こんな日が、続けばいいのにグラナートで迎える何度めかの朝、目が覚めるとまだまだ眠りの世界を散歩したままな立香の姿が隣にあって…あどけない寝顔を僕に見せる彼女と昨晩も互いの温もりを分かち合う時間を過ごしており、その時見た艶めかしい様子が脳裏を何度もチラつくと思わず口角も上がってしまった。
「ハハッ…堕ちたものだよな、僕も」
「う…にゅ、おかわり…もう一杯、だけ…すぅ、すぅ…」
「コイツだって…まったく、暢気な奴め」
心の奥に抱える漠然とした焦りや不穏さが鳴りを潜めるほど夢中になり、それでも運命だとは言い切れない僕をありのまま受け入れてくれる存在…そんな彼女に自分から一体何を残してあげられるだろうなどと、まるでここからいなくなることを前提とした思考が脳内に巡った瞬間ハッとする。
「何でそうなるんだ、まさか…いやいや、そんなつもりはない…ぞ?」
「むにゃ、むにゃ…山盛り、うぅん」
「…やめておこうか、せっかくの休みが台無しになるのも困るから」
一応ノルマとして時々QP稼ぎはしている僕達、今日はそれも取り止めにして夜の逢瀬を十分堪能したはずなのに…埋まることのない何かを見ないフリして、ひとまず朝食にしようかと寝言を呟く彼女の身体を軽く揺すってみた。
「立香、そろそろ起きてくれ」
「ん、はぇっ?カドック、うん…わたし、もう…食べられ、にゃい…ぐぅ」
「フッ…いつまでそうしている気だ?」
「あれっ?夢、か…おはよう、ございましゅ…」
寝ぼけている彼女が無意識に発した言葉だけで、どんな夢を見ていたのかはだいたい想像できる…見かけによらず食いしん坊だよなと小さな笑みを零しつつも、あちらこちら脱ぎ散らかしたままにしていた服を拾うために布団から抜け出す。
「カドックの、エッチ…なんて格好しているの」
「下は履いているだろう、素っ裸で寝たおまえに言われたくはない」
「ムッ、誰かさんが昨日がっついてきたせいで…へぶっ!?もう、乱暴なんだから…」
「うるさい…さっさと着替えろ、風邪引くぞ」
脱がせたのはそっちじゃないかと突っ込まれると何も言い返せなくて、急にそっけない態度で服を投げつけた僕に対してますます彼女は不満そう…情事の痕を色濃く残す白い肌へ自然と目が行き、そのせいで朝っぱらからどうしようもないほどの妙な高揚感に見舞われたのは内緒だ。
「立香、ほら…何だよ?」
「いや…わたし達、新婚さんみたいだよねって…へへっ」
「…そんなことを言っている暇があったら、早くしなさい」
「ははぁん?さては君、照れ隠しですな?」
「喧しい、のんびりしているなら置いていくぞ」
無邪気なセリフから脳内にイメージ図が浮かんでしまったことも、それだけ彼女との交際が真剣という証拠に変換すればいい…けれどやはり得体の知れない不安要素により何かを決めかねている、そんな曖昧な僕の心情は悟られていないだろう。
「準備完了、それじゃ行きましょうか!いざっ、朝ごはんのもとへ!」
「その前に…忘れ物、あるぞ」
「えっ?何か、あったっけ…んっ!?ちょっと…カ、カドック!?」
「おはよう、いい朝だな…僕の“お嫁さん”」
「うぐぐ…何しても様になるの、卑怯すぎる…」
僕が魔術師である以上は家の存続も課題であり、元は一般家庭出身の彼女に対して無責任なことはできないと思いながらもこの有様である…けれどせめてここで過ごしている間はそのことだけ忘れさせてくれたらと、誤魔化すかのように口づけを贈る自分に苦笑するしかなかった。
***
部屋を出てから台所までの短い距離の間ですら、時間がもったいないとばかりに他愛ない話で盛り上がった…無邪気でにこやかな顔を見せてくれる立香に相槌を打つ、単純なことだけれど不思議と気持ちが和んでいく。
「二人ともおはようございます、夕べはお楽しみでしたね?」
「…おい、悪趣味だぞ」
「へぁっ!?わ、わたし…顔、洗ってきます!」
それもどこか含みのある表情をした天草が放った余計な一言のおかげで、急激に生々しい空気感になってしまったわけだが…大して悪びれもしない相手に何か文句を言っても無駄になるだけだし、他の連中が今この場に集まっていなかったことがせめてもの救いだ。
「おや、何もそこまで驚くことないでしょうに」
「揶揄わないでくれるか、アイツを…」
「すみません、一度は言ってみたかったもので…つい」
「厄介なことになるだろう…いいよ、気をつけてくれさえすれば」
油断は禁物だと釘を差しておくことも忘れずに、慣れた手つきでエプロンを身に纏った…とはいえ結び目がどうしても縦や斜めになってしまうが、苦手なものがあってもいいんじゃないかと彼女に言われて不本意ながら直さずにいる。
「た、ただいま…あっ、わたしも作りたい!」
「僕がやるよ、立香は座っていろ」
「いいの?やったぁ!じゃあ、待っているね!」
「ンッ…リクエスト、あれば聞くぞ?」
「ううん、何でもいい!だって、カドックが作るものなら全部美味しいもん!」
それはさておきとさっそく冷蔵庫を開けて中身を確認、牛乳と卵はだいたい常備しているしパンも十分在庫がある…少しだけ手間はかかるが今日はフレンチトーストにすると伝えれば、先程のことなんてすっかり忘れてはしゃぐ彼女の様子に僕も気を良くしながら調理に取りかかった。
「ふむふむ、これは…私達のこと、完全に忘れているとみていいでしょうか」
「お二人、とっても仲良しさんですね!」
「今さら遅いけれど、節度を持ったお付き合いにしておきなよ?」
外野の声もいちいち気にしていたら負けであると聞こえないフリを決め込み、背中を向けたままで黙々と作業を進めていく…でも傍から見た僕達はそんな風に映っているのかと、最近は何か色々と緩みすぎている自分を顧みて少し反省している。
「人間らしい欲深さってやつ、嫌いじゃないよ?あっ、アテシの分もよろー」
「…良き関係を築いていくといい、友たちよ」
「えっ?みんな、いきなり何を!?」
「クソッ、好き勝手なことばかり言いやがって…あと、おまえもいちいち反応するな」
素直に受け止めすぎな彼女も見るからに動揺しているが、とにかく今は全員分の朝食を作ることに集中しなければ…のんびりしていたら二人きりの時間もどんどん減ってしまうから、なんて下心を仕舞い込めていない時点で僕はまだ懲りる気配がいないらしい。
「できたぞ、冷めないうちに食べてくれ」
「えぇっ、カドックも一緒がいい!」
「わ、わかったって…おまえら、そんな目で見るのやめろ!」
そのせいか周りから生温かい見守るような視線に耐えながら食卓を囲むという、思いがけない試練に見舞われたけれど…これもまた何気ない日常のひとコマであり、やれやれと大きなため息をつきながら僕はひっそりとこの小さな幸せを噛みしめていた。