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    かなぎ

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    かなぎ

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    ㌘Webオンリーで展示予定の01夢の前半です
    既にXにあげているところまでまとめました
    #mlgrmプラス

    憑(体験版) 幽鬼のような男であった。
     猫背の男は町内をフラフラと彷徨い歩いている。
     私がその男から目を離せなかったのは彼の上下真っ白な衣装が血に濡れていたからであり、彼の右手に「何か」が握られていたからだった。
     男は私と目が合うとヘラリと笑って会釈をした。私も異常な状況に混乱し礼を返した。
     すると男は嬉しそうに私に近づいてきた。逃げるべきだと脳は冷静に判断していたが、足が竦んで動かない。
     男は「それ」を私に見せる。街灯の灯りで「それ」が何なのかよく判別できた。
     悲鳴を上げることはできなかった。
     そんな私の様子に満足した男は己の成果に満足したのか、興奮した様子でどこかへ行ってしまった。
     それが彼と私との初めての邂逅であった。
     次に私が彼と出遭ったとき、彼の獲物は更に大きくなっていた。
     私はてっきり偶然の再会だと思っていたが、私の帰り道を特定し待ち構えていたことを、彼の逮捕後に面会で知った。
    「こ、こんばんは……」
    「こんばんは……?」
     この夜初めて彼との会話が発生した。

    「ま、また、会えましたね……」
    「えっと、」
     私は己の生存を諦めることに決めた。
     戸惑う私を無視するように、彼は一方的に話し出す。
    「へ、へへへへ……、ぼ、僕みたいなデキソコナイに殺されちゃうなんて……か、かわいそうですよね」
     誰に殺されても可哀想だと思う。
     そんなことを言って男を逆上させるのは賢明ではない。私は少し考えて「キミってデキソコナイなの?」と訊いてみた。考えた末に出る言葉がこれだと思うと対人コミュニケーションの難しさを感じる。
     しかし男は怒り出すこともなく、キョトンとした顔をして「はい。そうです」と答えた。思いのほか素直な男だった。

     
     私は流されるまま夜中の公園のベンチにいた。こんなことなら遅番なんて引き受けなければよかったと後悔した。後の祭りだ。
     彼のことは動物殺しを行っていること以外何も分からなかったが、どうやら私に敵意がないことは分かった。
    ただし理由は不明なのでいつ彼の地雷を踏むのかは分からなかった。
    「遥くんって普段は何してるの?」
    「え、えっと……ずっと寝ています」
    「それは夜出歩いてるから?」
    「そ、そ、それも、あるかもしれません……。やりたいこと、あんまり、なくて……ごめんなさい」
     やりたいことがあんまり無かった結果が動物殺しだと思うと恐ろしいのだけれど。
     彼――櫻井遥と名乗った男は話してみると優しくていい子そうに思える。怯えてるのか吃りがあるのか。ただ、一生懸命会話を続けようとする意思はあるようだった。人と話すことが久しぶりなだけで、コミュニケーション自体は好きなのかもしれなかった。
     とにかく掴めない男だった。

    「██さんは……ど、どうして怒らないんですか……?」
    「怒る?」
     男はおずおずと切り出した。自分の行いが、世間一般に受け入れられないことは一応認識していたらしい。
    「だって、この子、可愛がられていて、ぼ、僕なんかより価値があって……それなのに……」
     彼が殺したのは誰かの飼い犬だったらしい。
     私としてはもうどうにでもなってくれ、という気持ちだったので「私は怒ってない。けど飼い主さんは怒ってるだろうね」と、当たり前のことを伝えてみた。
     すると男は俯いて「ううぅ……」と唸りだし、「やっぱりダメなんだ……」と意図不明の言葉を吐いたかと思うと、

    「どうしたら僕にきょうみを持ってくれますか?」

     と、まるで口説き文句のようなことを言い出したのである。


     もちろんそれは口説き文句などではなく、ただ単純に犯行動機の吐露であり、彼は私に発見されるまで、誰にも犯行を目撃「してもらえなかった」という意味である。
     派手さと雑さが足りなかったのかもね、と言いそうになって止めた。エスカレートさせてどうする。犯罪幇助だ。
    「見てもらえるなら誰でもいいってわけじゃないよね?」
    「はい……、で、でもっ、あなたに会えたことはうれしかったです」
    「そう……」
     両手の指先を弄りにやけながら男は答えた。青年と呼ぶべき年齢の男にしては不気味な仕草であった。
    「あのっ、また……会ってくれますか……?」
     嫌だ。嫌すぎる。
     誰が好き好んで犯罪者とお喋りしなくてはいけないのだ。
    「…………いいよ」
     よくない。
     よくないけど、上目遣いで嬉しそうに問いかけてくる男を見ていると、そう答えるしかなかった。

     瞬間、私の人生はこの男に殺されて終わるのだと確信した。

     
     櫻井遥との三度目の遭遇は案外早く発生した。今思えば待ち伏せされていたのだから当たり前だ。
     動揺して足を止めてしまったのがいけなかった。男は嬉しそうに私に向かってくる。
     男はあの日とは違い、己の体格に不釣り合いな服装――例えるなら子供向けのワイシャツと短パンのような衣服を身に纏っていた。お綺麗な格好と彼の挙動不審な様子は、アンバランスな気持ち悪さがあった。
     例の上下白の衣装がまだマシに思える日が来るとは思わなかった。返り血を除けば、だが。
    「こんばんは……、また会えましたね………!」
     男は友人のように話しかけてくる。
     蒸し暑い梅雨の夜だ。ただでさえ不快な気分が更に最悪になった。
    「……遥くん」
    「! 名前……うれしいです!!」
     男は頬を赤らめ喜んでいる。うっかり好感度を稼いでしまった。
     今宵の彼はまだ何も殺めていないらしく、例の鉄臭さは感じなかった。服も上下綺麗なままだった。
     櫻井遥は人の良さそうな笑顔で私の言葉を待つ。
     勘弁して欲しい。危険な人間ならそのように振る舞って欲しい。普通に話しかけないで欲しい。油断してしまう。
     私は櫻井遥に感じていた正体不明の怪物性が薄れていくのを感じていた。
     慢心は命取り。ホラーの定石だ。
     絆されてはいけない。この男は身勝手な理由で動物を殺している。
    「遥くんは今日は何をしているの?」
     何もしないでお家に帰ってくれないだろうか。最早そういう怪異を相手にしている気分になってきた。
     お帰りください。
     赦してください。
    「ぼ、僕は……、えっと、その、ううっ……」
    「言いにくいことをしているの?」
    「ち、ちがいますっ!!」
     男は急に声を荒げた。気に触ったらしいが、答えが返ってくることもなかった。
    「あの、██さんはなにをしているんですか?」
    「……? 家に帰ろうとしているんだけど……」
    「そ、そうですよね! あはは……、僕、変なこと聞きましたよね……。ごご、ごめんなさい」
     男はまだ話足りないというようにもごもご口を動かしていた。一刻も早くこの場を立ち去りたかった私は、少々冷たいか、と思いながらも話を切り上げる。
    「ごめん、私、疲れてるから今日は帰るね。またね」
    「あっ、そ、そっか……お仕事がんばってください」
     
    「僕もがんばります」

     何を。

    「ま、また、会えますよね……?」 
     彼はスッと右手の小指を差し出す。
     全てを諦めた私はそれに己の小指を絡める。
     私の強張った顔は彼の視界に入らなかったようだ。
     
     
     櫻井遥を通報すべきだという当たり前の結論を、私は後伸ばしにしている。
     例の約束は守られていない。彼との会話は私にとって思いの外ストレスだった。罪悪感はあるものの、なるべく彼と遭遇しないように帰り道を変えた。今のところつけられている気配はない、……と思う。
     犯罪者相手に罪悪感というのもおかしな話だが、彼の周り全てに怯えているような態度を見ると、自分が弱いものイジメをしている気分になる。
     だから私は彼を本心から拒絶できない。
     
     何者かによる動物殺しの噂は静かに広がっている。不審者情報の回覧板が回り、近所ではペットを表に出さないようにと注意の張り紙が増えている。
     小学生の集団下校が始まってからは、自分がとんでもない秘密を抱えてしまったことを痛感した。
     「僕もがんばります」。つまり次の獲物は……、そういう意味ではないのか。
     私はあの男に会わなければならない。
     そして止めるように説得しなくては。たとえ話が全く通じなくても、だ。
     ……いや、本当にそうか? そんな危険を冒さなくても警察に通報するだけで善良な市民としての責務は果たせるのではないか?
    「…………」
     今夜、いつもの帰り道を通りあの男に出遭えなかったら警察に通報しよう。そう決心した。

    「どうして嘘をついたんですかッ!!」
     男は今にも泣きそうであった。怒り半分悲しみ半分と言ったところか。
     いつも彼に遭遇する道に差し掛かったところ、いとも簡単に彼に捕まることができた。
     出会った日より彼はさらにやつれていて、それが自分のせいかもしれないと思うと心苦しい気持ちはあった。
     男は夜であるにも関わらず、大きな声をあげて泣き叫んでいる。
    「約束したのにっ! おかしい!! 僕はっ! ずっとここで待っていたのに!!」
     男は子供のように癇癪を起こしている。情緒が幼いとは思っていたがここまでとは。
     ――この男は、本当に何をするのかわからない。
    「ごめんね……」
    「……あなたも僕を見捨てるんですね」
     男は恨めしそうな目で私を見つめる。謝ってみたが効果は薄い。もうこんなにも大騒ぎしていたら、動物殺し関係なく誰かしら通報している気がしている。
     彼は話の通じる状態ではない。足りない頭を回して考える。どうしたら今この場を凌ぐことができるのか。
     怒りに任せて男は両腕を私の首元に伸ばす。
     まるで、自分が被害者みたいな苦しそうな顔をして。
     ――あ、殺される。
     私は咄嗟に命乞いを試みる。
    「遥くん」
    「…………なんですか」
    「明日のお昼、暇?」

     
    「お、お昼に誰かと出掛けるなんて、僕久しぶりで……嬉しいです! ありがとうございます!」
    「あはは……」
     待ち合わせ場所に櫻井遥は例のワイシャツ姿で現れた。年齢に見合う服を見繕うために、一緒に服屋に行ってもいいかもしれない。
     いや、なんで私がこの男の服を見なくてはいけないのだ。大分彼に絆されている自分を自覚した。
    「えっと、どこに行くんですか?」
    「えっとね、暑いし屋内がいいよね。水族館とかどうかな? お魚好き?」
    「あまり……? でも、██さんと一緒にいられるなら、僕はどこにでもついていきます!」
     櫻井遥は心の底から嬉しそうだ。
     どこに行くかより誰と行くかを重視する人間らしい。
    「██さん、車運転されるんですね……すごいです」
    「まあ、大人だからね」
    「僕も大人になったら運転できるでしょうか……?」
    「乗れるようになるんじゃないかな?」
     昨晩の情緒不安定な様子を無視して私は答えた。事故を起こしたらパニックになってしまいそうだ。
    「僕、ずっとここに座っていたいです……」
    「助手席に?!」
     何故!? 車が好きなのか?
    「えへへ……」
     何がおかしいのか分からないが櫻井遥は楽しそうだった。とりあえずはそれでよかった。そもそも命乞いのために咄嗟に彼の気を引く発言をしたかっただけなのだから、なんでもよかったのだけれど。
     こうして見ると幼い雰囲気はあるものの、動物を殺して回ってるような雰囲気は欠片も見当たらない。普通の子に見える。昼間だからというのもある。
    「ふ、ふたりっきり……ですね」
     あっ。
     そうか。まずい。それはまずいぞ。
     命を諦めたとはいえ、犯罪者と密室で2人きりは自暴自棄が過ぎる。
    「かわいい車ですね。青が好きなんですか?」
    「遥くん……」
    「はい?」
    「探さないでね」
    「なにをですか?」
    「だから、えっと」
    「お家……ですか?」
     ……終わった。
    「お家に行ったらだめなんですか?」 
    「うーん」
    「僕、██さんのお家気になります。ほ、ほら! じょ、女性のひとりくらし? は危険だって言いますし……」
     危険なのはお前だ。 
    「分かりました。じょしゅせきでがまんします」
     今すぐ追い出したくて仕方なかった。

      
     結局のところすぐに解散したくなった私は、適当に車を走らせチェーン店のカフェに入ることにした。
     先程の一連の流れで、水族館のような薄暗い空間に一緒に行くべき人間ではないと再認識したからだ。というか癇癪を起こして水族館の魚を突然殺し始めてもまずい。(そんなことあるとは思えないが。)子供連れが多い空間に行くこともまずい。(まさか人前で誘拐するとは思えないが。)
     カラオケも閉鎖空間だからダメ。映画館も暗いからダメ。不審者との安全な夏デートは難しいのだ。
     櫻井遥は不満そうな顔をすることなくカフェに入店したが、どうやらコーヒーは飲めないらしくオレンジジュースを注文した。本当にどこでもよかったらしい。
     私は櫻井遥と対話を試みる。カフェはある程度混雑していて、何が起きても誰かが助けに入ってくれる気がした。
     私はいつでも110番通報できるようにスマホを確認する。
     よし、やるぞ。
    「遥くん、」
    「はい」
    「遥くんは何を頑張ろうとしているの?」
     緊張しながら私は直球で尋ねる。
    「えっ?」
     櫻井遥は困惑したように聞き返す。
    「「僕もがんばります」って言ったじゃない」
    「あ、あっ、そういえば、いいました……。僕のことば、覚えてくれていたんですね」
    「…………うん」
     男は恍惚とした表情でオレンジジュースの前にいる。
     私は一口コーヒーを啜って再度問い直す。
    「何を頑張ろうとしたの?」
    「えっと、あなたにもう一度見てもらうために頑張ろうとしました」
    「私に?」
     それはおかしい。
     櫻井遥が動物殺したのは私に出会う前なのだから。それに言っていたではないか。目撃されることが目的だと。己の犯行を見つけて欲しい誰かがいると。それは私ではないはずだ。
    「遥くんは私に何を求めているの?」
    「もと、める……?」
    「僕、頭があまり……。██さんの言いたいこと分からなくて……。ごめんなさい」
     男は精一杯謝っている。確かに抽象的すぎたか。こういう姿を見るとつい「可哀想」という気持ちが湧いてしまう。分かっていててやっているのだろうか?
    「その、何をしてほしいの?」
    「ちゃんと見てほしいです」
    「ちゃんと見て欲しい?」
    「さけられてるって思ったとき、とても悲しくなりました……」
     そりゃ避けるだろう。寧ろ避けられないと思っていたのか? 私は小声で反論する。
    「例えばの話だけど、動物を殺し回ってる人がいたら避けるのは当然じゃないかな……?」
    「でも! あ、あなたはちがったじゃないですかっ!!」
     ドンッ! と机を叩き男は立ち上がった。
     ざわついていた店内が静まりかえる。オレンジジュースとコーヒーは溢れ机と床を汚した。
    「僕がもっと大きないきものを殺したからっ! あなたは僕にまた会おうと思ったんだ! 僕は間ちがってない!!」
     うまく言葉が出てこない。怖い。櫻井遥は矢継ぎ早にまくし立てる。
    「あ、ああっ、そうだ……。あなたは優しいから、僕がこれ以上「誰か」を傷つけないように見張っていなきゃいけないんだ……」
    「…………っ!」
     無言でいる私にズッと顔を近づけ男は言う。
    「僕が怖いんですね」
    「お母さんに僕を見て欲しくて、そのために頑張っていました。そうしたら……あなたに逢えたっ!」
    「かか、かみさまが引き合わせてくれたのかも、なんて、ふへへへ……」
    「僕は、今まで自分のことを馬鹿で何やっても上手くいかないダメ人間だと思っていました……でも、あなたに関しては間ちがえなかった」

    「明日はきっと、誰かを殺しますよ」

     私は当たりを引いたらしい。
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