ヌヴィフリ 終わりよければ全て良し④ 翌日、ヌヴィレットと旅人、パイモンはエリニュス島にあるエピクレス歌劇場に向かっていた。
パイモンはフワフワと飛びながらヌヴィレットに話しかけた。
「待ち合わせ場所は確か、エピクレス歌劇場だったよな。どうしてフォンテーヌ廷じゃないんだ?その方が移動がなくて楽だと思うんだけど……」
「フォンテーヌ廷では私は人目を浴びてしまう。それではフリーナが落ち着いて話ができないと思い、フォンテーヌ廷の外を指定させてもらった」
「なるほど……へへ、フリーナ、喜んでくれるといいな」
パイモンはヌヴィレットの手にある紙の小袋を見て、ニヤリと笑った。小袋の中には昨日ヌヴィレットが仕事終わりに摘んできた、とある花が入っている。
ヌヴィレットは遠くに見える歌劇場の方を向くと、
「ああ、彼女に喜んで貰えれば幸いだ」
「大丈夫、ヌヴィレットの気持ちは伝わるよ」
旅人はヌヴィレットを安心させるよつに優しく微笑んだ。
3人は待ち合わせ場所に向かって歩き始めた。談笑しながら歩くこと数分、パイモンが突然塀の外を指さした。
「ん?アレって――ヒルチャール!?何でこんなところにいるんだ!?」
黒い身体に毛むくじゃらの顔に不思議な面をつけた魔物、ヒルチャール。彼らはテイワットの至るところに存在している。
パイモンが指さした先には3人(匹?)のヒルチャールがいた。こちらには気がついていないようで、木の枝を拾っている。
「何をしてるんだろう……あ、もしかして、拠点を作ろうとしてるのか?」
「ああ、なにか企んでいるらしいな。ここは下手に手を出さず、何をしてるかを確認するのが良いだろう」
「そうだな、ついて行ってみよう!」
3人はこっそりとヒルチャール達の後をつけることにした。ヒルチャール達は木の枝や小石を拾い、どこかに運んでいるようだった。
さらに奥に進むとヒルチャール達の群れがおり、その周辺には監視塔が2つ建っていた。
「こんなところ監視塔を建てるなんて、人が迷い込んだら大変だぞ!……というか、何でヒルチャールはどこにでも監視塔を立てるんだろう?」
「きっと高いところが好きなんだよ」
「それ、昨日も聞いたぞ!」
パイモンのツッコミが大きな声で旅人にツッコミを入れると、ヒルチャール達が一斉に振り向いた。「ヤー!!」と叫び声を上げ、ヒルチャール達は武器を構える。
「ひぃ!気づかれたぞ!」
「大丈夫、ヒルチャールなら敵じゃない」
「そ、そうだよな。旅人はヒルチャールなんかに負けないんだぞ!ヌヴィレット、時間は大丈夫か?何ならここはオイラ達に任せてくれても大丈夫だぞ」
「いや、問題はない。早急に終わらせる」
そう言うとヌヴィレットはヒルチャールに向けて手を伸ばした。すると、手から水色のビームが放たれる。ビームは監視塔ごとヒルチャールを吹き飛ばしていく。
その様子を見たパイモンはブルリと震え、
「何だか、今日のヌヴィレットはいつも以上に容赦がない気がするぞ……」
ヌヴィレットの攻撃が当たらぬよう、必死に旅人の背に隠れたのだった。
※※※
ヌヴィレット達がヒルチャールの監視塔を発見した頃。ナヴィア、クロリンデ、フリーナの3人はエピクレス歌劇場から北東にある丘にいた。
ナヴィアは待ち合わせ折りたたみ式は丸テーブルの上にクロスを敷き、クロリンデは花を飾った。その横をフリーナは忙しなく行ったり来たりしながら、ブツブツと何やら呟いている。
「大丈夫、大丈夫だよフリーナ……頑張るんだ……」
「流れを確認すると……まずエピクレス歌劇場でヌヴィレットさんと待ち合わせ、フリーナがうまくここまで誘導、そしてサプライズお茶会!うん、完璧ね!」
「完璧というより、ほぼ行き当たりばったりの作戦だと思うが」
「こういうのはノリよ、ノリ!」
「うう、緊張してきた……」
「あら、フリーナが緊張するなんて意外ね。舞台の前の方が緊張すると思ってたわ」
「プレゼントを渡すなんて初めてなんだ!それに相手は元同僚で……うう、何だが少し照れくさいんだよ。だから舞台とは別ベクトルの緊張感というか、恥ずかしさというか……」
フリーナは頬を赤らめる。
その愛らしい仕草にナヴィアはニッコリと微笑んだ。
すると、
「あれ、遠くから人混みが近づいてくるわね。何かしら?」
「待て、あれは人混みじゃない」
よく見てみると、黒い身体にモフモフの頭部が目に入った。あれは――、
「な、何でヒルチャールがこっちに来てるんだい!?」
「よく分からないけど迎撃よ、ファイヤー!」
突然襲来してきたヒルチャールに向けて、ナヴィアは大砲をぶっ放した。大砲は何匹かのヒルチャールに直撃したが、如何せん数が多く、大半のヒルチャールはそのままこちらに向かってくる。
クロリンデは群れの中に飛び込み、素早くレイピアを振るう。
しかし、
「くっ……!数が多い……このままでは押し切られる!」
このままではせっか用意したお茶会が台無しになってしまう。それだけは避けなければ、クロリンデはレイピアを強く握りしめた。
「――!――!」
ヒルチャールの波をかき分けてやってきたのは、大きな斧を携えたヒルチャール暴徒だ。
「な、何でこんな時に限って……!うわあっ!?や、やめるんだ!これは大切なプレゼントなんだぞ!」
フリーナは必死に剣をふるい、ヒルチャール暴徒を迎撃しようとする。しかし、暴徒は槍を大きく振り上げ、フリーナ斬りかかろうと迫る。
すると、
「はあっ!」
「大丈夫か?ナヴィア、クロリンデ、フリーナ!」
「旅人にパイモン、それにヌヴィレット!?どうしてここに!?」
「話はあとだ、今は小奴らを殲滅する」
ビームが直撃し、ヒルチャール暴徒は倒れた。ヌヴィレットはフリーナを庇うように前に立ち、手をヒルチャールに向ける。
そして横にいるのは、旅人とパイモンだ。ヒルチャールの監視塔を破壊していた彼らは、ヒルチャールの大群を追いかけるうちにここまで辿り着いたのだった。
「さすが相棒、ナイスタイミングね!」
「感謝する、旅人!」
「よし、一気に終わらせちゃおうぜ旅人!」
一同は武器を構え直し、ヒルチャールへの群れへと向かうのだった。
※※※
「ふう、やっと片付いたぞ……」
空が少しずつ赤く染まる中、ヒルチャール達が去っていく姿を眺めながらパイモンが呟いた。
何とかヒルチャールを撃退することはできた上、お茶会のために用意したテーブルも無事だ。
戦闘でついたテーブルの埃を払うと、フリーナは満足げに、
「ふう、これでヌヴィレットのために用意したお茶会も無事に開けそうだ。よかった――」
「私のために?」
「ひゃあ!?や、やあ久しぶりヌヴィレット!元気にしたかい?僕に会いたいだなんて、僕は水龍すら魅了してしまうんだね!ははっ!」
突然ヌヴィレットに話しかけられたフリーナは肩をビクリと震わせた。そして大げさな身振り手振りで、まるで舞台上で演技をするかのように振る舞った。
その様子を呆れた様子で見ていたナヴィアは、ハッと気がつくとクロリンデと旅人の手を掴み、
「それじゃあ、後は2人にお任せして……行きましょ旅人、クロリンデ」
「ああ、そうだな」
「え?何でみんな帰るんだ?」
「あっちでお菓子あげるから行こう、パイモン」
「え?そ、それなら……じゃあなフリーナ、ヌヴィレット!」
空気を読んだ三人は、空気をイマイチ読みきれなかったパイモンを連れて木陰へと隠れた。
フリーナは数回深呼吸すると、
「こほん……僕が特別に君をお茶会に招待してあげよう。光栄に思いたまえ!」
「ああ、感謝する」
「……」
「……」
「うう……」
二人は席に座り、しばらくの間を無言のまま時間を過ごした。
何から話せばいいのか分からない。
何を話していいのかも分からない。
話したいことはたくさんあるのに、口が開かない。
ムズムズするようなもどかしさの中、フリーナが助けを求めるように木陰を見ると
「――、――!」
ナヴィアが口を動かし、懸命に何かを伝えようとしている。だが、それは声を聞かなくてもすぐに分かった。
――フリーナ、頑張れ!
「えっと、ヌヴィレット……こ、これは僕からのプレンゼントだ、受け取るといい!」
「これは……」
「お茶会には美味しいお茶とお菓子が必要だろう?だから僕が作ってきたんだ」
フリーナはヌヴィレットに白い小箱を手渡した。箱に入っていたのは稲妻のお菓子――水まんじゅうだ。本来ならラズベリーの餡を入れるが、この中には甘く煮たレインボーローズの花びらが閉じ込められている。
ヌヴィレットは水まんじゅうを一つ手に取り、口に運ぶ。冷たく、みずみずしい食感のすぐ後に甘い味が口の中に広がる。
「ど、どうかな……?」
「このような菓子はあまり食べたことがない。だが実に美味だ」
「本当かい!?よ、良かった……」
パアッと花が咲いたようにフリーナの顔が明るくなる。だが、すぐにコホンと咳払いをしてすまし顔をした。
すると、
「フリーナ、私からも君に贈り物がある」
「え?ヌヴィレットが僕にプレゼント…?」
「ああ、これを受け取ってほしい」
そう言うとヌヴィレットは紙の小袋をフリーナに手渡した。
中に入っていたのは、
「これって湖光の鈴蘭かい?花言葉は確か『待ち望む』、『永遠の約束』……」
「旅人から花言葉に思いを込めるべきだと教わったが、私にはそのようなことは不得意だったので言い伝えから花を選んだ。フォンテーヌでは水神エゲリアと純水騎士の逸話から、旅立つ人のために鈴蘭を贈る風習が今でも残っている。だからこそ、私は鈴蘭を君に贈るべきだと思ったのだ」
「……僕に?」
「君は旅人のように自由に生きるべきだ。もう何物にも縛られる必要はない。だから、新たな君の旅路に、この鈴蘭を贈ろう」
「……自由に……生きる……」
その時、二人の間を温かな風が通り過ぎた。フリーナの髪と鈴蘭の花弁が風に揺れる。
ギュッと、フリーナは鈴蘭の茎を握りしめた。青々と美しく、純粋な花。
――自由。
神座に座っていた頃は、自由なんて感じなかった。ただ息苦しくて、窮屈で、少し気を抜いたら泣てしまいそうになるような苦しさがあっただけ。
でも、
「うう、君はそういうこと平然と言っちゃうよね!心臓に悪いからやめてくれないかい!?」
「すまない。次から善処する」
「そうだよね、君はそういう奴だ!堅物だし、冗談が通じないし、真面目で……僕をいつも守ってくれた……」
フリーナは両手で顔を覆った。指の隙間からは真っ赤に染めた頬がチラリと見える。
「ごめん、すごく恥ずかしくて……なんて返せばいいか分からないんだ。君は僕をいつも守ってくれた。でも、僕は君に何も返してない。それって、すごく……不公平じゃないかい?」
そうだ。ヌヴィレットは自分のことを気にかけてくれていた。昔も、今だって。
それなのに、何も返していない。
何も、してあげていない。
それがもどかしくて、歯がゆくて、悲しかった。
するとヌヴィレットはフリーナの目を真っ直ぐに見つめて、
「では今度の君が主演を務める演劇を特等席で見物させてほしい」
「そ、そんなことでいいのかい?」
「ああ、今の君が演じる舞台を見たいのだ」
「……うん。分かった。フォンテーヌの大スターである僕の舞台を、一番の特等席で見る権利をヌヴィレットにあげよう!ふふん、光栄に思い給え」
「もちろん。その日を楽しみにしている」
「えへへ……絶対にその日は仕事を休むんだぞ!僕の舞台を見た後は、しっかりと感想を聞かせてもらうからね!」
フリーナは満面の笑みを浮かべる。その様子を木陰からこっそりと見ていた四人は、
「何だか私達、最後の方はおじゃま虫だったわね〜」
「でも、あの方たちの仲が良いのはいいことだ」
「なあ旅人、今回のオイラ達、ヒルチャールを倒してばっかりだった気がするぞ…」
「それもたまにはいいんじゃない?」
「そうだけど……ヌヴィレットもフリーナも、問題は自分たちで解決したみたいだし、オイラ達、あんまり出番がなかったな」
「そうだね。でも、よく言うでしょ」
不平を垂れるパイモンに、旅人はウインクをする。
そして夕陽を背に微笑んだ。
「終わりよければ全て良し、ってね」