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    billlllbe

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    billlllbe

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    出入口の引き戸から、縁に頭をぶつけないように屈んで入ってきた巨体。
    のっそりと重そうなその体を、狭い店内であちこちぶつけないように慎重に入ってきた彼は、俺の勘違いでなければ。

    「バ、バスターくん、ですか……?」

    バータースムォッチ星人。
    何百年も前に地球にやってきた異星人で、地球の保護保全活動に全面的協力を惜しまない不思議な星の人。

    「……そうだ」

    ビシッとした格好良いスーツを着た彼は、現在俺がマッチングアプリでやりとりしてる相性100%のバータースムォッチ星人だった。

    「あ、えっと、とりあえず席にどうぞ……! あっ、でも俺これから休憩で、あの」
    「タイミングが悪かったか。申し訳ない」
    「こかげちゃん? どうしたの?」
    「あ……店長……!」

    異変を察した店長が、厨房から出てきたようだ。
    周りを見ればなんだなんだとこちらを見てるお客さんたちに気づいて、よりわたわたと焦ってしまい、どうしたらいいか分からない状態になっている俺に店長が助け船を出してくれた。

    「知り合い? じゃあ休憩入ってお向かいの方行ったら?」
    「あ、はい! そうします! バスターくんもそれで良いですか?」
    「構わない」

    そうしてバスターくんには一旦外に出てもらい、俺はとりあえず更衣室に引っ込んで前掛けだけ取り外し、荷物を取って慌てて裏口から飛び出した。

    「ごめん! お待たせ!」
    「いえ、急に押しかけて申し訳なかった」
    「いやいや……あ、あの、俺お昼まだなんだ。バスターくんは?」
    「俺もです」
    「そっか! 良かった。お向かいが定食屋さんなんだけど、そこもすっごく美味しいんだ! そこで良いかな?」
    「はい」

    お向かいにある定食屋さんは、観光客も多いが地元の人もよく利用する、美味しいと評判のお店だった。
    広い店内にはお客さんがまだまだたくさんいたが、昼過ぎということもあってすぐに席に通されてラッキーだ。

    「ここね、アジフライがすごく美味しくて、お布団みたいにふかふかなんだよ!」
    「…………ふかふか」
    「え? うん、そう! 一番人気のメニューなんだ。俺はそれにしようかな」
    「では俺も」

    俺が店員さんに注文している間、バスターくんは額と思われると部分を大きな手で押さえて「ふかふか……」とずっと呟いていた。

    「えと……大丈夫?」
    「割と大丈夫ではないです」
    「ええ?! ど、どうしたの? 具合悪い?」
    「いや、あまりにも可愛すぎて、取り乱しました」
    「は、」

    突然言われた可愛いに、カーッと顔に血が集中したのか、額も頰もほてっている。
    アプリ内でやたら可愛い可愛い言ってくるなとは思っていたが、実際面と向かって言われるとものすごく恥ずかしい。
    少なくとも三十路のおじさんに言うことではない。
    リップサービスでも言い過ぎだろう。

    「や、いや、はは、恥ずかしいな。ごめんね、言葉遣いが子供っぽくて……」
    「そんなことはないです。可愛い」
    「…………」

    もうどう否定しても可愛いしか返ってこなさそうだ。
    バスターくんは落ち着いたのか、出された湯呑みを器用に飲みながら、穴が開きそうなほどこちらを見つめている。
    話題を変えよう。

    「それで、急にどうしたの? 会うのって来週の約束じゃなかったっけ……?」
    「ああ、先ほど地球に着いてとりあえず荷物をホテルに預けて……それで、居ても立っても居られなくなって、我慢もできず……来ました」
    「すごい行動力だな……」

    地球に着いてほぼ直行でここに来たとなると休む暇もなかったんじゃ……?

    「早くあなたに、会いたくて」
    「え? あ、あはは、ありがとう。すごく嬉しい」
    「実際のあなたは、とても可愛い」
    「おかしい、話変わってないな……」

    今度は俺が頭を抱える番だった。
    また顔がほてってきたが、コホンと咳払いして改めて自己紹介しようということになった。

    「河原木景です。えと、よろしくね」

    と言ってもお互いのことはアプリ内のトークで結構話していたから、そんなに言うことはない。

    「ほら、次はバスターくんの番だよ! あなたのお名前は?」
    「……可愛い。今すぐ結婚したい」
    「い、今すぐ?! ……って、今すぐ結婚したいって名前じゃないでしょ! あはは、冗談?」

    バスターくんって真面目な子だと思ってたけど冗談も言うんだ、と口に出そうとした瞬間、卓に乗せていた手をざらりとした何かに握られた。
    バスターくんの手だ。

    「冗談じゃない。本気だ……です」
    「え、あ」
    「急だと分かってる。分かってるんですが……どうにも……抑えれなくて」
    「わあ……」

    もにもにと地球人特有の軟弱な手が、バータースムォッチ星人の硬くてごつごつして、でもあったかい手でにぎにぎされながら口説かれてる。
    口説かれてるのは三十路のおじさんなのがなんともおかしいが、不思議と嫌な感じはしなかった。
    これもバータースムォッチ星お墨付きの相性100%がなせる技なんだろうか。

    しかし、俺はちょっと照れ照れしながらも冷静なおじさんで、バスターくんはまだ18歳の男の子なので。

    「……とりあえず結婚の話は置いておいて」
    「…………」
    「分かりやすく不貞腐れた顔するんだなぁ……。いや、うーん、とりあえずさ、一緒に出かけたり、遊んだり、してみない? まだ会ったばかりだしアプリでは相性良かったけど、実際一緒に過ごしたら違ったってなっちゃうかもだし」
    「兆が一でもあり得ないが」
    「兆かぁ……」
    「あなたと」

    「あなたと、あなたが過ごした星を、一緒に見てみたいと思う」

    まずい。

    おじさん、完全にときめいちゃってるわ。

    ☆☆☆

    運ばれてきたアジフライ定食を美味い美味いと一瞬で平らげたバスターくんは、地球人の胃袋よりもずっと大きいみたいで二つ目をおかわりしていた。
    アジフライは本当に布団みたいにふかふかで、肉厚で美味しいと気に入ってくれたようだった。
    食べる合間も交渉(?)は欠かさないらしく、どうなってるか分からない三本の舌をとっても器用に動かしながら、しばらくお互いの過ごし方を擦り合わせることになった。

    兎にも角にも、できる限り許される限り、空いた時間は一緒に過ごしたいというバスターくんからの強い強い強い要望があり、今日は俺の仕事終わりにバスターくんがしばらく泊まるというホテルのレストランで食事をする。
    そうと決まればとその場でレストランの予約をしていた彼は行動力の鬼なのかもしれない。
    転送された場所は各星々のとーっても偉い人たちが行き来するようなホテルで正直及び腰だ。

    本当だったら地球に着いてしばらく住むところの準備やら仕事先への挨拶やらいろいろあるのではと、来週から会う予定だったがそれも前倒しになった。
    もちろん、それらもこなしつつ空いた時間にと念押しして、しばらく平日は夜から食事、土日はデートをするに落ち着いた。

    そして仕事も終わり、着替えて大型共用車両を乗り継いで行こうと店から出た、ら。

    「河原木景様ですね?」
    「え?」
    「バスター様よりお迎えにと、こちらです」
    「え? え? ええ?」

    あれよあれよと言う間に、真っ黒で高そうな個人車の前まで連れてこられ、怪しいものではないと言う証明を見せられ、俺の端末にもこのお迎えの人は怪しいものではないと登録されていたのを確認し(いつの間に……?!)、あっと言う間に約束してたホテルまで連れて来られた。
    本当にあっと言う間だった。

    ホテルに着いてからも怒涛の展開で、ロビーに入るや否やコンシェルジュにも「河原木景様ですね?」と確認もそこそこにゲスト用の更衣室に連れ込まれ、「バスター様からです」とやっぱりあれよあれよと言う間に着替えさせられた。
    ドレスコードがあったらしい。

    (そのまま来ていいって言ってたのに……!)

    なんて嘘つきなんだ! と若干怒りながら上質なものだと一目で分かるユニセックスなカジュアスーツもどきに袖を通す。
    細身なパンツスタイルだが、ジャケットはなくトップスは何の素材だか分からないてろてろした真っ白のふんにゃりした何かだった。
    俺の語彙力ではとてもじゃないけど言い表せない素晴らしい服だが、どう見てもおじさんが着て良いようなものではないことは分かる。
    しかし着る物がこれしかないと諦めの気持ちで更衣室を出ると、コンシェルジュの「とってもお似合いです!」と過剰なリップサービスをこれでもかと浴びさせられ、申し訳なさに元々小さい体がもっと縮こまっていくように感じた。

    おじさんにこの扱いはないのでは……?
    確かに童顔気味だがこちらはしっかりとしたおじさんだと、バスターくんに分からせなければならない。

    木景は強く強く決意して、案内されたレストランへとようやく辿り着いたのだ。

    とても長い道のりだった。
    バスターくんは既に席に着いてウェルカムドリンクを口にしていた。

    「バスター様、お連れ様がお越しです」

    コンシェルジュの言葉にバスターくんがこちらを向いた。

    「お、お待たせ……」

    蚊の鳴くような声で軽く手を振りながらバスターくんに近づくと、彼は勢いよく立ち上がった。
    その反動で椅子が後方へ二転三転していたが、コンシェルジュがささっと元の位置に戻していた。
    プロ意識を感じる。

    「………………」
    「……え、と……」

    無言が痛い。

    ああ、やっぱりおじさんには似合ってないよな、この服装。

    なんやかんや言いながらも、なんか違うと言われるのが怖かったのだ。
    こうして会う前からバスターくんが用意してくれた服たちは、周りのみんなお世辞で似合ってると言ってくれたけど、やっぱりおじさんが着るには若すぎる気がしていたから。
    贈ってくれた本人を前に、怖いな、という気持ちでいっぱいになった。

    (せめて早く何か言ってくれ……!)

    死刑宣告に近い心持ちで、無言の時間が過ぎるのを待つ。
    もちろん自分から似合う? なんて聞けやしない。

    コンシェルジュはにこにことこの無言の時間にしばらく付き合ってくれたが、あまりにも長かったのか痺れを切らして「河原様はこちらに」と椅子を引いてくれたのが有難い。
    プロ意識を感じる。

    「あ、じゃあ失礼します……」

    内心助かったと思いながら棒立ちだった体をギクシャク動かそうとした、その時。

    「き」
    「え?」

    バスターくんはこちらを凝視しながら言った。

    「綺麗だ……」

    キレイだって言った!

    ぽぽぽ、と頬が赤くなるのが手に取るように分かる。
    コンシェルジュの人もにこやかに「本当にお綺麗ですよね! さすがバスター様のお見立てです」とうんうん頷いているが、早く椅子に座れという圧を感じてとりあえず座った。
    右手と右足が一緒に出ていたかもしれない。

    「が、眼科に行った方がいいと思う」
    「俺の視力は10.0だ」
    「マサイ族の人……?」
    「違うが……?」

    ガン見だ。
    ずっとガン見されてて居た堪れない。
    俺の分のウェルカムドリンクがすぐに運ばれてきて、落ち着こうと口をつける。

    「あまりにも綺麗で言葉を失っていました」
    「ごふッ……!」
    「照れてる木景さん……可愛い」
    「ゲホッ! げほっゴホッ!!」

    お世話がどストレートすぎて、俺の心臓が保つか心配になった。

    ただ、おじさんだって分からせてやるぞ! と意気込んでいた俺の気持ちは、こんなおじさんにも綺麗だって言ってくれるバスターくんの言葉で、どっかに飛んで行った。
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