、気まずく正面を見たままにした。
「そう、かなぁ、? やぎさんのほうが、またでかくなったきがする」
「なんだよ、よそよそしいなぁ!へんなやつ」
「うー……いや、まぁ、あの、かえりましょう!」
ね!と傘を差しだして気づく。
「ん? なに」
固まる志津摩に首を傾げている。まずいことに気付いた。ぼーっとしていたせいで。
「あ、あ~~……、おれ、お母さんに頼まれて、しょうくんに、傘もっておむかえきたんだけど、」
「え、そうなん。ふは!」
呆れたというように笑う。
だって、志津摩がもっている傘を渡せば、志津摩が差す傘はなくなる。
忘れたのだ。八木の分の傘。まぬけすぎる。なにをしにきた。
「うあああ、ごめんなさい、わすれた!!!傘もってくるつもりなのに!傘わすれた!」
「あはは! しずかわんね~~相変わらず、のんびりしてんなぁ」
八木さんはなんてことないと笑い飛ばし、志津摩の手から傘を奪い取る。
「それ、つかってください、俺きょうすでに一回、雨にぬれてるんです」
「あほか。小さいけどなんとかなるわ」
は??と思った時には八木は志津摩の肩を引き寄せてぶつかるくらいくっつくと一つの傘におさまった。
「え! だめ、かっこわるいもん!」
「はぁ? かっこわるいもんか!」
志津摩が逃げようとすると八木はますます志津摩の肩を掴んで逃がさないと狭い傘に入りたがる。あの八木を男と同じ傘に入れて地元を歩かせるなんてできるもんか、と志津摩はバッと傘から飛び出す、と。
「正くん」は恐い顔になった。
「ああぁ!? なんで!」
いきなり傘をしっかり巻いてとじてしまうと、志津摩の横をすたすた歩く。
「おまえが濡れるなら俺も傘なんかいらん、そもそも濡れてもいいし!」
「え~~そんな、こどもみたいな、」
強がる二人だが、どしゃぶりである。
ものの数秒で二人そろって濡れ鼠。靴の中が水たまりみたいにぽちゃぽちゃしている。
「え~~~! せっかく迎えに来たのに!意味ない!」
志津摩が怒ると八木も負けない。
「おれはな、年下を濡らせてまで自分がかわいい男じゃねえんだよ!」
「なにそれ! いみわからん! へんな意地!」
「それはそっちだろ!俺ぁ一緒に帰るっていってんのに!」
「う~~~~……」
ずぶ濡れの八木にじとりと睨まれ志津摩も言葉を飲む。
二人とも濡れるが一番おばかな選択であることは分かっている。
「……いいよ、」
「ん?」
「一緒に、さしてかえりましょ!」
半ば自棄になって宣言して傘の柄を掴むと、八木は嬉々として傘を開く。
バサりと開いてもやっぱり少し狭い。すでに濡れている。ばかすぎる。
いっそ走って濡れながら帰った方がまともだ。
しかし、八木は何やら満足そうである。
「もう、いいよ、すきにして……」
志津摩はため息をついて狭い傘の下に身を寄せ合って濡れたまま歩く。
「ん?」
ふと、どう見たって八木の肩のほうがめちゃくちゃに濡れているし傘に入り切れていないことに気付く。
「ちょっと! 俺はいいんで、ちゃんと入って!」
「じゃ、もっとくっつかんとなぁ」
「そうだねえ!?」
ひらきなおって声を張る。
肩同士がぶつかると八木はまた満足そうに笑っている。
「なんなのもう、濡れちゃってるし、傘使う必要があるかも謎」
「ふふふ、いみはある」
「ないでしょ」
「俺は、今志津摩と同じ傘にはいって家にかえっている!」
「ん? そうですよ??」
「それでいい」
「なに、それ……って、だから俺のほうはいいから、ちゃんと入っててってば!」
気を抜くと八木は志津摩のほうばかりを濡らさないように傘を持っている。
ぶつぶつと訴えても八木はご機嫌に雨道を歩く。
「かっこつけてえだろ! 志津摩の前だぞ! 俺はお前の前では常にかっこいい男でいると決めている!」
「なにそれ、もう……」
はぁと溜息をついて。ふと違和感。なに。今なんて。ん、勘違いか。いや、あれ――?
おそるおそる、八木の顔をそっと見上げる。
「俺が帰ってくるときは、志津摩が迎えに来てくれよ。また傘忘れてもいいぞ」
八木はやっぱり嬉しそうに目を細めて笑っていた。
そしてずぶ濡れで二人そろって家に帰り、母から何故???と呆れて叱られるのであった。その時またちらりと盗み見た八木さんは、反省したふりをして俯いて笑っている悪ガキの「正くん」のままだった。