ビッキーなんで移籍してしもたん?【ビッキーとシェス】
「なぜおれに出さなかった?」
たどたどしいドイツ語で詰め寄るビクトリーノの剣幕にシェスターは少し驚きながら、プレーの状況と2人のFWの位置取りを思い出し、冷静な口調で説明をした。
「この展開ならマーガスのほうがフリーで撃てる確率が高かったんだ」
「あいつは外した」
「それはそうだが」
シェスターは肩をすくめた。実際のところ、長年コンビを組んでいるマーガスとの息は合っていた。どこにほしいか、どんなボールなら得意か、マーガスなら目を合わせなくても分かる。移籍してきたばかりのビクトリーノとのリズムは、当然その域には達していない。
「僕たちはもっと話をしたほうがよさそうだね、ビクトリーノ」
「原因はコミュニケーション不足だと?足りないのは、練習だろう」
眉をしかめた黒豹に、シェスターは柔らかく微笑んだ。
「……そうだね。僕たちにはボールを挟んでの会話が足りないんだ」
言い回しが気に触ったのか、理解できなかったのか。ぷいと顔を背けて足早に去るビクトリーノの小さな背中が、少し寂しく思えて、シェスターはいつまでも目を離せずにいた。
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【去り行くビクトリーノを思う/マーとシェス(マーシェス風味)】
「俺なりに彼のよさを引き出していたつもりだったんだが……物足りなかったようだね、ビクトリーノには」
シェスターは残念そうに首を横に振った。南米随一のスピードスターの移籍。クラブにとっては痛手である。
「シェスターが気に病むことではないよ」
フォローに入るマーガス自身、驚いていた。この度のビクトリーノの移籍は、成績不振やトラブルではなく、純粋に実力を高く評価されてのものだ。チームメイトとして喜ばしいことだが、一部報道で漏れ聞こえた戦術や選手への不満までは把握していなかったのだ。黒豹は、マーガスが知っていたよりもはるかに貪欲だった。
シェスターやマーガスは前季、国際スポーツ大会に出場している。その機会に恵まれなかったビクトリーノの胸中までは気にかけていなかった。それなりに仲良くやっていたつもりだったが、土産話がかえって神経に触っただろうか、今となってはそれも分からない。シェスターはひとつため息をついた。
「きっと落ち着いたら連絡のひとつもくるさ」
慰めるようにマーガスが声をかけたが、シェスターは力なく微笑むだけだ。
「振られてしまったな」
「ドイツ代表の司令塔が何を言うんだ!」
めずらしくマーガスの手がシェスターの背中をばちんと叩いた。
「イテッ」
「あっ…ごめんつい」
慌てるマーガスだったが、その目は真剣だ。大きな手がシェスターの両肩を掴んだ。
「俺は長年シェスターと組んでいる。だから分かる。シェスターは最高の司令塔だよ。ブレーメンでも、代表でも。俺や、シュナイダーや、他の連中だって、みんなシェスターを信頼している。うまく合わせられなかったのは、きっとビクトリーノのほうだ」
口にした後で、目をそらし、多分ね、と自信なさげに呟いたマーガスに、シェスターは思わず吹き出した。その手のひらからも態度からも言葉からも、あふれるように伝わってくる、マーガスの労りがとても暖かい。もたれかかるように、マーガスの背中に手を回した。
「ありがとう。君は最高の相棒だよ」
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【ビッキーと火野】
「そう言えば、ツバサ・オオゾラとはコンビを組み損ねたんだっけな」
「……組み損ねたわけじゃねえ」
ムッとした空気が電話ごしに伝わり、ビクトリーノは声を低くして笑った。
「どうだろうな。おれは運があったと思ってるぜ。ツバサにしたって、おまえにしたってな」
一流のプレイヤーにとっては環境も大事な要素のひとつである。いくら研鑽を重ねても、実力を生かせる場に恵まれなければ、ないものと同じだからだ。
「手応えならある。やってみせるさ。おれはこのカタルーニャで、欧州ナンバー1を取る」
お互い新天地でシーズンをスタートさせた。ビクトリーノの言葉は自身への鼓舞であり、また火野への宣戦布告でもあった。代表チームを離れるや、頼もしい仲間こそ強敵となる。
「フン。早々に勝った気でいるなよ。こっちだって……」
言いかけて、火野は口ごもった。
「何だ?」
「いや、何でも」
ナポリにはファン・ディアスがいる。咄嗟に口にしかけたが、火野のプライドが邪魔をした。チームメイトに恵まれた事実や、感じた確かな手応えを、あっさり認めて享受してしまえるような素直さなど、火野は持ち合わせていないのだ。
「……CLの決勝で会おうぜ」
ようやく火野がそれだけ絞り出すと、当然だとビクトリーノは力強く答えた。
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【火野と弓倉】
実のところ、日本で大空翼と手合わせするタイミングのないまま進路を決めてしまった火野に、後悔の二文字が浮かぶ理由はない。それなのに、ビクトリーノと翼が同じチームになったと知ったとき、それが自分であればという小さな「if」が思い浮かんで、動揺した。日本への執着など、とっくに断ち切ったはずだった。
しかし無理もない。ワールドユース大会、ストライカーの意地とプライドをかけた勝負は、最終的に日向と翼のコンビネーションの前に敗れたのだから。
翼と同じチームでプレーする機会を得ていれば未来の選択は何か変わったのだろうか。 火野は頭の中で「if」を打ち消す作業を繰り返す。たらればを考え出したらきりがない、意味もない。それに、あのとき火野の隣にいたのは大空翼ではなくて――
「リョーマ?久しぶり。こんな時間に、何かあったのか?」
着信履歴のリストを最後までたどった先に、その名前を見つけた。
「特に、何ってわけじゃ……」
言いかけて止める。8時間の時差を即、"こんな時間"に換算できてしまう相手に、繕っても意味がない。
「声、聞きたくなって」
素直に告げると弓倉の声のトーンが柔らかくなった。
「そうか。ちょうどこっちの雑誌にナポリの記事が出てたんだ。火野リョーマの部分、読んで聞かせてやろうか?随分かっこよく書いてあったぜ」
「いや、いい」
可笑しくなって笑う。肩の力が抜けていく。安心する。いつもの距離感がそこにあった。
「じゃあ後で送ってやる。割といい特集だったけどな」
「……やっぱり読んでくれ」
「オウ?必要なら録音しとけよ?」
少し笑いながら、弓倉は手元の文章を読み上げ始めた。 ベッドに転がり、心地よく鼓膜を揺さぶる日本語に耳を傾ける。今夜はよく休めそうだと、火野は目を閉じた。
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【火弓リョ】
「らしくないぞ、今さら何を気にしてんだ。…ウルグアイ国籍取ったんだろ?」
「ああ」
「逃した魚はでかい。隣の芝生は青い。まァ、だいたいそんなもんだ」
「別にうらやましがってるわけじゃねえ」
「…わかってるよ」
火野からこぼれ落ちる弱気とも焦りとも覚束ない感情を、丁寧に拾い集めるように弓倉は彼の短い髪をなでた。……なでようとした。そこにあるのはただ液晶の平らな画面だ。
「大丈夫」
言い聞かせるように言葉を紡ぐ。
「リョーマはひとりでも大丈夫だ」
「……オウ」
火野の指がこちらに伸びて、ちょんちょんと画面の中心をつついた。
「…バーカ」
照れ隠しの憎まれ口を叩きながらも、弓倉は火野がねだる通りに、誘う指先めがけてそっと唇を寄せた。
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【マーシェス】
「移籍の話、断ったんだって?悪い条件ではなかっただろうに…よかったの?」
内心ほっとしたことは隠して、マーガスはシェスターに声をかけた。当のシェスターは、逆に不思議そうな顔をしてマーガスを見つめた。
「君、移籍を考えているのかい?」
「そういうわけではないけれど…」
「俺の夢はね、マーガス。ブレーメンで一番を獲ることなんだ。大好きなこの町のクラブを、ドイツの、ヨーロッパの頂点に立たせたい。子どもの頃からの願いだ。…知っているだろう?」
もちろん知っている。度々シェスターと交わす約束だ。しかし、幼い頃から半ば習慣のように続けてきたその誓いのために、シェスターの活躍の場が限定されてしまうのは勿体ないのではないか。時々そんなジレンマがマーガスを襲うのだ。シェスターならもっとレベルの高い海外のクラブでだって活躍できるはずなのに…
「もしマーガスが他に活躍の場を移したいならもちろん喜んで応援するよ」
シェスターは柔らかく笑った。
「君ほどのFWなら、どこのチームでも…俺とのコンビでなくても必ず通用するだろう」
マーガスは息を飲んだ。シェスターの瞳が揺れている。何度も愛を込めて見つめてきた、大好きなひとの眼が。
「俺の夢は、俺の夢でしかない。でも、許される願いならば、君と一緒に叶えたい」
シェスターの手が伸び、マーガスの頬に触れた。冷たい感触がマーガスを震わせる。
(俺だって、叶えたい、シェスター)
「もちろんだ…!」
「ありがとう、マーガス」
にこりと微笑んだシェスターの表情には既に、いつも通りの威厳が戻っていた。
*****
【マーシェス2~逆襲のマーくん】
「俺の夢は俺の夢でしかない。でも、もし許されるなら、マーガス。俺は、キミと一緒にかなえたい。……キミの(サッカー)人生を俺に預けてくれないか?」
マ「なんだかプロポーズみたいだね!?」
シェ(←そのつもりではある)
マ「もう一回!もう一回言ってみて!録音したい!」
シェ「一応聞くが何に使うんだ?」
マ「……え~っと、記念に……あとスマホの目覚ましアラーム?」(きょとん顔)
シェ「二度と言わない💢」