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    ue_no_yuka

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    ue_no_yuka

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    弐拾伍

    比翼の鳥 上夏の日差しが差し込む教室。外では蝉の声が響き渡り、校庭の脇にある松林が風に吹かれてざわざわと音を立てていた。生暖かい風が頬を撫でていく中、窓の外を眺める幼い鷹山の心は、暗く冷たい渦の中に置き去りにされたままだった。校内に授業終了のチャイムが鳴り響き、日直が号令をかけた。
    「きりつ!これでさんすうのじゅぎょうをおわります!れい!」
    「ありがとーございました!」
    周りの児童たちはわらわらと席を立って、友達の席に集まったり、教室を出ていった。再び椅子に座った鷹山に小走りで近付いていき目の前に立ちはだかると、まだ眼鏡をかけていない寛久はニカッと笑って言った。
    「ヨウ!いっしょに校庭でサッカーやろうぜ!」
    「…いい。」
    鷹山はそう言って目を逸らした。寛久は手を合わせて言った。
    「たのむよ、あと一人にんずう足りねんだ!」
    「……」
    すると教室の入口から他の児童達が寛久を呼ぶ声がした。
    「おい寛久ぁ、早ぐしろよ!」
    「一人くらい足りなくてもやれるべ!」
    困ったように入口の児童達と鷹山を交互に見ている寛久に、鷹山は頬杖をついて目を逸らしたまま言った。
    「早ぐ行けよ。」
    寛久は少し寂しそうな表情を浮かべた後、ニコッと笑い「次はいっしょにあそぼうな!」と言って教室の入口へ走っていった。入口で寛久を待っていた他の児童達は、鷹山をちらちらと見ながら小声で寛久に言った。
    「むりむり!あいづ誘っても来ねえっけよ!」
    「親が死んで落ち込んでんだから、そっとしといてやるべ。」
    浮かない表情の寛久をよそに、児童達は寛久の肩を叩いて走り出した。
    「早くサッカーやるべ!おまえキーパーな!」
    笑いながら去っていく児童達の後ろで寛久は、一人窓の外を眺めている鷹山を心配そうに見ながら教室を出ていった。


    学校の帰り道、鷹山は一人田んぼの畦を歩いていた。つい最近まで鷹山は、父親が陸流鍛刀場の鍔鍛治(つばかじ、刀の刀身以外の金属部品を作る鍛治職人)だったこともあり、両親と鳶翔と共に鍛治屋敷で過ごしていたが、両親が亡くなってからは鍛治屋敷ではなく花雫家の屋敷に帰ってくるよう言われていた。しかし、叔母から向けられる冷たい視線や、自分を必要以上に哀れんで腫れ物扱いする花雫一族の言動から、花雫家の屋敷に自分の居場所が無いように感じていた鷹山は、言いつけを守らずいつも鍛冶屋敷に帰っていた。祖母には花雫家に帰ってくるよう強く言われたが、祖父は笑って許してくれていた。

    鷹山はいつものように鍛治屋敷に続く山道を進んで行った。両親と何度も一緒に歩いたその道にいると、目を瞑っても両親との思い出が瞼の裏に浮かんできて、鷹山は喉が締め付けられるように息苦しくなって、こめかみの辺りがすっと冷たくなるような感覚がした。鍛治屋敷にも里にも両親との思い出が詰まっていて、鷹山はどこにいてもつらかった。いっそ何も知らない遠いところへ行ってしまいたい。鷹山は幼心に常にそんなことを考えていた。その時、どこからか泣き声が聞こえてきた。鷹山は辺りを見回して耳をすませた。泣き声は山道を外れた森の中から聞こえてきた。草木をかき分けて声のする方へ行くと、子供がひとり、木の洞にしゃがみこんで泣いていた。明るい色の髪に白い肌、真っ赤になった丸い頬は止めどなく零れる涙でぐしょぐしょに濡れていた。鷹山は近付いて子供の前にしゃがみ込むと、その子供の前髪を両手で上げて顔を覗き込んだ。幼い美鶴は驚いて顔を上げ、涙を流したまま鷹山を見つめ返した。長いまつ毛の奥にある薄茶色のつぶらな瞳は涙で潤んできらきらと輝いていた。
    「お前、こんなところで何してる?」
    鷹山がそう問い掛けると、美鶴は溢れ出す涙を拭いながら言った。
    「うっ、う…パパ…いなくなりマシタ……」
    鷹山はなかなか泣き止まない美鶴を見て小さくため息をついた。こんなところに子供を一人残していくわけには行かない。鷹山は美鶴の手をとると立ち上がって言った。
    「…ついてこい。」
    美鶴は目を丸くして鷹山を見て、それから小さく頷いて立ち上がった。


    鷹山は美鶴の手を引きながら山道を登って行った。暫くすると森が開け、鍛冶屋敷が現れた。驚いて口を開けたまま立ち尽くしている美鶴の手を引いて鷹山は屋敷の中に入った。
    「ここが鍛冶屋敷。陸流鍛刀場の刀工がご飯食べたり寝たりする場所だ。」
    鷹山の説明に美鶴は首を傾げた。
    「カ、カジヤ…?タントー…?」
    「鍛刀。刀を作るんだ。」
    「かたな…?」
    「こっち来い。」
    鷹山は未だ理解していない様子の美鶴の手を引いて屋敷を出た。鷹山は美鶴を鍛冶場に連れて行くと二礼二拍手一礼して中に入った。美鶴も鷹山の真似をして二礼二拍手一礼すると中に入ってきた。
    「ここは鍛冶場。刀を鍛冶するところだ。」
    「すごい…おっきいsavupiippu…」
    美鶴は火床(ほど)から天井に上に伸びる煙突を見て言った。鷹山は美鶴の言っていることがいまいち分からなかったが、鍛冶場に感動しているのだと思い、少し得意げな表情で言った。
    「…おれもあれ使える。」
    鷹山の言葉に、美鶴は鷹山を見ると目を輝かせて尊敬の眼差しを向けながら言った。
    「ほんとデスカ…!?すごいデス…!!」
    そんな美鶴の反応を見て鷹山はフンと鼻を鳴らし、腕を組んで言った。
    「…こんど師匠と刀作るときにみせてやる。」
    「ハイ…!」
    美鶴は花が咲くような満面の笑みで鷹山に笑いかけた。鷹山は少し照れくさそうに頬を染めて、再び美鶴の手をとって言った。
    「…次はこっちだ。」
    鷹山は美鶴の手を引きながら、研ぎ場や他の工場など、鍛冶屋敷一帯の建物を見せて回った。どこに連れて行っても美鶴はいたく感動した様子で目を輝かせるので、鷹山もなんだか嬉しくなって夢中で説明した。美鶴は鷹山の説明は分かっているような分かっていないような様子だったが、終始笑顔で頷きながら話を聞いていた。

    「鷹山、帰ったぞ〜!」
    鷹山が屋敷を一通り案内し終わって、自分が今まで作った刀(鍛冶と刃文付けと研ぎを全部少しずつやっただけの短刀)を美鶴に見せていた時、玄関から声がして鳶翔が居間にやってきた。
    「師匠…!」
    鷹山は素早く短刀を仕舞うと鳶翔に駆け寄った。美鶴はその後をいそいそと着いてきて、恥ずかしそうにもじもじしながら鳶翔に言った。
    「は、ハジメマシテ…スメラギ、ミツルと申しマス…」
    美鶴を見て鳶翔はニカッと笑って言った。
    「おう!俺は鳶翔ってんだ。鷹山の師匠だ。よろしくな。鷹山の友達か?」
    鳶翔の問いかけに鷹山は恥ずかしそうにそっぽを向いて口をとがらせた。
    「…ともだちじゃない。森に落ちてたから拾ってきただけだ。」
    「鷹山、人をドングリみてぇに言うんじゃねぇよ…というかこんな山ん中で迷子か?父ちゃん母ちゃんはどうした?」
    嫌がる鷹山の頭をガシガシと撫でながら鳶翔は美鶴に尋ねた。美鶴は思い出したかのようにハッとした。
    「えっと…パパとおしごとのひとといっしょに森来マシタ…それで…パパ……」
    話しているうちに寂しさが振り返してきたのか、美鶴は言い終わらないうちに泣き出してしまった。鳶翔は困ったように笑って美鶴の頭を撫でた。すると丁度その時屋敷の電話が鳴った。鷹山は走っていって電話をとった。
    「はい、陸流鍛刀場……おっさん誰ですか?名前は?……師匠、この人が師匠に代われって。」
    鷹山は鳶翔を見て言った。鳶翔は鷹山から受話器を受け取り言った。
    「はいお電話代わりました陸鳶翔。……おう、その子なら今うちに来てるよ。……いや、もう日が落ちるからな。今晩はうちで面倒見るよ。…気にすんな気にすんな!子供一人くらい!…おう、じゃあな。」
    鳶翔は受話器を置くと泣きじゃくる美鶴に言った。
    「お前の父ちゃんからだったぜ!お前がいなくなって心配してたぞ。今日はもう日も暮れるから、父ちゃんは明日の朝お前を迎えに来るってよ。今日は鷹山と一緒に寝るんでも良いか?」
    鳶翔の言葉を聞いて安心したように美鶴はふにゃりと笑った。
    「…はい…ヨウシャンといっしょにイマス…!」
    「ヨウシャンじゃない、鷹山だ。」
    鷹山はそう言って眉を寄せて美鶴を見た。しかし美鶴は何が違うのか分からないといった様子で首を傾げて言った。
    「ヨウジャン…?」
    「ざ」
    「ジャ」
    「鷹山」
    「ヨウチャン」
    美鶴がそう言った瞬間、鷹山は驚いたように目を見開いた。
    「お、ようちゃんで良いじゃねぇか!」
    鳶翔は美鶴の頭を撫でて笑顔で言った。
    「はい…!ヨウチャン…!」
    美鶴ははにかむように笑って鷹山を見た。しかし、そんな美鶴を睨みつけ、鷹山は声を荒あげて言った。
    「…その呼び方やめろ…!!」
    そう言って鷹山は走って屋敷を出ていった。美鶴は驚いた様子で立ち尽くしていた。そして悲しい表情を浮かべて俯いた。そんな美鶴の横にしゃがみこんで、鳶翔は諭すように言った。
    「すまんな、美鶴。昔ようちゃんって呼んでたやつがいなくなっちまったから、思い出して寂しくなったんだろう。あいつは本当はそう呼ばれるのが一番好きなんだよ。お前が悪いことをしたわけじゃない。鷹山もお前に怒ってるわけじゃないんだ、許してやってくれ。」
    その言葉に美鶴は顔を上げて、鷹山の走っていった方を見つめた。


    美鶴は鷹山を探して鍛冶場にやってきた。鷹山は薄暗い鍛冶場の隅の、棚と壁の隙間に座り込んで俯いていた。美鶴は心配そうな表情で鷹山に近づいて言った。
    「…ヨウチャン…」
    すると鷹山はそっぽを向いて言った。
    「だから、そう呼ぶなって言っただろ…」
    「でも、ヨウチャン…」
    美鶴はそう言って鷹山の肩に触れようとした。すると鷹山は美鶴の手を振り払って、声を荒あげて言った。
    「やめろって言ってるだろ…!!」
    鷹山は美鶴をきつく睨みつけた。しかし、その目尻は微かに赤くなり、涙が滲んでいた。美鶴は鷹山の手を掴んで、鷹山の顔を真っ直ぐ見て大きな声で言った。
    「イヤデス!!ワタシはヨウチャンのこと、ヨウチャンって呼びマス!!」
    薄暗い中で強く鷹山を見つめる薄茶色の瞳に気圧されて、鷹山は力無く問いかけた。
    「…なんで…」
    美鶴は手を離して鷹山の前に座り込むと、悲しそうな表情で言った。
    「だって…だれもヨウチャンって呼ぶ人がいなかったら、ヨウチャンさみしいになりマス…」
    美鶴の言葉に鷹山は驚いたように目を見開いた。言葉を失ったまま美鶴を見つめている鷹山を抱きしめて、美鶴は優しく言った。
    「ヨウチャンさみしいと、ヨウチャン好きな人みんなさみしいになりマス…ヨウチャンうれしいとみんなうれしいデス…ワタシもヨウチャンうれしいになってほしいデス…」
    そう言って優しく抱きしめる温かく柔らかい美鶴の腕に、鷹山は頭を預けて目を閉じた。心にあいた大きな穴をじわじわと温かいものに包まれていくような感覚がして、鷹山の頬に静かに一筋の雫が伝った。


    翌日の朝、美鶴の父親が血相を変えて鍛治屋敷にやってきた。父親に抱きしめられながら、昨日森で泣きじゃくっていたのが嘘かのように、美鶴は笑顔で父親を抱きしめ返していた。そんな美鶴を見ながら鷹山は、泣き虫だと思っていた美鶴は実はかなり強かなんじゃないかと思った。美鶴の父親によると、美鶴はフィンランドからやってきたらしく、あちらは今夏休みなのだという。美鶴の父親は他県でも仕事があるし、鷹山ももう少しで夏休みになるので丁度いいだろうという鳶翔の提案で美鶴は夏休みの間鍛治屋敷で過ごすことになった。美鶴はそれを聞いて嬉しそうに鷹山に抱きついた。鷹山は鬱陶しそうに美鶴を引き剥がそうとしていたが、両親を失ってから今までで一番明るい表情をしていた。
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