その世界の彩りは———ただ、知ってみたかった。あの全てを見透かすような深く透明なアイスブルーの瞳に、この世界はどう映っているのだろうか。
真夏の日差しが降り注ぐコートから少し離れた木陰に座っていると声をかけられた。日差しと同じように頭上から降り注いできた声音は、中学生にしては低く大人びている。
「なんや、日吉こんなとこ居ったんか」
「ええ、忍足さんこそどうしたんですか?」
「俺は岳人達がふざけて吹っ飛ばしたボール探しにきたんや」
そう言いながら右手を顔の横に掲げて、探し当てた黄色いボールを揺らして見せる。
最近、向日さんと芥川さんが同じ漫画にハマっているらしく、よくキャラクター達が繰り出す技を真似して遊んでいるところを見る。恐らく、今回もそれでだろう。
言い終わると、そのまま忍足さんは隣にしゃがみ込んだ。すぐに帰る気は無いらしい。
「なんか面白いもんでも見えるん?」
「特には…ここからじゃコート内くらいしか見えません」
「せやなあ…あ、こっからやと跡部の事良う見えるな」
わざとらしく間延びした声で、そう言いながらこちらに微笑んでくる。この人は最初から分かっていて、留まったのだろう。
「そうです。跡部部長の試合を見てました」
諦めてため息をこぼしながらそう告げる。
特に隠す事では無いが、また見ているのかと言われるのはなんだか癪だ。いや、今更隠したところでずっとあの人を追いかけていることはもう周知の事実なのだが。
「そんならこんな所やなくて普通にベンチで見たらええやん」
「それだと…跡部部長の見ている視界がわかり難いんで、たまにこっちからも見たいんです」
この場所からだと跡部部長の背中をまっすぐに見る事が出来る。確かに普通にベンチで見るよりも手元が見えにくいが、ここから見る試合も好きだ。
その視界に映る景色を同じように見ている気がして。
「跡部の視界ねえ…」
何か言いたげだが同じようにコートの方を向いた。しばらく静かにみていると、スパンッと心地よい音を響かせながらスマッシュが相手コートに叩きつけられる。
相変わらず、初めてその姿を見た時から変わらず人を惹きつける綺麗なフォームをしている。あの日見た夕暮れに染まる姿も惹きつけられたが、やはりあの人には今日のような眩いばかりの太陽の下が似合う。
突き刺すような日差しに照らされて眩いプラチナブロンドも、陶器のように色の白い肌も、宝石すら霞む輝きの瞳も全てがまるで高価な人形のようだ。あのままショーケースに入っていても誰もが違和感なんて抱かないだろう。
そんな容姿を見ていると本当に自分と同じ世界を見て、生きているのか時々疑問に思う事がある。
「……あの人にはどう見えてるんでしょうね」
ぽつりと無意識に言葉がこぼれ落ちる。風に攫われてしまいそうなほど、小さな声で。
「ん?」
「なんでも無いです」
「ふふ、そら誰でも綺麗な世界が広がってると思うやろうなあ……まあ、実際はどうなんかわからんけど」
しっかりとこちらの失言を聞いていたようで、幼い子供に向けるような生暖かい笑みを浮かべながら、忍足さんが楽しげに微笑む。
「そう…ですね」
確かに、綺麗なものに映る世界が全て綺麗だとは限らないだろう。跡部部長の場合は、弛まぬ努力と常に高みを目指すその姿勢から考えても世界は案外自分たちと同じように鮮やかで色褪せて泥臭く映っているのかもしれない。
「あ……今なら跡部が何見てるか簡単にわかるで」
そう言いながら忍足さんがコートを指差す。その先では試合が終わったのか、跡部部長がこちらをまっすぐに見ていた。整ったその表情は余裕に溢れており、額には汗ひとつ見当たらない。
数度瞬きをした後、ふっとアイスブルーの瞳を細めながら微笑むと真っ直ぐにこちらを指差し、それから向かい側のコートにその指先を向けた。
———そんな所に居ないで試合をしに来いと言うことだろう。
「跡部からご指名やな」
「そうですね」
忍足さんの言葉に相槌を打ちながら、傍に置いていたラケットを握り立ち上がる。日陰に置いていたからか、身体の内側と反対にグリップがひんやりと冷たい。
もしかしたら、一生あの人の見ている世界を同じように見ることは無いかもしれない。それでも、その彩りの一部に自分が強く刻まれ、在れば良い。