「いや……それもう、それさぁ……マッチングアプリとか関係なくない? 相性がどうとか全部ねじ伏せてるじゃん? そんなん強制相性100%じゃん?」
「そうとも言うな」
「もはや犯罪じゃん?」
「犯罪ではない。バータースムォッチ星で開発したアプリの精度は間違いない。小細工もしていない。アプリには」
「それ木景は許してんの?」
「…………」
「やっぱり犯罪では?」
許してるか許してないかで言えば、謝罪に対する返事は聞いていないというのが正しいだろう。
ただ木景は初めてのキスもさせてくれたしその後も悪くない雰囲気だったから、外野からとやかく言われる筋合いはない。
バスターは口を閉ざした。
場所は木景が働く喫茶店。
奥まった場所にある半個室の座敷部屋で、バスターは木景の友人である早瀬と対面していた。
それはまったくの偶然のようであった。
たまたまバスターが木景の働く姿を見に訪れたとき、たまたま早瀬が居合わせたのがきっかけだ。
ちなみにバスターは地球に着いてからほぼ毎日木景の喫茶店に通っているため、本当に偶然かと言われると怪しいところはあるが。
そこで馴れ初めを聞かれ、木景の友人だからと濁さずすべてを伝えたところ完全に悪者扱いされている状況だった。
あれから毎日木景とデートしているが、これほどまでに充実した日々はないとバスターは思っている。
別れ際には毎回キスさせてもらえるし、そのおかげで木景の唇は毎日うるうるつやつやで張りがあり、ぽってりと赤く染まっている様子に顔を合わせるたびにバスターはその色気にやられていた。
地球人には極秘扱いとなっているが、バータースムォッチ星人の体液は地球人にとって美容効果が高く、毎日キスしている結果だろうと踏んでいる。
目の前で早瀬がごちゃごちゃと何か言っているが、バスターの耳には何も入ってこなかった。
毎日キスさせてくれる事実を反芻してうっとりしていると、「失礼します」と木景の声がして垂れた暖簾からひょこりと顔を出した。
「木景さん」
「木景、こいつ絶対やばいやつだよ」
「え? 何が……?」
頭にはてなマークを浮かべながらもその所作は隙がない。
盆に乗せられた湯呑みを音もなく卓に置き、こぽこぽと自然な動作で日本茶が注がれる仕草は洗練されたもので、バスターを釘付けにしてやまなかった。
半個室の少しお高めの値段設定がしてあるこの部屋は、店員自らその場で日本茶を淹れてくれるサービスがあり、バスターはそれを気に入って毎回この半個室の部屋で休憩していた。
急須から注がれる香り豊かな茶はそれだけでも美味しいものだが、木景が淹れてくれたものであれば100倍美味しいものになるから不思議だ。
「ふふ、バスターくん嬉しそう。早瀬と仲良くやってるみたいで良かった」
「う、嬉しそう……!? どこをどう見てその判断になるんだ……!?」
「どこって、顔見れば分かるけど?」
「木景さん……」
バスターが嬉しそうなのは十中八九、木景がこの場に現れたおかげである。
地球人は基本的にバータースムォッチ星人の表情など分かるはずもないが、なぜか木景はバスターの心情を表情で読み取ってくれるのだ。
これで相思相愛じゃなかったらなんなのであろうか。
バスターはキュンッと胸を高鳴らせた。
「木景さん、結婚しよう」
「バスターくんの口癖は結婚しようなのかな……?」
「絶対こいつ頭おかしいよ」
もはやバスターには早瀬の存在など塵にも等しくなっており、木景しか見えていない。
木景は苦笑しつつ「そのうちね」と言葉を濁すのは毎度のことだ。
バスターはそれを寂しく思うのだが、しゅんとしていることに気づいてしまう木景が困った顔をするので、いつも大人のオスの顔をして結婚の話は流している。
木景には木景の事情があるのだ、と飲み込んで。
その事情とやらは、まだ聞いたことはないが。
「分かった。木景、今日の夜は俺と飯食おう。ちょっと話そう。いいな?」
「は? 駄目だが?」
「なんでお前が断るんだよ!」
「夜は俺とデートの約束がある。駄目だ」
「バ、バスターくん……そんなに夕飯楽しみにしてたの……?」
ちょっとズレたことを言うのも木景の可愛いところだ。
いまいち自分に自信がないのか、木景と過ごせるだけで充分だと伝わっていないのだ。
それを毎回正すのも、バスターは楽しくある。
「木景さん、俺は夕飯が楽しみなわけじゃない。あなたと過ごすことが楽しみで」
「いやもうそう言うのいいから。今夜は俺だから。お前よりも木景と付き合いの長い早瀬様が今夜は木景と飯食うから!」
「お前……さっきから図々しいぞ! 俺が先だった!」
「毎日会ってるんだからたまには木景の時間もやれよ! 束縛激しすぎると嫌われるぞ!?」
「…………!」
「は、早瀬……ちょっと落ち着いて。バスターくんも怒んないで? ね?」
とんとん、と腕を優しく叩かれてひとまず怒りを鎮める。
木景はうーんと腕組みして唸っているが、選ばれるのは絶対に自分だと自信満々に木景を見ていると、ちらりと困り顔で見上げられキュンッとしてバスターは胸を押さえた。
「そうだな……俺もバスターくんと一緒にいるのすごく楽しいんだけど……毎日奢ってもらって悪いし」
「そんなことはない。俺が好きでやってるんだ。気にすることはない」
「うん……分かってるけど、今日は早瀬とご飯しちゃダメかな?」
「なっ……!」
「勝った」
「貴様……!」
べーっと舌を突き出しながら早瀬がバスターを挑発する。
怒りで目の前がメラメラと赤く染まり早瀬を睨みつけるが、くん、と不意に服の袖を引かれて視線を木景に戻す。
「ダメ……?」
少し目が潤んでるのがいかないと思う。
小首を傾げての上目遣いは破壊力満点だ。
思わずいいよ! って言ってあげたくなるほどだ。
「いいぞ」
考える間もなく口から肯定の言葉が出ていた。
「良かった! ありがとう、バスターくん」
「はっ……しまった、つい口が滑っ……!」
「バータースムォッチ星人チョロ過ぎないか?」
「貴様……! 大人気なさすぎるぞ……!」
「俺なんもしてないが?」
往生際悪く「同伴可能か?」と聞いてみるが、手で大きくバッテンを作りながら「ダメ絶対」と早瀬から即答された。
バスターはこの早瀬というオスが世界一嫌いになった。