新年のご挨拶ついこの間クリスマスが終わったばかりだというのに、ボーダー内はすっかり正月の準備で浮かれきっている様子…飾り付けはどうしたらいいだのごちそうを用意しなきゃだのと、聞こえてくる声はまたずいぶんと楽しげである。
「いたいた!ねぇカドック、時間空いている?」
「何だよ、急に…要件を先に言え」
「君に渡したいものがあるから、来てほしいの!」
「はぁ…こら、そんなに引っ張るなって」
僕も世話になっている身だからそれなりに手伝いをしつつ、目の前に現れた彼女…立香に問答無用で連れられるがままやってきたのが、礼装などを扱う工房だった。
「二人とも、カドック連れてきたよ!お願いします!」
「お願いって、一体何を…」
「秘密!そこに座っていて待っていようか、わたしも実は見ていないんだよね」
そう言われたところで訳がわからず落ち着けないし、隣で彼女も妙にソワソワしていて…けれど奥へ引っ込んでいたハベトロットとミス・クレーンが何かを手に戻ってきた途端、今度は目をキラキラと子供みたいに輝かせている。
「はい、頼まれていたやつ!これはカドック、こっちはマスターの分だ!」
「わたしのも?手間だったんじゃないの?」
「いえいえ!心を込めて仕立てましたので、さっそく着ていかれませんか?」
「そうしたい!君も、いいよね?」
いいも何も、三人して断らせる気がまったくない顔をしているのだが…なので頷くしかなかった僕と彼女は別々の試着室へ、そしてあれよあれよという間に着替えさせられた。
「エクセレント!西洋の方でも着やすく洋装と和装をミックスさせ、カドックさんの透き通るようなお肌とお髪がより引き立つシックな色合いに…あぁ、良きぃ…」
「お、おう…意外と悪くない、ってことか」
「もちろんですとも!これはもう、神コーデとしか言いようがないありません!」
「わかった、わかったから!おい、誰か早く…」
ミス・クレーンがこうなった時は止めようがなくて、何とかしてくれと振り返ったその時…目にも鮮やかな衣装を身に纏って、少しはにかんだ表情を浮かべた立香が姿を見せる。
「パーフェクト!マスPさんの愛らしさにわたしも天元突破しそうです!」
「えっへん!どうだい、ますます可愛くなっただろう?ほら、カドックも何か一言!」
「ぜひぜひ、お褒めの言葉などかけてあげてくださいまし!」
「ハベにゃん、ミス・クレーンもやめてよ…あの、変じゃないかな?」
こちらの反応を窺うように、視線をキョロキョロさせる彼女…普段のハツラツとした雰囲気とはまた違った魅力に、一瞬で僕の鼓動は跳ね上がった。
「…綺麗だ、すごく」
シャラシャラと揺れる飾りは赤みがかったオレンジ色の髪によく映えているし、繊細な文様や刺繍が織り込まれている明るめの色味をした着物も彼女のイメージにピッタリだと感じる。
「よく似合っているぞ、本当に」
「あ、ありがとう…カドックも素敵だよ、何でも着こなせちゃうね!」
「仕立てがよかっただけだ、礼を言う」
横でニヤニヤしている二人に気づいて、急に恥ずかしくなって顔を逸らす…それをまたクスクス笑われつつ、せっかくだからこのまま正月行事に参加してきたらどうだと提案された。
「どうしよう、気になる?」
「行きたいんだろう?なら、僕も付き合ってやるさ」
「やった!それじゃあ、楽しんできます!」
見送られてゆっくり歩きながら到着したのは、夏祭りでも使われていた神社を投影したシミュレーター…冬の静かでひんやりとした空気感や、所々に雪が積もっている様子まで事細かに再現されたこだわりっぷりである。
「ところでさ、カドックって初詣したことないよね?」
「ないな、でも…あれは違うのか」
「へっ?まぁいいや、わたしは久々だしワクワクしてきたかも!」
履き物をカランコロンと鳴らしながら、季節の花を浮かべた水場だったり小さな縁日にキョロキョロと目移りしている立香と参道を進んでいき…視界が開けたところに見えてきたのが、神社の本殿というところらしい。
「ここで二礼二拍手一礼、っと…こんな感じでお参りをするの」
「なるほど、見様見真似だがやってみるよ」
「うんうん!神様へのご挨拶って感じだし、かしこまらなくていいと思う!」
「…おまえだから言えることだよな、それって」
神霊級サーヴァント達の高笑いを幻聴しそうな勢いだが、とりあえず教わったばかりの作法を実践してみる…挨拶、というからには何かしら伝えた方がいいのだろうか。
(さすがに都合が良すぎるとは思うけれど、僕は…)
隣で同じように手を合わせる彼女に少し視線を向けてから、スッとまぶたを閉じ…誰に聞かせるわけでもない、心の中だけの言葉を紡いでいく。
(無茶ばかりするコイツが、最後に何を為すのか見届けてやりたいと思っている)
それが僕に生きろと願った【君】への、そして立香達への罪滅ぼしとなれば…そんなのただの自己満足とわかってはいるが、簡単に死んでたまるかと告げておきたかったのだ。
(アンタ達も神というなら…僕の覚悟を知った上で、あるいは…なんてな)
ちょっと長くなってしまったかと顔を上げたら、タイミングよく彼女も終わったようで…次はどうすると声をかければ、途中で見かけた屋台が気になっているらしい。
「行ってこい、僕は少し休ませてもらうよ」
「わかった!休憩所もあるみたいだし、一回りしたらそこで待ち合わせね!」
こちらに手を振りながら、戦利品をゲットしてくるとか息巻く彼女には少し呆れつつ…木造の建物へ入ると、そこでは甘酒という飲み物が振る舞われていた。
「外は寒かっただろう?これでも飲んで、温まってくれ」
「…アンタ、何でも作れるんだな」
「たまたまレシピを知っていたまでさ、後でマスターにも渡すとしよう」
「そうしてやってくれ、きっと喜ぶ」
エプロン姿の方が様になっている気もするエミヤに声をかけられた後、手頃な場所に腰掛けほっと一息…着慣れない和装で思ったより疲れていたようで、程よい甘さと温もりが身体中に染み渡っていく。
(これが日本の、立香のいた世界…ってことか)
もしかすると今もあり得たはずの日常風景、クリプターや異星の神がいなければ取り戻せた未来…それを僕が悔やむのは、かえって彼女に失礼だ。
「…とにかく、約束は果たせたってことだな」
いつか見たかもしれない夢の続きとして、賑わいの中で迎えた新年を素直に祝うとしよう…再び甘酒を口へ運ぶと、ゆらめく白い湯気の奥に見えた色彩がだんだんと近づいてくる。
「カドック、すごいでしょう!人形焼きと、焼き芋もあったの!出来たてだから、ホカホカしていて…えっ、何です!?」
両手いっぱいに抱えた食べ物の数々と、それを無邪気に見せてくる彼女の表情もまた嬉しそうなことで…つられて僕の頬が緩む、何なら珍しく声を出して笑ってしまった。
「ははっ、立香はやっぱり色気より食い気ってやつか」
「にゃんですと!?イジワル言う人には、これ分けてあげないんだから!」
「そういうところだ、でも僕は好きだぞ」
「いきなり何なの!?もう…あっ、また笑った!」
難しく考えるのは癖のようなものだが、自然体で気取ったりしない彼女のそばにいるのが存外に心地よくて…ただ単純に、僕の方から離れがたくなってしまったというのが本音である。
「さっき面白い話を聞いたから、教えようかと思ったのに!」
「はいはい、僕が悪かった…それで?」
「何か雑!あのね、大きな声では言えないけれど…」
果たして彼女の方はどうなのか、真意を確かめたい思いもあるにせよ…そんなことよりヒソヒソと耳打ちしてきた内容に驚きが隠せなくなり、だったらわざわざ聞かなくてもよさそうだ。
「誰の入れ知恵なんだか…夜になったら、こっちに来る気か?」
「それはナイショ♪食い気だけじゃないって、わかってくれたかな?」
「まったく、立香には敵わない…着替えてこいよ」
「やだ、意味深…ふふっ、もちろんそのつもりです♪」
とはいえこんな人の往来があるところで話すものじゃない、そう窘めた自分も抗えていないのでずいぶんと頭が緩んでいるらしい…頃合いを見計らっておかわりだと差し出された甘酒のおかげで、一旦気持ちもリセットされる。
「そうだそうだ!カドック、明けましておめでとう!」
「あぁ…今年もよろしく頼むぞ、立香」
ここにきて今さらな挨拶を交わすのもおかしな話だし、おまけに今度は二人であちこち見たいとおねだりされ…相変わらず彼女に振り回される関係を僕も続けたいと願っている、それも神とやらに報告するとしようか。