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    60_chu

    @60_chu

    雑食で雑多の節操なし。

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    60_chu

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    過去作

    キンプリのユウヒロ

    ティキ・ティキ・ターン ヒロは好きだった男が好きな女の好きだった靴を履いて夜の、昼間の熱を未だに抱えたままの夏のアスファルトの上を歩いている。
     ティキ、ティキ、ターン。
     夜の橋の上。黒い傷だらけのエナメルのハイヒールは時代遅れのデザインとぐらついた踵のままおれから遠ざかる。左右で違った音を鳴らしながら。
     ヒロ!
     大声で呼ぶ。川は海の匂いをいつも連れてくる。生ぬるい夜風。都会の熱帯夜は膜のように皮膚に貼りついていらだたせる。ヒロはおれの声を無視してどんどん進んでいく。
     姉のこともコウジのこともヒロのこともずっと見てきた。それでも、いや、だからこそなにもかも知った上でヒロを選んだ。姉は姓が神浜になった。四人とも後悔のない選択をしたんだと思う。姉夫婦は今は二人で住んでいる。「狭いながらも楽しい我が家」、なんてよくいうけど、本当に楽しそうにしている。そして、ときどき、おれたちは二人の「我が家」に遊びに行く。
     お酒を飲むかもしれないから。いつもそう言ってヒロは姉たちの家まで電車かタクシーで行く。自分が免許を持っていないこともあるかもしれないけど、それは嘘だ。いや、もっと優しい言い方をしたい、言い訳とか。
     夜は家に誰もいなくて、それは夜中に俺を寝かしつける人も夜遊びを止める人もいないってことなんだけど。いつもヒロは夜の思い出を歩きながら話した。
    「コウジの知らない話が聞きたい。おれしか知らないやつ」
     コンクリートの塀を指先でなぞりながら歩いていたヒロの足が止まる。蝉だ。振り返ったヒロが指をさす。塀に、羽化の途中の蝉がいた。電信柱の明かりが、蛹から弓なりに反って出た白い身体を照らす。艶めいた身体は握ればすぐに壊れそうだった。
    「蝉ってどれぐらいかけて羽化するんだろ」
    「さぁ」
    「今日みたいな日がたくさん続けばユウしか知らない夜も増えるな」
     目が合ってからおれたちはキスをした。二人にとってはじめてのキスだった。唇はひんやりしていた。今にして思えば記憶違いかもしれない。この蝉が土の中で眠っていた頃からおれはこいつを知っているのかと思うとなんだか壮大な気持ちになって泣きそうになった。実ったからにはおまえみたいに儚いいのちにはしないからな、なんて黒いつぶらな瞳に宣言したりして。

     いつものように最寄り駅まで歩くと言って神浜家を出てからしばらくして、ヒロがボロボロのハイヒールを持っていることに気づいた。
    「いとちゃんが捨てるって言うから。こっそりもらった」
    「それじゃもらった、じゃなくてパクったじゃん」
     だっていらないってゴミ袋に詰めてあったから。ヒロはこともなげにのたまうと地面にそれを置いた。そういえば玄関にゴミ袋がいくつか積まれていたっけ。衣替えついでにいらない服なんかを整理したと言っていた気がする。
     アルコールの入った体でゆらゆら揺れながら、ヒロは自分が履いていた靴と靴下を脱いでハイヒールに足を入れた。慌てて打ち捨てられたそれらを拾う。女性にしては足のサイズが大きい姉の靴でもさすがにヒロにとってはきついらしい。長い時間正座していた人みたいな歩き方で歩き出す。
     ティキ、ティキ、ターン。
     住宅街を抜けて大通りに出る。夜中なので人はほとんどいない。エナメルが街中の照明を反射している。ヒロはときどき体をふらつかせながら、それでもさすがというべきか慣れてきたようで迷いなく歩く。
     ティキ、ティキ、ターン、ターン。
     両手を広げて無邪気に回ってみせる。微笑が少女みたいだった。赤い靴だったら呪いのダンスだったかも。でも、黒いそれは、半分ヒールもとれかかったそれはヒロの体に元から備わっていたかのように自然だった。
     ティッキ、タン、ティッキ、タン、ティッキ、タンタン。
     ヒロはスキップしはじめた。軽やかな音が誰もいない夜の街に響く。コウジは気を付けてなんていつも言うけど、電車なんて動いてるはずもない。そんなことみんな知ってる。ヒロの夜のためにおれたちは口をつぐんでいる。
     ヒールが宙を舞った。おれは走り出す。バランスを崩したヒロを受け止めるために。
    「ヒロ!」
     いつの間にかヒロより大きくなった身長。太く速く強くなった手足。今、全身全霊でヒロのために体を動かす。抱き慣れた肩を捉えた。胸に抱える。でも、走った勢いでけっきょくアスファルトに倒れこんでしまった。まぁ、おれが下だったんだから及第点ってことにしておく。
     顔の傍のアスファルトから太陽と土の匂いがした。打ちつけた頭が痛い。ヒロは胸の上で瞳を閉じていた。
    「これ、三年前にコウジがいとちゃんにプレゼントした靴なんだ」
    「知ってる。おれもそのとき一緒にいたし」
     姉が気に入ってたのも知ってる。
    「ハイヒールが本当にほしいならいくらでも買ってやる」
     転んだ拍子にヒロの足から脱げた黒いエナメルたちは欄干の傍でおとなしく佇んでいた。ヒロの素足がおれの靴を蹴る。アスファルトに両腕をついて、腕立て伏せの体勢をとった。
    「あんなのいらないよ。歩きにくいだろ」
     目が合って唇もあわされた。蝉の前でしたみたいな静かな口づけだ。もし、眠る蝉の上にアスファルトが敷かれたらどうするのだろう。太陽も届かない暗い土の中でずっと眠り続けるのだろうか。口づけを深くしながらヒロごと起き上がる。後ろ向きにヒロは欄干までいざっていく。ぬるい唇が糸を引いて離される。ワインの香り。それと、潮と汗。もう一度、唇を重ねながら、おれはハイヒールを手繰り寄せた。黒い右足をヒロに預ける。息をつきながらヒロが聞いた。
    「どうするの?」
    「どっちが遠くまで飛ばせるか勝負だ」
     川の向こうから気の早い夏の朝陽の頭頂部が見えた。
     せーの!
     ヒロの右手が、おれの左手が黒いハイヒールを振りかぶって投げた。でたらめに回転しながらへんてこな放物線を描いてハイヒールは水中に落下した。ぼん。どぼん。二つの音が朝焼けを映した水面に響く。それは波紋をいくつもいくつも描いてそれから静かになった。
    「おれの勝ちだな」
     左足の方がヒールがある分、重さがあったから遠くまでとんだ。ズルと言えばズルだ。だからノーカンってことにしておく。裸足で欄干にもたれかかるヒロを抱え上げた。熱帯夜は去ってほんのひと時、涼しい風が吹く。それはヒロの亜麻色の髪を乱す。朝焼けに目を細めるヒロ。髪をそっとかきあげるヒロ。欄干に腰掛けさせてから、脱ぎ捨てた靴をとりだした。跪いて履かせる。
    「靴下は履かせてくれないの?」
    「カッコつかないから却下!」
     朝陽を背中にしたヒロの表情は影になってあまり見えなかったはずなのに、その微笑みが焼き付いて瞼から離れなかった。
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    60_chu

    DOODLE過去作

    Pと諸星きらりちゃん

    THEムッシュビ♂トさん(@monsiurbeat_2)の「大人しゅがきらりあむ」に寄稿させていただいた一篇の再録です。佐藤心、諸星きらり、夢見りあむの三人のイメージソングのEPと三篇の小説が収録された一枚+一冊です。私は諸星きらりちゃんの小説を担当しました。配信に合わせた再録となっております。
    ハロウィンのハピハピなきらりちゃんとPのお話になっております!よろし
    ゴーストはかく語りき シーツを被った小さな幽霊たちがオレンジと紫に染められた部屋を駆け回っている。きゃっきゃっとさんざめく声がそこにいるみんなの頬をほころばせた。目線の下から聞こえる楽しくてたまらないという笑い声をBGMに幽霊よりは大きな女の子たちは、モールやお菓子を手にパーティーの準備を続けているみたい。
     こら、危ないよ。まだ準備終わってないよ。
     そんな風に口々に注意する台詞もどこか甘やかで、叱ると言うよりは鬼ごっこに熱中し過ぎないように呼びかけているって感じ。
     あ、申し遅れました。私、おばけです。シーツではなくてハロウィンの。私にとっては今日はお盆のようなものなので、こうして「この世」に帰ってきて楽しんでいる人を眺めているんです。ここには素敵な女の子がたくさんいてとても素晴らしいですね。
    4787

    60_chu

    DOODLE過去作

    カヅヒロ
    シンデレラは12センチのナイキを履いて まるで二人にだけピストルの音が聞こえたみたいに、まるきり同じタイミングでカヅキとヒロは青信号が点滅し始めたスクランブル交差点に向かって走っていった。二人はガードレールを飛び越えてあっという間に人ごみに消えていく。さっき撮り終わった映像のラッシュを見ていた僕は一瞬何が起こったかわからなくてたじろいだ。
    「速水くん達どうしちゃったのかな?」
     僕の隣で一緒にラッシュを確かめていた監督もさっぱりだという風に頭を振って尋ねてくる。
    「シンデレラに靴を返しに行ったんですよ。ほら」
    はじめは何がなんだかわからなかったけれど、僕はすぐに二人が何をしに行ったのか理解した。
     赤信号に変わった後の大通りにはさっきまであった人ごみが嘘のように誰もおらず、車だけがひっきりなしに行き交っている。車の向こう側から切れ切れに見える二人はベビーカーと若い夫婦を囲んで楽しそうに話していた。ぺこぺこと頭を下げて恐縮しきっている夫婦を宥めるようにヒロが手を振った。その右手には赤いスニーカーが握られている。手のひらにすっぽりと収まるぐらい小さなサイズだ。カヅキがヒロの背を軽く押す。ヒロは照れたように微笑んで肩をすくめるとベビーカーの前に跪いた。赤ちゃんは落とした靴にぴったりの小さな足をばたつかせる。ヒロはその左足をうやうやしく包んで爪先からスニーカーを履かせていく。
    1230

    recommended works

    オルト

    TRAININGパンそばのタイカケ。
    そばくんに対して過保護なパンくんが見たいです。
    「ねぇね、タイガくん」
    「あ?」
    「これからコウジさんたちと飲みに行くんだけど、タイガくんも来る?」
    「あぁっ?!」
     飲んでいたジュースを噴き出しそうになった。なんで、カケルが、あの探偵と?
    「ふ、二人で、飲みに行くのか?」
     まさか、俺が油断している間にあの探偵がカケルを? 俺らのファンとか言ってたけど、まさか、まさか……。
    「ううん、助手のユウくんやコウジさんのお友達も一緒みたい。タイガくんもどうかなって思ったんだけど……。もしタイガくんにその気がないなら僕一人で」
    「俺も行く!」
     カケルの言葉に被せるように、俺は大きな声を上げた。自分の好きなヤツが、いくら二人きりじゃないとはいえ、俺のいないところで他の男と飲むなんて耐えられない。それに、カケルは酒に弱いんだ。酔ってふにゃふにゃになってるカケルはめちゃくちゃ可愛いし、何かされちまうかも知れない。俺は酒を飲んでも、絶対に少しだけにしておくぞ。ちゃんとして、カケルのことを守るんだ……!
    「えへへ。タイガくんがいるなら安心だなぁ。僕、お酒弱いし、コウジさんのお友達は……僕らも会ったことあるみたいだけど、緊張しちゃうだろうから」
     安 1434