狂犬侮るべからず。狂犬侮るべからず。
侮っていた。その言葉が1番しっくりくる。
恋心を騒がしくも何度も繰り返され、はじめこそどうしてやるべきかと思い悩んだ事もあった。男色が少なからず居る事も知っているし、〝例の香水〟の一件で自らの身に降りかかりそうになったゾッとしてしまう出来事もあり、沖田の言葉をどう処理するべきか悩んだ。しかし、狂犬と呼ばれる男が、まるで忠犬のように自分に尻尾を振り懐く…というには少しばかり触れ方が際どい時が在るが、そんなに悪い気はしなかった。と、言うより、少しだけ、心地よかった。あの一件のように、ぞわぞわとした悪寒が走らないあたり、もしかして自分は、だなんて思うようにもなってしまっていた。
しかし前に
「それで、沖田の兄さんはどうしたいんだ?」
と尋ねた事があった。すると、「あ!?」だの「いや、え…そやな」と焦った風では無いか。
俺はなんだ、餓鬼や飯事遊びのソレなのか、と、言えはしないが少しだけ落胆した。それからと言うもの、俺は〝沖田遊び〟を覚えた。変に意識をさせておいて、受け入れてもいいかもしれないだなんて思わせておいて飯事遊びのような恋情。少しばかり揶揄ってやってもバチは当たるまいと思った。
風呂上がりに肌けた胸元を見せたり、ひそりと何でも無い事を耳打ちしてやったり。その度に沖田は顔を赤くして汗を飛ばしていた。ふふん、少しばかり、気分が良かった。それと同時に、どこか心の中の居心地の悪さが大きくなっていた事には、敢えて気付かないふりをしていた。
「は〜、飲んだ飲んだ」
最近出来たばかりの酒屋に行った。沖田を連れて。他の連中を誘おうとは思わなかったあたり、やはり自分は沖田が 気に入って いるのだろうと思いながら。
「そんなに飲んだら、まぐわえねぇな」
抱けねえな、と言ってやった。
さあ沖田、酒が入ってるあんたは、どうやって慌てて、餓鬼のように、逃げの言葉を探すんだ。と唇の端に薄く笑みを浮かべようとした。時
「はじめちゃん」
夜、暗い夜道でも、一瞬沖田の瞳がぎらりと鈍く光ったのがわかった。
いつ誰か通るかわからない道端で、塀にドン、と背中をぶつけた。それは沖田に強く肩を押されたからだ。
「いっつも冗談で逃してやれる程、儂は優しいないで」
なんだ、その目は
なんだ、その、食われそうな熱は。
なんだ、その声は
なんだ、この、心臓の音は。
全部、ぜんぶ、俺の知らない ものだった。