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    todome_Hayo

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    todome_Hayo

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    耳が聞こえなくなった武の話

    ガラの悪い不良風の装いをしていれば、嫌でも喧嘩を引きつける。スタンド使いがスタンド使いに惹かれるように、不良は不良によって導かれるのだ。
    学校の帰り道、部活があるから、と朗らかに笑って手を振り別れたヒナタの姿がどれだけ綺麗だったかを千冬たちに話していると向かいからガラの悪い金髪や赤髪がフラフラと歩いて来た。もうこの時点で嫌な予感がするが、その予感はピタリと的中し、喧嘩に発展した。

    ふっかけてきた時の言葉は、典型的すぎて思い出せない。オウオウにいちゃん、とかそんな感じだ。それで身内以外にはキレ症な千冬が殴りかかってスタート。千冬と八戒だけで良いんじゃないか、と言うほどだがタケミチだって喧嘩になっちまったなら参戦せざるを得ない。あと数人倒して終わり、といったところで相手の一人がカバンでタケミチの耳を含む頭の側方をぶっ叩いた。

    「い"ぃっ。」
    「タケミっち!」

    千冬がそれを見てすぐさま相手を蹴り飛ばす、相手はうぐぅ、と情けない声をあげてその場に倒れ込み喧嘩は終了。
    災難も去っていった。

    しかし災難はなんてことない顔でもう一度タケミチのところへやってきた。

    耳が完全に聞こえなくなったのは、喧嘩から一週間後のこと。最初は殴られた方である左耳の聞こえづらさだったが、右耳も徐々に音を失っていき、ある朝目覚めた時に違和感をハッキリ覚え、壁をコンコンと叩いてみた。
    壁を叩く音が聞こえず、世界が完全な無音になった。
    目覚ましも、テレビの音も、メールの受信音。風のざわめき。仲間の笑い声。何も聞こえない。ただ、頭の中でキィンという高いような低いような不愉快のラインをギリギリ超えない耳鳴りが時折響くだけだ。

    タケミチはそれでも笑ってた。

    「耳聞こえないって、なんか静かでいいな。集中できるし!」

    授業やなにやらで集中したためしがないタケミチが言っても意味はないかもしれないが。
    朝、親が話しかけてくるのに気づかず「ごめん、聞こえないんだわ!」と明るく返す。きちんと言えているかは謎だ。
    親は不安げな顔をして大丈夫?と紙に書いて見せてきた、タケミチは親指をあげた拳を突き出す。親子ともどもどこか楽観的なところがあるので、そこまで深刻には捉えていなかった。
    しかし、心のどこかで「これ、いつ終わんのかな。」と一瞬不安がよぎった。それを振り払うように、タケミチは拳を握って「まぁ何とかなるか。」と呟いた。

    学校に向かう最中も何も聞こえない、いつもの渋谷はもっと仕事に行きたくないサラリーマンの革靴の音が悲しげで、電車の音がガタガタとしていて、扉の開く音やカチカチと携帯を弄る音が聞こえていた。
    けれどタケミチの耳には届かず、まるで無風の竹林の中にいるみたいな静寂だ。そしてそのまま学校へ、校門を抜けると口を楽しげにパクパクさせている生徒たちとすれ違うことができて、少し滑稽で楽しかった。教室には当然のように千冬が自分の席に座っている。
    扉を開けて入ってきたタケミチを見るや否や、楽しげに口をパクパクさせたので、なんだかパン屑を池に投げ入れてやった時の鯉みたいで笑ってしまう。

    「?」

    千冬はなぜ笑われたのかわからずに首を傾げた。その時もきっと「何がおかしい?え、俺なんか変?顔になんかついてる?」とかって言っていたのだろう、口をパクパクさせている。

    「違う違う。」

    言えているかは謎だが、とりあえず言葉を発する。そしてカバンの中からノートを取り出してサラサラと文字を書く。

    『耳聞こえなくなったから、千冬が何言ってんのかわかんなくて、口パクパクさせてんのウケるな』
    「え?え?」

    千冬はその文章を読んで困惑した、そんな二人の様子に八戒や敦までも寄ってきて、タケミチが突き出しているノートの中身を読む。

    「耳聞こえねぇの?」
    「完全に?」

    そうタクヤと敦が聞いてみたが、聞こえないんだった、と一拍遅れて理解し、ペンを取り出してノートに改めて疑問を書き出す。

    『聞こえない、なんか急に聞こえなくなった』
    「まじか、ヤバいじゃん。」
    「じゃあ授業どうすんだよ。」
    『先生に言って何とかしてみる』

    タケミチは笑顔で、母親にしたみたくサムズアップして見せた。千冬も八戒も、誰も、なぜ己の五感の一つが失われているのに笑っているのか、全く分からずにタケミチを見た。
    薄々気がついていたが、タケミチはどうにも「命がありゃ良い」「生きてるだけで丸儲け」的な考えが骨身に染み付いているようで、他者の命に対してはとてもマトモか倫理観を見せるのに、自分の命はまるでチョコレートのようにパキリと割っては、誰かに与えることができると考えているかのようなそぶりを見せる。

    タケミチが自分の命に対して楽観的なぶん、その近くにいる人間は不安を抱くのだ。

    「とりあえず、今日終わったら病院行くんだろ?」
    『え、行かないよ、見たい番組あるし』
    「はぁ!?バカかお前!」
    『今の耳聞こえなくてもバカって言ったのわかったぞ!』
    「聞こえてて欲しかったよ!お前マジでバカだろ!」

    千冬がワッと叫ぶ。そして花垣タケミチにそんなことを説いても無駄だと悟ったのか、すぐさま携帯を取り出してカチカチカチカチ、と現代っ子らしい素早い指の動きで万次郎、いや、東卍全体にメールを送った。

    【タケミっちの耳が聞こえなくなりました】

    そうするとすぐさま【今夜集会】と万次郎から返信が届いて、タケミチは事が大きくなったな、とまたまた楽観的に受け取った。

    そして夜になり、千冬に乗せてもらい神社に着くと既に集まっていた他のメンツが一斉にタケミチの元へやってきて紙に書いた文を見せる。

    それらは全て病院いけだの、平気か?などの言葉でやはりタケミチはへらりとした笑顔を浮かべて「平気っスよ!」と返したが、それまで静観していた万次郎が立ち上がり静かに近づいた。そして、タケミチの肩を掴んで言った。

    「タケミっち、病院行け。ふざけてる場合じゃねぇ。」

    タケミチが「大丈夫だって、マイキーくん!」と笑うのを見て、万次郎の目は一瞬暗くなった。タケミチが平気なふりしてるのがわかったからだ。万次郎にとって、タケミチは大事な仲間だ。こんな状態で放っておくなんて、考えられなかった。バイクに縛りつけてでも病院に連れていってやる、と決意した。

    しかしタケミチは頑なに病院を拒んだ。「耳くらいで大騒ぎするのもなぁ…」と気まずそうに笑う。だが、そんな様子のタケミチを万次郎と千冬が黙ってなかった。翌日、万次郎がタケミチをバイクの後ろに乗せ、無理やり病院に連れて行った。

    学校の門を出た瞬間に千冬が手を後ろで縛って近くで待機していた万次郎のバイクの元へ連れていき、タケミチの腕と万次郎の腰を固定する。あまりの手際の良さに、何をされているのかタケミチは途中まで理解できなかった。

    「ナイス千冬!」

    そう万次郎が叫ぶと「先行っててください!」と千冬が返し、万次郎は思い切りハンドルを捻った。ヴヴンと彼の愛機から唸り声が響いて発進した。
    しばらくして千冬が追いつき、タケミチが逃げないよう両側を固めた。
    逃亡の恐れがある凶悪犯罪者か何かかよ、と思いながらも静寂な世界はやはり、タケミチの心を竹林の中に閉じ込めて、不安や寂しさを曖昧にして遠ざけた。

    病院での検査を受け、診断後、医者は「ストレスと衝撃による一時的な難聴。」と説明した。回復には安静と時間が鍵で、数週間から数ヶ月かかる可能性があると言われた。タケミチは「じゃあ自然に治るんだな!」と楽観的だったが、千冬や万次郎は医者がパクパクと口を動かすたびに深刻な顔のシワを深めて、真剣な眼差しで話を聞いていた。



    回復の最初の兆候は、発症から二週間後に訪れた。タケミチが公園のベンチでぼーっと座っている時、右耳に微かな「ザー」という音が聞こえた。風が木々を揺らす音だった。最初は耳鳴りかと思ったが、もう一度耳を澄ますと、確かに外からの音だと気づいた。

    「おおっ! 聞こえた! ちょっとだけだけど!」

    タケミチは立ち上がって喜んだが、左耳はまだ沈黙したまま。右耳も、風の音以外はほとんど拾えず、人の声は遠くのノイズのようにしか聞こえない。それでも、タケミチにとっては大きな一歩だった。

    千冬にその話をすると、千冬は目を輝かせて「マジか! やっと治り始めてんじゃん!」と肩を叩いた。でも、内心では「まだ全然聞こえてねぇのに、こんなんで喜んでるのかよ…。」と不安が消えなかった。千冬はタケミチのノートに「もっと病院行け」と書きなぐったが、タケミチは「もう少し様子見るよ!」と笑って流した。



    三週間目になると、右耳の聞こえが少しずつ改善した。風の音に加え、近くで鳴るバイクのエンジン音や、千冬が大声で「タケミチ!」と呼ぶ声がぼんやり聞こえるようになった。左耳もかすかに反応し始め、耳鳴りの頻度が減った。医者が言うには、耳の神経が少しずつ回復し始めている証拠だった。

    タケミチは学校で千冬の声を初めて拾った時「千冬、お前声でけぇな!」と笑った。千冬は「聞こえたならもっと返事しろよ、バカ!」と返すけど、内心ホッとしてた。八戒もタケミチの隣でわざと大声で喋り「これ聞こえるか?」と試す。
    タケミチが「うるさいって!」と笑うのを見て、八戒は「少しずつ戻ってんな。」と安心した。でも、タケミチがまだ授業の指示を聞き逃す姿を見て、「完治には程遠い。」と心配が残った。

    この段階で、タケミチは「もう半分くらい治った気分!」と楽観的だった。でも、周囲にはまだ深刻さが伝わってた。万次郎はタケミチの耳元でわざと手を叩いて反応を確かめ、「まだ遅ぇな」と呟いた。タケミチが「マイキーくん、びっくりしたじゃん!」と笑っても、万次郎の目は真剣だった。



    発症から二ヶ月後、タケミチの聴力はほぼ元に戻った。右耳は完全にクリアになり、左耳も少しだけ音がこもる程度まで回復した。
    そして、ある日の集会のことだ。万次郎が

    「おーい、タケミっち!」

    と、遠くから呼んだ時、タケミチは振り返って「万次郎、聞こえたよ。」と笑った。その声に、万次郎はつられるように笑って近づき、「遅ぇよ、バカ。」と頭を軽く叩いた。

    千冬はタケミチの回復を確認するように、わざと小さな声で「タケミチ」と呟いてみた。タケミチが「ん? 何?」と反応すると、千冬は「よし、完治だな!」と笑った。だが、心の中では「もう二度とこんな目に遭うなよ」と願ってた。
    八戒もタケミチに「耳治ったなら、ちゃんと周り見ろよ。」と言いながら、荷物を持つなどの末っ子らしからぬお節介を続けた。

    タケミチ自身は「やっとうるさい世界に戻ったな!」と冗談っぽく言った。耳が聞こえなくなった期間を振り返っても、「まぁ大変だったけど、召使がいて助かったよ。」と冗談めかしながらも明るく締めた。
    けれど、その裏で、千冬や万次郎、八戒たちは「あの静寂がタケミチを奪うかもしれない。」と感じた恐怖を忘れられなかった。

    医者はストレスも要因の一つにあると言っていた、万次郎はタイムリープに関してはタケミチに頼りきりなところがある、もしかしたら、かつての自分のように何も言わずに抱え込んでいるのかもしれない。と、考えずにはいられなかった。
    だが、タケミチにはどことなく、踏み込んだらそのぶん遠ざかるようなもどかしさがあって、何も言えずにいた。

    「俺は、いつでも聞いてやるからな、タケミっち。」
    「ん?なんか言った?」
    「…いや。何も?」

    きっと、聞こえていても、お前は同じ言葉を返しただろうな。
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