Inimă de Draxxx. 11/28 ドラルクの誕生日。
この日だけ、さらに言えばジョンとロナルドだけに振る舞われるメニューがある。
「はい、お待たせ」
1人と1匹の前に供された皿の上には拳大の真っ赤なパプリカがトマトスープの中に鎮座していた。本来なら半分に切ったものが出されるのだが、ジョン達たっての希望で切らずにスープに浸っている。
正面に腰を下ろし、笑みを浮かべているドラルクの目の前で手を合わせてから皺の寄ったパプリカへ恭しくナイフを入れ、真っ二つにする。
ドラルクの笑みが深まり、ぞくりと震える身体を自ら抱き締めていた。
「ヌイシー♡」
「うん、今年もすげー美味い」
「ふふ、良かった」
くたくたになるまで煮込まれたパプリカの中にはぎっしりと豚挽肉と米が詰まっており、たっぷりの肉汁がトマトスープに流れ出す。スープも味わいながらゆっくりと、いつも以上に時間を掛けて味わった。
1口ずつ、自らの血肉になる事を意識しながら。
それはロナルドだけでなくジョンも同じで、いつもはドラルクに甘えて口元を拭いて貰ったりしていたがこの料理を食べる時だけは全て自分で行っていた。
そうして1人と1匹の料理が最後の1口になるとナイフとフォークを置き、ドラルクが立ち上がる。
「まずはジョンからね」
「ヌー♡」
あんなに大きかったパプリカは今や小さなマジロの小さな口に収まるサイズになっていた。
フォークとスプーンで肉汁を含んだスープも残さぬように掬って口元へと運んで食べさせる。しっかりと咀嚼して飲み込んだジョンが口元をナプキンで拭ってからドラルクの傍へと寄り頬へと口付けた。
「ヌヌヌヌヌヌ、ヌイヌヌヌ」
「私もだよ、私の愛しいジョン」
ジョンの身体を抱き上げ鼻先に口付けを返して笑みを浮かべて囁く。テーブルの上へとマジロの身体を下ろすと今度はロナルドの元へと向かった。
きらりと左手の薬指に嵌められた揃いの指輪が照明を受けて光る。細く繊細な指が指揮者のように踊りロナルドの皿に残された最後の1口を掬い口元へと運び、青く澄んだ瞳と赤く煌めく瞳を絡み合わせたままゆっくりと咀嚼して嚥下した。
ジョンと同じように口元を拭うとドラルクの腰に腕を回して抱き寄せ唇を重ねる。ちゅ、と音を立てて名残惜しげに離れた口唇を笑みの形に歪めて頬を擦り合わせた。
「愛してる、ドラルク」
「ん、ふふ……私も愛してるよ、ロナルドくん」
擽ったげに笑って少しばかりの恥じらいを纏った甘い声音で応える。
⬛︎⬛︎⬛︎
「なぁ、これ何て言うんだ?」
「なーいしょ」
「なんでだよ、ドラ公のオリジナルとかか?」
「んー……まぁ、そんなところかな」
ドラルクが事務所に転がり込んで来て数年後の彼の誕生日、見慣れぬ料理が振る舞われた。誰の誕生日であれ毎回家賃8000円の事務所兼住居には似合わぬ程の豪華な料理が所狭しとテーブルに並んでいたが、ある年を境にドラルクの誕生日にだけ出てくるメニューがある事に気付いた。
大きなパプリカの中に豚挽肉と米を詰め込みトマトスープで煮込んだ料理。ジョンに丸ごと、ロナルドには半分に切った状態で。そしてジョンは最後の1口を必ずドラルクに食べさせて貰っている。
覚えられるかどうかは別として、聞けばすぐに料理名を教えてくれるドラルクがはぐらかし続けていたものを食べる時、やたらと嬉しそうな顔をして見つめていた。
「洗濯板みてぇなガリガリの胸板と太腿の逆三角の隙間!ああああチクショー!!」
あくる日Y談波を浴びたロナルドの口から飛び出したY談の種類が変わり、非常に、非常に不本意な切っ掛けでロナルドとドラルクの関係に恋人という肩書きが加わった年のドラルクの誕生日に漸く料理名を教わった。
「吸血鬼の心臓」
ルーマニアの観光地では真っ赤なパプリカをかの有名な吸血鬼の心臓に見立てて肉詰めをそう提供していると言う。
ジョンとは使い魔の契約を交わしてからずっと、そしてロナルドへは恋心を自覚した時から、ドラルクは吸血鬼の心臓を食べさせていた。まるで自らの本物の心臓を与えるかのように。
「この料理はジョンと君にしか食べさせた事がないんだ。ロナルドくんとこういう関係にならなかったら私の創作料理で押し通そうと思ってたんだけどね」
「ふーん、えっちじゃん(付き合う切っ掛けはクソだったけど、知れてよかった)」
「逆ゥー」
ドラルクが秘めた想いを込めた料理。その年からロナルドの分も大きなパプリカが丸ごと乗った状態で供されるようになった。
⬛︎⬛︎⬛︎
「今年も美味かった。ありがとなドラ公」
「どういたしまして。さて、そろそろ皆が来る頃かな?」
にっぴきだけの秘密の儀式めいた食事を終えると事務所のドアが開く音と賑やかな声が聞こえてくる。ドラルクの誕生日パーティをしよう(そしてドラルクの手料理を合法的にたらふく食べよう)とギルドや吸対、オータムの面々が思い思いのプレゼントを手に事務所を訪れた。
「それじゃあロナルドくんはそっちのオードブル運んで、ジョンはお出迎えよろしくね」
「はいよ」
「ヌーイ!」
誕生日パーティの主役は愛用のエプロンの紐を締め直し慌ただしげに、それ以上に楽しそうに存分に腕を振るった料理達を手に客人達を出迎えに向かった。