その代わりおじさん相手に気を遣ってくれるバスターくんへの申し訳なさが増しに増してしまい居た堪れなさが募る。
「あー……なんか、ごめんね。お世辞言わせちゃって……」
「お世辞じゃない。心からの言葉です」
「いやいやまさかぁ」
「…………まあいいです。それより何を飲みますか? お酒は?」
バスターくんはやっぱり気の利く良い子だ。
話の応酬が堂々巡りになることを察したのか、ドリンクのメニュー表を手渡してくれた。
正直ほっとしながらメニューを見たが、何が良いかまったく分からないまま凝視していれば、「……とりあえず軽めのものでも頼みましょう」となんだか高そうな名前のシャンパンを注文してくれた。
こんなとこまで至れり尽くせりでこれではどちらが大人なのか分かりやしない。
「バスターくんはやっぱりこういうところ、慣れてるんだね」
「ああ、まあそうですね」
「よく来るの? あ、バータースムォッチ星にも似たようなサービスがあるのかな?」
「兼ねそうです。俺の家だと……これが普通で、自然と……」
言葉を濁しながらバスターくんは話してくれるが、彼はなんとバータースムォッチ星の王族だ。
マッチングアプリでその話を聞いたときは驚き過ぎて端末を五度見くらいしたし、相手によく思われるために自分を大きく(?)見せることも決まった手法だと聞いたことがあったからとりあえず見なかったことにした。
追加で五男坊だからそこまで権力はないと言われたが、そのときは「たくさん兄弟がいるんだね!」と重要な部分には触れず当たり障りのない返信をしておいた。
しかし、その話をした数日後、日本政府から直々に俺のお相手はバータースムォッチ星の国賓であるとお達しが来た。
今では滅多に見ることもない政府の押印付きでだ。
俺がとりあえず見なかったことにしたのがバスターくんには筒抜けだったらしい。
ちなみに、政府からのお達しと一緒に最低限のマナーを覚えなさいとも資料がこれでもかと送られてきたのは言うまでもない。
バータースムォッチ星人に関する理解を深める傍ら、勉強していたその他諸々の一部がマナー講座だった。
即介入されなかったのは、古く恋愛は自由をモットーにしていた国が多かった地球の名残で、基本的に政府は茶々入れしないようになっている。
運ばれてきたシャンパンはよく見る普通の金色で、シュワシュワ炭酸が弾けているだけなのにテーブルランプの光をグラスが反射してとても綺麗に見えた。
「じゃあ……乾杯」
「乾杯。あなたに出会えて良かった」
「とんでもなく気障なセリフだなぁ」
本当に軽めのものらしく、アルコールらしさはあまりなく飲みやすいものだった。
それから次々と料理が運ばれてきて、照れ隠しにとにかく食べようと料理の話がメインに食事が進んだ。
「……! このサーモンのやつ、すごい美味しい!」
「それは良かったです」
「あ、このスープも……すごい魚介の味が……!」
「美味しいですね」
「ん……このソルベ? なんかコリコリしたものが入って……?」
「これはクラゲですね」
「待って、さっきもお魚料理が来たのに次はマグロのステーキが……!?」
「肉厚ですね」
これでもかというくらいお魚料理だった。
「ねぇ、バスターくん」
「はい」
「なんか、これでもかってくらいお魚料理しか来ないんだけど、何かした……?」
「ああ、少しシェフに話を」
「シェフに話を……?」
「はい。あなたが魚介料理が好きだと言ってたので、すべて魚介にまつわるものをと」
「や、やっぱり……!」
海藻サラダをつまみながら聞けば、やっぱりバスターくんの鶴の一声でディナーの内容が変えられていたようだった。
普通だったらメインのお魚料理が来たら次はお肉が来るはずだと思っていたのに、来たのはマグロのステーキだったからおかしいと思ったのだ。
確かにアプリ内でお魚が好き! とは話していたが、まさかホテルレストランのディナーをすべてお魚料理にされるとは思っていなかった……!
「バスターくん、次があればお店のメニュー通りに食べようね。俺は普通のやつも食べてみたいな」
あんまりお店の人に迷惑をかけちゃダメだよなぁ、と思ってそう伝えると、バスターくんは少しだけ表情を強張らせた。
「……分かりました」
咎められたと思ったのかもしれない。
「あっ! でも、その、ありがとう! 俺はお魚好きだから、すごく嬉しかった」
せっかく手配してもらった手前、言葉が足りなかったと焦りながら伝えれば、バスターくんは分かりやすく表情をゆるめた。
彼を傷つけるのは本意ではない。
「……地球でこうやって自然のお魚がそのまま食べられるのも、バータースムォッチ星のおかげだからね」
「ああ、まあ、俺の祖先がやったことだ」
「ふふ、それでも、ありがとう。今日のディナーすごく美味しかった」
「……それは、良かった、です。本当に」
バスターくんはちょっとだけ照れたみたいだった。
そういうところが年相応で可愛いなぁ、とおじさんは思ってしまうのだ。
バータースムォッチ星人は、地球の環境研究家たちがこのままだと地球は環境破壊で滅亡する! と嘆いてたタイミングで突如現れた。
そのときの地球の環境は、地球よりもかなり発展したバータースムォッチ星の科学技術を持ってすれば、まだ改善の見込みがあったのだろう。
バータースムォッチ星人としては、地球の環境改善のためにやってきたわけではなくお嫁さん探しで地球に来たわけだけれど、結果として妻の故郷を蔑ろにはしないとバータースムォッチ星から持ち込まれた技術により地球は昔よりもずっと良い環境となった。
地球は今でも、青く美しい星として宇宙に知られている。
こうして俺がお魚料理に舌鼓を打つことができるのも、バータースムォッチ星人のおかけだと言うわけだ。
「お魚料理だけじゃなくて……そうだ、自分の話になっちゃうんだけど、俺、結構バータースムォッチ星人と縁があるみたいなんだ」
「そうなのか……ですか?」
「あ、っふふ……敬語いらないよ。話しづらくない?」
ディナーも終盤になり、食後のお茶が運ばてきたあたりで俺はかなり満腹で、お酒の力もあり機嫌も良くちょっとだけ気が大きくなっていた。
俺はあまり意識したことがない(というか、意識しないでほしいと事前に言われていたのだ)が、仮にも彼は王族なので話し方がかなり威厳ある感じになってしまうのだ。
五男だと言っていたが、さぞ地位のある暮らしをしてきたのだろう。
頑張って敬語で話そうとするバスターくんが可愛くてつい放置していたが、あんまりにも話しづらそうだから、つい話の内容から逸れて敬語不要を伝えた。
ほろ酔いで気分も良いから話があちこち行ってしまうのだ。
「いや……それで、縁とは?」
「ん? あーそうそう」
そこでしっかり者のバスターくんに軌道修正され、昔出会ったバータースムォッチ星人の赤ちゃんのことを話した。
地球ではバータースムォッチ星人のことを地球を救ったヒーローのように扱っているが、だからこそなのか地球を堂々と闊歩するようなことはあまりない。
そもそも地球に居住しているバータースムォッチ星人の方が珍しいくらいだ。
いないこともないらしいが、なかなかお目にかかれるものではない。
幼体が地球にいるなんてものすごく珍しい部類になるだろう。
「あの頃はあのふわふわの赤ちゃんが、まさかバータースムォッチ星人の赤ちゃんだとは思ってなかったけど、こうしてバスターくんとも縁ができたし、俺の人生結構バータースムォッチ星人と関わりあるなぁ、と思ってたんだ」
「………………」
「……俺、なんかまずいこと言った?」
俺の予想だと、この話をしたらバスターくんは嬉しそうにしてくれるだろうと思っていたのだが、予想とは逆にもごもごと何か言いづらそうな顔をしていた。
「……そろそろ出ましょう。送っていきますよ」
「えっ……あ……」
サッと立ち上がったバスターくんは、俺が立ち上がるよりも早くこちらの背後に立ち椅子を引いてくれた。
バータースムォッチ星人は地球人よりも俊敏な動きができるらしい。
なんとなく気不味い雰囲気でホテルのロビーを出る。
来たときは気づかなかったが、ホテルはかなり高い位置に建てられているのか、高層ビルの灯りも下の方でキラキラと光っていた。
空中トンネルをびゅんびゅんと個人車両が走り、低空飛行する小型の宇宙船はゆらゆらと揺れ、大型共用車両が走る無数の線路が数多の光を放ちながら駆けていく様を、ぼんやりと目で追う。
夜景を見るにはぴったりな場所だった。
「少し歩きましょう」
「えっ? あ、うん……」
バスターくんのざらりとした手のひらに掬い取られた俺の手は、握り返すことも難しいほど小さい。
せいぜい彼の指2本、掴むので精一杯だろう。
彼の手に手を乗せたまま、引かれるように歩を進めると辿り着いた先は庭園のような場所だった。
規模としては大きくはないが、豪華な噴水だけが煌びやかに水飛沫をあげていて、その周りは日本庭園風の作りになっていた。
和洋折衷とでも言えばいいのか、不思議な空間だったがこれが異星人には受けるのかもしれないとキョロキョロ辺りを見回していれば「木景さん」とバスターくんに名前を呼ばれた。
どちらかと言うとバスターくんは物静かな印象だったが、それに拍車をかけて無言の時間が続けば否が応でもどきりとしてしまう。
「……は、はい」
「あなたがそんなに緊張しなくても……」
「や、だって……俺、なんかやっぱり不味いこと言っちゃったのかな、と思って」
「……木景さんが以前見たバータースムォッチ星人のことで話をしたいと思っていたら、俺の方が緊張していた」
「え?」
どういうこと? とバスターくんを見上げれば確かに緊張してます、と顔に書かれているくらいガチガチに強張っている。
直接顔を見合わせてまだ数時間だが、こんなにガチガチなバスターくんは初めてだ。
「あなたは怒るかもしれないが……」
「怒る……?」
「あなたが見たバータースムォッチ星人の幼体、あれは俺だ」
「…………えっ!?」
えっ!?
…………………………。
「えっ!?!?」
「驚き方が斬新だな」
「え? え? び、びっくりし過ぎて思考停止しちゃった……! あ、あのときの赤ちゃん、バスターくんだったの……!? わ、わあー! すごく大きくなって……!」
「親戚か? いや、本題はそこじゃないんだ」
「本題……?」
ごほん、とまた緊張の面持ちでバスターくんが切り出す。
「木景さんはあのアプリを長く使っていたと思うが、すべて相性が良くなかったんじゃないか?」
「あ、うん。一番良くても35%とかで……バスターくんだけがすごく良くて、その、嬉しかったよ」
「ん……!」
「え!? 大丈夫!? 心臓痛いの!?」
「いや、可愛過ぎて心臓を痛めただけだ。気にしないでほしい」
「そ、そう……?」
バスターくんは強張った表情から少し緩んでちょっとだけ嬉しそうな顔になった。
そのことにほっとしていたが、話はまだ終わりじゃなかったようだ。
「その35%だった相手は、俺と木景さんが以前出会ってなければ相性90%は超えていたと思う」
「へ?」
「どう言ったものか、話は少し長くなるんだが……俺は、あの時からすでに木景さんに惚れていたんだ。一目惚れだった……」
「へ、え、ええ!?」
☆☆☆
「俺たちバータースムォッチ星人は、知能数が異星人と比べて多少高い。幼少の頃から思考し、そのときの記憶があるんだ。まだ幼かった俺は地球人のオスである母に連れられて、母の実家に帰省していたんだ。その時にあの共用車で出会ったのが木景さんだった」
「王族が共用車に乗ってもいいの……!?」
「ああ、母は一般人で少し、頑固でな。久しぶりに共用車に乗ってみたいとあの時は聞かなかったんだ」
「な、なるほど……?」
「数人だが地球人のSPもあの時同乗していたはずだ。そこで座席がすべて埋まっていたところ、譲ってくれたのがあなただったな。俺は、その時あなたに惚れてたんだ。絶対にあなたと番いたいと思った。大人であればあなたに種付けをして……おい、そこで照れないでくれ。可愛くて話が進まなくなる」
「ご、ごめん……?」
「……幼体のときは生殖機能が発達していないが、特定の相手をマーキングする液体を吐き出すことができる。母もSPもそこまでは知らなかったらしく、あなたをそのまま行かせてしまったんだ。後から父に聞いて顔を真っ青にしていたな、母は」
「あっ、それってあの時の」
「俺は、あなたに何の断りもせず、マーキングしてしまったんだ。保護者からの謝罪もなかった。そのせいであなたは今まで相性の良い相手に出会えなかった。……俺のわがままだ。本当に申し訳ない」
「そ、そんな……というより、俺が他の人から臭いって言われたのってそれで……?」
そのときギラリとバスターくんの目が光った。
「他の人?」
浮気を責め立てる人の声音になってる……!?
「他に特定の相手がいたのか?」
「い、いや!! 付き合っても一瞬で、キスもしないまま別れたから……!」
「そうか」
すぐに嬉しそうな様子になって今度は違う意味でほっとした。
身の危険を感じるってこういうことだなと納得していると、「じゃあキスも初めてってことになるな?」とバスターくんは嬉々として言った。
「えっと、そうなるね……?」
「キスしていいか?」
「なんでそうなるなかな……!?」
最近の若者はみんなこうなのか!? とおじさんくさいことを思っていると、バスターくんはしゅん、とした面持ちで「ダメか……?」と訴えてきた。
彼が犬だったら絶対に耳はペタンとして尻尾も垂れ下がっているだろう。
「うう……! だ、ダメじゃないよ……!」
「やった」
一転して嬉しそうにするバスターくんが可愛くてキュンッと胸が締め付けられる。
薄々自覚してたが俺はどうにもバスターくんがしゅん……としてたりおねだりしたり不貞腐れた顔に弱いらしい。
ご機嫌を取ってしまいたくなるのだ……!
それに、思ったよりも表情が変わったり喜怒哀楽があるのも好きだなぁ、と思うのだ。
バスターくんの大きい手が後頭部に回されて、くんっと上を向かされる。
「どうかしたか……?」
「ん? ううん、好きだなぁと思って」
「……!」
「へへ、俺、バスターくんで良かっ……えっ!? んむッ」
甲殻類のような硬質な口がグッパリと割れて、出てきた舌。
三股に別れた舌の根元には、イソギンチャクのような円形の器官があった。
そこから唾液を分泌して、味覚を感じるらしい。
そこが、バスターくんの舌の根元部分がぬるっと伸びてきて、俺の唇に密着した。
「む、んむ、んっ……! んっ……」
じゅっじゅる……じゅ……っ
触手部分は短くて、少し固い。
閉じた唇をはむはむ、と唇を喰まれると刺激が強過ぎた。
バスターくんからだらだら流れ出る唾液は、唇の端を伝って首筋まで垂れてくるが、そこを三股の舌で撫でるように掬い取られるゾワゾワとしたものが腰まで駆け抜けて砕けそうだ。
舌はとんでもなく長くて、首筋をくすぐるだけじゃなく顎を拘束するように耳まで伸びていて、耳輪までなでなでされるとこちらは堪ったものではない。
「ぅむ、も、ば、ばふっふぁ……くぅ……っ! あむ、うむぅ……!」
むちゅ♡ むちゅ♡ じゅっぱ♡ じゅ〜っぱ♡
「んっんっ……んっ……! んッ〜!!」
じゅっ♡ じゅっ♡ じゅぷ♡ じゅぷ♡
な、長い……! 長すぎる……!
深いキスでもないのに腰が抜けかけてる、というかもはや抜けているが、鼻で息をしようにも様々な刺激で呼吸困難になりそうだ。
どんどんっ! と強めにバスターくんの胸元を叩くと、じゅぅぅぅぅっぱっ♡ と一際強く唇を吸われてからやっと離してくれた。
な、長かった……!
「っは、はぁ! はふ、は、はぁ〜! こ、腰抜けちゃった……!」
「す、すまない……! 夢中になって……! そ、その……すまない……」
しゅん、としたバスターくんに「大丈夫だよ」とぽんぽん回した腕で腰を叩いてあげる。
自然とハグしてるけど、そのおかげで腰が抜けてても尻もちをつくこともなく、なにより不快でもない。
においで嫌がられることもないって、こんなに幸せなことなんだなぁ、と知らずにやけていた。
「か、帰りますか……」
「ん……そうだね。あっ俺、唇腫れてない?」
「真っ赤だな……可愛い……好きだ」
「ふ、あはは! ありがとう。俺も好きだよ」
ちょっとだけ屈んでもらって、固い甲羅の唇にちゅっとキスをした。