怪文書供養①ふと思い返してみれば私は、良くも悪くも『普通』をそのまんま写した様な人間だった。家柄も、性格も、ルックスも、人間関係も。腕力は当然、大きな魔法を操れる魔力すら無い辺りを見渡せば何処にでも見つかる一般村娘の一人で。
まぁ、自分で言うのも何だけど私は所謂"つまらない女"だと思う。
まぁでも、つまらないなんて言ったけど普通っていうのも別に悪いことではないのよね。今までだって私は家のお手伝いをしながら村の人とお喋りに花を咲かせつつのんびりと過ごしていたし、大魔王とか魔王軍?とかいう怖い存在に脅かされていた時にだって、怖いなぁと思って特に目立った事はせず大人しくしてたらそのまま大魔王が勇者に倒され世界は平和に戻ったし。
結局普通で平凡な日常を過ごすのが一番楽だし一番なんだよね〜、なんてみんな言うけれども。
それでもやっぱりどんな状況下でも変わり映えのしない自分はとてもつまらなくて、密かに刺激に飢えていた部分はあった。
私が生まれてから今まで育ってきた小さな村、"ランカークス"では少ないが何人か同年代の友達がいた。でもその中でも特に仲の良かった一人に、ある日急に村を飛び出して行方不明になった子がいたっけ。頑固な親父さんが経営している武器屋の一人娘だったその子は、後にナントカの使徒とか呼ばれて世界を救った勇者様の仲間の一人になったんだ〜とかで平和になった村の中ではすっかりその話で持ちきりだったのを覚えている。
「ジャンクさんのトコのポップちゃん、凄いわねぇ。あの子は自慢の娘だってスティーヌさんもとっても嬉しそうだったわよ」
「小さい頃なんかは毎日お父さんにゲンコツくらってた武器屋のおてんば娘が今ではもう勇者様御一行の大魔道士サマなんですものね、子どもの成長って早いわね〜」
「ランカークスもこれから"伝説の大魔導士"ポップちゃんの生まれ育った村だって有名になっちゃうかもしれないわよぉ」
昔から私もあの子も顔馴染みの、噂好きのおばさん達同士の楽しそうなお話。
(至って普通の武器屋の娘が大魔王と闘った勇敢な大魔道士になってるワケだもんね、そりゃ凄いわよ)
育ち的には同じスタートだった筈だけど、今現在もずっと平凡に暮らしてた私なんかとは真逆の、全世界の人達に愛されるスッゴイ人間になった彼女は現在何処に身を置いているかが分からず、この前武器屋のスティーヌさんが「すぐには帰って来ないにしても手紙のひとつくらいくれたっていいのに…」なんて溜息混じりに愚痴を溢していたのを聞いたことがあった。
武器屋両親からすれば、立派になってもまだまだ子どもな困った娘なのかもしれないけど……
私は非日常の中にいる彼女が恵まれているように思えちゃって、正直に言ってしまえばとっても羨ましく思えた。
あーあ、早く帰ってこないかなぁ。そしたら私が体験したことないような冒険中のスゴい話とか時間の許す限りいっぱい聞きたいのに。
なんて思った矢先、噂の彼女が急にランカークスに帰ってきた。
やけに早朝に起きてしまった私は、井戸からお水を汲みに行く為に村の中央広場へと足を運んだ。そしたらこんな早い時間なのに人集りが出来ていて一体何事かと人を掻き分けつつひょこひょこ覗いてみると、不意に中心の人物とバッチリ目が合って────。
「あ……!オッス!久しぶり!おばちゃんや子供達に揉まれちゃって動けないんだ、助けてくれよぉ!」
いきなり親しげに話しかけられて一瞬思考が停止したけど、その明るい声と愛嬌のある笑顔に私はすぐに彼女────武器屋のポップちゃんだと気づいた。
群がる村人達から慌てて救出してあげ、改めて確認する。いつも頭に巻いていた黄色のはちまきは何故かしていなかったけど、少し長くなったけど特徴的な癖っ毛の黒髪と笑顔がよく似合う愛嬌のある顔は紛れも無い、
やっぱりあのポップちゃんなんだ…!
「ポップちゃん!?やだぁ、久しぶり!すっかり凛々しくなっちゃって……一瞬誰かと思ったわ」
「あははっ!そりゃ〜おれもこの旅で色々あったからなぁ……あ、そうそう!急だけど数日間はここでのんびりすっからまたよろしくな」
「数日間は?じゃあまたどっか行っちゃうの?ゆっくりしてけばいいのに…。村にいる友達みんなアナタに会いたがってたんだからね!」
「そうしてぇところだけどよ、今回はただの帰省っつーより親父と母さんに報告しに来ただけだしな」
浮き足たった様子でそう言った後、彼女は少し照れるみたいににへらと緩くにやけた。そういえば昔っから表情豊かで態度に現れやすかったのを思い出して、もしや何か良い事でもあったのかと思ってさりげなく聞いても「えへ、そのうち話すって!」ってはぐらかされてしまった。
なんだろう、この浮かれ具合からしたら物凄い出世をしたとかかしら?いや、或いは……。
考える為に目線を下に動かすと、彼女の左手の薬指にキラッと光る『何か』が輝いていた。
その正体に気がつくと、私は揶揄う様に彼女の背中をポンポン叩く。
だってそれは紛れもなく、婚約指輪だったから。
「ふふ……ご両親に報告出来たら絶対私にも紹介してよね?それにしてもそうかぁ、あのおてんばポップちゃんがねぇ!」
「げっ、なんだよもうバレてら……。おれとお前の仲だからいーけどよ…紹介してもビビんなよ!」
やっぱり大切な人ができたってコトなんだ。それにしてもビビんなって……ねぇ?山みたいに大きな男の人とか、強面で荒くれたマッチョマンとかだったらどうしよう?びっくりしちゃうかも。…でも、へらへらした軽い雰囲気に反して意外と慎重らしいあの子が選んだ人なら見た目がどうであれ間違いはないんだろうな。昔馴染みの友人のおめでたい話になんだか私まで嬉しくなっちゃう。紹介してもらうの、楽しみだな……!
じゃあ行ってくるわと未だに村人達にもみくちゃにされながら実家の武器屋に向かった彼女を見送り、私も足取り軽く上機嫌で井戸で水を汲んでからそのまま帰路に着くことにした。
…………
朝の出来事から時間が経って、緩やかなお昼過ぎの事。
久しぶりに帰ってきたポップちゃんに折角だから木の実パイでも作って差し入れてあげようかなって思いついた私は、村を外れて森の方へと歩いていた。この森には、地元民のほんの一部しか知らないベリーの採れる隠れスポットが存在するからだ。
昔はよく私が手作りの木の実パイを持って来ると、彼女は飛び跳ねて喜んでくれていたのを思い出す。そんな彼女がパイを口いっぱい頬張って満面の笑みで美味しい!って言ってくれるのが本当に嬉しくて、私は毎回お母さんと一緒に気合い入れて作ったっけ……。
早く採ったら早速作らなきゃ、なんて思ってウッキウキで目的地に向かってたんだけど。
ベリーの木の近くには既に先客がいた。いたというか……木の下の幹に体を預けて静かに眠っていた。俯いていたから顔までは見えないけども。
(金髪の…女の人?かしら?村ではあんまり見ない姿だから……旅人さん?)
近付いてみれば大体の姿は把握出来た。
くすみの無い綺麗な長めの金髪に、露出が若干高めな赤いワンピース状の旅人の服にマントを羽織っている────
紫肌で明らかに人間ではない女性が。
「ひっ……ま、魔族!?」
「……ん………、………チッ、なんだ貴様は。」
それは私のセリフだけど?!
その言葉が出る前に、その魔族は人間離れした素早さで私と距離を取って私を睨んだ。よく見たら手にはいかつくて物騒な銀色の槍?を構えている。
私は流石に命の危険を感じてしまって、慌てて両手を上げて降参のポーズをとった。
「こ、殺さない、で…!わたっわたしそこの木のベリーを、とっ採ろうとしただけなんです!!」
私にしては大きな声を張り上げて命乞いをしたなってくらい、そりゃもうしどろもどろになりながらも必死になって無害アピールをした。
魔族は、武器を持たない私と周りの木々を確認した後に漸く武器を下げて警戒を解いた…のかな?低い声で私に話しかけてきた。
「ああ、確かにそのようだな。ふん……貴様はランカークスという村の人間か?」
「えっ?そうですけど……な、何でそんなコト……」
「貴様のそれは明らかに旅人などの格好では無いだろう、それに…匂いがするんだ。アイツと似た様な匂いが微かにな。」
「匂い…ですか?それにアイツって…?」
「いや、それはどうでもいい。……それよりランカークスの人間であれば一つ頼みがある。この森が複雑過ぎてランカークスへ一向に辿り着かんものでな、案内を頼みたいのだが。」
「えぇっ!?」
その突然の頼みと、警戒して離れていた距離感から一変してずいっ、と私に近付いて来たその高い身長による威圧感で、私は大層間抜けな声を上げて驚いてしまう。
(さっきは寝てたから気が付かなかったけど、おっ大きい……!?私の頭ひとつ分かそれ以上ある……。そ、それに顔をよく見たら結構美人かも……睫毛なっが……)
「おい、どうした小娘。」
暴力的な程に綺麗な顔でこちらを覗き込まれて、心臓が一瞬止まる。魔族と対面して怖いのか、美人にドキドキしてしまったのか…。多分恐怖の方だと思う。そう思いたい。
「ひゃい」とまた間の抜けた返事をする私にお構いなく、魔族は少し苛立った様子でもう一度私に問うてくる。
「どうなんだ、小娘。案内をしてくれるのか断るのかはっきりしろ。」
「あっ、あのっ。ランカークス村に行って何をするつもりなんですかっ!?あそこはただの田舎の村で、魔族にとって面白いものなんて……」
「………そうか。そういうことか……ふむ……。」
やっと平和になったのに、よりにもよって故郷に何かされたらたまったもんじゃ無いわよ。変に刺激しないように必死に言葉を選んでそう伝えると、魔族は何やら考え込んだ様子で、そしてこう言った。
「今は大魔王がいた頃とは違う、別にオレは貴様らの故郷をどうしようという訳では無い。そうだな……ポップという魔法使いの娘がいるだろう?簡単に言えば、オレはそいつの仲間という立ち位置にいる。」
「ぽ、ポップちゃんの?!」
「ああ。最初は共に用事の為に村へと向かっていたが、オレが途中この森にある鍛冶屋に寄り道をした後別行動になっていた。…貴様ら人間からしたら信じられんかもしれんが……もしアイツの仲間だということを疑うというのなら証拠もあるぞ」
そう言って懐から取り出したのは、紛れもなく、昔から彼女のトレードマークだった黄色いはちまき。
それを見ながら、そう言えば朝に身につけて無かったことを思い出す。あの子が親から譲り受けたらしい大切なはちまきを軽々しく他人に預けるなんて……ニワカには信じ難いけど、もしかしたら本当にそうなのかもしれない。
「どうだ?これでもまだ信じられんか?」
動かぬ証拠?を目の前にして、私は混乱しつつも「それなら案内させていただきます」と了承するしか出来なかった。
(ベリー、取り損ねちゃったな)
…………
木々が重なって薄暗く静かな森の中を、魔族……ラーハルトさんと一緒に歩いて行った。
名前は案内の途中で教えてもらった。流石に魔族さんとは呼べなかった私が恐る恐る聞いたら、案外あっさりと名前を教えてくれたのだ。
それ以外、会話は無い。ただスタスタとお互い無言で歩いているだけで。
普通に名前を教えてくれたり、現に私の後を歩いている彼女は背後から不意打ちで襲ってくるような様子は無いから本当に悪い人ではないのはわかってはいたから幾らか安心していたものの、流石に長時間の無言はキツい。緊張で道順を忘れてしまいそうだった。
だから私は思い切って彼女に話しかける事にした。話題はその時に適当に考えればいっか、なんて思いながら。
「あの、」
「おい」
か、被った………!!
また気まずい雰囲気が空間を漂う。
「す、すみません!お先にどうぞ…!」
私は急いで話を譲る。彼女は「ふんっ、」と鼻を鳴らしてから話を続けた。
「貴様はアイツの、…ポップの知り合いかなんかか」
「あ、はい…。ポップちゃんとは幼馴染で…」
「ほう」
「えっと…よく、遊びに行ったりしてて…」
彼女は「ふん」とか「ほう」とか時々短い相槌をうちながら黙々と私のポップちゃん昔話を聞いていた。
昔、村の木で木登りをしていて登ったのはいいが降りるのが怖くてジャンクさんが助けに来るまで大べそかいていた事、
私特製のベリーパイにドハマりして一時期毎日ウチに来ていた事、
村の男の子達に私や他の友達が揶揄われていた時に、強がった震えた声で必死に追い払ってくれた事、とか。
話だしてるうちに楽しくなってきて緊張もだいぶ解れてきた私があれこれ話していたその時、ラーハルトさんが突然くくっ、と笑みをこぼした。
さっきまで無愛想だった彼女の突然のことに私は軽く驚いて、思わず話途中で止まってしまった。
「……すまんな、話に出てくるアイツがあまりにも可笑しくて思わず笑ってしまった」
「あっ、いえ…ポップちゃん、昔からおてんばで危なっかしくて…多分旅先でも相当苦労したんじゃないかな」
「それはアイツと相手、どっちの事を言っている?」
「両方です」
「……ふふ、そうだろうな」
また笑った……。どうやら互いにあった警戒とかはもうそこには無かったと思う。
微かに笑ったラーハルトさんは魔族だからとかは関係無くとても美しくて、まるで繊細な絵画の様で……私は思わず立ち止まって見惚れてしまった。
それに気付いた彼女がすかさず表情を戻してどうした、と聞いてきたので我に返り、「なんでもありません」とまた歩いた。
ああ、今のどうしたっていう声も綺麗だったな。言葉が少ないのが勿体無いくらいだな、なんて思いながら村に向かう道を"少し遠回りのルートで"歩いた。
………
「うおっ、ラーハルト?!随分と遅かったなぁ、それにお前さんまで…もう夕暮れ時だぜ」
「なんなんだあの森は…それはそうと、この女はお前の知り合いだな?この女に案内をしてもらって漸く辿り着いたところだ」
「ははは、お前さんも大変だなあ。大丈夫だったか?コイツ、コワモテだから初めて会った時びっくりしただろ」
「チッ……一言多い奴め」
「あ!それよりオメーおれのはちまき返せよ!アレがねぇと落ち着かねーんだよ!」
目の前で繰り広げられる一連のやり取りを私はただボーっと見つめるしかできなかった。
ラーハルトさん、本当にポップちゃんの仲間だったんだ…。
なんだか完全に蚊帳の外な気がして私はそそくさとその場を離れようとした。その時、
「おい」
急に肩を掴まれたので今日何度目かの間抜けな声を出して振り向いた。
私の肩を掴んだラーハルトさんのもう片方の手には、何かが入った中くらいの皮袋があった。
「貴様、元はといえば実を採りにきたんだろう。オレに付き合わせてしまった礼…とでも言っておこうか、少ないかもしれんが受け取れ」
皮袋を受け取って中を見てみると、ぴかぴかの新鮮なベリーが袋いっぱいに入っていて。
「あっ……ありがとうございますっ!!」
私は慌ててお礼を言った。
「これで、あの、美味しいベリーパイ…作ります!」
そう言った瞬間、ポップちゃんの目が輝いて「ベリーパイ!?やったー!!」と大きくバンザイして喜んだが、ラーハルトさんはそんなポップちゃんの頭を軽く叩く。なんか漫才みたいだねって笑いながら、私はラーハルトさんの顔を覗き込んだ。
「あの……もし作ったらパイ、食べてくれますか…?」
ラーハルトさんは出会った時と同じような無表情で、
「気が向いたらな」、と一言そういってくれた。
「あー!ずりぃよ!おれにもねぇのか!?」
「ふふっ、もちろんポップちゃんの分もあるよ」
「ほんと!?やりぃ!!」
そう言って子供みたいに喜ぶポップちゃんは、そのままラーハルトさんの手を取り私に手を振ってこう言った。
「おれ達、実家の武器屋に数日間いるからいつでも会いにきてくれよな!」
そして、そのままラーハルトさんを引っ張って走り去っていってしまった。
私も手を振りかえして、二人が見えなくなるまで見送った後に力が抜けたかのようにぺたりと地面にへたり込んだ。
ラーハルトさん、私の為にベリーを採っててくれたんだ…。
パイ食べてくれるって言った…。
最初は魔族だし怖いなって思ってたけど、優しい人なんだな……。
「はぁ……………」
「好きになっちゃった、かも…………」