必要とされたいミオリネさんはこっちを向いてくれない、目も合わせてくれない。私が投げかけた言葉も、ミオリネさんの背中に当たってそのまま床に落ちてしまったようだった。
「わたし、いなくても良いってことですか...」
「...そうね」
そうね…
そうね…
そうね…
そうか、ミオリネさん、私のことはいなくてもいいって思ってたんだ……。
『アンタしかいない』って温室のトマトやお花のお世話を任せてくれたけれど、本当はお願いするの、業者の人でも、誰でも良かったんだ……。
ぐすっぐすっと鼻を啜る音がお風呂場に響く。シャワーを出しっぱなしにしたままスレッタは泣いていた。ミオリネと会えず、16日間募らせた思いが涙になって排水口に流れていく。
……私、本当は怖かったのに。エランさんにデートに誘われた時…いつもと違って顔が近かったりしたから。私にはミオリネさんがいるって思ったから頑張ってデートも断ったのに。
『いいよ。デートして』
どうして「いいよ」なのかが分からなかった。前は許さないって言ってたのに。
ミオリネさんは私が他の人とデートするのが嫌じゃなくなっちゃったのかな。
私が全然ミオリネさんの力になれてないから、私のこと、いらなくなっちゃったのかな。ミオリネさん、私との婚約は地球に行くときまでの契約って言っていたし……。
私、エランさんの言ってた通り、本当にミオリネさんの弾除けなのかも。
ふいにシャワー室をノックする音が聞こえた。
「…スレッタ、大丈夫?」
おだやかで優しい声色。ニカさんだ。お風呂に長く入りすぎて心配されたのかもしれない。慌てて返事をする。
「ぐすっ…だ、大丈夫で、す…!すみませんずぐに出ますね」
「ゆっくりで大丈夫だよ。出てこないからちょっと心配になっちゃっただけ。ごめんね」
「はい!ずみません!!」
顔を荒くバシャバシャと洗って涙と鼻水の痕跡を消す。鏡を見ると、目元が少し赤くなっていた。
スレッタは人を待たせているかもしれない罪悪感で少しだけ冷静になった。いそいそと脱衣所に出て体を拭いて服を着た。共有スペースの前を通り過ぎると、TVの音声と、それを見ている女の子たちの声が聞こえた。最近は恋愛リアリティショーを見るのが学校の女子の間でも流行っていて、今日は最新話の配信の日だったのだ。「真実の愛の証、最後のローズを手にするのは…!」という司会の声を耳にしながら、スレッタは苦い気持ちで部屋に帰った。クールさんとホッツさんだって、スレッタなりの愛の証のつもりだったのだ。
「ニカさんさっきはすみませんでした…」
部屋に戻った後、ベッドに腰掛けてタブレットを眺めているニカさんに声をかけた。ニカさんがニコっと笑って手招きをしてくれたので、私は恐る恐る隣りに座った。地球寮の人はマイペースな人が多くて、1人でやりたいことがある時はこうして共有スペースに行かずベッドで好きなことをしても許される空気があった。
「大丈夫だよスレッタ、お風呂の前を通ったら声が聞こえてきて心配になったの」
「きっ聞こえてました…?」
「うん…。もしかしてミオリネさんと、何かあった?」
「えぇっ!!」
「私で良かったら話聞くよ」
スレッタはちょうど今日の出来事を誰かに聞いてほしい気持ちだった。
「……実は今日、ミオリネさんに会えたのにお揃いのキーホルダー渡せなくて、それだけじゃなくて、私、いらないって言われて……」
「本当に…?ミオリネさんがスレッタにそんなことを言ったの」
「言ってました……いらないですか?って言ったらそうねって…」
さっきのことを思い出してまた目頭が熱くなってくる。
「スレッタ、泣かないで」
ニカさんの少しひんやりした掌が私の手の甲にそっと置かれた。
「私はスレッタがいらないなんて絶対に言わないよ。スレッタは大切な友達だし、私はスレッタのこと、大好きだから」
「本当、に…?」
「……うん」
ニカさんの青い瞳にまっすぐ見つめられる。「大好き」という言葉にドキドキして、胸のあたりにろうそくの炎が灯ったみたいに温かい気持ちになった。どうしてニカさんは私の欲しいものが分かるんだろう。
「それにスレッタがミオリネさんのために一生懸命がんばってたの、私ちゃんと知ってるよ。だから、きっとそのうちミオリネさんも分かってくれるよ」
ううっと感極まり、私は思わずニカさんにしなだれかかってしまった。この人に今日はとことん甘えたい。ミオリネさんという存在がいながらそう思ってしまったのだ。そんな私の肩をニカさんは優しく抱いてくれた。そしてニカさんに包まれながら静かに泣いた。ニカさんは私の頭をずっと撫でてくれた。
泣き疲れて眠くなってしまったスレッタをニカはそのまま自分のベッドに寝かせた。掛け布団をかけてやるとむにゃむにゃ気持ちよさそうにと口を動かして、笑っているようだった。
ニカの傍らで縮こまって泣いていたスレッタも、眼の前であどけなく眠るスレッタもまるで小さな子供のようだ。
「おやすみスレッタ…」
スレッタが私を頼ってくれたことが嬉しかった。彼女は私にとっては密かな憧れの人で、近くて遠い存在のようなものだったから。
スレッタはとても純粋で、多分ミオリネさんの説明不足な言葉をそのまま受け止めて傷ついてしまったのではないのだろうか。
私には傷を癒す力はないかもしれないけどせめて寄り添うことができたら……。
でも………。
傍らで無防備に眠るスレッタのことを見ていると胸の内が沸々と熱くなった。そして腹の底から湧き上がる思いがあった。
……私だったら絶対に言葉でスレッタを傷つけるようなことはしないのに。
傲慢な考えだ。どうしてそんな風に思ってしまったのかが分からなかった。シーツをグシャッと握りしめる。スレッタがさっきまで座っていた場所にはこぼれ落ちた涙のシミができていた。
……ミオリネさんより私の方が………。
今日の私は変だ。これ以上ここにいてはいけないと思って、ニカは部屋の照明を落とし、共有スペースでTVを見る女子たちに合流した。