今は昔、ウェイド・ウィルソンの顔がグチャグチャでもなければ、頭も狂っていない時のこと。特殊部隊での生と死が混じり合った濃厚な日々を、全て夢だと思わせるほどの緩やかな時間。
傭兵どもの集まるバーで酒を片手にボンヤリと、次はどんな仕事になるだろうか、と考えていた時だ。目の前にスッと差し出された銀色のカード、暗い店内でもそのカードはギラリと光っていて落っこちている財布を見た時のような感覚になった。
ウェイドはそのカードをマジマジと見る、少し手を動かして光を反射させると兵器を製造している会社のロゴが塑性加工されているのがわかった。まさかお次のターゲットは億万長者か?こりゃ骨が折れるぞ、と差し出してきた相手を見上げる。
「暗殺じゃねぇ、護衛だ。」
一言、いや「流石のパーフェクトハンサムである俺だとしてもトニー・スタークを殺すならコイツの作った武器が必要だぜ」と言おうとしたが、そんな思考は丸読みされていたのか、先手を打つように言葉を差し出される。
「護衛。」
「そうだ、護衛だ。」
億万長者の護衛は暗殺よりも面倒だ、ボディーガードの品格が護衛対象の評判に関わるから。護衛なんてものは刀を剥き身のまま持って、対象の周りをウロウロしていれば余裕だが、そんな物騒なやつを近くに置いておくなんて!品が無いと怒られてしまう。
そんな時は「アンタ殺されるって時に品格気にしてんの?相手は品なくアンタを殺せるぜ。」と言い返したくなるが、依頼金が50%OFFになる可能性がグンと高くなるので慎む。お金は大事だ。
とにかく、単なる護衛じゃなく、億万長者の護衛は大変。ウェイドは微妙な顔をした。
「なんで俺に?」
「特殊部隊経験があって、多言語が話せる、近くに置いても違和感のない、金で動く若い男がご所望だからだ。」
「ワオ、俺を指名しているみたいなご要望だな。まさか翻訳機能付きボディーガードが欲しいってか?」
「新しく雇った秘書のフリをして欲しいんだとよ。」
「社長さん、明日は朝の5時からブロージョブの予定が。」
ハッ、鼻で笑う音が聞こえた。
「やるか、やらないか?」
「俺以外にこの条件に当てはまるやつがいるのか?」
「いないな。」
その答えが聞けただけでも満足だ、ウェイドはその依頼を受けることにした。カードの裏っ側には連絡先だろうか、メールアドレスが書いてあって「連絡しろ」とアドレスの下に堂々と、いや、自信満々に、傲慢さを滲ませて書かれていた。
スターク、彼をテレビで見たことはしばしばあるが、その度に俺もこれだけ金と権力があったらこの喋り方でテレビに出るわ。と思っていたが、文面でも変わらないのかと感心する。
嫌いじゃない、フッと口角を上げて銀色のカードを胸ポケットに突っ込み、ポンポンとポケットを軽く叩いて高めの椅子から降りる。
「社長さん守って5年は働かなくて済むようにしてやるぜ。」
「じゃあなウェイド。」
カランカラン、ドアベルがウェイドを送り出す。何故か常に濡れている地面をご機嫌で歩いて自身の幾つかある部屋の一つに帰宅した。
パソコンの電源ボタンを押して、