【狂聡】43と18の小話※聡ミくん女体化「ほら、焼けたよ。冷めないうちにお食べ」
狂児は見かけによらずとても丁寧に肉を焼く。アミの上に並べるのは2枚まで。1枚1枚焼き加減を見ながら丁寧に焼き、聡実の皿に乗せてくれる。サークルや部活にはいるつもりはなかったのに、新刊コンパ期間中に、新入生はタダでいいからと、断る間もなく連れていかれた焼き肉やしゃぶしゃぶの食べ放題では、アミや鍋いっぱいに肉がつっこまれ、焼きすぎて焦げたり、鍋底に沈んで固くなったりして美味しくなくなっていた。
狂添えられた生レモンを甲斐甲斐しく取り皿にしぼる。なんとなく居心地の悪さを感じながら聡実は絶妙な焼き加減の厚切り塩タンを頬張った。厚みと歯ごたえがあるのに柔らかく、噛めば噛むほど味が出てきて、思わずうまっと感嘆の声をあげていた。飲み込んでしまうのがもったいない。ずっと口の中で噛んでいたい。聡実が渡されたメニューには値段が書いていなかったので、この1枚で一体いくらするのかはわからない。きっと、狂児が連れてきてくれる店なのだからそれなりに値がはる店なのだろうが、狂児は食事に行く度に聡実が食べたいだけ食べさせてくれた。むしろ、率先して高いものを食べさせてくれているような気がする。
「聡実くん、美味しい?」
「…美味しいです」
「まだまだあるからたんとお食べ。あ!今の親父ギャグやないからね!」
タンだけにねンと言わなければいいのにそういうことを言ってしまうのは、生粋の関西人だからかなのだろうか。東京にはボケとツッコミの文化が全くなくて驚きはしたものの、話にオチがなくてもそれで?と言われないのは口下手の聡実にはとてもありがたい。じっとりと狂児を見上げながら残りのタンをゆっくり咀嚼すると、狂児はそんな目でみんといてとおどけながら丁寧にタンを網の上に寝かせた。ジュウジュウと湯気があがり、ピンク色の表面に網目模様が刻まれる。
狂児は喋らないと死んでしまうのか、大学どう? 友達できた? どんな勉強してんの? と矢継ぎ早に質問する。ちゃんと答えればいいのだが、まぁとかうんとかそんな曖昧で塩対応な返事しかできない。それでも、狂児は嫌な顔ひとつしないで、よかったなぁ、楽しそうやなぁと嬉しそうに頬を緩めている。
狂児ならもっと愛想がよくて可愛い女性にモテるだろうに、こんな小娘を前にして、一体、何が楽しいのだろう。いや、聡実も人のことを何もいえない。二回り年上のヤクザと一緒に焼肉を食べているなんて、普通ではないだろう。そう、この関係は世間から見れば普通ではないのだ。
若い女性が年上の男性にご飯をおごってもらったり、プレゼントをもらったり、体の関係をもってお金をもらうことを、パパ活というらしい。一昔前の言葉でいえば援助交際や売春というやつだ。狂児とご飯を食べるということは、同年代言葉を借りていえば、パパ活に分類されるらしい。
大学には全国各地から大勢の学生が集まり、聡実のように地方から東京に出てきた学生もたくさんいる。中学にも高校にも親しい友人はいたが交友関係は狭く、彼ら彼女らとなんばや梅田といった大阪の中心地に遊びにいく程ではなく、両親に連れられて阪急百貨店に行くくらいだった。その上、同年代の流行にも疎く、そもそも、あまり興味もない。そのせいか、パパ活のような俗っぽい言葉もあまり知らなかった。
大学でも仲のいい友達はできたが、選択授業ではひとりで授業を受けることも多く、友達といないときはいつも参考書を開いている。そんな授業と授業の休み時間に近くに座っていた学生たちがひそひそと話していた声が細切れに聞こえてしまった。
曰く、体の関係を求めてきたパパを切った。
曰く、パパと食事をしただけで5万もらった。
曰く、パパに高級ブランドのバッグを買ってもらった。
彼女たちはそれらの行為をP活と言っていて、どのアプリならいいパパがいる、このサイトはダメと情報交換をしているようだった。食事の約束をしたパパが写真とプロフィールが実物と全然違ったハゲのおっさんだったけど羽振りはいいからキープとか、ヤらない約束だったのにヤりたとか言い出したからキモイだの、聞いてはいけない話題だとわかっているのに、耳をそばだててしまう。
スマホでP活と調べてみると、彼女たちが話しているような内容のサイトがたくさんヒットした。そこに書いてある内容は、自分と狂児にもあてはまるのではないか。普通に狂児と一緒にご飯を食べていたが、そういう関係と思われているのではないかと気が気でない。中学生の頃ならまだしも、大学生ではあるが年齢的には大人に分類される。しかし、狂児とは親子ほど年齢が離れているのだから、そういう関係であると見られてもおかしくないのかもしれない。
付き合ってもいない年の離れた男性と一緒にご飯を食べることはおかしいこと。世間は聡実のことだけでなく、狂児のことも変な目でみているのかもしれないと思うと、なんともいえない気持ちになった。
「なぁ、狂児さん」
「んー、なに?」
「狂児さんと一緒にご飯食べるのって、パパ活になるんですか?」
はぁ!? と素っ頓狂な声をあげた狂児のトングから綺麗に焼けたタンが零れ落ちる。個室とはいえ、他に客がいるかもしれないのに、そんな大声を出さないで欲しい。落としたタンを拾って聡実の取り皿に乗せた狂児は、半眼になって訝し気に聡実を睨みつける。
「……聡実くん、どこでパパ活なんて無粋な言葉覚えたん?」
「なんか、同じ教室にいた女の子たちがしゃべってて、パパにご飯奢ってもろたとか、お金もろたとか。パパってなんやろって調べたら、金持ちのおっさんのことやん? 狂児さんと私がこうしてるのも、パパ活に見られとるんやないかって心配になって」
「ほーーーーーん…で?」
「で…って、なんていうか、狂児さんに申し訳のうなって…お店の人にそういう目で見られてるんとちゃうかって、気になるんです」
私は全然そんな気ないのにとタンをチビチビ齧っていると、狂児は徐ろに立ち上がり、聡実の隣に座る。ギョッとした聡実は思わず壁の方に逃げるが、狂児はずずいと距離をつめてくる。体を縮こまらせる聡実の頭の上にドンと手をつき、にたぁと薄ら笑いを浮かべた。
「聡実くん、オレはヤク…ブラック企業勤めやん? せやから、金やプレゼントをあげたりするんやなくて、お姉ちゃんたちから金を巻き上げるのが仕事なんよ。聡実くんくらいの年頃の女の子はぎょおさんホス狂いおって、泡によぉ沈められとるよ」
「泡って何?」
「んー? 聡実くんは知らなくてええよ」
怖いところやからなぁとうんうん頷きながら狂児はスッと目を細め、聡実の顎を指先でクイとあげる。狂児は聡実の前ではタバコを吸わないようにしているが、スーツや髪の毛には煙のにおいが染み付いている。けれど、その中に男の色気を感じる香水がふんわりと香り、視界がくらくらとぐらついた。
「聡実くん、金もろたら知らんおっさんと飯くったり、セックスしたりすんの?」
「…は?」
完全に目が座った狂児が鼻先まで迫り、怒りを孕んだ声音で威嚇する。そんなんあるわけないやん! と否定しても、どやろなぁ…と狂児は聡実の細い手首を掴んだ。ギリギリと大人の男の力で締め上げられ、ギシギシと骨が軋む。狂児は聡実の前ではいつもヘラヘラしているが、骨の髄にまで染みついたヤクザだ。時折、背筋が凍りつくような雰囲気を纏っている時がある。今だって、聡実のことを切り刻んばかりの鋭い視線を浴びせている。カタカタと小さく肩が震えた。
「パパ活って体の関係がありませんみたく可愛くゆうてるけど、あんなん援助交際とか売春とかと同じやん。聡実くんが誰かに金もろて飯行ったり、ホテル行ったりしたら、そのおっさんも聡実くんもどうなるかわからんから気ぃつけてな。それとも何? オレも金払ったら聡実くんのこと好きにしてええの? いくら払ったらええ? 言い値で買うよ?」
「っ…!」
あまりにも酷い言い草に、恐怖を上回る怒りが腹の底から湧き上がる。どこをどう間違ったらそんな話になるのだ。聡実は狂児がパパ活をしているのではないかと思われるのが嫌だと言いたかっただけでパパ活がしたいなんて一言もいっていないし、そもそも、金を払ったらエロいことをさせてあげると思われていることが心外だ。こちとら、ずっとずっと、思わせぶりなことをする狂児に片思いを拗らせているというのに。
「狂児のアホカス! 僕のことをそんな尻軽でやっすい女と思うなよ! なんぼお金もらっても、狂児とはそんなことせぇへん! お金で僕の気持ち買えるわけないやろこのドアホ! お金で気持ちが買えるなら、僕がとっくのとうに買うてるわ! 狂児のアホ! 意気地なし!」
聡実が大声を出したことに驚いたのか、狂児は大仰に肩を大きく揺らし、目を丸くする。手首の拘束が緩んだ隙に振り解き、パシンと思い切り頬を引っ叩く。ドクドクと心臓は勢いよく脈うち、息があがる。狂児はポカンとして頬をさすっている。少し頬は腫れているが、聡実の華奢な腕力ではダメージもほとんどないだろう。
しかし、冷静になってみると、思い切り変なことを口走ってしまったような気がする。狂児から逃げ出そうとしても、背後は壁でもう後ずさることもできない。唇を噛んで俯いていると、大きな手がそっと頭を撫でた。
「…聡実くんはやっぱりカッコええなぁ。なぁ、聡実くん、意気地なしのおっさんに、もっかいだけチャンスくれへん? な?」
「…いややってゆうたら?」
「そやねぇ、いいよーゆうてくれるまで監禁して、二度とおんもに出られようしてまうかなぁ…」
狂児さん、ブラック企業勤めやからと額に柔らかいものが触れた。