欲しいものはなんでも手に入ると思っていた。俺は無敵だった。金でどうにか出来るものなんて楽勝だったし、人を貶めるのが得意だった俺は文字通り何だって思い通りにすることが出来ていたから、本気で無敵だと思っていた。
だから、アイツのガタを外しきったら俺の所まで堕ちてくれるんだと思っていた。けど、アイツは既に底の底だった。そして俺がその底に足をつけた頃には形兆の手は冷たかった。ギターが心臓の俺と違って柔らかい指先を、その時初めて触った。犯罪者になっちまったなあと思った。俺はその後窃盗罪で捕まった。
こいつの生は無かったことになった。
「アンタはさぁ」
そう形兆の方を見た。何だと文句を言いたげな目で睨まれたが咥えている肉まんのお陰でなんだか間が抜けて見えた。ガラに合わないマフラーを巻いていて随分と暖かそうな形兆に「一口頂戴」と目で伝える。形兆は俺の口元にずいと肉まんを寄越した所で「何だ」と口に出した。
「アンタは好奇心ってもんは無いのかい」
「どういうことだ」
「ちょっとまって、コレ食う」
「…………」
俺は言った通り一口だけ肉まんを頬張って、咀嚼している間に手でタンマの合図をだした。一月の寒さにやられた喉元がじんわりと温まるのを感じる。形兆は眉間に皺を寄せて黙ってた。いつもと大差ないけど。
「俺、けっこー旺盛なんだよね。好奇心旺盛。子供ンころから言われる」
「何が言いたいんだ」
「だから、そんなすげー能力持ってるアンタが好き勝手騒がないのが、不思議で仕方がねーんだよ。俺がもしアンタの立場だったら、この町の人間全ぶっ殺したりとか、やってるかもしんねえ」
「……意味もないことをわざわざするような馬鹿じゃないからな」
「意味とか無ぇけど、面白くねー訳ないじゃん。絶対ニュースにもなるぜ」
「ならなかったら怖ぇよ」
形兆はフッと嘲って肉まんを食べ進める。白い息が電灯の光に当たって目立つ。そういえば、息が白くなるのは空気が冷たくて汚れているからだって話をどこかで聞いたことがある。この町、杜王町もオモテムキは綺麗になっていってるのかもしれないが、それと同時に汚れてもいっているんだと感じる。この町は俺がガキの頃より随分と変わっちまった。形兆はそんな昔の杜王町のことを知らない。
「貴様は大雑把だからすぐ尻尾掴まれてムショ行きになる」
「だから、そうならねー為によ、アンタとやるんだよ」
「何を」
「虐殺?」
そーいうこと言った俺は、多分、何も度胸も持たず呑気な顔をしていたと思う。でも形兆はいつもみたいに眉間に皺を寄せることなく、ひとつも輝かない空を見上げてる。吐いた白い息が雲に還っていく。寒いなと思った。
「……無駄にリスクの高いくだらねえ戯言を、なんで俺がわざわざ、テメーと一緒にやらなきゃなんねぇんだよ」
「アンタってこの町の人間、山ほど殺したんだろうけどよ、今までバレたことなかっただろ。そういう事だぜ。俺らって完全犯罪出来ちまうんだよ」
「……だから、何が言いたいんだ」
「杜王町をぶっ殺してよ。いつしか俺とアンタしか居なくなって、でもボケ共は誰一人として俺らに気付かねーんだよ。映画にもされてさぁ、世界的に有名になっちゃう」
「…………」
「アンタはこの町を『素晴らしい所』だとか言ってたけど、全然そんなことねーよ。この町にはつまんねえ奴しかいなくてさあ。本当の人間は俺しかいないんだぜ」
「お世辞にも人道的と言えない輩が何を言っている」
「自虐かい」
「俺は人間だ。人間らしい生活なんぞ捨てやっているだけで。自分から投げ出したテメーとは、まるっきり違うんだよ」
「あー、そ。つまんねーなあ」
寒かった。とにかく寒い冬だった。欲しいものはなんでも手に入ると思っていた。だが、今回は違うかったみたいだった。