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    しゃがんで

    @d4tBUPqu4aYo6ai

    まとめ

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    しゃがんで

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    ありえない書きかけです。

    「汚ねえ部屋だな」
    「仕方ねーだろ。誰かさんのせいでもっと忙しくなっちまってよ、片付ける暇なんてねえっての」
     この金髪野郎は口を開けば文句しか出てこないのかと思う。まあ、こいつの言ってることはあながち間違いじゃなかった。足の踏み場が無いことはないが、誰がどう見たって客を招ける部屋じゃねえ。片付けでもすれば良かったかって普段ならありえねーって思う程には後悔を感じた。だが、高校三年生であるオレにはとにかく時間がなかった。
     高校三年生といえば受験やら就活やら、そういうくだらねえモンで焦って騒いでるイメージが強い。というか実際そうだ。だがオレは音楽に忙しかった。ギターに忙しかった。掃除する時間があるならギターをかき鳴らしてた方がずっと為になるしカッコイイ。ま、正直なところ面倒くさかっただけだけど。とりあえず俺は次のライブに向けて、ギターと書いて人生と読むその存在を極めることに必死だった。とにかく忙しかった。
     そして新たに増えたオレの「忙しい」の要因が、仏頂面で部屋を眺めている形兆だった。無愛想で話もろくにしねーし、正直ぞっとしない。自分は折角の「選ばれた者」なんだから、もう少し丁重に扱ってくれてもいいんじゃねーの?? んな事言ったって無駄に決まってる。頭堅ぇやつはそーいう無駄な一言が気に入らない。しかしオレはその無駄をすげー愛してたので形兆はオレのことも気に入らないらしい。オレはため息をつかれた。
    「こんな要らねえモンばっか部屋中にあって、よくイライラしねえよな」
    「それ褒めてくれてんの?」
    「んな訳無いだろ」
    「でもコレ、あんたのせいなんだぜ」
    「あぁ?」
    「なんせ元々物多かったのに、『こいつ』が来てからもっと増えたんだからな。あんたの言う、無駄ってやつが」
    「……その『こいつ』って奴で盗みか?」
    「おう」
     床に散らばってた音楽雑誌を拾い上げながら、オレはビリビリと音を鳴らし、何も無い手のひらに電気を纏わせた。少しピリピリする感覚が異次元の事すぎてまだ慣れない。手のひらから腕にかけて薄い電流が体内を駆け巡り、ついに長い尻尾を持った「こいつ」を出現させた。
     あんたの言う、スタンドって奴だろ? そう言ってそれの頭を撫でる。実際には触れるなんて出来てないんだろうけど、なんとなくと言った感覚が手のひらある。ステージ上を連想させる照明みてーな光がオレの部屋を照らした。これは形兆がオレに与えた光だった。スタンドは拾い上げた雑誌を電気と同化させ、本棚に戻した。こいつはそういう能力を持ってる。というか、俺が考え出した。随分と便利なもんだよなあとつくづく思う。
    「このギター以外はほとんど盗みもんだな。ま、これもくすねた金使ってるしよ、大して変わんねーけど……」
    「くすねたって、誰からだ」
    「んー、親父」
    「……親父?」
    「そ。おれバイトしてねーからよ、小遣いか盗むぐらいしねーとすぐ金欠になっちまうんだなー」
    「…………」
     こんなロックなオレも実家暮らし……。本当はいち早くにでも上京しメジャーデビューして、スーパー・ウルトラ・ギタリストを目指したかったのだが、卒業云々の前に金銭的な問題もあったから両親から却下された。気持ちだけ先走っても、金がなけりゃなんも出来ねーことはよく分かってたから、素直に従ってやった。と言っても、オレは杜王町が嫌いじゃなかった。上京するのも惜しいなと思いつつも、人生かけた夢へ突き進むには必要なことだし……よぉするに、早く金貯めて家を出たかった。
     オレの家庭に大きい問題は無い。親が共働きってのはあるけど、仲悪ぃとか病気とかでもない平凡な家族であった。平凡な親に平凡な家。だからこそ、オレはキラキラと輝くものに憧れを持っていた。そしてギターはオレにとって大きな存在なのだ。
    「だからあんたには感謝してる。イヤア、財布盗んのも楽なもんだぜ」
    「くだらねえことに……」
     好きにしろって、オレを突き放したのは一体どこのどいつなんだろうな。先程も言った通り、形兆は無駄な一言が嫌いだった。暴力沙汰にはなりたく無い。形兆はスンとした見た目の割に短気なのだ。オレは黙った。
     肌身離さず持っていたギターケースのファスナーを下ろして、オレの宝物を定位置に下ろす。定位置と言っても、散らかったコードで足場が不安定なスタンド(能力のことじゃないぜ)に立てかけるだけだ。衝撃が起こると傾くので、できるだけ暴れたくは無い。
     自分のベッドに腰を下ろし、座るようにして寝転ぶ。椅子やらテーブルやらは物に占領されている。唯一散らかり具合がマシなベッドの上で作業するのが殆どだったオレは、なんの躊躇もなく「座れよ」と突っ立っている男に言った。
    「荷物はベッドの上置けよ。他に置く場所ねーし」
    「どこに座るんだ」
    「あ? ここだよ、ここ。おれの隣は嫌かい?」
     鞄やら何やらを置いた形兆の手を、ほら、と無理やり引く。パシッと振りほどかれるかと思っていたが、案外すんなりと受け答えてもらえた。それでもこいつは怒ってるよーな顔してる。ベッドのスプリングが思い切り軋む音が聞こえた。まあ、流石に壊れはしないだろう。フラグとかじゃなくってよ。
     多分形兆は、オレの隣に座ることが嫌だったんじゃなくて、ベッドに座んのが不快なのだろう。多分。隣の彼が不機嫌ですって顔してマットのシーツを伸ばすのを見て勘づいた。ニヤニヤしながら形兆の横顔を見上げる。
    「ずっとソワソワしてんな」
    「気になって仕方がねえんだよ。どうしたらベッドの上まで散らかすことができるんだ」
    「誰だってベッドの上でだらけるだろ?」
    「そーいう話じゃねえ。隣に棚があんだから、CDぐらいキチッと仕舞え」
    「また聴くのにさあ、いちいち仕舞うの面倒くせえじゃん」
     几帳面な彼はありえないって顔をして黙った。言い勝ったと言うより、呆れられたと言うべきか。そんなに言うなら形兆が片付けてよ、と言うと、おれは家政婦じゃねえんだぞと返ってきた。
    「そもそもな、アルファベット順に並べてねーことが信じられねえよ。上下の向きすら揃えられねえのか?」
    「馬鹿、それお気に入り順に並べてんだよ。あとは適当」
    「気に入らん……」
     家政婦ってより母親みたいなことを言うのが面白くて、オレは思わず吹き出しちまった。何がおかしい、と怒りの声を上げても尚、テキパキと慣れた手つきでCDを並べていく。文句を言っていた割にはオレの言った通りのことをしてくれる。似合わねえその姿に底知れない面白さが込み上げてきて、オレはギャハギャハと声を荒らげて笑いまくった。
     
    ――――
     
     ボーッと寝転がりながらも本来の目的を思い出す。
     オレが形兆を家に連れ込んだのにはちゃんとした理由があった。それはオレの能力の成長を見せて、オレの存在を認めさせること。だが、その目的はとっくに果たしていた。いや、果たされてはいない。形兆は以前のオレが想像もしえなかった、「モノを電気と同化させる」能力を使っても差程驚いている様子はなかった。成長を見せつけることは出来ても、凄いなと言われることは無かった。
     オレは今日の形兆と会う前より随分成長しているつもりだった。あいつは「成長してこそ生きるべき人間」と言っていたから、何かしらのリアクションを少し期待していた。だが悲しいことに、それほどって感じの顔をされただけだった。
     情けねーけど、オレはハズレなんだろうと感じていた。胸の痛みはある。でもそれはちっぽけな痛みで、全部形兆のせいにすれば済む話だし、そう考えたら気が楽になって、どーでも良くなった。実際オレは被害者なんだから、間違いじゃねーし。
    (にしても、落ち着かねえな……)
     今のオレには、自分よりCDの整理を優先する形兆の背中しか見ることが出来なかった。客が来てるってのにオレ、気がついたら寝てんじゃねーのかなって内心心配しながら、三つ編みと共に忙しなく動く背中を眺めていた。
     気が遠くなりそうなぐらいに眠い。瞼が閉じないように形兆にぶら下がって揺れてるピアスを見つめていたが、催眠術師が使う五円玉みたいで余計眠くなってしまった。けれど眠る訳には行かない。きっと形兆はこの棚を弄り回すのに飽きてしまったら、オレに何も言わずにこの部屋を出ていくに決まってる。それ以外にこれといったやることがないから当たり前だ。それでも少し寂しかった。
     視界が段々ぼやけ暗くなり、見えなくなってきた。ウトウトしていた目がついに限界突破して閉じちまった。今の俺の世界には動く形兆の布擦れの音しか聞こえない。
     心地の良さを感じた。完全に眠れる状況を作り出したその時、その眠気を妨害するように上から声が聞こえてきた。
    「おい」
    「んー……何ぃ……?」
    「この棚のモンも盗み物か」
    「えっ」
     目の前の背中が急に振り返ったのにビビって、寝転がってたオレは情けねー声出して飛び起きた。その拍子に、ピークに達してた眠気は跡形もなく消えた。その反応で、自分の声を聴き逃したのだと捉えた形兆は、目線の高さが揃ったオレにもう一度口を開く。
    「この大量のCDもパクったもんなのかって、聞いてんだよ」
    「ち、ちげーよ……『ジミ・ヘン』とか『エディ・ヴァン・ヘイレン』は尊敬してるし、ガキん頃から好きだったし……ちゃんと買ったやつだぜ。上の段だけだけど……」
    「ふー……ん」
     突拍子のない会話にビビりまくって、間抜けた事言っちまった。なんか、調子わりーな……もっとかっけー返事考えときゃ良かった。って、真面目なネクラ野郎みたいなことも考えちまった。オレらしくないオレなんか気にもせずに、CDいじってるこいつはまた口を開けた。
    「そうか。じゃあ『コレ』は大損害だな」
     少し口角を上げた形兆が一枚のCDを抜き出す。その見慣れすぎていたジャケットが目に入った瞬間、オレは思わず「あ」と声を漏らした。その何度も眺めたギタリストの名前は……
    「『ジェフ・ベック』は好きなのか」
     棚の上から二段目の段、言うならオレがパクった段に仕舞っていたはずの「ジェフ・ベック」……オレの尊敬しているギタリストの一人である彼のCDが、形兆の手にあった。ふつふつと湧き上がるどうしようも無い喜びの感情と、胸の高鳴りを隠せなかった。
    「あ、あんた、ジェフ・ベック好きなのかよ」
    「質問はモノみたく盗むもんじゃねえぞ」
     心做しかさっきより形兆の表情が柔らかい。こいつも俺と同類なんだと確信したオレは興奮を抑えきれずに、饒舌になることなんかお構い無しにと喋り出した。
    「オレ、ジェフに憧れてギター始めたぐらいにはコアなファンだぜ。『孤高のギタリスト』っての……そういうの、カッコイイ、よな」
    「二つ名ってのは、誰でも憧れるようなモンなんだな。おれも例外では無い」
    「へえ、あんたそういうの毛嫌いしてそうなのに」
    「意外か?」
     形兆が少しはにかむ。その顔で、オレたちはこうやって、センスねーボケ共とは違う好きなモンを好きなように喋れる仲なんじゃねーかって、オレたちは友達みてーなもんだったんだって勘違いを起こしちまった。当たり前に、そんな都合のいいことは無かった。オレたちは何でもない存在なのである。敵でもねーし、味方でもない。その事実に少し安心を感じてしまった。
     形兆がジェフのアルバム「Wired」の歌詞カードをペラペラめくる。こいつにケースを開けていいとは一言も言ってなかったけど、形兆になら良いかなって思えた。とにかく、俺はそんなこと気にもならないほどにワクワクしていた。
    「意外過ぎるぜ、ほんと。ロック好きなんだな」 
    「まあ、てめーみたいに執着してねえけどよ」
    「ロックはオレのハートなんだよ。でも安くねー世界だからよ、コイツには感謝してるぜ」
     トカゲか恐竜かの見た目をしたそれに触れる。スタンドってモンはよく分からない。コイツには実体も意識もある訳ではないが、何故か無でも無い気がするのだ。形兆は精神の表れだとか何とか言っていたが、本人にもよく分からないらしい。コイツに分かんなくて俺に分かるわけが無い。
     形兆の方に行ったオレの分身からネツレツな視線を感じた。だが、決して自分から触ろうとしない。一発脅かしてやろうって思ってたのに。残念だ。歌詞カードに満足したのか、形兆はキチッと持ってたCDをキチッと列に差し込み、今度はスタンドの方じゃなく俺の方を見つめた。相変わらず何考えてるか分かんねえ顔してる。オレも見つめ返してやったら、形兆は眉間に皺を寄せて「お前」と言葉が返ってきた。
    「まだ名前付けていないのか」
    「名前?」
    「ああ……名前というより、名称と言うべきか。そのスタンドの……」
    「コイツに? 付けるもんなのかよ」
    「無えと呼びにくくて困るだろ」 
    「その軍隊さんにさあ、猫みてーな名前付けてよォ、おいでドルバッキー! とかいちいち呼んでやるのかい? あんたも随分可愛いもんだな」
    「…………」
     形兆はオレの妙な例えに眉間の皺を深くして、明らかに不満気な顔を見せる。自分はからかわれているんだって気付いちまったかな。こいつは無頓着でさえなければ案外わかりやすい奴でもあるのだ。オレがニヤニヤ楽しー気分の時は、大体コイツはこんな表情だ。
     少しずつ相手を理解出来ていく感覚が気持ち良い。理解と言うより、氷みてーなコイツを手のひらの上に乗せるのが愉しいだけだ。乗せられてんのは、オレの方だってのは分かってるつもりでいる。ただ、いつか完全に俺の手で形兆を溶かしてしまいたいと思う。
     なんで俺はこんなにこの男に執着しているのだろう。ただ単純に、オレの光だったからだ。決して寂しかった訳じゃねえ。コイツが光を見つけてしまえば、オレの光が消えるんだ。何もかもが平凡とかけ離れている形兆を、向こう側に渡したくなかった。言ってしまえば、オレの為の暇つぶしってことだ。ギブアンドテイクって奴。そんなことを黙々と考えていたら、いいか、と形兆が口を開けた。
    「よく聞け音石」
    「ん、お、おう」
     妙に真剣な顔をした形兆の目線が直で刺さる。俺たちは何故こんなにも馬鹿げた話に真剣になっているのか? と問う前に、初めてオレの名前が聞こえたことに気づいちまった。そうか。お前やら貴様やら無配慮なことばっか吐きやがったその口から、やっと俺の名前が出てきたのかって、卑劣な思いに少しニヤける。
     そんなくだらねー事で頭いっぱいにしていると、いつの間にか向き合う形になってしまってた。お互いに、謎に熱を帯びた緊張のせいか少し汗ばむ。一体、今からコイツはどんな重大なことを発表するんだ? 言葉を溜める彼に焦らされて、余計に心臓が跳ねた。妙な無言に痺れを切らして、口を出そうとした瞬間に、形兆は口を開けた。
    「……おれのスタンド名は『バッド・カンパニー』……だ」
    「……は?」
     想像よりもくだらなく、そしてそれを遥かに超えるほどの衝撃な告発だった。俺は空いた口が塞がらないといった調子で、形兆の少し汗ばんだ手を握る。今すぐにこの腕をブンブン振りたい衝動に襲われたが、流石に幼稚が過ぎると思い、強く握るだけにした。当然、形兆に俺の手のひらの熱が伝わらない訳がなく、俺と形兆は互いに、悪巧みの真っ最中みてえに口角を上げる妙な時間が数秒続いた。
     『バッド・カンパニー』というのはクリムゾンやらフリーやらのメンバーで結成された、イギリスの超有名ロックバンドだ。バンドの名前を名称にするとか、ンなロックな事痺れて憧れる他無ぇ。オレは確認を取るように言葉を漏らした。
    「もしかして……いや、もしかしなくてもよ……『ミック・ラルフス』の?」
    「そうだ。『モット・ザ・フープル』のギターの、だ」
    「……まじかよ」
     形兆は心做しか、というか分かりやすく満足気な顔をしていた。俺も似たような顔をしていたと思う。毎度『ミック・ラルフス』とは『モット・ザ・フープル』とは……と説明するのはめんどくせえ。とりあえず、俺の好きなギタリストとそのバンドで……まあ、そういう事だ。
     音楽の趣味というのは、人間と付き合う上で一番重要だと言っても過言ではなく、それがこいつと合った事が予想外で、それ以上に喜ばしくて、もしかしたら、俺たちは良い友達になれたのかもしれないとも思った。
    「形兆、あんたセンスいいな……かっけぇよ」
    「フン」
    「ね、おれも真似していいかい?」
    「いいぜ、好きにしろ」
    「やった〜〜」
     早速、俺のスタンド名に相応しいバンドを探すために起き上がろうとしたが、ずっと形兆の手を握っていたことに気付いておもわず離した。野郎と手ェ握るなんてゴメンだと思っていたが、一時の興奮で気づけばオレから握っていた。何故かすげえ照れくさくて、だが形兆にそれといった反応はないから、一人で舞い上がっていたことに気付いて恥ずかしい気分になった。気を紛らわせる為に独り言を洩らす。
    「ギタリストって言うとパッと思いつくんだけどよ、バンドとなると難しいぜ」
    「なんでもいいんじゃねえか。決まりなんてねえよ」
    「あ、そう? 『孤高のギタリスト』と書いて『ジェフ・ベック』って読ませよーかと思ったけどよ、流石にダセーかな」
    「おれは良いと思うが」
    「マジ? じゃー、これはナシかな」
    「なんだと」
     冗談を本気にする形兆にオレはケラケラ笑いながら、またベッドに寝転がる。さっきまでご機嫌だった彼は打って変わって不機嫌になっちまった。コイツを振り回してる時は面白い。いつもの固い雰囲気と全く違う。ただ、まるで別人とも言い難い。
     バンドよりギタリストの方がアツいオレには思い当たる名前がすぐに出なかった。だが人名より、形兆みたいなバンド名の方が格好いいに決まってる。グダグダと考えているうちに去った眠気が帰ってきて、腕を伸ばし欠伸をする。その拍子にカタッと音を鳴らして、プラスチックの感触が指先に伝わった。きっと仕舞い忘れた何かのアルバムだろう。触れたプラスチックのCDケースを拾い、腕を上げる。部屋の白熱電球が強すぎて、ジャケットが影で何も見えないから起き上がった。その衝撃で思いっ切り鳴いたスプリングに驚いたかで、形兆がうわ、と声を上げた。
     明暗差でぼやけた視界がハッキリしてきた。派手でカオスな雰囲気に惹かれて買ったジャケ写が映った。このCD……このバンド、これは……
    「『レッド・ホット・チリ・ペッパーズ』……」
    「? レッ……?」
    「知らねえの?」
     ほら、と形兆にそのCDを投げた。雑な扱いに怒られるかと思っていたが、彼はCDを手に取りジャケ写をまじまじと見るだけだった。ピンときてねぇ? と言ってやるが返事は無い。ただ、言った通りの微妙な顔をしている。
    「ジェフもフープルも好きなのにレッチリは知らねーのかよ」
    「てめーみてえにコアじゃねえんだよ」
    「コレ知らねーのは人生の半分は損してるぜっ!! ま、これから半分得するってことよ。感謝しな」
    「…………」
    「それ貸してやるから聴けよ。次返せよ」
    「……覚えていたらな」
     形兆はいつも通りの固い顔で、俺が渡したCDを鞄にしまった。形兆の肘が鞄横のデカいケースに当たって、彼は顔を顰める。革製で縦に長いそれに、ナニが入ってるかなんて野暮なことは聞かない。ギターなら良いのに。まあ、入ってるモノはなんでもいい。それがこいつなりの人生なことには変わりはない。俺は形兆の方を見てニコッと笑った。形兆は拗ねたみたいな表情で目を逸らした。
     素晴らしいネーミングセンスの下、俺の「レッド・ホット・チリペッパー」が誕生した。名前を呼ぶと出現するその魔法は、まるで「ピンクダークの少年」に出てくるキャラクターみてえで、非日常なこの世界に俺の心は燃え上がった。「現実なんだな」と言うと「信じたくねえけどな」と隣から返ってきた。
    「『レッド・ホット・チリペッパー』、我ながらいい響きしねぇ? あと『レッドホット』ってよ、すっげー速いって意味らしーぜ。オレのスタンドにピッタリ!」
    「絶対嘘だろ」
    「あー? アンタと出会ったときよりかは全然スピード出せるように……」
    「ちげえよ。その言葉の意味が違ぇってことだ」
    「え、でも特集にそー書いてあったぜ」
    「人間という生き物はその場の雰囲気に気圧されるような、幾度だか知れない嘘の塊だ……」
     あ、そう。俺は難しー言葉(っぽいもの)を聞き流した。
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    しゃがんで

    DONE相互さんのネタ(https://t.co/eAJOg5FK0s)借りて書いた小説なので、まずその素敵な投稿を拝見してもらってからの方が読みやすいと思います。なんか不思議な感じーな世界観を楽しみたいなら普通に読んでも面白いかもしれないです
     眠気に滲んだ視界越しに映る横顔は、俺の事なんか気にせずに単語帳をペラペラと捲っているだけだ。顔を覗き込んでも手を前に出しても、何も反応しねえ。強いて言うならちょっと眉間に皺を寄せるだけだ。せっかく俺とのお遊びの時間だってのに、マジメに予習なんかしてやがる。俺の部屋なのに、こいつが主人であるみたいに静寂が纏う。夕日とは全く似つかない蛍光灯の光でキリリと輝かせた金属のピアスが眩しい。そして俺は気付く。それをぶら下げている耳たぶが赤なのか青なのかに見苦しく変色していて、痛そうだなと重さなぞ無い言葉を呟いた。
    「何がだ」
    「耳だよ。耳ぃ」
    「耳がどうしたんだ」
     あ、アンタ気づいてないのォ。形兆は振り返りもせず、単語帳にアルミのシャーペンでマークをつけた。分からない単語とかこいつに存在するんだと思った。こいつは俺と違って、小テストとかほぼ満点ってイメージがある。ほんのりと、こいつのことを人間とは違う何かだと思ってた。全知全能の神様だとか、そっち系。どうやら違うらしいけど。
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