ヌヴィフリ 終わりよければ全て良し③「ふう、ここまで来ればもう大丈夫だな」
シャルロットの追跡から逃れ、旅人達はパレ・メルモニアのヌヴィレットの執務室に避難していた。
旅人がヌヴィレットと向かい合うようにソファーに座ると、旅人の横でフワフワと浮いているパイモンが話を切り出した。
「それじゃあ、さっきの話の続きを聞かせてくれ。ヌヴィレットはどうしてフリーナに避けられてると思うんだ?」
「ああ。フリーナがパレ・メルモニアで働いているメリュジーヌ達に私のことを聞いて回っていたらしい。しかも私には内緒にしてほしいと念押しまでしていたようだ。……私は彼女に嫌われるようなことをしてしまったのだろうか?」
「ん?それってもしかして…」
パイモンはチラリと旅人を一瞥した。旅人も小さく頷くと、
「フリーナはヌヴィレットが嫌いだから避けてるわけじゃないと思う」
「うん、オイラもそう思うぞ!たぶんフリーナもヌヴィレットと同じだ!」
「同じ?」
「ズバリ、フリーナもヌヴィレットのために贈り物を用意してるんだ!だからパレハルモニアのメリュジーヌ達にヌヴィレットのことを聞いて回ってたんだ」
「それにサプライズしてヌヴィレットを驚かせたかったんだと思うよ。フリーナはサプライズが好きだから」
「ふむ……彼女はそんなことを考えていたのか」
旅人とパイモンの説得により、ヌヴィレットの表情が明るくなった。もちろん、ヌヴィレットをよく人物でなければ分からないほど微かに、だが。
すると、執務室の扉がノックアウトされた。ヌヴィレットの返事と共に入ってきたのは、
「ヌヴィレット様!それに旅人にパイモン!」
「コスンツァーナ!久しぶりだな!フォンテーヌ廷に来るなんて珍しいな!」
入ってきたのは紺色の髪を持つメリュジーヌ、コスンツァーナだ。背に籠を背負い、籠にはたくさんの赤い花が詰まっている。
「実はね、綺麗なお花をフォンテーヌ廷で働いているメリュジーヌにプレゼントしに来たの!ほら!」
ニコニコと嬉しそうにコスンツァーナは籠から赤い花――風車アスターを取り出し、3人に見せた。
コスンツァーナはエリナスにあるメリュシー村暮らしているメリュジーヌで、以前旅人は綺麗な花を咲かせたいと思っていた彼女を助けたことがある。その時、コスンツァーナに送ったのがモンドの花、風車アスターだ。
するとヌヴィレットは片膝をつき、コスンツァーナと視線を合わせた。
「一つ貰ってもいいだろうか?」
「もちろんです!どうぞ、ヌヴィレット様!」
「ありがとう。……ふむ、良い香りだ。これが、モンドの香りか」
「モンドは『自由』と『風』を大事にする国なんだ。だから風車アスターは『見える風』って呼ばれてるんだぞ」
「ふふ、旅人とパイモンもどうぞ!」
「ありがとう、コスンツァーナ」
旅人は風車アスターを受け取り、鼻近づける。コスンツァーナが育てた風車アスターは美しい赤色の花弁を持ち、甘く官能的な香りがした。
「それじゃあヌヴィレット様、ごきげんよう!」
コスンツァーナは一礼し、フォンテーヌ廷のメリュジーヌに風車アスターを配りに部屋を出た。
執務室に風車アスターの香りが漂う。心を落ち着かせる香りをしばらくの間を堪能していると、旅人は何やら思いついたようで、
「ねえヌヴィレット、フリーナへのプレゼントを花にしてみたらどう?」
「おお!それ、いいアイデアだな、旅人!」
「花?それでよいのか、旅人」
「うん。花には花言葉っていうものがあるんだ。だから花言葉に思いを託して贈るのも素敵だと思う」
「花言葉に思いを込める……分かった、やってみよう」
「ヌヴィレットがどんな花を贈るのか、オイラも楽しみだぜ!」
こうしてフリーナに贈るプレゼントは花に決まった。
※※※※
同時刻、フォンテーヌ廷ヴァザーリ回廊のカフェ・リュテスにて。ナヴィアとクロリンデ、フリーナはテラス席に座っていた。そしてフリーナの向かい側に座っているのは、
「ふうん、それでうちに相談しに来たのね?」
銀色の髪に紅い瞳。ナースキャップに青を基調としたナースを着たメリュジーヌは穏やかに微笑んだ。
彼女は人に近い姿を持つメリュジーヌ、メロピデ要塞の看護師長シグウィンだ。普段シグウィンはメロピデ要塞にいるのだが、今日はメリュジーヌの友人に会うためにフォンテーヌ廷に出てきたらしい。
「コスンツァーナとの待ち合わせにはまだ時間があるから、ゆっくりお話を聞かせてくれちょうだい。ふふ、それにしても……」
シグウィンはテーブルの上に置かれた晶螺マドレーヌを一つ手に取り、口に含んだ。ゆっくりと咀嚼して飲み込んだ後、いたずらっ子のように微笑むと、
「フリーナ様が贈り物だなんて、何だか甘っ酸っぱい感じね♪」
「か、からかわないでくれ!こっちは真剣何だから!」
「ふふ、ごめんなさい。もちろん、うちが知ってるヌヴィレットさんのことを教えることはできる。でもそれは根本的な解決にはならないと思うの」
先程は打って変わり、シグウィンは真面目な顔で答えた。シグウィンの赤い瞳がフリーナを真っ直ぐに射抜く。その優しくも心を見透かす瞳に、フリーナはたじろいた。
「フリーナ様はヌヴィレットさんのことを知りたいって思ってるのよね、でも、うちがヌヴィレットさんのことを教えたって、そらは表面的にヌヴィレットさんのことを知ったに過ぎないわ」
「うう、確かにそうかもしれない……」
「フリーナはヌヴィレットさんのことを知らないって思ってるみたいだけど、きっとヌヴィレットさんもそう思ってるんじゃないかしら?だから、フリーナ様から歩み寄らないとダメよ」
「さすが看護師長、厳しくも的確な意見ね……!」
「感心してる場合かい!?その方法が分からないから悩んでるじゃないか!」
コーヒーを飲んでいたナヴィアはシグウィンの分析に感嘆の声をもらした。しかしフリーナはシグウィンからの助けが得られず、晶螺マドレーヌをいくつも口に放り込んでヤケ食いした。
するとシグウィンは不思議そうにに首を傾げ、
「え?方法ならもうあると思うけど……」
「へ?そ、そうなの?」
「プレゼントをヌヴィレットさんに渡すんでしょう?うち、プレゼントの本質は渡す相手に自分のことを知ってもらうことだって思うの」
「自分を知って貰うこと……」
「だからフリーナ様も自分が一番好きだって思うものをヌヴィレットさんに贈ればいいと思う。フリーナ様が一番好きなものってなあに?」
「僕が一番……好きなもの…」
晶螺マドレーヌを食べる手を止め、フリーナはしばらくの間思案した。
好きなもの。好きなものならたくさんある。
甘いお菓子。演劇。人々からの称賛。
でも、その中に自分が一番好きなものはあるのだろうか。
いや、好きなものならある。それは甘いお菓子よりも、演劇よりも、称賛よりも甘美なもの。
しばしの沈黙の後、フリーナはナヴィアとクロリンデを交互に見ると、頬を紅潮させて言った。
「僕は…友人達とお茶会をして……甘いお菓子を食べながら談笑するのが一番好き…かな」
「そうだ!手作りのお菓子とお茶会をプレゼントしたらどうかしら、フリーナ!」
「ええ、僕が!?で、でも上手く作れるかな……」
「大丈夫!私達も手伝うから!ね、クロリンデ!」
「私は菓子作りにそこまで詳しい訳では無いが……フリーナ様のためです。お手伝いします」
「ナヴィア、クロリンデ……ありがとう。僕、やってみるよ」
「ヌヴィレットさんは水が好きだから、パサパサしたものは避けたほうがいいかも。水っぽくて、サラリと食べられるお菓子がいいわね」
「水っぽいお菓子ねえ……そうだ、この前千織から教えてもらったお菓子があるんだけど――」
シグウィンの助言を受けてナヴィアはなにやら思いついたようで、フリーナに向けてウインクした。
こうしてヌヴィレットに贈るプレゼントはお菓子とお茶会に決まった。