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    ue_no_yuka

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    ツルの恩返し 上若き刀工・陸鷹山の朝は早い。日の出前に起床し、刀を打つ日は一番に鍛冶場に火を起こしに行く。それから沢で体を洗い、網にかかった魚と畑で野菜を収穫して朝餉を作る……。しかしここ数日、鷹山は台所から聞こえる薪の弾ける音で目を覚ます。その日も朝露に濡れた若杉の葉に炎が燃え移る音で目を覚ました。鷹山はすぐに床を出て縁側の戸を開け放った。長い襟足の間を朝風が掠めていった。案の定外はまだ薄暗く、鳥のさえずりも聞こえない。ただ沢の流れる音だけが辺りに響き渡っていた。

    鷹山が台所へ行くと、釜戸の前に人影がしゃがみこんでいた。影は鷹山の存在に気付くとすっと立ち上がって向き直った。
    「おはようございます。ご飯はもう少しでできますよ。」
    同居人・住良木美鶴は、朝もまだ早いというのにしっかり服を着替えており寝癖ひとつ無い。美鶴が鍜冶屋敷に住み始めて約一週間が経とうとしているが、鷹山は一度も美鶴より先に起きたことがない。何となく美鶴がいつ起きるのか気になっていつもより早起きしたこともあったが、その時も美鶴は既に起床していて、身支度を終えて朝餉を作り始めたところだった。美鶴は「今日はいつもより随分早いんですね。もし早起きする日が決まっていれば教えて下さい。朝ごはんの支度をそれまでに済ませますから。」と、いつも通りの笑顔で言っただけだった。それでいて就寝は鷹山より遅いので、鷹山は一度美鶴に無理をするなと伝えたことがあったが、美鶴はショートスリーパーだから大丈夫だと言って笑っていた。

    沢で身体を洗い、近くに生えている琵琶の木から熟れた実をいくつかもぎり取って屋敷に戻ると膳が食卓に並び始めていた。鷹山は濡れた髪を手ぬぐいで無造作に掻き回しながら、採れたての琵琶を美鶴に差し出した。
    「琵琶は好きか?」
    美鶴は味噌汁をよそう手を止めて鷹山を見上げた。
    「琵琶ですか?あまり食べたことはないですが、この山で取れたものならきっと美味し…」
    美鶴は途端に言葉を詰まらせ頬を赤らめて目を逸らした。
    「どうした?」
    「………服を、着て頂けませんか……僕にはその、刺激が強いというか……」
    鷹山はいつも着ている甚平風の作務衣の下だけを着ていて、引き締まった上半身をさらけ出していた。男の上裸が何だと言うのか、鷹山には今ひとつ分からなかった。ただ、火入れした玉鋼のようにみるみる赤みを増す美鶴の顔は何だか面白く思えた。
    「洗濯が終わってない。」
    「洗濯は昨日まとめてしましたので…!乾いてると思います…!もうごはんはできましたから、服を着てから頂きましょう…!」

    鮎の味噌煮に、炊きたての白飯と、ゼンマイの浅漬け、茄子と油揚げの味噌汁、そして食後の琵琶。温かみを感じる味噌の香りが鼻をくすぐる。鷹山と美鶴は向かい合わせに座って手を合わせた。
    「いただきます。」
    鷹山は味噌汁を啜り息をついた。温かい煮干出汁の味噌汁が沢で冷えた体に染み渡っていく。
    「どうですか…?」
    「美味い。」
    「よかった!何か気に入らないことがあれば何でも言ってくださいね。」
    気に入らないところ、そんなものが見つかるはずもない。美鶴の作る料理はどれも信じられないほど美味しかった。それどころか美鶴はどうやら鷹山の味の好みを完全に把握しているようで、どれも好物になり得るほどだった。鷹山が自炊していた時より料理のバリエーションも増えた。人里離れた山奥で採れるものにはどうしても偏りがあり、美鶴が来る前は何日も続けて同じもの食べることが多かったが、美鶴が作るようになってからは未だに同じものが出たことがない。鷹山は美鶴の料理のレパートリーの多さと確かな腕前に密かにとても感心していた。

    ここでの生活にすぐに音を上げて出ていくだろうと高を括っていた鷹山だったが、美鶴は音を上げるどころか完全に馴染んでいた。本人も言っていた通り、美鶴は無駄な世間話や自分語りをしたりはしないし、かと言って必要最低限過ぎる口数でもない。仕事の邪魔をされたことも一度もない。畑の手入れ、掃除、洗濯など、今まで空き時間に少しずつやっていたちょっとした面倒事が当然のように片付いており、尚且つ鷹山の生活様式には殆ど変化がなかった。

    鷹山は美鶴のあまりの完璧すぎる様に、まるでロボットか何かのようだと思いつつも、なぜ自分にここまでするのか不思議に思っていた。結婚の約束をしたらしいが、鷹山は全く覚えがないどころか過去に美鶴と出会った記憶すらない。それに美鶴の完璧すぎる容姿をもってすれば老若男女問わず選り取りみどりだろうし、これだけ全てのことを完璧にこなすことができるならば引く手数多のはずだ。鷹山は自分にそこまでされる理由が分からなかった。鷹山は基本的に人に興味は無く、特段優しい訳でもない。容姿は盛っても中の上程度、強いて言うなら背が平均よりも高いところだけが目立っている。自分の容姿や人格など鷹山にとってはどうでもいいことではあったが。しかし、そんなことをわざわざ尋ねるのも阿呆らしく思えて、鷹山は美鶴に聞くことはなかった。

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