What is love (愛とはなんぞや?) ――これは櫻井遥を諦めきれなかった私への罰なのかもしれない。
お前はお母さんじゃない、そう言われた時にスッパリと彼のことを諦めるべきだったのだ。
「ご、ごめんねハルカ。混乱させたよね」
「うるさいッ!」
「ひっ」
バンッ!と勢いよく壁が叩かれる。
ハルカは自分で叩いたくせに、私の怯えた様子にショックを受けていた。何とも自分勝手な男だ。
何があったのかと聞かれれば、何もなかった。
私たちの間には何も起きなかった。
若い男女が同じ家の下で暮らしていて、そろそろハルカも私のことを母親の代わりではなく異性として見てくれないかと思ってしまったのが全ての間違いだった。
私はハルカのお母さんにはなれない、そう拒絶したのに、それでも一緒にいたいと言ってくれた彼に何か期待をしてしまったのがいけなかった。
理想を押し付けてしまった。
彼の実の母親のように。不可能な理想を。
彼が彼のまま安心して側にいてくれる人がいることが、ハルカにとってどんなに大事か理解していはずなのに、私は自分の欲を優先してしまった。
見えていたはずの地雷を踏んでしまったのだ。
「どっ、どうしてそんな酷いこと言うんですかっ?! まただ、またお母さんは居なくなって、僕は独りぼっちになって、だ、誰も僕を見てくれない……!!」
「違う、違うのハルカ」
今のハルカに私の声は届かない。どんな反論も意味がない。短くない同居生活でそれは学んでいる。
「ちがわない! お母さんは『今の』僕がいやになったんだ!! だから愛せなくなった!!」
……思っていたよりハルカは私の心を理解していたようだ。理解してなお、暴力に訴えてまで現状維持を求めている。
私に「お母さん」で居続けることを求めている。
ねえ、ハルカ。あなたは本当にそれでいいの?
私はうっかり恋なんかしちゃったからさ、支えたいとか、力になりたいとか思っちゃうんだよね。でもハルカは違うでしょ。
「……そうかもね。私、もうハルカのこと好きじゃない。別れよう。ハルカも酷いことする私のこと……嫌いでしょう」
望むように動いてくれなくて悲しいんでしょう。
私たち、やっぱり一緒に居るべきじゃなかったね。
お互いに大切で大好きってたけじゃ、同じ未来を見ることはできなかった。
「う、うう、うぅ……っ!!」
ハルカは自分の感情が整理できていない。涙を流し唸り声をあげて完全にパニック状態を起こしている。
「あっ!」
ハルカはたまたま近くにあったハサミの刃を利き手で力強く握り込む。血が滲みそうなほど、強く。そしてその勢いのまま私にハサミを投げつけた。
ハサミは頭部の皮膚を傷つけたらしい。痛み以上に出血量が多かった、がそんな私を心配する余裕は今のハルカには、ない。
「いやだ、なんで、おかあさん、ぼくじゃない、うああん!!」
「大丈夫、大丈夫だからね」
結局、私はハルカを泣き疲れるまで抱きしめて、頭を撫でてしまうのであった。
私は、この男に恋心を人質に、色々なものを搾取されている気がする。
それでも私は、櫻井遥の側を離れることが出来ない。想いが通じ合わないまま。