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    ue_no_yuka

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    弐拾肆

    屋鶴の愛 鍛冶屋敷の食卓には餅料理がずらりと並んでいた。小豆餅、ずんだ餅、くるみ餅、納豆餅。醤油ベースの汁に鶏肉、大根、人参、牛蒡、きのこ、みつば、そして四角いお餅の入ったお雑煮。その上からいくらをかけて、鷹山は温かい汁を一口啜った。そして満足気に息をついて言った。
    「…美味い。」
    「ほんとですか?お雑煮は初めて作ったんですが、お口にあったようで何よりです。おかわりも沢山ありますよ!」
    美鶴は鷹山を見て満面の笑みで言った。
    「ふん、まあ悪くないナ。」
    横から聞こえてきた、いつもは鍜冶屋敷には無いその声に、満足気にしていた鷹山の表情が曇った。眉間に皺を寄せ、明らかに不機嫌な様子で鷹山は声の主に言った。
    「…いつまでいるつもりだ。お前。」
    「お前じゃなくて、アリョール。人の名前も覚えられねーのかよ。」
    アリョールはぎこちない手つきで箸を握って餅をすくいながら言った。
    「興味が無いだけだ。」
    冷たくそう言い放って鷹山は大根を口に運んだ。美鶴は箸を使いづらそうにしているアリョールに笑顔で言った。
    「フォークとスプーンをお持ちしましょうか?」
    するとアリョールは美鶴をキッと睨んで言った。
    「オマエが使えるものをオレが使えないワケないだろ。」
    「そうですよね、大変失礼しました。」
    笑顔でそう返した美鶴が気に食わないのか、アリョールはフンと鼻を鳴らして更に睨みつけた。


    鷹山達が鍛冶屋敷へ着いて車を停めると、後部座席からアリョールが出てきたのだ。鷹山は絶句し、美鶴は驚きのあまり腰を抜かした。その気配を消すことの上手さはさすが狩猟民族と言ったところだった。追い返そうとする鷹山を余所にアリョールは勝手に屋敷に上がり込み、探検を始めた。鍛冶場や研ぎ場にはしっかりと二礼二拍手一礼して入っていくので鷹山も強く言えず、結局夕飯の時間になってしまった。
    「寛久の所に戻れ。」
    鷹山がそう言うと、アリョールはそっぽを向いて言った。
    「イヤだ。アイツんち狭いし、アイツいびきくそうるさい。」
    「知るか。」
    鷹山と喧嘩なんて滅多にしたことのない美鶴は少しかなり羨ましい気持ちで、言い合う二人を見ていた。食事が終わると、美鶴は風呂を沸かしに行き、鷹山は洗い物をしていた。アリョールはといえば特に何もせず、一人で囲炉裏の灰をいじって遊んでいた。風呂の準備が出来て美鶴が声をかけるとアリョールは心做しかワクワクした様子で風呂小屋へ向かっていった。洗い物を終えた鷹山は、囲炉裏にあたっていた美鶴の横に腰を下ろし、アリョールが盛り上げた灰を火箸で崩しながらため息をついた。そんな鷹山を見て美鶴は苦笑しながら言った。
    「彼は自由奔放な方ですね。」
    「俺はああいう人間は苦手だ。」
    鷹山は眉間に皺を寄せてげんなりした様子でため息をついた。美鶴はふふと笑いながら立ち上がり、部屋の隅にある炭入れから大きい柄杓に炭をいくつか取ってくると、囲炉裏の中に足し入れ始めた。鷹山はそんな美鶴の横顔を静かに見つめていた。囲炉裏の火に照らされて美鶴の薄茶の瞳は橙色に染まっていた。鷹山は囲炉裏に向き直ると、再びアリョールが盛った灰を崩し始めた。パチパチと炭が弾ける音だけが響く中、美鶴がおもむろに口を開いた。
    「…月衡さんは、どうして侍女の方に詠削だけを渡したのでしょう。忠蘭さんがちゃんと説明していたのなら、二振の刀を離れ離れにすることは危険だと分かっていたはずです。」
    鷹山は横目で美鶴を見た。その横顔は至って普通のようでどこか憂いを帯びていた。鷹山は再び囲炉裏に視線を戻した。どうして詠削だけを渡したのか。単に忠蘭の忠告を無視したのか、そもそも忠蘭が月衡に伝えていなかったのか、侍女の元にまた戻ってくるつもりでいたのか。本当のことは本人にしか分からない。いくら考えを巡らせたところで、記録に残っていない昔話に答えは無いのだ。そんなことを考えながら鷹山は囲炉裏の中で崩れ落ちる炭を眺めていた。
    「ようちゃん」
    不意に名前を呼ばれて美鶴の方を見ると、美鶴は鷹山に向き直って正座し、その力強い眼差しを鷹山に向けていた。
    「正直まだ覚悟はできていません。ですが、呪いを解くにはこの方法が一番確実だと思うんです。」
    鷹山は美鶴が何を言おうとしているのかが何となく分かった。それは鳶翔の話を聞いてから自分が考えていたことと同じだろうと鷹山は思った。美鶴は目を瞑って息をついた。そしてもう一度目を開けると、鷹山の目を真っ直ぐ見つめて言った。
    「花雫家の当主となって、詠削を破壊してください。雲雀さんに警戒されてしまっている今、これが最も確実な方法です。」
    鷹山は言葉を失ってただ美鶴を見ていた。鷹山も薄々感じてはいた。自分が当主となった暁には詠削はいつでも破壊できるようになる。それが一番手っ取り早くて安全だ。だが、当主になるということは鷹山にとって望まない結果も意味していた。美鶴は頬にまつ毛の影を落として小さく笑って言った。
    「ようちゃんのことです。きっと当主になっても刀作りは続けられますよ。だってようちゃん、昔から息をするように刀のことばり考えてるでしょう?」
    美鶴は口元に手を当てて小さく笑った。鷹山は未だ愕然として美鶴を見ていた。
    「だが…」
    「分かっています。花雫家の当主になるというのがどういうことなのかも、僕自身の立場も。だからまだ完全に受け入れきれてはいないんです。」
    美鶴は困ったように微笑んで言った。美鶴は鷹山の手をとった。鷹山の両手を包んだ美鶴の手は微かに震えていた。
    「出会ってからずっと僕にとってはようちゃんだけが生きる理由の全てでした。それは今も変わりません。けれど、この半年ようちゃんと過ごして、想いが通じて、ようちゃんの周りの全て、ようちゃんの大切にしたいもの全てを、僕も愛しく思うようになりました。」
    美鶴は頬を染めて、慈愛に溢れた表情で語った。
    「いくらようちゃんが花雫家と疎遠でも、街にほとんど行かなくても、ようちゃんが家族やこの里を大切に思っていると、僕には分かります。そこにはようちゃんの大切な思い出が詰まっています。」
    そう言って美鶴は花のような笑顔を鷹山に向けた。
    「ようちゃんの大切なものを僕も守りたい。だから、僕のことは気にせず進んで下さい。」
    美鶴は明るい表情で鷹山を真っ直ぐ見つめた。その瞳はいつものように、凛として力強かった。鷹山は強ばった表情で、美鶴の手を強く握り返して言った。
    「…嫌だ。俺はお前がいないとだめだ。」
    美鶴は動揺する鷹山ににこりと笑って言った。
    「別に僕はいなくなったりしませんよ。少し遠くなってしまうかもしれませんが、いつでもようちゃんの近くにいます。」
    鷹山は握る手に更に力を込めて言った。その顔は微かに瞳孔が開き、不安と焦りが顕になっていた。
    「俺はお前にしか興味無い。俺の大切なものはお前しかない。」
    美鶴は手がかなり痛かったが、眉ひとつ動かさず、目を瞑って鷹山の額に自分の額を当てて言った。
    「いいえ、ようちゃんは優しい人です。僕以外にもたくさん大切なものがありますよ。」
    「そんなものない…俺にはお前しか…」
    鷹山の声色は次第に弱々しくなっていった。
    「大丈夫です、ようちゃん。心配しなくともずっと一緒です。」
    そう言って美鶴は優しく鷹山を抱きしめた。鷹山も美鶴を力無く抱きしめ返した。パチパチと炭の弾ける音だけが響く中、アリョールが風呂から帰ってくるまで、二人はただずっと抱きしめ合っていた。心臓は苦しいほど痛むのに、囲炉裏の火のようにじんわりと暖かかった。静かに雪の降る夜だった。
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