円卓会議。
カルデアにおいて定期的に開かれる集まりは、すでに両手両足の数を超えている。
会議とはいえ多くは堅苦しい時の方が珍しい。欠席も許され、議題はその都度、変更されており、議題そのものがなく、多くの場合、近情報告の場でもあった。
そんな円卓会議。
ここ最近といっても一年ぐらい、定期的に議題にあがる項目がある。
すでに数十回以上話し合われている議題に挙げられそれを提起しているのは、円卓第二席のパーシヴァルだ。
今回もパーシヴァルによって助言を求められて開かれた会議。
ストームボーダー内の一室、長机を口の字にした部屋にて、部屋の角に立つ提起人のパーシヴァルは目の前に立つ円卓第七席のガレスに叱咤激励を受けていた。
「いけます! いけますよ! パーシヴァル卿! 日常と違う空間! 観光地という心煌めくも慣れぬ地! そして仲を深めた季節と同じ夏! 今回こそもうガッといってガバッと奪うのです! 彼の人の心を!! そして約一年、積もり積もった愛憎の切れ端をガレスにもわけていただけると! 香りだけでいいんです! 後は妄想しますので!」
目をキラキラというよりギラギラさせて、ガレスは普段とは違う装いのパーシヴァルを鼓舞する。
「こらガレス。パーシヴァル卿が困っています」
と、ガウェインが諌めるが、苦笑しており、年上の騎士というより兄の顔をしていた、
パーシヴァルはガレスの勢いに押されつつも微笑み、その身を包む晴天の空のような着物を見下ろした。
「ありがとうガレス。彼は気に入ってくれるだろうか……この前の祭典では、懐きかけの警戒心が強い猫のようになってしまって……」
つい数ヶ月前、カルデア主催の祭典があった。詳細は長くなるので割愛するが、パーシヴァルはそこで守衛となり、衣装も一新。しかも狙って彼が好む髪型にしたのだ。
結果としては、彼は飛び跳ねて喜んでくれたが、『メカクレノータッチ!』と叫んで、一メートル以内に近づいてくれなくなった。なのに物陰からジーと猫のようにパーシヴァルを真顔で凝視。そんな姿も可愛いなとパーシヴァルは惚れ直したが、正直、188センチの海の男が真顔で195センチの騎士を見続ける光景は怖かったと多くのサーヴァントが語った。
そんな事があり、思いだして言葉の途中からしゅんと萎んでしまったパーシヴァル。
んなパーシヴァルに、椅子に座る騎士達から慰めがとんでくる。
「あれは気に入りすぎただけですよ」とガウェイン。
「卿の“メカクレ”が刺激が強すぎたと後でおっしゃってたではありませんか」とベディヴィエール。
「……」とランスロット。
ガウェインとベディヴィエール、ガレスもランスロットが何かフォローをするものと思っていたので、数秒待つが、ランスロットは形のいい眉を眉間に寄せて、何か考え込んでいる。
「……ランスロット卿」
なり行きを見守っていた王が名を呼べば、ハッと我に返ったランスロット。
「……申し訳ありません。考え事をしておりました」
「何か悩み事が?」
パーシヴァルが心配そうに声をかける。
「すまない。最近、私の事ばかり議題にしてしまって……何かあるなら力になりたいので、話してはくれないだろうか?」
「いや、その、私の悩み事ではなく、なんでもない事もありえるので、どうしたら……」
ランスロットが言葉を濁し、視線をさまよわせる。その顔には冷や汗まで浮かんでおり、何か察したベディヴィエールが、ニコリと微笑んで直球で尋ねた。
「それは会議に出席するはずだったのに、直前で『緊急の用事に捕まりました。私は悲しい』とか言ってドタキャンした騎士に関係ありますか? 会議中、やたらとあの騎士の席を見てましたが」
「…………」
トリスタンは会議中に寝ている疑惑があるものの、遅刻や直前で欠席は珍しく、その為、みな、どうしたのかと気にはかけていた。
ランスロットは数秒、空席を見つめた後、息を短く吐いてから、顔を上げる。
「トリスタン卿は彼の大海賊と仲が良いだろう?」
「知った時は驚きましたね」
「えぇ、私達が召喚された時には、それほど共にいる姿は見ませんでしたから」
「初期からマスターを支えるメンバーで、苦楽を共にしたと話していましたね」
ベディヴィエールが語り、ガレスが頷き、ガウェインが付け足せば、ランスロットはチラリとパーシヴァルを見た。
「あの二人は友というにはさほど仲が良さそうには見えず、だが苦境を共に乗り越えた確かな絆がある。友には見せられない姿をトリスタン卿には見せられるというような絆が。なので彼は誰かを頼る時、友として仲が良いパーシヴァル卿やカルナではなく、トリスタン卿の腕を掴んで『助けてくれ!』と半泣きで自室に引きずりこんでいたとしても、パーシヴァル卿が心配するような仲ではないと、」
「ランスロット卿」
早口でつらつらと話すランスロットの言葉を遮ったのはガウェインだった。
「パーシヴァル卿、ガレスは椅子に座りなさい。さてではランスロット卿。目撃した場面の詳細を、それは細部に至るまで、」
「手土産持ってきてやったぜー!」
自動扉を開けてドタバタと中に入ってきたのはモードレッドだ。
片手には花の魔術師の服をしっかりと掴んでおり、ガウェインやガレスが注意しようと言葉を発する前に、「まぁ聞けや」とニヤリと笑う。
「トリスタン達が部屋で何話してるか、気になんねぇか?」
『——それで? いい加減、私は何を助けたらいのか、話してくれませんかね?』
ポロロンポロロンと弓を鳴らすトリスタンが、私は悲しいとため息をつく。
『私は円卓会議をドタキャンしているのですが? まさか紅茶とスコーンを振舞うために引き摺り込んだわけではないでしょう?』
トリスタンにしては珍しく、どこか突き放した呆れたような口調。
それを受けた美丈夫は『うぅ』と呻いて、カップやスコーンが乗るテーブルに肘をついて顔を覆う。
『いざ話すとなると勇気がっ』
『では勇気が出るまで延期という事で。お疲れ様でした』
立ち上がってスタスタと出入り口に歩いていくトリスタン。
その腰に後ろから抱きついて、足を引きずられながらも必死に訴える海賊。
『待って待って待ってくれ! 言うから! 見捨てないで! 頼む!! 微小特異点の迷宮で僅かな魔力を分け合って生き残ったり、一ヶ月間、二人っきりでバニー姿で過ごした仲じゃないか! 闇オークションで売られかけたのを競り落として助けもしたね! その恩を返すと思って! 頼み事を聞いてくれたら髪型をセットさせてくれと頼むのを二回に一回は我慢するから!』
『だったらさっさとちゃっちゃとドーンと話しなさい!! というか、助けるから頼み事を聞くにさりげなく要求を上乗せするんじゃありません! それと闇オークションはあの後、貴方も売られかけて結局、共に力技で会場潰したでしょうが! それと恩うんぬんかんぬん言うなら、泥試合い過ぎてジャッジが困るほどどっこいどっこいでしょう!』
まったく油断も隙もないと、トリスタンは席に戻り、海賊も席に戻った。
『で?』
紅茶に口をつけ、目線で話を促すトリスタン。
『今度はどんな困り事なんですか? バーソロミュー』
気安い雰囲気の二人のやり取りを、円卓達は壁に映し出された映像で見ていた。
マーリンが『まぁ備えあれば憂いなしってね』と笑顔で投映したのだ。
初めはプライベートを覗き見るのはと難色を示していたパーシヴァルだが、二人の悪友のようなやりとりに、初耳の話も多く、唇を引き結んで食い入るように見始めた。
トリスタンはバーソロミューとの関係を『仲は悪くない腐れ縁』程度に語っていたが、二人っきりの様子を見れば確かな絆を感じてしまい、これはまた面倒な事になるかもしれないと、ガウェインとランスロットは目配せし合う。
そんなやり取りを知る由もない映像の中のバーソロミューが、『今度、パーシヴァルと一緒に京都の観光に行く事になって』と語りだした。
その語りだしに、ガウェイン達は一抹の不安を抱く。
一年前の夏からパーシヴァルはバーソロミューに惚れ、直接言葉で伝えた事はないが、それはそれはあの手この手で好意を伝えていた。今やカルデアでパーシヴァルの想いを知らないのは、よほど鈍感な者か他者に興味がない者だけ。
そんなパーシヴァルの猛攻をバーソロミューが伊達男らしくひらりとかわしては宥めるというのが日常となっていた。
あまりの玉砕っぷりに、脈なしなんじゃないか。いい加減、諦めたら。もういっそ告白して振られたら。と言われるほど。
円卓がそれとなくバーソロミューに探りをいれても嫌がっている様子はなかったのでパーシヴァルに引導を渡さなかったが、もしやとうとう嫌気がさしたのではと。
固唾を飲んで見守る中、バーソロミューは困り果てたように顔を歪ませ口を開いた。
『もう無理だ。耐えていたが、』
パーシヴァルの手が爪が食い込むほど握りこまれる。
『パーシヴァルに惚れてしまう!』
トリスタンも含めて円卓全員が一瞬、言葉の意味が理解できない。付き合いが一番長いトリスタンがいち早く復活し、バーソロミューに声をかけた。
『惚れたらいいのでは?』
『なっ!』
ボンッと擬音が聞こえてきそうなぐらいその整った顔を赤くするバーソロミュー。
『いやいやいやいやいや! だって! パーシヴァルと私だぞ!? そんな! ふられるに決まっているし! だが交際相手がいない彼を諦める事もできずに追いかけてしまうのは目に見えているし! 迷惑はかけたくない!』
『……よし』
ポンと手を叩くトリスタン。
『ちょっとパーシヴァル卿呼んできますね。それで全て解決です』
立ち上がるトリスタンのマントを慌てて掴むバーソロミュー。
『待ってくれ! なんでそうなる!? それに何か今、色々と諦めたろう! 話を聞くのとか! 説得とか! そういうものを!』
『えぇい、離しなさい! すごく拗れている気配を察知しました! そこまで絡んだ糸を解くのは面倒なんですよ!』
トリスタンはマントの留め金を外す。
引っ張るものがマントだけになり、バランスを崩したバーソロミューが膝をついてマントを抱きしめる。
『よし一から話そう聞いてくれ!』
『聞きたくないです!』
ドアに向かうトリスタン。
バーソロミューはそのマントで顔を覆ってわっと泣き真似をする。
『聞いてくれないと泣き喚いて、君が微小特異点でアイドルデビューした時の歌と写真集、配った上でエンドレスでストームボーダー中に流すからな!』
『なかなかのできだったでしょう!』
『そう! よくできていた! だが私は知っている! 君が恥ずかしさを捨てきれなかった事を! そしてそれが歌と写真に表れてしまっている事を! 捨てきれなかった羞恥心、それにより百パーのできではないなかなかの歌と写真。あの時、羞恥心を捨てればオリコン一位に手が届いたのでは? あ、でもやっぱり恥ずかしい。そういう葛藤も含めて目を逸らしている事も! やましい事のない青春の一ページでも、心の中にしまっておくのとばら撒かれるのはまた違うものさ!』
『ほんと貴方、嫌なところを絶妙についてきますね!』
ぎゃあぎゃあと仲良く軽口を言い合い、席に戻るトリスタンとバーソロミュー。
二人とも席につくと息を整え、紅茶を飲んで喉を潤してから、さて、と切り替えた。
先程のやりとりが嘘のように、真剣な表情と口調でバーソロミューが話しだす。
『実は自分で言うのもなんだが、私、チョロくてね』
『一年前の夏にパーシヴァル卿に惚れてない時点で、チョロくはないのでは?』
『それはあれだ。カルデアのサーヴァント、惚れてはいけないと自分を律していたからさ』
まぁ聞きたまえよ、とバーソロミューはいかに自分が惚れやすいか語りだした。
『もうこの惚れっぽさは生まれつきだと思う。ハンカチ拾われただけで惚れるし、パン一欠片分けてくれただけで惚れるし、なんなら袖が触れ合っただけで惚れる。こんな惚れっぽい私だが、幸いな事に一途ではあってね。惚れている相手がいれば、他者によそ見はしないし、狭い集団での生活に支障をきたしてはいけないと、その中では惚れないようにと自分を律する事ができた。できていた……だがパーシヴァルがイケメンすぎて! 優しいし! この前なんてメカクレだったし! 京都で観光とか絶対ガイドブック読み込んで案内してくれるし! しかも和装! そんなの惚れてしまうだろう!』
『つまり、パーシヴァル卿に惚れないように自分を律していたのに、パーシヴァル卿がぐいぐいくるものだから体裁を保てなくなったと』
『パーシヴァルは友として接してくれているというのにね』
うううと泣き真似をするバーソロミューに、トリスタンはポロロンと竪琴を鳴らし小声で呟いた。
『嘘でしょう貴方。あそこまであからさまで、気付いてないとか』
『という事でトリスタン! ここから頼みなのだが!』
パッと顔を上げてニパリと笑うバーソロミュー。
『ちょっと私に惚れさせてくれ!』
トリスタンの行動は早かった。
一秒も間をおかずに立ち上がって出口に駆け出すが、その腰にバーソロミューがまたもやタックルのようにしがみつく。
『話を聞いてくれ!』
『嫌ですよ! ぜっっっったいに面倒臭い! 普段私は天然ボケ担当なので! ツッコミ疲れました!』
『私、これまで恋人や女房がいる相手にしか惚れた事がなくて! そういう相手だと、指を咥えて見るだけで自分を律しられるんだ! 恋人がいない相手に惚れてしまったらもう絶対重くなる! まして恋人になってみろ! 全ての行動を知りたくなるし毎秒どこでも甘えたくなる! 多分! だからパーシヴァルに惚れて迷惑かける前に相手がいるトリスタンに惚れればほら問題ない!』
『私は問題ありまくりなんですが!?』
『ちょっと優しい言葉をかけてくれるだけでいい! 勝手に惚れるから! 後はなんか行動が五割り増しおかしくなるだけだから!』
『よーし! ばーか! あーほ! ぼーけ! あとなんか! キャラ崩壊しても絶対に優しい言葉はかけませんよ!』
『そこをなんとか! 本当にもう限界なんだって! 次パーシヴァル に会って微笑まれて挨拶されるだけで惚れるんだって!』
『惚れときなさい! それで全て丸くおさまります!』
言い合うトリスタンとバーソロミュー。
そこにウィンと自動ドアが開く。
開いたのは空色の着物を着た、パーシヴァル。
きらきらの笑顔をいつもよりきらきらさせて、バーソロミューに歩み寄ると、すっと手を差しだした。
『バーソロミュー、京都の観光、恋人として貴方と行きたいのですが、私の部屋で返事を聞かせてもらってもいいだろうか?』
『へ? え? えぇ?』
混乱して音しか発せられなくなったバーソロミューの手をとると、部屋を出ていく。
残されたトリスタンはポロロン、ポロロンと竪琴を鳴らし、『私は悲しい』と呟いた。
その疲れた響きに、見守っていた円卓達は賞賛とともに労ってやる為に会議室を後にしたのだった。