受が勝手に不安になって暴走するのが好きって話私の性癖の話です。
メンターとメンティーという関係を卒業して、付き合ってる🍕🎧の世界線
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『ディノは穏やかな可愛い人と結婚して、子供が居て……まぁ、そんな""普通""の幸せな家庭の方がいいよね。この歳までズルズル来ちゃったのはちょっと申し訳ないけど、俺と居ちゃだめだよね』ってずっと勝手に思い込んで、ディノとの付き合いを期限付きと考えてるフェイス。
この日に別れを告げて出ていこう、とフェイスはすごく具体的に決めてる。
荷物をまとめて、それをバレないように隠して準備万端にした、決行の前日。
一緒の夜を過ごしてベッドでフェイスを抱き込んで眠るディノに決心が揺らぐ。
いつの間にか安心するようになってしまった素肌から伝わる高めの体温に包まれて、口を半開きにして眠る間抜けなディノの寝顔を見ながら、
今までの思い出にあるどうしようもない彼からの愛情と、
自分の中にある離れ難い…「好き」では収まらなくなった途方もないディノへの恋心を直視してしまって、フェイスは涙ぐむ。
明日には隣に居られない。デートなんでできない。
こうして抱きしめられることもない。
元気づけられたあの笑顔も。初めて体を繋げた時の情けない顔も。フェイスのことが愛しいと雄弁に伝えてくれる瞳も。そんな、今まで自分しか見たことがない表情は、きっといつの日か可愛い女の子へ向けられるのだろう。フェイスだけのものではなくなってしまう。
そう考えると、あっという間に涙が溢れそうになる。考えるな、はやく離れてしまえと脳は警鐘を鳴らすけれど、どうしても身体は目の前の体温と心音の居心地の良さを知ってしまっている。二進も三進もいかなくて、嗚咽が漏れそうな口を必死で覆うことしかできない。
──でも、離れることが『普通』だ。
ディノとフェイスはどうしようもなく『異端』だった。
だから世間にバレる前に離れる。
それがフェイスの出した答えで、最適解。だって、当たり前にそうでしょ。
……そうと分かっているのに、動けない。
柔く抱きしめてくれているディノの腕をそっと押し退けて、ベッドから這い出して、用意した服を着て、洗面台の下に隠した旅行用バッグを持って、そうして家を出て、鍵をポストに入れる。
…それだけだ。
たったそれだけのことをいざしようと思うと、半身が引き裂かれるように痛い。痛くて痛くて、涙が止まらない。
─ だって本当は。本当は、
必死で嗚咽を耐えながら子供のようにポロポロと泣く。必死だったから気づかなかった。
「……、…フェイス」
耳元に落とされた低めの声。
フェイスを抱きしめていた両腕が明らかな意思を持って、ぎゅうと力が込められた。少し悔しいけどフェイスより鍛え上げられた体躯。後頭部を撫でる掌の優しさと、あやすように背中をとんとんと摩るもう片方の掌。
時が止まったような心地だった。いやむしろ止まって欲しいと思った。
ひゅっと息が詰まって、身体が硬直する。
いつも一度寝たら大抵は朝まで起きないから、油断していた。
(まって、どうしよう、…──誤魔化さないと)
「っごめん、悪い夢、みただけだから…」
「……どんな夢だったんだ?」
上擦った呼吸に邪魔されて言葉は途切れ、戦闘ではそこそこ回る頭が、今は全くうまく回ってはくれない。馬鹿、落ち着け、落ち着け。
早くディノを安心させて、眠ってもらわないと。はやく、はやく。
引き攣る呼気と逸る気持ちを落ち着かせるために、意識的に深く息を吐く。
「……ディノが死んじゃう夢かな」
「えっ!…、俺でもフェイスが……、って考えただけで泣いちゃうな…」
「アハ、慰めてくれてありがと。でももう目は覚めたし大丈夫だから…、起こしてごめんね」
嘘の内容に眉を下げて、フォローしてくれるディノに、酷い罪悪感。早くこの会話を終わらせたくて、もう一度眠って欲しくて、少し強引に話を切り上げようとしたフェイスに、ディノはさらに話を続けた。
「じゃあ、フェイスが寝れるまで俺がさっきまで見てた幸せな夢の話してもいいか?悪い夢なんて忘れて、ラブアンドピースな気持ちで一緒に寝よう!」
「…なにそれ」
思わずふっと息で笑う。
ディノがいつもの調子で言葉で、元気よく言うものだから、気が抜けてしまった。
ディノは完全に覚醒してしまったようで、落ち着いた今、あぁ失敗したなと思う。
だが、時間に縛られているわけじゃないんだから、ディノが限界を迎えて寝てしまった後でも大丈夫だろうと思える冷静さも戻ってきた。
どうせ最後だしこれくらいいいでしょとディノの胸元に額を寄せる。ディノはそれを嬉しそうな気配で受け止めて話し出した。
心地好い体温の中で、心地好い音に耳を傾ける。
「フェイスと俺の、色んな1日を巡る夢だった。夢だから、懐かしい日のことも、全く知らない…多分俺の願望だろうけど…そんな1日のこともあった」
「まだ小さいフェイスがアカデミーに来て話した日」
「合宿のことも夢で見たんだ。それを機に、どんどん成長していくフェイスに感動した日…」
「ルーキー卒業の日に泣いちゃった俺の、涙拭ってくれたフェイス、格好良かったぞ!」
「あとはフェイスが俺に告白してくれた日、その後初めてデートに行って、オススメの音楽教えてもらったよな♪クラブに行ったのも楽しかった!もう一回行きたいなぁ」
なんで、なんで、今、
「あ、あとまだ行ったことないけど、この間見たリトルトーキョーのリョカンに2人で行ってる夢も見た!」
「前々から二人揃って休みとってさ、綺麗なリョカンを予約して、紅葉を見に行くんだ」
やめてよ、お願いという言葉は声にならない。
「丸い窓から綺麗に紅葉が見える、いい部屋だった。探せばありそうだから、いつか2人で行こう」
「えーっと…なんて言ったっけ……思い出せないけど、外で入るオンセンが部屋についててすごく良かった!」
「……それからさ、二人で指輪を買いに行ったんだ」
とん、とん、と震える背中をあやす掌。
「お互いがお互いにプレゼントしようって話し合ったんだけど……2人ともすごい凝っちゃって、あっという間に一日経っちゃったんだよ」
「凝りすぎたなぁって2人で笑って帰ったんだ」
「すごく、幸せな夢じゃないか?」
大好きな人の指が熱い頬を拭って、大好きなやさしい掌は髪を撫でつける。
みっともない嗚咽はもうとっくに噛み殺しきれなくなっていた。
ディノが限界を迎えて寝てしまった後でも大丈夫、なんて思った馬鹿はだれだ。
全然大丈夫なんかじゃない。
もう手遅れだ、ずっと前から。
── ディノは『全部気付いていた』。
本当は夢なんて見てない事も、
今日離れようと決意していた事も、
結局離れられなくて情けなく泣いていた事も、
おそらくディノとは期限付きの関係だとフェイスが思っていた事さえも、そして、
── 本当はずっとディノと一緒にいたいと思っている事も。
「……なぁ、フェイス」
頬を両手で包まれて、気が付けばみっともない泣き顔が晒されていた。
こんな情けない顔は、常なら見せたくはない。綺麗な顔してるよなぁとディノが言ってくれる、そんな綺麗な自分だけを見せていたいのに、何故こんなにままならないんだろう。軽く頭を振ってみるけれど、もちろん解放されることもなく、だが晒されたことで、ディノの表情に目を取られた。
涙でぼやける視界でも分かる。
……綺麗なアパタイトの瞳。そこに過剰なほどのあいをのせて、心底愛おしいみたいな。ねぇ、そんな顔で。
「俺もさ、この世でいちばん大好きなフェイスと、ずっと、ずーっと、一緒に居たいんだ」
ディノの口から紡がれたそれの威力は、フェイスの心をべこべこと拡張してそこに喜びを敷き詰めた。
あぁ、馬鹿だ。ほんとうに馬鹿。
普通より異端を選ぶディノも、それを心の底から喜んでいるフェイスも。
──この有り余るあいから逃げ出そうとしたフェイスも。
逃げ出したって捕まるに決まっている。こんな溶けてしまうような愛をくれるひとから、逃げられる訳がない。逃げる方が面倒くさいよって、昨日の自分に言ってあげたい。
アハ、なら、仕方ないよね。
ねぇ、仕方ないからさ、
周りから何を言われようと、隣に、大好きなディノの隣に、ちゃんといてあげるね。