2/11 三洋新刊サンプルレンタル彼氏。
好みのキャストを選んで、最低二時間から数日間彼氏として振舞ってくれるサービス。
彼氏になってほしい、彼氏のふり、友人のふり、遊びに行く、ご飯、愚痴を聞いたり悩み相談なんかも可能! もちろん男性のご利用も大歓迎!
そんなことが書かれたサイトを流し見て、基本利用料金を確認。
(そんなに長い時間はいらねえはず、あぁでも事情説明なんかもいるから別日でも予約いるな……そうなると……)
キャストごとに若干値段も違うのかとさらにキャストのページへと飛び、複数人のキラキラした写真が並ぶのを食い入るように眺めて、まず何人か顔が好みの男を別タブで開いていく作業。これはそういうアプリとも変わらない。
次に、開いたタブを開いてプロフィールを熟読、何人かに絞る。
「うーん……いまいちだな」
ここがダメなら別のサイトにしたいところだが、ここが安全だよと紹介された手前下手なところにいくよりもここで決めたい……
なんてオレの要望は叶わず、顔が好みだった男たちはプロフィールを見てもあんまりぱっとせず空振りに終わる。
顔は好みじゃなくても……とキャスト一覧を眺めてふと手が止まる。
「よ、う……」
黒髪塩顔で好みの顔とは違ったが、なんとなく高校のときに世話になってから、一方的に気持ちを向けてた後輩を思い出しながらページを開く。
「えっ、二つ下かよ……」
童顔らしいその男の写真はすました顔が二枚だけ。前髪で目が隠れるのがもったいない……そう思いつつプロフィール詳細を目で追う。
料金も真ん中よりちょい上くらいのランクで、口コミも悪くない。サイト上でできる投げ銭の数は少ないものの、一人あたりの単価が高い。
『デートの満足度も高く、話を聞くのが上手いと評判のキャストです! 男性からの指名も多く、男女関係なく初めての方にもおすすめできます』
「……よし、コイツにしよう」
運営からのそのコメントを読んで、即決した。男性指名が多いのは、こういうサービスで良いのか悪いのかわかんねえが、少なくとも今のオレにはありがたすぎる言葉だった。
(別に似てるからとかじゃねえし)
直接本人に連絡を取れるサービスもあったが、いきなりは怖いので一旦サイトの予約システムから指名をする。
「さっさと終わらす」
そう意気込んで、予約完了の返信メールを待った。
そうして無事に今日、最低利用時間の二時間で会うことになっている。
予約ができたあとは結局キャストと直接ということで、メッセージアプリで何度かのやり取りをして、新宿に十七時とした。
今回指名したヨウは文面でのやり取りしかしてないが、丁寧で年下という情報を疑うくらいには落ち着いている。実際に会ったらどうなんだろうか、もしかしたら丁寧なのは文面だけなんじゃねえかと少しの不安がある。
それでも、そのまま指名相手を変えなかったのはなんとなく悪い奴ではなさそう、という確信だった。あとアイツとやっぱり少し似てるから、やめどきがなかったのもある。
お互いの服装を伝えて、緊張しながら待ち合わせ場所で時計を見上げていると、覗き込まれた気がして下に視線を向ける。
「えーと、ひさしさん?」
覗いてきた顔は、サイトでみたのとほぼ変わらない童顔塩顔黒髪の男だったから安心する。
「ヨウ、」
「そうです。待たせちゃってごめん、寒くなかった?」
「いや、大丈夫だ」
「良かった、お金はもう振り込まれてるのを確認してるので……」
料金と、時間、軽い確認事項を伝えてから携帯をしまったヨウが、遠慮がちに見上げてくる。
「場所はカラオケ予約したんですよね?」
「おう、悪ぃないきなり個室で」
「いいえ、ひさしさんとゆっくり話せるの楽しみにしてました」
にっこり笑うそれは営業スマイルというには柔和すぎて、普通に可愛いと思っちまうモンだった。
予約してたカラオケに入って座ると、どこに座るか少し迷った素振りをしてから向かい側を選んだヨウに、飲み物のメニューを差し出すと今度は迷うことなくホットコーヒーと言うのでタッチパネルからふたつ注文して、一旦息を吐く。
「改めて、今日はご予約ありがとうございます。ヨウです」
「あぁ、えとこちらこそ……ひさしです」
「メッセージでやり取りしてたのに、なんか緊張しますね」
「そ、だな」
飲み物がくるまで、本題に入りづらくてソワソワする。
目の前の男も同じなのか、こっちに合わせてるのか室内を見回す。カラオケを選んだものの、別に歌うわけではないからどっちもマイクに手を伸ばさない。
コンコン、とノックがされて飲み物が運ばれたことに安心して、店員が居なくなったところで早速と居住まいを正すオレを見てか、ヨウはくふ、と軽く笑う。
「彼氏のふりをしてほしいんですよね。たまにそういう依頼くることあるので、そんな緊張して事情説明入らなくていいですよ」
「あ、るのか」
「はい、なんならそういうので結構呼ばれるんで、そろそろ一回くらい同じ人に会いそう」
緊張を紛らわすように言ったその冗談に軽く笑って返してから、そっかあと安心してホットコーヒーに砂糖とミルクを入れた。
ヨウはカップに手をつけることなくオレの様子見をしているのか、視線を感じる。
ひと口飲んで、あちぃと顔を顰めると目を細めて笑う。なるほど、これがレンタル彼氏……とむず痒さを感じてカップを置いて今度こそと、事情説明をするために口を開く。
「あーオレ、」
そもそも男が好きであることを打ち明けなければいけない、そのことに口の中が乾いてまたカップを持ってコーヒーを入れる。ヨウは、焦らすわけでもなくオレの言葉を待ってくれていた。
「その、男が恋愛対象で」
ぱち、と大きなまばたきを一回。それから、なるほどと一言だけ。
彼氏のフリをしてほしい、の時点でなんとなく察してはいたんだろう。話が早くて助かる。
「なんかトラブルですか?」
「この間、ちょっと遊んだ男が彼氏ヅラしてくるっつーか……ちょっとストーカー気味で」
「へえ」
遊んでるんだ、の揶揄に聞こえなくもない相槌に少し恥ずかしくなって黙り込んだのに気づいたのか、ごめんねと苦笑いをするその顔に思ってもねえくせにとまたコーヒーを飲む。
「それで、困ってレンタル彼氏ってことですか」
「そうだよ、悪いか」
「全然。おかげでオレはひさしさんの彼氏になれるわけだから」
人好きのする笑顔に、どこか既視感を覚える。でも記憶の中のソイツとはどこか重ならなくて、人違いだよなと首を傾げることしかできなかった。
「それで、ひさしさんのこと困らせてる男ってどんな人なの?」
ようやくコーヒーに口をつけたヨウに、オレはかいつまんでストーカー気味のその男について情報を出していく。
電話が多い、メールも多い。
「着拒しても、アドレス変えても、どうしてか連絡がくんだよな」
「そりゃ怖いですね。他は?」
気付くと講義で隣の席をキープされてる。
「ちなみに、授業は被ってねえ」
「ええ……情報筒抜けじゃないですか」
練習で帰りが遅くなった日、視線を感じる。
「……練習ってのは、」
「ああ、バスケだよ。高三の時に復帰したんだけどよ、まだまだだから自主練してんだ」
「すげえ。偉いじゃん」
今日会ってから一番緩い笑顔を見せられて、どうしてか少しだけ緊張した、当たり前のことだから偉いもなにもねえとか、なにか言いたかったのにどうしてかその言葉が出てこなくて、コーヒーで喉を無理矢理上下させた。
「なんか脅されたりとか、そういうのはありますか?」
「ねえな……ああでも、たまに鞄に手紙入ってたり、入れた覚えのねえモン入ったりしててよ。あとポストに切手貼られてねえ手紙とか……」
「タイムタイム、ちょっと待って。それちょっとレンタル彼氏の対応の域超えてません?」
困った顔をするヨウが言うことはもっともだ。それを承知で今回こうして時間契約の彼氏を利用することにしたわけだ。