夏祭り 高校生活最後の年の夏休みも折り返しが過ぎた頃、すでに学校から出ていた課題を終わらせた降谷が受験に向けての勉強に勤しんでいると、そばに置いていた携帯から着信を知らせるメロディーが流れた。流れたメロディーは景光専用に設定しているもので、握っていたシャーペンを置いた降谷は画面を見ずに通話ボタンを押す。
「もしもしどうしたんだ?ヒロ」
「突然ごめんねゼロ、あのさ週末にあるお祭りに行かないか?」
週末にあるお祭りといえば景光と降谷が通っていた小学校で毎年開催されているお祭りだ。小学生の頃は毎年2人でお小遣いを握りしめて遊びに行っていた思い出が蘇る。中学生になってからは自然と足が遠のいていたので唐突な誘いに少し驚きながらも答える。
「あのお祭りか、長いこと行ってなかったな。もちろん良いけど、どうしたんだ?」
「いやオレたちさ、高校を出たら地元から離れるだろ?そうなったら気軽に行くことも出来ないし、
その前にもう一度ゼロと一緒に行っておきたいなって思ったんだ」
「確かにそうだな、じゃあ当日は思いっきり楽しまなきゃな!」
「ああ!楽しみにしてる。じゃあまたメールするよ」
今年は受験勉強漬けでなかなか遊ぶ時間が取れなかった景光と夏の思い出を作れることに高鳴る胸を抑えながら麦茶で喉を潤して再びペンを握る。
約束の日、祖父が着ていた浴衣を着付けてくれた祖母に見送られながら小学生の頃、景光と毎日登校する時に待ち合わせていた公園に向かう。カランカランと下駄の音を響かせながら歩く降谷の隣を、同じお祭りに向かうのであろう小学生くらいの子供たちが通り過ぎていく。その背中に在りし日の景光と自身の姿が重なり目を細めながら公園の入り口で立っていると、「ゼロ!」と自分を呼ぶ声が聞こえる。声のした方へ顔向けると、下駄の音を響かせながら少し小走りでこちらへ向かってくる景光の姿がある。
「ごめん!お待たせ」
「僕もさっき着いたばっかりだよ。ほら走るから少し気崩れちゃってるぞ、少しじっとして」
少し緩んだ襟を正すため手を伸ばしたその襟元から伸びる首元は、小学生の頃とは違う成熟した男のそれで、じわりと浮かぶ汗が喉仏を伝う様に思わず見惚れてしまう。ふと動かした目線の先で降谷を愛おしげに見つめる景光の瞳と目が合い、思わず誤魔化すように少しキツく襟を正すと、「ぐえっ」と大袈裟なリアクションを見せる景光に2人笑いをこぼした。
お祭り会場に着く頃にはすっかり陽は落ちて夜の温度がした。ステージで行われているビンゴ大会で子どもたちは大盛り上がりだ。屋台で買った焼きそばとたこ焼きを手に、人気のあまりないグラウンドの奥にある鉄棒へ2人体を預ける。
「不思議だな、学校に通ってた頃はすごく広いグラウンドに感じていたのに今見ると少し狭く感じる」
「ああ…このお祭りもあの頃は日本で1番大きなお祭りだって思ってた」
背丈が伸びてあの頃は自分たちの身長くらいまであった鉄棒に腰掛けながら目に映る景色が変わっていることに、妙にしんみりした気持ちになる。すする焼きそばの味が変わっているかはわからないけれど、1つのパックを分け合った親友は『恋人』という関係を追加して、ずっと変わら隣に居てくれる。そのことが表現しようもないほど幸せで、降谷は思わずすぐ隣にある自分よりも少し大きなスッカリ骨ばった手に触れる。突然触れた手に驚いたのか、景光は一瞬びくりと震えるも、その手はすぐに降谷の指に自身の指を絡ませる様にして握り返した。
ヒューードン…ドン…
周囲はすっかり暗くなった空に打ち上がる花火に夢中で、誰も2人を気にする者は居ない。ふと景光の方を見ると、彼もこちらを見つめていた。お互いを見つめる瞳に映る花火の光が美しくて、2人惹かれ合うように触れるだけの口付けをした。
「「ソースの味だ…」」
揃って口をついた情緒の無い呟きに、2人は声をあげて笑い合う、子供の頃のままの笑顔で。