Help! 某キャリアのコールセンターに勤めてウン年。毎日かかってくる老若男女の相談やクレームを受けながら推しのために今日も今日とて電話を受けている。ああ、推しが励ましてくれればもっと頑張れるのに…。そんな考えを一瞬で遠くへ追いやりヘッドセットを着ける。サクサクと数件をこなし、次の電話で小休憩を取ろうと決め電話を取る。
「お電話ありがとうございます。本日はどのようなお問い合わせでしょうか?」
「携帯の操作でわからないことが数点ありまして……。問い合わせはこちらの窓口であっているでしょうか?」
「ではそちらの確認含めてお伺いさせていただきますね。ご契約内容の確認のため――」
読み慣れて見なくてもスルスル出てくるスクリプト通りに口を動かす。電話口から聞こえてきた名前に思わず手が止まる。
「俺の名前は風早巽と言います。電話番号は――」
――え?今風早巽って言った?私の推しと同じ名前だが?
突然の出来事に混乱しながらも染みついたルーティンでメモを取り必要事項を確認し終える。
「ありがとうございます。では風早様、本日のお問い合わせ内容を詳しくお伺いさせて頂きますね」
「えっと、聞きたいことをメモしておいたのですが……どこに保存したのか調べるので少々お待ちいただいてもよろしいでしょうか?」
「はい、大丈夫でございますよ。ゆっくりお探しくださいませ」
「ありがとうございます。えっと……あ、これですな。まず一つ目が“写真をこれ以上保存できない”と表示が出るようになってしまいまして。写真を撮りたいのですがどうすれば良いでしょうか」
一個目からめっっっっっちゃおじいちゃんみたいな内容きた……。同姓同名の人間だと思ってたけどやっぱり契約内容とか相談内容とかその他諸々からやっぱり本人としか思えない……!
「“写真をこれ以上保存できない”と表示が出るようになってしまいお困りということですね。他にお困りの内容も先に伺いますね」
「最近、妙なメールが届くようになってしまいまして……」
「いわゆる迷惑メールでしょうか?そちらが届かないようにされたいということですね」
「はい。こちらは何か複雑な手順や料金等はかからないものでしょうか……」
「大丈夫ですよ、順番にご案内致しますね。ではまず――」
開いたマニュアルに沿って手順を一つずつ教える。テレビなどでも機器の操作が苦手だと言っていた彼でも流石にわかるだろう、と私は思っていた――。
しかし、彼の機械オンチ度はオタク達の、私の想像を超えていた。九十代のおじいさんに教える時くらい噛み砕いた説明をしているはずなのに、電話口の向こうで?を浮かべている様子が目に浮かぶ。
お宅の子供たち(主に藍良くん)や伴侶はどうした…!もう彼らに聞いてくれ……!という気持ちを抑え一つの提案をする。
「えー…風早様…、あのよろしければリモートサポートというものをさせていただけないでしょうか……」
「リモートサポート…?それはどういったものでしょうか」
「私どもの方で風早様の端末の画面を一緒に見ながら操作案内させていただくものです。ご希望であればこちらでできる操作を代行することも可能です」
「ふむ、実際に操作の説明をしながら実践していただけるんですな。是非お願いします」
――よし!なんとか話を持ち込めた…!リモートさえ繋げれば本人に画面遷移を見せつつ教えれる……。
そうしてそこからサポートを繋ぐための手順に苦戦しつつもなんとか成功した。
「設定のここ開かせていただきますね。…はい、これがこれ以上写真が保存できない原因ですね」
「ふむ、ストレージ?というものの数字をほぼ最大まで使ってしまっていますね」
「はい。この状態になると写真を保存できなくなったり、新しいアプリを入れられなくなったりします。コップのフチギリギリまでお水が入ってるような状態ですね」
「なるほど。では写真を保存するには中のお水を減らさないといけないということですな」
「左様でございます。なので今回の場合だと不要な写真だったり、使ってないアプリを消すかPCなどに移すしてストレージを開けるとまた写真が保存できるようになります」
そこからなんとか操作方法の習得に苦戦しつつも最終的に目的を全て果たすことができた。
いちオタクとしてはサポート中にアルカの表に出てこないオフショ見れたのが眼福すぎる…。年下組のあーん写真尊すぎる……。
「仲間と、友人たちといる時間が長くとても楽しくてついたくさん撮ってしまうんです。…とはいえ流石にブレが酷いものや間違えてインカメで撮ったものは消さないとダメですね。ふふ、選別にはなかなか骨が折れそうです」
ってすごい優しい声色で話してる時泣きそうになってしまった。マジでアルカてぇてぇすぎるよ。
そしていちオペレーターとしては今まで散々いじられていたことが――風早巽の機械オンチがまさかこれほどまでとは思わなかった。今までテレビで見てきた通りの人柄であったことは嬉しく思うがこの仕事ではとても厄介な人間であることを痛感した。頼む、もう少し頑張れ。私より若いんだから……。
「これで操作案内は以上となります。何か質問やご不明点はございませんか」
「いえ、大丈夫です。ここまで丁寧にありがとうございます。とても助かりました。お仕事頑張ってくださいね」
「ありがとうございます。無事解決できてよかったです」
そうしてエンディングトークとアンケートの案内をして最後にもう一度名乗り終話する。通話が終了したのを確認してから少し乱雑にヘッドセットを外す。
さっきまでの通話内容を簡単に記録に残し保存し、頭の中で彼の声を反芻する。
「めっっっっちゃいい声だった……。しかも何回もお礼言ってくれたし良客じゃん……。いやでもめっちゃ苦しめられたが?でもやっぱ良かった……。最後に“お仕事頑張ってください”って応援されたし……」
といった具合に私の思考は無限ループしていたが、よくよく考えると最推しと仕事とはいえ一対一で長時間話せたという事実が強すぎる。ヨントンを軽く凌駕していくボリュームだった。すごく知り合いに言って回りたいが墓まで持っていくことを決意し、私は休憩へと向かった。
休憩室で更新された風早巽の投稿を見て私が悲鳴を上げたのは別の話だ。