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    asanomono

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    『Famous Day』
    新たな道を進むMTCの話。
    王がやられてバチ切れする双翼が見たかった。
    ※暴力表現等
    ※最新ドラパネタバレ注意

    2024/10/20〜21
    全年齢ハマCPなしwebオンリー
    Drown In The Blue3-Fall of You-の展示ですが、過去にpixivへアップ済の既存作品となります。

    #Drown_In_The_Blue3
    #MADTRIGGERCREW

    Famous Day「お前…随分ご機嫌な姿になってんじゃねえか」

     事務所に入るなり目を引いた白に、銃兎は呆れと心配を織り交ぜた溜息を零した。ただでさえ髪も肌もアロハも白く目立つ男から垂れさがる、包帯。ギプスに巻かれた腕を吊った左馬刻が心底不機嫌そうに鼻を鳴らす。よく見れば、その顔にも無数の傷痕があった。全く、暫く見ない内に随分はしゃぎやがって。

    「…っせ」

     若頭専用の椅子を軋ませながら、左馬刻がふいとそっぽを向く。その様子をつぶさに観察して、銃兎は眉を上げるとズカズカと歩み寄った。ずいと顔を覗き込むとピジョンブラッドが逸らされる。何かしら自分に非がある時の左馬刻の仕草だ。

    「何があった?話せ」
    「…俺様に命令すんじゃねえ」
    「今の私には、仲間を心配するチームメイトとしてあなたを尋問する権利がありますので。やらかした左馬刻くん?」

     クソが、と悪態をついた左馬刻は無事な左腕でどうにか煙草を取り出して咥える。マジで馬鹿なんじゃないかこいつは、何利き腕やられてんだ。火を点けるでもなく黙っていた左馬刻はやがて銃兎の無言の圧に耐えられなくなったのか、渋々と口を開いた。

    「海豹組の奴らとやりあったんだよ」
    「海豹組?なぜこのタイミングで。最近は大人しくしていた筈だろう」

     かつて火貂退紅と袂を分かち分裂した、火貂組と同じくらい歴史を持つ組だ。海豹組の組長は在りし日の火貂退紅とウマが合い暫く火貂組でシノギを上げていたが、その理念に決定的な違いがあり決別した。

    「まさかまだやってんのか。あの非人道的な暴力行為を…」

     チッと返ってきた舌打ちは肯定だ。元火貂組組員でもある現海豹組の組長は、力でねじ伏せることを圧倒的な正義だと考える男だった。強ければ勝つ。勝てれば正義。ならば、正しい。彼はその理念のもとに、捕らえた他の組員を凄惨な拷問にかけて殺してしまったり、ヘマをした組員を躾と称して暴行し再起不能にしたりといった不祥事を繰り返してきた。平和主義とまでは呼べないが人情を重んじる火貂退紅とは最終的に相入れず、結局のところ組長争いに敗れ組を去ったのだが、その後新たに海豹組という組を立ち上げてヤクザを続けている。流石に火貂組のシマは避けていたようで近年名前が挙がることも少なかった筈だが、今になってどうして。

    「一時的にマイクが使えなくなって、再び暴力がものを言う世界に戻った。そん時に、ウチの舎弟と海豹組の舎弟が揉め事を起こしたんだよ」
    「お前の部下なのか?」
    「直属ではねえが、まあそんなもんだ」

     例え顔も知らない末端であろうが、部下は部下でありその失態は上司である左馬刻の責任となる。そういえば以前、あまりにも知らないところで舎弟が粗相をするものだから、新しく入る組員は全員若頭との面談を必須にしたいとかなんとかぼやいてたな。コイツもコイツなりに気苦労は多いのだろう。

    「ふむ…、で?それとお前のその腕はどういう関係があるんだ」
    「……」
    「おい、今更取り繕ったってもうお前がやらかしてみっともなくボコられた事実は分かってんだからな。さっさと事の顛末を話して言い訳してみろ」

     そう捲し立ててやれば、左馬刻はぐうと唸り大人しく口を開く。

    「海豹組の奴らが、そん時のいざこざは火貂側に非があるとのたまってやがる。事情はどうであれ、最終的に火貂が海豹をノシちまってんだ。んで、あっちの組長が落とし前付けろだのなんだのっつって俺様を呼び出しやがった」
    「どこに」
    「…海豹組の本邸」
    「ハア!?」

     思わず左馬刻の顔をまじまじと見つめる。

    「それでのこのこ向こうの組に出向いたってか!?舎弟は?まさかお前一人で行ったんじゃねえだろうな!?」
    「っせえな、一人だよ悪いかよ」
    「お、っまえ‥‥!ハア~~、馬鹿だ馬鹿だとは思っていたがここまで馬鹿だったとは」
    「バカバカ言うんじゃねえよ」
    「馬鹿に馬鹿と言って何が悪い。で、一人で出向いたお前は落とし前にボコられた後、運よく帰ってこられたって訳か」
    「外に舎弟置いてってたんだよ。そいつらが途中でな」
    「…まさか止めに来たのか。ああいや、待機中の海豹組の舎弟が事の重大さにびびって伝えに来たんだな。結構やばかったんじゃねえのか」
    「…まあ」

     銃兎はこれみよがしに深々と息を吐くと、黒い皮張りのソファに腰掛けた。

    「ハ~~……。呆れて物も言えないな、とでもいいたいが。…お前、抵抗しなかったな」

     ここまでボロボロにされて、しかし五体満足で帰ってこられた理由がきっとそこにある。落とし前の為に無抵抗を貫いた左馬刻の覚悟を勝われたのか、流石に火貂組との全面戦争は避けたかったのか。或いは、止めに入ったという舎弟がよほど必死の形相だったのか分からないが。

    「あいつらの主張だと、先に手ェ出したのは火貂だ」
    「…はあ。…左馬刻」
    「あん?」

     キン、と重厚なジッポの開閉音が鼓膜を揺らす。まだ怒られるのかと目尻を眇めた左馬刻の咥えているライターへ火を点けてやれば、猫のように目を大きくした左馬刻が一呼吸おいて深く息を吸った。いつものように舎弟に点けさせればいいものを、包帯まみれのみっともない姿を見せたくなかったのだろう。久しぶりのニコチン摂取で落ち着いたのか、ほうと胸を落ち着かせる。

    「怪我は。…大丈夫なのか」

     心の底からの心配を滲ませたまま問えば、やや気まずそうな顔で口を開く。

    「問題ねえよ。利き腕使えねえのは不便だけどな。悪ィが暫くの間世話頼むわ」
    「言われなくてもそうするさ。理鶯には?」
    「まだ言ってねえ。この身体じゃ流石に山登んのはなあ」
    「俺が呼んでおく。お前の家でいいな」
    「…助かるわ」

     部下がヘマして落とし前にボコられて利き腕を折られたから世話しに来てください、と素直に言えない左馬刻の為に理鶯に連絡してやることにする。目の下にへばりついた隈を見ながら、「どうやら疲れているようなので滋養に良いものがあると良いかもしれません。あ、私は今ものすごく元気なので結構ですよ!」と付け加えることも忘れない。
     この分だと恐らく熱も出るだろうし、体温計やら冷えピタやら色々と買った方がいいかもしれない。
     道中にある薬局の場所を思い出しながら、銃兎はじっとりと汗を滲ませている助手席の男を家へ運んだのだった。







     てっきり少しヒビが入っただとか、掠り傷程度に殴られただとか。
     事務所にいた時の左馬刻が平然としていたものだから、銃兎は左馬刻を家に送り届けベッドに押し込み着替えを手伝おうとアロハを脱がせて絶句した。
     ギプスで固められた腕は、再度問いただすとボッキリ折れているらしい。骨折が原因でやはり熱が出ているのか、脂汗を流し呼吸を荒げている。頬に貼られたガーゼと同じようなものが全身に貼られており、随分手酷く痛めつけられていたことを目の当たりにする。
     電話で事情を説明すればすぐに山を下りてきてくれた理鶯も、左馬刻の身体を一目みるなり「随分手酷くやられたな」と眉を寄せた。
     部屋着用のスウェットに着替えさせられた左馬刻が「よう理鶯、悪いな」とあっけらかんとした挨拶をする。なんだか無性に腹が立ったのでべしんとその白い頭をひっ叩くと、汗の滲んだ額を押してベッドに寝かせた。

    「いってぇな」
    「大人しく寝てろ。一回熱計っておくか」

     もぞもぞと身を捩っていたが、道すがら寄り道した薬局で買っておいた体温計を脇に挟めば大人しくなった。その間に理鶯へ改めて詳細を説明する。心得たとばかりに頷いた理鶯がちょうど鳴り響いた体温計を左馬刻から抜き取ると、「38度。高熱だな」と共有してくれた。

    「はぁ…そう言われるとマジで熱ある気がしてくんな」
    「マジで熱あるんだから当然だろ」
    「左馬刻の為に、滋養に良いスープを用意してきた。寝る前に飲むといい」
    「え。りお、それって」
    「さあ、遠慮することはない。これを飲んでおけば、次に起きた時はいくらかましになっている筈だ」
    「うっ…りおりおりお、なんか匂いがヤベえんだけど、これ飲んで大丈夫なや、ン、グッ!」

     半ば強制的に傾けられた水筒の中身を否応なしに飲み込まされている左馬刻に聞こえないようにご愁傷様と呟き、飲み干して目を回している左馬刻へ布団をかけてやる。
     ゆっくり休めよ、とは心の中でだけ言い聞かせてやった。
     




     事が動いたのは、左馬刻の看病を始めて二日ほど経った頃だ。
     銃兎は仕事で署に詰めており、左馬刻の家にいた理鶯が買い出しの為留守にしていた、ほんの三十分程度の間。
     その間に、左馬刻は自宅から忽然と姿を消した。
     理鶯からの切迫した連絡を受けて、銃兎はすぐさま海豹組の動向を探った。先の混乱のさなか舎弟が起こしたという揉め事は、左馬刻が落とし前を付けたことで表面上は解決されている。だが操作の手を動かせば動かすほどに、どうして今まで出てこなかったのかと驚くほど海豹組の動向が浮き彫りになってきた。嫌な予感に眉を寄せたところでふとポケットに入れていたスマホが鳴り、液晶に映し出された名前を見てワンコールで通話に出た。

    「銃兎か」
    「理鶯、こちらでいくつか分かったことがあります」
    「そうか、小官もだ。すまないが一刻を争うかもしれない。今すぐ小官の言う場所へ来れるだろうか」

     ぐ、とスマホを握りしめる。理鶯の言う住所を頭に叩きこんで署を出ると、銃兎は愛車のアクセルを踏みしめた。
     理鶯に指定されたのは、とある路地裏にあるバーだった。表通りからは死角となる位置に入口があり、とても一見の一般人が入れる店とは思えない。最低限の灯りが点された背の低い通路を頭をぶつけないようにどうにか通り抜け、軋む木製のドアを開ける。表札にはopenの札がかけられていたが、営業中にはとても見えなかった。まだ半グレのアジトだと言われた方が信じられそうだ。埃をかぶったカウンターに座っている理鶯の背中が視界に入り、無意識にほっと息を吐く。カウンターに店員はおらず、ただ座っているだけの理鶯が振り向くと「早かったな」と呟いた。

    「ここは?」

     隣のカウンターチェアに腰掛けようとしたが、銃兎の姿を見るなり立ち上がった理鶯に踏みとどまる。そのまま店の奥へ続くドアに向かう理鶯へ、銃兎は慌てて声をかけた。

    「り、理鶯。どこへ行くつもりです?」
    「歩きながら話す。あまり猶予はない」

     入口と同じように天井の低い通路を、屈みながら理鶯に続いて移動する。思ったよりも奥まで続いている通路は薄暗くて、カビ臭さと僅かな硝煙の匂いが鼻についた。

    「このバーは、実際にはバーとして営業している訳ではない。カモフラージュとしてバーの体裁を維持しているだけで、この奥に海豹組の拠点の一つが存在する」
    「なんだって…?待て、では俺たちは今海豹組に突入しようとしているのでは!?」
    「そうだな。奴らの拠点はもう少し先だ。詳しい話をする前に、銃兎の情報を聞きたいのだが」
    「ああ、クソッ!海豹組は火貂組と対立しないよう、火貂組のシマは避けて活動していた。だが最近の動向を探ったところ、数カ月前から火貂組のシマでシノギを行ったり、乱闘騒ぎを起こしている。ちょうど、ヒプノシスマイクが停止になった頃だ」
    「ふむ。マイクが使えないのであれば、左馬刻のいる火貂組を恐れるものではないと考え始めたのか」
    「恐らくは。海豹組は武力や暴力こそ最大の力と考える組ですからね。左馬刻が落とし前を付けたという舎弟同志のいざこざも、元は海豹組が火貂組のシマを侵したことで起きた。まあ、先に手を出したのは火貂組だったらしいが」
    「なるほど。では海豹組側には、先の混乱に乗じて火貂組を制圧しようという魂胆があるということか」
    「海豹組の組長は、元は火貂組所属で組長争いで火貂退紅に破れている。可能性は多いに高いだろうな。今の火貂組で一番力を持っているのは、若頭である左馬刻だ。火貂組を落とすならまずは左馬刻を下す必要がある。…嫌な予感がするな」
    「…銃兎、恐らくそれは当たりだ」
    「理鶯?…っと」

     急に立ち止まった理鶯にぶつかりそうになり慌てて足を止める。どうやら突きあたりのようだ。ノブに鎖が巻かれたドアが行く手を阻んでいる。

    「海豹組の組長は、前回の落とし前の際に不慮の事故と称して左馬刻を殺すつもりだった。それを止めようとした海豹組の舎弟の末路は悲惨なものだったらしい。小官が買い出しに出ていた間に、海豹組から直接左馬刻に連絡が入っている。曰く、落とし前はあれでは足りなかった、と。そう言えば左馬刻は再び出てくると踏んだのだろう」
    「なに…?」

     ざわ、と肌が逆立つ感覚がした。ならば、まさか。

    「恐らくこの先に左馬刻がいる。…開くぞ」

     バチン!と理鶯がノブに巻かれた鎖を断ち切ると、勢いよくこじ開けた。開いた瞬間、噎せ返るような血の匂いにウッと眉を歪める。
     先ほどから虫の知らせのように胸を打っていた心臓が、目の前の光景に却って静けさを取り戻していた。
     理鶯がライフルに手をかけたガチャ、という音が、やけに耳に響いた。
     

     


     

    「おいおいどうした、火貂の若頭さんよお。そんなもんかぁ?」
    「ガッ…、ハ、ゲホッ、ゲホッ…」

     買い物に行くと言い理鶯が出かけている間ベッドで微睡んでいた左馬刻は、側に置いていたスマホの音で目を覚ました。未だ鈍痛を訴える折られた右腕に舌打ちをする。熱も引いていないようで、火照る身体に鞭打ってスマホを引き寄せた。クソみたいな通話を切ると、自由に動かせない左腕で苦心しながら着替える。内心で理鶯に謝りながら、左馬刻は一人ヨコハマの街へ繰り出した。
     呼び出されたバーの奥にある海豹組のアジトで、落とし前の続きと称して殴りかかってきた組長を吊られていない方の左腕で殴り返す。だが未だ傷の癒えない身体で抵抗できたのはそこまでで、後ろから取り付いてきた男に左腕を掴まれると、一方的なリンチが始まった。

    「あ~、いってえいってえ。まさか殴り返してくるとはなあおい。MTCは暴力は止めたんじゃなかったのか?」
    「グッ…ガハッ!ハァ、ハァ、…ふざけんな、理由もなく黙ってやられる訳ねえんだよ、ゴミムシ野郎が」
    「だぁから落とし前の続きだよ、つ・づ・き。まあお前が五体満足なら分からなかったが、そんなボロボロの状態でノコノコやってくるとはな。おかけでリンチもしやすくて助かるよ」

     クソが、リンチって言ってんじゃねえか。羽交い絞めにされたまま、頬を殴られて脳が揺れる。ぶれる視界の隅に、ニヤニヤと下卑た笑いを浮かべる組長が映った。視線だけで殺せるほどの鋭い眼光で睨みつける。

    「お~怖い怖い。嬲りがいのある男だぜ。さっさと殺してやろうと思っていたが、虐めたくなっちまうなあ」
    「ガハッ!!」

     鳩尾に重たい一発を食らい、ずるりと力の抜けた身体を地面に叩き落とされた。蟀谷が切れたのか、血が頬を伝う感触がする。うつ伏せになった後頭部を組長の革靴が踏みつけてぐりぐりと押し付けられた。

    「ア"、ッグ、」
    「知ってるぜ。先日中王区で、旧軍と中王区の衝突があったんだろう。それをお前らMTCが仲裁したこともな」
     組長は足に力を込めたかと思うと、勢いよく振り上げて思いっきり振り下ろした。ゴッと鈍い音が響く。
    「グア!」
    「その時旧軍が勝っていれば、再び男が支配する政権に戻ってよぉ…俺達ヤクザの時代が来たかもしれねえのによ。マッドトリガークルーはとんだ腑抜けちゃんになっちまったなあ。毒島は旧軍の人間じゃなかったか?ああ、お前の妹は中王区にいるんだったな。まさか情か?どっちの血も見たくねえってか。それとも、三人揃って平和主義者に転身か。散々手を汚してきておいて、今さらお綺麗な道を歩けるとでも?」
    「ハァ、ハァ、…ックク」
    「あん?」

     頭を踏まれたまま肩を震わせる左馬刻に、組長が眉を上げる。

    「腑抜けはどっちだ、よく喋るコウガイビル野郎が。新しい時代を背負う覚悟もねえ三下が…粋がってんじゃねえぞ」
    「…へえ」

     投げ出されたギプスに固められた右腕を組長が踏みつける。ミシリ、と自分の身体から嫌な音がした。

    「ぐ…!アアアァア!!いぎ、アッ…!」
    「い~い声だ。今度こそバキバキにいっとこうな」

     ミシ、ミシ。嫌な汗が頬を伝い血と一緒にコンクリートに沁み込んでいった。防衛本能で跳ねる身体を押さえつけられ、痛みに耐える為に折れるほど歯を噛みしめる。

    「オラ、よっ!」
    「がっ、あああああぁ!!」

     跳ね上がる自分の身体からボキボキと不快な音がした。弛緩した背中に組長がどすんと座ると、懐からナイフを取り出す。くるくると手慰みのように回ると、投げ出された左手の甲へ真っ直ぐに刺した。

    「アアァアァッ!!!」
    「もう両腕は使えねえなあ。なあ、所詮お前はヤクザである限り、血に濡れた道から抜け出すことは叶わねえのよ」

     プッ、と吐かれた唾が左馬刻の頬を汚す。激痛に朦朧とする意識の中で、必死に組長を睨みつけた。

    「世の中にゃあ、力で分からせねえと理解できないお馬鹿さんがわんさかいる。力こそ、暴力こそ正義だ。勝ったやつが全て正しい。分かるか?つまり今ここで地べたに縫い付けられてるお前より、俺の方が正しいってことだ」

     組長が合図を送ると、周りに控えていた舎弟が長ドスを差し出す。受け取った組長がすっと構えると、左馬刻の心臓に照準を合わせた。

    「これで仕舞いだ。少しでもいい子ちゃんになれると思った自分を恨むんだな」

     息が、し辛い。左馬刻はナイフが刺さったままの左手を握りしめると、渾身の力を込めた。千切れたっていい。骨がバラバラになったっていい。何が正解で、何が過ちか。そんなもの、左馬刻だってまだ分からない。
     ただ、それでも。
     暴力で全てを解決する世界では、妹が幸せになれないことに気づいた。
     不正な権力がのさばるだけの世界では、ヤクを根本から消すことはできないと分かった。
     武力が制圧するだけの世界では、真の平和は訪れないことを知った。
     だから、泥に塗れても、血で全身が汚れても、三人で足掻くと誓ったのだ。
     振り下ろされる長ドスが心臓を貫く、その寸前。ギィ、と軋んだ音がやけに部屋に響いて。

    「これはどうも。お取込み中でしたかね?」

     耳慣れたその声に、左馬刻は「おせえよ」と呟いたのだった。

     




     
     

    「これはこれは。まさかMTCが勢ぞろいか」

     血だまりの中。朱に染まった身体がぐったりとうつ伏せになり、左手はナイフで縫い付けられている。汚れた頬。鈍い反応。
     ──ああ、こんな感覚は久しぶりかもしれない。

    「ちょうど今、碧棺を殺すところだったんだ。ああそうだ、入間、毒島。コイツを殺したら、海豹組と手を組まないか?」
    「‥‥‥」
    「勝ったのは俺だ。なあ、ならば俺の方が正しい。コイツの甘ったれた理想はここで終わるんだ。俺と来た方が、お前らの夢だかなんだかも叶うだろうよ。知ってるさ、お前らは有名人だからな。ヤクの撲滅のためならどんな汚い手段も厭わない悪徳警官と、軍の復活を目論む戦闘狂だろう?今からでも考え直して、「──れ」
    「あ?」
    「黙れと言ったんだ、ゴミムシ以下のクズが」
     ドンッ!
    「──あ?ぎゃ、ぎゃああ!」

     一呼吸遅れて、組長が貫かれた腕を押さえ込む。理鶯のライフルがノー合図で二の腕を打ち抜いたのだ。
     カツ、カツ、と革靴の鳴らす音が鼓膜を揺らし、組長との距離を詰める。

    「今すぐその汚ねえ足をどけろ」

     ガンッ!と鈍い音が響く。重たい蹴りを入れられた組長が左馬刻の上から転げ落ちて無様に倒れ込んだ。

    「ぐッ!この、テメぇ、あがッ!!」

     起き上がろうとした組長の横っ面を再び蹴りつける。崩れ落ちた頭を踏みつければ、理鶯のライフルがその頭に狙いを定めた。

    「ま、まて、待て!お、お前らやっちまえ!」

     茫然としていた海豹組の舎弟たちが、その合図を皮切りに襲い掛かる。ちら、と背後にいる理鶯に目線をやれば、心得たとばかりに頷いた。ヒプノシスマイクを起動する。ああ、今の俺に加減ができるだろうか。


    「あ……、な…、お、お前ら、腑抜けになったんじゃ、アガ!」

     マイクで一掃された舎弟達を尻目に、さらに距離を詰める銃兎から逃げるように後ずさる組長をもう一度踏みつけた。銃兎の攻撃から左馬刻を守っていた理鶯がライフルを構えれば、ひっと情けない声を上げる。暴力こそ強さ。強さこそ正義。勝った方が、正しい。そんな思想だからこそ、負けた時はこんなにも弱い。

    「どうやら、何か勘違いをしているようですが」

     携帯しているニューナンブを構える。手のひらに感じる鉄の重みは、命の重みよりも随分と軽いのだろう。それを知らない組長は、冷たく自分を狙う二丁の銃にいよいよ命乞いを始め出した。

    「お、おいっ!暴力はしないんじゃなかったのか!?なあ!争いはやめたんじゃ、グヘ!」

     ニューナンブのグリップで喚く横っ面をぶん殴る。ぎり、と手のひらに力が籠った。

    「"力"の使い方を変えるだけだ。ふふ、ヤクザと警官と軍人が、金輪際人を殴れない非暴力集団になったとでも?──笑わせるなよ」
     ガン!
    「グハッ!」

     目の前に転がった組長をライフルで追いかけた理鶯が、安全装置を外す。ヒ、と再び情けない声が上がる。

    「お前は左馬刻に唾を吐いた。MTCを侮辱した。──力を使うのに、十分すぎる理由だな」

     大切な仲間を侮辱され傷つけられて、黙っている訳がないだろう。
     ダァン!と銃声が、一発。辺りに硝煙の匂いが立ち込める。

    「ああ、そうそう。言い忘れていましたが」

     顔面の真横すれすれに命中した銃弾が床に穴を開けた。

    「俺達の王はコイツ以外にあり得ない。お前の言う甘ったれた理想を本気で実現しようと足掻いている、この馬鹿以外にはいねえんだよ虫ケラが」
    「銃兎、もう失神している」
    「おや、これは失敬」

     ニューナンブを仕舞うと、二人の逆鱗に触れた男への興味は失ったとばかりに振り返り駆け出した。銃兎と同じようにライフルを仕舞った理鶯が左馬刻に声をかける。

    「左馬刻、ナイフを抜くぞ。少し耐えろ」
    「ぐ…ぅ、あ…!」

     ずる、と理鶯が左馬刻の手に刺さっていたナイフを抜き取る。素早く止血すると、右腕に添え木をして手早く包帯を巻いていった。浅い息を繰り返すだけの左馬刻は、痛みに耐えながら視線を宙に浮かべる。

    「……悪ぃな」

     ぽつり。吐き出された言葉に、銃兎ははあ、とため息を零す。

    「俺達を頼らなかった謝罪なら受け取るが。まずは傷を治せ」
    「そうだな。右腕と左の手のひらは暫く痛むぞ、左馬刻」
    「げ…、まじかよ。今は痛くねえんだけど」
    「アドレナリンで麻痺してるだけだ。抱えるぞ」
    「うおっ」

     理鶯からスカーフを受け取り、担がれた左馬刻のぷらんと下がる腕を括る。ついでに汚れた銀糸をくしゃりと撫でた。

    「…親父に謝らねえとな。海豹組ノシしまったって」
    「そんときゃ俺も謝るさ」
    「小官も謝ろう」
    「ふ、ははっ…そーかよ」

     天井の低いカビの生えた通路を進んでいく。鼻の歪む汚れた匂いと、嗅ぎ慣れた鉄の香り。俺たちの道は、いつだって、真っすぐで綺麗ではなかった。きっと、これからも。

    「なあ、ラーメン食いに行かねえ?」
    「はあ?その前に病院だろ、このボンクラ」 
    「じゃあ病院行ったらラーメンな。腹いっぱい食いてえ」
    「小官は味噌ラーメンがいい」
    「理鶯まで…。ったく、事後処理どうすんだよ」
    「じゃあウサ公は来なくていーぜ」
    「行くに決まってんだろ。餃子も頼んどけよ」

     またハハッと笑った左馬刻が理鶯の背中で身体を揺らす。ボロボロの床がキィと軋む音がした。振り返れば、たくさんの返り血がこびり付いている。汚れた道を進むことに、変わりはないのだ。いや、これまでよりももっと困難で厳しい道を歩もうとしているのだろう。銃兎は満身創痍の左馬刻へちらりと視線をやる。きっと、これは俺たちの序章に過ぎない。ただ力を行使すれば目標に近づけた今までよりも、傷つくことは増えるのかもしれない。
     それでも。

    「…どこまでもついていってやるさ」
    「あ?なんか言ったか?」
    「なんでもねえよ」
    「小官もだ」
    「あ?だからなんだよ」
    「なんでもない」
    「ああん!?」

     あ、ヤベえ、腕痛くなってきた。理鶯に促されるままに、痛みに耐えるため肩に噛みついている左馬刻の横顔を流れる汗を、ハンカチで拭ってやる。
     無人のバーを通り抜けて、軋むドアを開けた。

    「うおっ、まぶしっ」

     外は真夏の太陽が照り付けて、じりじりとアスファルトを焼いている。躊躇うことなく一歩踏み出した三人の背中を、雲一つない青空が、じっと見ていた。






                  ──End
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