油断禁物でお願いします「とにかくいつまでも玄関に突っ立ってないで入ったら?」
「………………」
どうしてこんなことになってしまったんだろう。
一歩足を進めることすらできずに立ち止まっている。
突然の雨に降られて、走っていたらスズさんに呼び止められてここにいる。
状況はシンプル。
けれど図々しく上がり込むには躊躇いがあった。
――だって彼女の部屋に来たのは、はじめてだ。
僕とは違う区画に暮らしている彼女のところに立ち寄る言い訳がどうしても見つからなくて。
不意打ちのようにして上がり込む寸前の部屋の様子をどうしたものか、と眺めている。
機能さえあればいいみたいな整頓された空間だ。雑貨屋で小物を見るのがあんなに好きなのに小物は置かれていなくて、シンプルな室内だった。
「そんな面白いものは置いてないよ」
「え! あ、あの……その、すみません」
「……それは別に良いんだけど。とにかく靴脱いで。あと靴下も」
あれだけ、遊びに行くなんて言ったら警戒されるかも……だとかそもそも入ってこられたくないかも……と「もしも」に躊躇をしていた空間に、あっさり。
しかもこんなズブ濡れで足を踏み入れるのか。
「あの! ……やっぱり出直します」
「出直すって、まだ雨降ってるのに?」
未だに雨の音が強い。時折稲光が見える。とても天候は落ち着きそうにない。
「…………それ、じゃあ、少しだけ」
僕は彼女からタオルを受け取りながら、まだ雨が降っているから仕方ない、と自分に言い訳して敷居を跨いだ。
「レムナン、着替え貸そうか? あとシャワー」
「……は、」
息が漏れるような、妙な声が出た。
何か、聞きなれない言語が耳を通り抜けたかのようで。
「な、なに……考えてるんですか……!」
「いや何って。風邪引くでしょそれ」
タオルで拭ってもまだ服の裾から水が滴り落ちそうな、ひどい有様だった。
けれどそんな問題ではない、根本的なところの理解がない。
「そんなに……油断、しないでください!」
思わず声が大きくなる。
ぽかんとして僕の言葉を聞いていた彼女はそれから一拍おいて。
「……恋人、なのに?」
「っ…………!」
――恋人だから、油断しないでほしいんですけど。
それでも珍しく自分達の関係が彼女の口から明言された衝撃で、さすがにそんなことは口に出せなかった。