普段の戦闘に特化したような鎧ではなく、ひらひらした布やら煌びやかな紐やらがあしらわれた格式高そうな服。どこぞの偉い人がおわす城の守りをしてそうな騎士の正装とでも言えば伝わるだろうか。ともかく普段よりも煌びやかさが一段階も二段階も上がっており、見つめるだけで初心な村娘ぐらいはコロリといきそうな仕上がりである。
ようするに気合いが入りまくっている。
これはきっと、もう一年経つというのに、仲良しこよしのお友達関係から一歩踏み出せずにいる隣にいる男と、どうにかなるキッカケを探してだろう。
うじうじもだもだと見てるこっちが背中が痒くなる光景を何十度と見せられ、何度、キャスター抱き込んで媚薬でもコイツらに盛って出られない部屋に閉じ込めてやろうかと思ったことか。
なのでこの清き愚か者の騎士が積極的に動いてくれたのは嬉しいのだが……見誤りやがったと、黒髭は騎士の顔、右半分、髪で覆われ目が見えなくなっている部分を見やる。
メカクレだ。
バーソロミューの言葉をかりるなら、深度EXとなるんだろう。
普段は流すかあげるかしている前髪をきっちりと右目が隠れるようにセットし、深度の高いメカクレである。
黒髭の横に立つ男の大好物の。
なのでこの男を喜ばせようと思ったらメカクレになるのは間違ってはいない。手っ取り早い方法だ。
だがそれはあくまで、“喜ばせたい”場合だ。
お近づきになりたいだとか、懇ろになりたいだとか、恋仲になりたいなら悪手も悪手、取り返しのつかない詰みに近い。
なにせこの男、イエスメカクレノータッチ。
そのメカクレが素晴らしいほどに恋愛感情は消え失せて、信仰に近い形で距離をとる。そこに恋愛のれの字も発生させはしない。
実際、過去にもいた。
コイツとお近づきになりたいと、メカクレにした奴等が。
バーソロミューはそれは喜び褒め称え、そして一定の距離を明確にとるようになった。
神聖なメカクレを恋愛に使うなという意趣返しなのか、それともそんなものはなくただメカクレは神聖だからという理由なのか黒髭は知らない。
ただ過去にバーソロミューがそういう対応をしたという事は知っている。
正直、バーソロミュー自ら好意を寄せる相手に『メカクレにならないかい?』とか気軽に言うくせに、実際してみたら好意をなくすのは理不尽で、コイツの情緒とか思考とかどうなってんだと思うが、まぁそれがバーソロミュー・ロバーツだ。
あ〜、騎士様可哀想に。これから褒められて讃えられて、有頂天になって、そっから距離取られて叩き落とされるんだろうな。
同情しつつも、ま、バーソロミューみたいな奴に惚れたのが悪いとパーシヴァルをチラリと見てから、バーソロミューを見下ろす。
いつものようにキラキラした目でメカクレを見て、怒涛の勢いで賛辞をおくるのだろうと思われた男は目を見開いて、青く丸い瞳でパーシヴァルを凝視していた。
その顔は嬉しそうというより驚きで、おん? と黒髭が疑問を持った時には、弾かれたように跳ねた。
跳ねて壁に当たって、バウンドして、また跳ねて、なんなら天井にも当たってまた跳ねて、黒髭がバグッたか頭叩いたら戻るかなと思い、皆が呆気に取られている間に、バーソロミューはシュバっとある騎士の背中に隠れた。正確には背中とマントの間に。
それはパーシヴァルと共にバーソロミューを訪ねにきたランスロットで、バーソロミューはランスロットのマントの中、ジーと目をまんまるにしてパーシヴァルを見つめている。
隠れられたランスロットはどうしたらいいのかと困り顔で立ち尽くし、パーシヴァルは目を白黒させ、横に立つガウェインはおやおやと微笑んでおり、トリスタンはポロロンと竪琴を鳴らし、黒髭は突くとめんどくさそうなので傍観していた。
そんなある意味膠着状態で一分。
動いたのはパーシヴァルだった。
「あ、あの、バーソロミュー?」
ランスロットのマントに隠れるバーソロミューに話しかけ、手を伸ばそうとする。
マントに手がかかるという時、またバーソロミューが跳ねた。
壁に当たり床に当たり、天井に当たって黒髭に当たって壁に当たって、またマントに隠れた。今度はガウェインのマントに。
「ガウェイン卿っ!」
避けられただろうと咎めるパーシヴァル。
ガウェインは悪びれる事なく爽やかに微笑む。
「恥ずかしがり屋の子猫が隠れにくるのに拒むのはおかしいかと」
「く」
悔しそうにパーシヴァルは唇を噛み締めると、二回、深呼吸してバーソロミューに近づく。
「ば、バーソロミュー、出てきてくれないだろうか? 貴方はメカクレが好きだから、この髪型に、」
言葉の途中でまたバーソロミューが跳ねた。
そして、「よしこい」とトリスタンがポロロンと竪琴を鳴らす。
トリスタンのマントに隠れる……と思いきや、跳ね回るバーソロミューは急に進路を変更してパーシヴァルの胸の中に飛び込んだ。
「〜〜⭐︎◇¿↓□!?」
バーソロミューが人間の声帯からそんな声が出るんだという声で叫び、そんなバーソロミューをパーシヴァルが「捕まえた」としっかりと抱擁する。
あ、なる。タゲ集中。と、黒髭が納得している間に、騎士はそのバーソロミューには顔面宝具となっている面を腕の中の海賊に近づける。
「バーソロミュー、隠れるにしても、どうか私のマントに」
「ぴやあぁあぁあぁぁぁぁぁ」
バーソロミューは至近距離で騎士のメカクレを受け、赤くなったり青くなったりまた赤くなったり、奇声を発したりガクガクと震えたりと大忙しだ。
だが腕の中から逃れようとはしていない。
これはひょっとして騎士様の勝ちかもなぁなんて思いながら、「じゃ、拙者これからアニメ観るんで」と、助けを求めるバーソロミューを見捨て、去っていった。
後日聞いた話では、あの後、言葉が話せるようになったバーソロミューは「離れてくれ! 君のメカクレは私に効きすぎる!」と叫び、パーシヴァルが「では慣れようね」とニコニコでバーソロミューを腕の中に拘束し、一日過ごしたという。
カルデア中で目撃されたその様子は新婚夫婦なみの甘々で、しかもアンとメアリーがメカクレノータッチのあの男がパーシヴァルのマントの端を握っているのを見たらしく、砂糖を吐きそうな光景、さっさと退散して部屋に引っ込みアニメを観た自分の判断を自画自賛したのだった。