【狂聡】モブ目線の小話今日も今日とて彼は真面目に学校に通っている。普通の中学生なら当たり前のことなのだろうが、学校に毎日ちゃんと通うことが難しい人間もこの世の中には大勢いる。かくいう早川も真面目に学校に通うタイプではなく、中学に通っていた頃の記憶といえば、喧嘩喧嘩の喧嘩三昧でよく補導をされていたことくらいだ。だから、毎日同じ時間に家を出て、用事がなければまっすぐ家に帰る少年の行動は面白味にかけて、とても退屈1日を過ごしているように見えた。
少年の名前は聡実といって、現在お勤め中の若頭補佐成田狂児のお気に入りだ。狂児は、少し前にシャブで破門された通称宇宙人を顔も判別できないくらいにボコボコにし、傷害なんたら罪でしょっぴかれてしまった。そもそも、宇宙人が先に狂児の車に突っ込んできて、打ち所が悪ければ狂児は死んでいたかもしれないのだが、狂児はどうやらやりすぎてしまったらしい。早川にはよくわからないが、正当防衛とは認められなかったようだ。スナックかつ子に現れた狂児は血まみれで、宇宙人に突っ込まれて死ぬところやったわぁと笑っていた。
狂児のお気に入りの少年は合唱部の部長だったこともあり、絶唱していた紅はとても上手く、アニキたちやあの組長でさえも絶賛していた。しかし、それ以外はどこにでもいそうな普通の少年のように見えて、狂児から自分の代わりに聡実の見守りをしていて欲しいと命令…お願いされ、こうして毎日聡実の見守りをしていても、あの狂児を虜するような魅力は歌唱力以外になにがあるのかはわからなかった。
聡実は毎日同じ時間に家を出て、ほとんど同じ時間に学校を出る。大体ひとりで登下校をしているのか、同級生と一緒にいる姿はあまり見なかった。寄り道をせずにまっすぐ家に帰るか、時折図書館に寄って帰るかのどちらかだった。狂児からは毎日簡単でいいから聡実が何をしたのかノートに書いておけと言われたているが、毎日毎日同じようなことしか書けない。朝7時半頃家を出て、学校を出るのは四時くらい。休みの日もほとんど外出することはなく、中学生なのに友達とどこかに遊びに行くこともない。真面目に受験勉強をしているのか、外出するといえばやはり図書館くらいだった。
聡実の見守りは退屈で、毎日毎日同じことの繰り返しで欠伸が出てしまう。はじめのうちは堅気の中学生の見守りで駄賃がもらえるなら楽勝な仕事だと思ったが、いかんせん少々後悔している。それでも、上からの命令は絶対だ、狂児はアニキたちの中でもとっつきやすく、フレンドリーな方だが、怒らせると組長の次に恐ろしいことを早川は知っている。殊に、聡実のこととなると、見境がなくなるから敵わない。ノートには毎日同じことが書いてあって、これを見せて何をいわれるのか、今更になって怖くなってきた。
来る日も来る日も学校と家の往復で、終業式を終えると、聡実の姿をみかけなくなった。年末年始も自宅で過ごし、三が日を少し過ぎてから初詣に行った。中三の冬になると学校に登校する日も少なるなるのか、一月はほとんど学校に登校せず、二月の半ばになって外出する日がほんの少しだけ多くなった。どうやら、私立高校の受験が始まったらしい。早川は高校受験を経験しておらず、入試日程も高校のレベルもわからない。聡実が受験した高校の名前をノートにメモしてネットで検索すると、どうやらかなり頭のいい高校のようだった。そのついでに、公立高校の入試の日も調べた。
公立高校の入試当日、聡実はいつもの重そうなリュックサックを背負ってでかけた。もちろん、早川もついていった。聡実が校門をくぐるのを見送り、心の中で頑張れと応援していた。早川自身に兄弟はいないが、少しだけお兄ちゃんの気分になっていた。
それから数日して、聡実は中学を卒業した。卒業おめでとうと書かれた胸章をつけていて、同級生たちと校門の前の立て看板の前で別れを惜しむように写真を撮っていた。はじめて聡実が同級生と一緒にいる姿を見たような気がする。聡実は男子からだけでなく、女子からも一緒に写真撮ろうと声をかけられていた。自分から写真を撮ろうと声をかけることはなかったように見えたが、聡実は人望があるらしい。
そして桜がちらほら咲き始めた頃、公立高校の合格発表が行われた。結果は合格だったらしく、母親と一緒に合格手続きに向かう姿を見送った。少しもらい泣きした。
聡実は春休みの間もほとんど出かけることはなかったが、出かけた時は必ず、カラオケ天国の前を通るようになった。店内に足を踏み入れることはなく、駐車場の前で足を止め、誰かを探すようにぐるりと周囲を見回す。そして、何事もなかったかのように家に帰る。
狂児はあのカラオケ大会の後、すっぱり聡実との連絡をたったらしい。彼は堅気の男の子やからなぁと言いながらも、歌下手王の称号は腕に刻んだ聡実の二文字だし、こうして聡実の見守りも頼んでいる。聡実も聡実で、狂児の影を探していて、なんだか三文芝居の昼ドラを見ているようだ。
聡実が高校に進学しても、早川は狂児の言いつけを守って聡実を見守り続けた。高校の入学式の日、聡実は校門の入学式という看板の前で写真を撮ってもらっていたが、もう撮らんでええよと嫌がっているように見えた。そんな微笑ましい光景をスマホに収めた。
聡実は高校では部活に入らなかったらしく、ほとんど毎日同じ時間に下校し、カラオケ天国の前を通っては立ち止まって狂児の姿を探していた。
季節はあっという間に巡り、狂児は聡実が高2の秋に出所して早川はお役御免になった。聡実の観察日記は5冊になっていた。
「早川くぅん、ありがとうな、助かったわ」
「いえ…あの、狂児さん、こんなんでよかったんですか?」
「んー? ええの、ええの。オレは聡実くんの日常が知りたかっただけやから」
「なら、ええんですけど…あ、あとで写真送っておきますね」
「えっ!? 写真撮ってくれてんの!? 早川くんは、やり手ですなぁ」
狂児は心の底から嬉しそうに笑いながら、再びノートに目を落とす。聡実の毎日はほとんど変わり映えがないが、狂児にしてみれば、塀の中で失ってしまった時間がそこに記されている。
「ああ、せや、早川くん…聡実くんに懸想したら、道頓堀に浮かんでまうから気ぃつけてな」
黒々とした双眸に睨みつけられ、早川はこくこくと何度も深く頷いた。