退治人ロナルドは恋をしている 退治人ロナルドは恋をしている。999体の吸血鬼を狩り実力も評判も十分。自伝的小説も600万部の大ヒット。加えて陽の光を浴びて煌めく柔らかな銀の髪に空の色をそのまま映したような青の瞳。髪と揃いの色をした睫毛は長く影を落とし、甘く垂れた目尻とは裏腹に鋭い眼光はどこか物憂げな雰囲気を纏う。常に余裕を崩さず自信に満ちた笑みを湛えた唇はふっくらと健康的で咥え煙草すら様になる。傷ひとつない血色の良い透き通るような滑らかな肌、日本人離れした長身に細身だがしっかりと筋肉のついた身体、異性だけでなく同性ですら類なき整った容姿の彼に感嘆の息を漏らした。
そんな退治人が視線をやれば靡かない女性などいない。恋に追われる事は多々あれど、ロナルドが追うのは退治対象の吸血鬼のみ。散々浮き名を流して週刊誌を騒がせた男が緊張した面持ちで埼玉県伊奈架町の古い城を訪れていた。
「……退治人くん……今日も、人間のお友達がする事、教えて……?」
緊張と恥じらいの表情を浮かべたドラルクが寝室で身に纏っていた襟首の大きく開いた紫色のネグリジェを肩から落とす。骨と皮ばかりの痩身が露わになり、ロナルドの視線から逃れるように身を縮こまらせ自分の二の腕を抱き下半身を片手でさりげなく隠したままで立っていた。ドラルク城(賃貸)の客室の広くふかふかのベッドに腰かけたロナルドが両手を広げて微笑みかければ簡単に折れてしまいそうな血色の悪い痩身が飛び込んでくる。人間よりも体温の低いひんやりとした肌が火照った身体に心地良い。抱き締めたまま片手で顎を掴んで上を向かせ視線を絡めると小さな柘榴石のような愛らしい瞳が揺れドラルクの頬に朱が差す。
「名前。……それと、もうお友達じゃなくて恋人、だろ?」
「……あ……ロナルド、くん……♡」
そうして2つの重なった影がベッドに倒れ、ドラルクの口から甘い声が漏れ始めた……。
なーーーーんてな。ここまで全部俺の妄想。嘘、ドラルクに恋をしているのは事実。悲しい事に過去、女と浮き名を流しまくって週刊誌に抜かれまくったのも事実。だがドラルクを好きだと自覚してからは全て清算した。元々恋愛っつーもんはよく分からなかった。黙っていても女が寄って来たし、特に執着もなかったから依頼のない夜の暇潰し程度にしか考えていなかった。まさか吸血鬼に恋をするとは。しかも同性。俺も最初は戸惑ったが、好きになっちまったもんはしょーがねぇ。だがハードルが高すぎる。そもそも俺は最初あいつを退治する為に城に訪れたんだ。
「退治人くんお待たせ、今日はトキトゥラ……ルーマニアのビーフシチューだよ。退治人くんの味覚に合うようにジョンに味見をしてもらったんだ」
「へぇ、そりゃすげぇな。ジョンも味見ありがとな、早速食おうぜ」
「ヌン!」
今日もドラルクの飯は美味いしジョンは可愛い。新横浜に事務所と自宅があるが最近は埼玉での依頼も多くなってきて、カボヤツとツチノコも今日は城に預けていた。ツチノコにも飯を提供しながら俺達が舌鼓を打つ姿を嬉しそうに微笑んで見守るドラルクも可愛い。これはもう実質俺とドラルク結婚してるだろ。告白すらしてねーけど婚姻届けならいつでも出せるぜ、車のトランクに入れてあるからな。あとはドラルクが記名捺印するだけだ。
「ドラルク、好きだ」
「私も好きだよ、人間のお友達がこんなに素敵なものだって教えてくれたからね」
「いや、俺は……」
「それより退治人くん、お風呂入ってきたら?ジョンが一緒に入りたいって」
まただ。これで何回目だろうか、ことあるごとにドラルクに好意を伝えてみるものの、友達として好き、と返してその後は話をはぐらかされてしまう。腕の中にいたジョンを差し出しながら笑い掛けてくるドラルクも可愛い。ジョンを受け取りしっかりと腕に抱くとツチノコとカボヤツもついてくる。ドラルクから子供たちのお風呂お願いね、と言われた気がしてきた……いやジョンは180年近く生きてる大先輩なのだが。また妄想スイッチが入りかけた俺に気付いたらしいジョンから冷たい視線を浴び慌てて我に返ると可愛らしい小さな生き物達と共に地下の温泉へと向かった。
「未だに退治人くん呼びだもんなぁ……」
客室と言いつつ半ば自室に近い存在になっている部屋でベッドに寝転び高い天井をぼんやりと見上げる。妄想と違いここにドラルクの姿は無く1人の部屋がやけに広く感じちまう。
本名は初対面の時に教えている。それとなく名前を呼ぶよう誘導してみたが成功したのは1度きり。相棒として退治に同行させた時、暴走した巨大吸血蚊がドラルクに襲いかかり、考えるより先に身体が動いてあいつを庇っていた。怪我自体は大した事なかったが、ドラルクは青白い顔を更に真っ青にして耳の先を砂にして泣きながら怒られたな。私は死んでも復活出来るけど、君は違うんだから自分を大切にしろって。申し訳ない気持ちは当然あったけど、俺の為に本気で怒るドラルクにこう……心臓を掴まれた。おっと話が脱線した。そん時にロナルドくん!って呼んでくれたんだよな。
「退治人ロナルド様が格好つかねぇな……」
泥臭い努力なんて見せなくていい。いつだってスマートに、周囲から求められる格好良いロナルド様でありたい。好きな奴の前でなら尚更。そんな事を考えているうちに俺の意識は微睡みの中へ消えていった。
「ヌンヌーヌン、ヌヌヌ〜」
「おう、おはようジョン。寝なくていいのか?」
「ヌンヌーヌン ヌッヌヌ」
「俺を?」
翌朝、いつも通りドラルクが作り置いてくれた朝食を食べに移動すると食卓にはジョンが座っていた。いつもならドラルクと一緒に眠っているはずだが、俺を待っていたと言うジョンと向かい合うようにテーブルにつくと主人よろしく小さな手で紅茶をサーブしてくれる。なんて優しく愛らしく優秀なマジロなんだ。1人と1匹で手作りのパンと温め直したスープを頂く。ここでドラルクの飯の美味さを語り出すといつまでも話が進展しないので詳細は省かせてもらうが、互いに食事を終えた後、ジョンがドラルクの使い魔になった経緯を話してくれた。ある程度ジョンの言葉も分かるようになってきたが、完璧に意思疎通出来るドラルクとは違う俺の為にゆっくりと優しい言いまわしで。
「なるほどな……ありがとうな、ジョン」
「ヌンヌッヌヌ!」
ジョンも俺の恋路を応援してくれている事に安堵しつつ、寝ると言うジョンを送ろうとしたがドラルクの棺の場所を教える訳にはいかないと断られた為、その場で手を振って見送るだけに留めた。ドラルクは相手の幸せを自分抜きで考えて身を引く癖がある、と教えて貰っただけでも十分すぎる収穫だ。勿論格好良いロナルド様だけをドラルクに見せたい気持ちは強い、けどそれだけじゃ手に入らねぇならみっともなく縋ってだって捕まえてやる。
「ドラルク、話があるんだがいいか?」
「どうしたの改まって。場所を変えた方がいいなら応接間に行くけど……」
「いや、ここで平気だ」
「そう……え、ジョンどこ行くの?え?何?」
「……ヌ!」
あくる夜、食事を終え広間のソファーでドラルクお勧めの映画(眠くなったが耐え切った。なんでトウモロコシ畑に鮫いるのかなんて些細な問題だ)を見終えた頃に声を掛けた。今日こそドラルクを振り向かせてみせる。主人の膝の上で丸くなって一緒に映画を見ていたジョンが俺の声音で察したらしく、ツチノコとカボヤツを連れて膝から下り困惑したドラルクにも構わずこちらを振り向きサムズアップしていった。ありがとうございます、ジョンさん。俺、今夜で決めます。ツチノコとカボヤツもごめん、後でいっぱい遊ぼうな。
状況の飲み込めないままジョン達が去り2人きりになると自分の城のはずなのに、どこか落ち着かなさそうにそわそわと居住まいを正して視線を泳がせているドラルクへと身体を向ける。膝同士が触れ合い服を着ていてもなお細さの目立つ膝がひくりと震えたのが見えたが気にせず口を開く。
「……ドラルク。俺はお前の事が好きだ。友達や相棒って意味じゃなく、だ」
「ありがとう、退治人くん。でも、私は……」
「私は?」
「私は……君と恋人にはなれない。君は太陽に愛された昼の子だ、夜の眷属である私と共にあるべきじゃない」
「理由はそんだけか?」
「そ、それだけって……!」
あっさりと振られた。だがこんくらいは想定内だ、俺が人間でお前が吸血鬼なのは百も承知で恋してんだぞこっちは。ドラルクの言葉に引き下がらない俺に驚いたようにこちらを見遣る。殆ど血の通ってない肌がほんのり色付いている。少なくとも俺への嫌悪感から付き合えないと言っている訳ではない事を改めて確認出来、内心胸を撫で下ろしたのは内緒だ。俺が言葉を重ねようと口を開いた所でドラルクに遮られる。
「君は退治人だろう、獲物であるはずの吸血鬼が恋人になったりしたら君の評判に関わるよ」
「そんなもん跳ね除けるくらいの実力はあるつもりだ」
「それに……君には、幸せになって欲しい……君の隣に並ぶに相応しい、一緒に太陽の下を歩ける人と出会って……家族を作って……」
「俺の幸せをお前が勝手に定義すんなよ」
途端に歯切れが悪くなったドラルクに言葉を返すと可哀想なくらいに肩が跳ねた。驚かすつもりも怖がらせるつもりもねぇけど、これがジョンから聞いた相手の幸せに自分を含めねぇ事だと気付いて、その悪癖を止めるには強引に話を遮るしかねぇ。それに、本当にそう思ってるはずならなんで耳の先が砂になってんだよ。そう指摘すると自分でも気付いてなかったらしく、慌てたように耳を抑えて否定の言葉をわやわやと口にしていた。
「俺の幸せを願ってくれんのは嬉しい。けどな、俺の幸せにはお前が必要不可欠なんだよ」
「……退治人くん、吸血鬼になれる?」
「……あ?なんだよいきなり」
「知っての通り、私は吸血鬼だ。君とは違い途方も無い時間を生きる。君の幸せの為にその手を取ったとして、残された私はどうなる?」
「……」
「それとも、君が今まで女性にしてきたみたいに、私の事も遊びで終わらせる?冗談じゃない!古の竜の一族の血を引く私をトロフィーの1つに加えようだなんて、甚だ傲慢が過ぎるのではないかね?」
俺の言葉を聞いたドラルクの声音が変わった。まるで品定めでもするかのように下から俺の目を覗き込んでくる柘榴の瞳からは感情が読み取れない。東欧の血を引く彼らしいオーバーな動きで、先程とは違う口調で俺を遠ざけようとしていた。だがなドラルク……お前はとんでもねぇ墓穴を掘ってる事に気付いてるか?俺は抑えきれなくなって口元ににんまりと笑みを浮かべ、それを見たドラルクがなんだこいつ、と言わんばかりの訝しげな表情を浮かべる。
「お前……俺を吸血鬼にしてぇくらい一緒に居たいと思ってくれてんだな」
「……は?」
「お前が俺を捨てるって考えはどこにもねぇし。俺が死ぬかお前に飽きるかって事しか考えてねぇじゃん」
「…………あっ」
暫しの沈黙の後、スナァとドラルクが座っていた場所に薄紫色の砂の山が出来る。これ何死だ?恥ずか死?俺が城を訪れてから今までドラルクは死んでなかった(絨毯のたわみにつまづいたのを咄嗟に抱き留めたらすげーいい匂いがした。危なかった、色々と)から、そこまで復活に時間は掛からないだろうと踏んだ。まぁ何時間掛かろうと待つんだけどな。案の定今日初めての死だったのか、すぐにもぞもぞと砂が震えだしその場にドラルクの姿が現れた。顔どころか耳まで真っ赤にしながら。
「う、うぅ……畏怖く言えばさすがの君も諦めると思ったのに……」
「悪ぃな、諦めの悪さは自覚してんだ」
「でも……でも、無理だよ退治人くん……」
「どうしてだ?」
「……怖いんだ」
白い手袋に包まれた両手で顔を覆いながら普段通りの口調に戻ったドラルクはそれでも頷こうとはしなかった。怖いと口にしたドラルクの肩にそっと触れてみる。いつも通りひんやりして硬い骨の感触が掌に伝わるそこは微かに震えていた。抱き締めてぇけどコンプラ違反だろうか……いや驚かせて死なせたくねぇしここは我慢だロナルド。心の中で葛藤していたらドラルクが顔を覆っていた手を膝に置いてこちらを見遣る。眉も耳も情けねぇくらい垂れ下がっていて庇護欲を唆られちまう。
「怖い?」
「前に、君と退治に行った時、吸血蚊から私を庇ってくれた時があったでしょ?その時、私の目の前で怪我をした君を見て……すごく怖くなった」
今までだって怪我をして城を訪れた事はあった。治療すんのも面倒なくらい疲れてて、ズタボロのまま城に行ったら俺を見たドラルクが死んでジョンに怒られたっけ。そっからは心配かけねぇように応急処置をしてから行くように心掛けたし、ついでになるべく怪我しねぇよう立ち回りを変えたから怪我自体殆どしなくなってた。だからあの吸血蚊の時の怪我は俺にとってもドラルクにとっても久々の負傷だった訳だ。
「君は強い。でも人間だ……怪我だってすぐに治らないし、病気にもなる。君を失うのが怖いんだよ……」
「ドラルク……」
「吸血鬼の執着心が凄まじいのは君だって知ってるたろう?だからやめて。これ以上君に執着を覚えてしまう前に、私から……」
「……私から?」
「私、から……」
離れろ、の一言がどうしても言えないくらいもう俺に執着してんじゃねぇか。口を開けたまま言葉を紡げず唇を震わせるドラルクの肩を抱いてそっと抱き寄せる。ここはこういう事しても許される雰囲気だからな。ドラルクの身体はまだ緊張しているのが伝わってくる。こいつは驚く程優しくて臆病な吸血鬼だから、自分の気持ちを殺してでも身を引いてきたんだろう。それをぶち壊して懐に入り込んだのがジョンで、そのジョンから背中を押されたのが俺だ、諦めろドラルク。
「すぐには頷けねぇけど、俺が退治人を引退するくらいヨボヨボになって、そん時もまだお前が俺の隣にいてくれるなら……吸血鬼にしてくれよ。使い魔でもいいぜ」
「……!……ふふ、使い魔はジョンがいるから無理かな」
「なら吸血鬼だな。んで……返事は?ドラルク」
「返事?」
「俺の告白の。まだ聞いてねぇけど?」
ほんの僅かに抜けていた身体がまた強ばったのを感じるが、これは拒絶ではなく緊張というか恥じらいからくるものだから、俺は変わらずドラルクの肩を抱き続ける。腕の中で大きく深呼吸したのを感じると同時にするりと体温が抜け出してしまった。触れていた箇所が外気に触れて物寂しい。俺と向かい合ったドラルクの赤い小さな瞳を正面から受け止める。するとドラルクは自らの手袋を外した左手の甲をそっと差し出して笑みを浮かべた。
「真祖にして無敵の吸血鬼に愛される覚悟はおありかね?若き退治人よ」
「はっ、そっちこそ覚悟しろよ、吸血鬼」
気取った態度と物言いに思わず吹き出してしまいつつ、その手を取り甲に恭しく唇を寄せると薬指にも口付ける。指を絡めて掌を重ねると俺の方が掌はデカかったが、指はあっちの方が少しだけ長かった。繊細で神経質そうな印象を受けるが、その実優しさに溢れる骨張った指を撫でると擽ったげに揺らされる。瞳と同じ色をした爪は吸血鬼らしくなく短く整えられていて、そんな指が俺の手を握り返して手の甲を撫でた。
晴れて恋人同士となった訳だが、想いを確かめあって手を握って満足するには些か年齢を重ねすぎた。手を握ったままドラルクの顔を覗き込むように顔を寄せるとヒェ、という高い悲鳴というよりも鳴き声みてぇな声を上げて固まる。
「……なぁ、晴れて恋人になった訳だし……良いか?」
「……!ま、待って……ここだと、声が……」
「声……?……あぁ、そうだな。俺の部屋……って言い方も変だけど、行くか?」
マジかよ。キスしてぇって意味だったのにドラルクが嬉しすぎる勘違いをしてくれた。俺の問い掛けに言葉を発さずに頷いたのを見て右手を腰に回し抱き上げてやろうとした所ではたと手が止まる。待てよ、いくらこいつが引き籠りゲーマーだったっつってもここ数年の事だし、200年以上生きてきてるからやっぱそういう経験も豊富なのか……?可愛いもんな、分かる。でも分かりたくねぇ、こいつが他の誰かに抱かれてたり抱いたりしたって考えただけで顔も知らねぇそいつに嫉妬する。俺は散々遊んできたのに身勝手だって?それはそう。
「な、なぁドラルク……お前、昔誰かと付き合ってたりとか……」
「え、あ……その……笑わないでね。私こんな身体でしょ?だから……き、君が初めて、だよ……あんまり、興味もなかったし……」
笑う訳ねぇだろ、感謝しかねぇわ。こんな弱くて優しくて可愛いドラルクが今の今まで無事だった事が奇跡に思える。というかこんな身体って言い方なんかエッチだな。雑念に気を取られ沈黙していた俺を心配したのかおずおずと声を掛けられて我に返る。いくらなんでもダサすぎだったな。いやでも、初めて好きだと思った奴と想いが通じ合って浮かれねぇ奴なんていねぇだろ?俺は殺さないように注意を払ってドラルクの腰に回した右手に力を入れて抱き寄せた。細い細いと思っていたが本当に折れちまいそうで、この身体に俺のが……と思うと少しばかり不安すら覚える。
「部屋まで運んでやるよ。首に腕回せ」
「ん……」
絡めていた指が解け、細い腕が首に回されたのを確認してから抱き上げた。普段俺が泊まる部屋まで連れて行きベッドへと寝かせ、緊張した面持ちのドラルクを安心させるように頬を撫で微笑みかける。いざ、と覆い被さろうとした所で両腕を掴まれて制止された。初めてだからやっぱり怖いよな、めちゃくちゃ抱きてぇけどドラルクが嫌がるなら大丈夫だと思える時が来るまでいくらでも待つつもりだ。待つのは得意だからな。
「……怖いか?」
「大丈夫……シャワー浴びてきたいなって」
「分かった、待ってる」
ベッドから降りシャワーを浴びに部屋を出たドラルクを見送り手持ち無沙汰になった俺はとりあえず寝転んで天井を見上げる。諦めるつもりは毛頭なかったが、告白して一気に初夜なんて俺に都合のいい妄想にすら思えてきた。妄想じゃねぇよな?急に心配になってきた俺は起き上がりベッドの縁に腰掛けてドラルクが戻ってくるのを待つ。30分も経たないうちにやって来たが、風呂場で死んだんじゃねぇかとかやっぱり妄想だったんじゃとか余計な事考えてたせいで体感はもっと長時間だった。
「お、またせ……なんだか、緊張しちゃうね」
「優しくする……来いよ、ドラルク」
広げた腕の中にドラルクが吸い寄せられるように身を預けてくる。あれ?これ俺の妄想に似てる流れだな……?だが、腕の中には確かにシャワーを浴びたお陰か、いつもより僅かに体温の高い吸血鬼がいた。しっとりと濡れた黒髪は前髪が下ろされていて普段より幼い印象を与える。腰を下ろし脚を広げた間に立っている為、いつもとは逆に俺を見下ろしてくるドラルクの腰を撫でればふるりと身震いし、瞳が細められた。殺さないよう細心の注意を払ってベッドへ組み敷くと首元に腕を回され顔を引き寄せられる。こんなに近い距離で、更に風呂上がりの無防備な姿に触れ合う事を許されていると思うだけで胸が高鳴った。ドラルクが目を閉じたのを合図に唇を重ね、薄くて柔らかいそこは触れていた肌よりも少しだけ温かかった。
「……好きだよ、ロナルドくん」
「!……名前……」
「普段は照れ臭くて、つい退治人くんって呼んでしまうんだけど……こ、恋人に、なったから……」
「恋人……そうだな、やっと恋人になれた」
「うん……これから恋人同士がする事、沢山教えてね」
照れながら微笑むドラルクが可愛すぎる。童貞はとっくに卒業したはずなのに、心臓もちんちんも初めての時みてぇに暴れてる。落ち着け、ドラルクは初めてだし死にやすいんだ、壊れ物を扱うくらい慎重に優しくしねぇと駄目だろう。覆い被さったまま目を閉じて精神統一をはかっていた所、首に回されていた腕が離れた事で目を開けた。見ればドラルクが赤くなった顔を隠すように手で覆い隠しながら指の隙間からこちらをちらと見てきた後に目を泳がせている。
「さっき、お風呂で慣らそうとしたんだけど指1本しか入らなくて……だから、その……死なないようになるべく頑張るけど……死んだらごめんね……」
「可愛すぎんだろ……」
思わず口に出しちまった。長引いてたのはそれが理由だったのか。例え今日最後まで出来なくても時間はたっぷりあるし、少しずつ進めていけばいい。そう伝えてもう1度キスをして抱き締め、今度こそドラルクのバスローブを脱がせてその痩身を露わにしていった。
⬛︎⬛︎⬛︎
結論から言うと無事に最後まで出来た。慣らしている時に死にそうになってたから俺の血を飲ませて……って感じだったけどな。最中のドラルクがどれだけ可愛くてエロくて最高だったかはまぁ、俺だけの秘密にしておこうかと思う。それからも城に通い続け、遂に合鍵を手に入れる事に成功した。
「退治人くん、いらっしゃい」
「おう、ただいまドラルク」
「……お、おかえりなさい」
「……」
「おかえりなさい、ロナルドくん……今日もお疲れ様」
ドラルクはと言うと未だに俺を退治人くん呼びするわ、合鍵使って入ってもいらっしゃいって言うし……という訳で俺は強行手段に出た。ドラルクがおかえりと名前を呼ぶまで入口から動かないというガキじみた、かつ原始的な手段。なんだかんだ言ってドラルクは頬を染めつつもちゃんと言い直してくれる。可愛い。
あと、どこで何を調べたのかおかえりを言い直す時首に腕を回して触れるだけのキスまでくれるようになった。東欧の血が入ってるとこういうのもスキンシップのうちなんだろうか?初めてされた時はニヤケるのを抑える為に頬の内側を噛み続けて血が出てドラルクに泣かれたっけな。
今夜もおかえりと共にふわりと防虫剤みてぇないい匂いが近付いて薄くて少しだけ温かな唇が重ねられた。