チャイナドレスで潜入する魏嬰「クソ、こんな時に限って……! どこに隠したんだよ」
動く度に真っ赤なチャイナドレスのスリットが太腿を擽っていく。広げた書類を手早く元に戻し、今度は引き出しに仕掛けが無いのかを探っていく。
魏無羨が所属しているのは義賊の流れを汲む中規模のスパイ組織だった。弱きを助け強きを挫く。正規の助けを求められない人達のため、時には巨悪にすら立ち向かっていく。
豪華客船で行われる違法な取引。その証拠を掴み取引に関わった人間のリストを得ることが今回魏無羨に与えられた任務だった。隅から隅まで悪趣味な船の給仕係はチャイナドレスを着た青年に限られており、魏無羨は任務のため致し方なくこの格好で船に紛れ込んでいる。
身体に触れようとしてくる脂ぎった腕を何気なく避け、給仕する振りをして胸元のボタンに仕込んだ小型カメラで数々の証拠を捉えた。後は顧客リストの写しを得ることが出来れば完璧で、現在はとある客室に忍び込んでここにあるはずの記録媒体を探していた。
「どこに隠したんだよ。こういう探し物は俺より江澄の方が向いてるっていうのに」
チャイナドレスを着るのが嫌で、命令を受けてから同期で幼馴染みの江澄と壮絶な押し付け合いをしたのを思い出す。あの時黒に賭けていれば……。そんな時、ドアの向こうから足音を押し殺した何者かが近付いてくる気配に気付き、魏無羨は顔を上げた。この気配がただの乗組員や客で無いことは明らかだ。訓練を受けた何者かがこちらに向かってきている。
引き出しの鍵穴に刺していたいくつかの金具をまとめて服の中に入れて、ポニーテールを解いて素早くベッドメイキングの済んだシーツの中に潜り込む。
それと殆ど同時に部屋のドアの鍵がゆっくりと回り、男が入ってきた。
「……んっ、あんただれ?」
目元を擦りながら気だるげにベッドから起き上がって見せた魏無羨は、部屋の主に連れ込まれた給仕の男にしか見えないだろう。
侵入者も恐らくはターゲットの不在を知って乗り込んで来て、室内に他の誰かがいるなんて予想外だったはずだ。大きく伸びまでした魏無羨はここで漸く侵入者に顔を向ける。
磨き上げられた靴に異様に長い足。真っ白な乗務員の制服を正しく着こなしているが、恵まれた体格は隠し切れていない。浮世離れした端正な顔立ちは一見無表情だが、微かに眉が寄せられていた。
「魏嬰、」
「なんだよ藍湛か!」
訓練を受けた侵入者がまさか知り合いだったとは。警戒心を解いた魏無羨は一気に脱力し、自分の演技が馬鹿らしくなって後ろ向きにベッドに倒れ込む。藍忘機は何やら胡乱な目付きで魏無羨を見ているが、ため息をついて無視を決め込んだ。
藍忘機は国際的な警察組織に所属する若造で、噂によると創業者一族の直系らしいのだが、実績が欲しいのか、はたまた生真面目なのか、魏無羨とはよく現場で顔を合わせる仲だった。それぞれが違う組織に属していること、それに性格が真逆なことから何かと衝突しがちだ。
「君はここで何を……して、」
「ん?」
普段は歯切れよく簡潔に話し、正規の手続きを飛ばして警察から手柄を奪う魏無羨を心底軽蔑している藍忘機にしては珍しい姿だ。何かを言い淀みながら魏無羨の方を見ないように視線をさ迷わせている。首を傾げながら自身の姿を見下ろした魏無羨はその原因が分かって小さく頷いた。
……あぁ、なるほど。
「はいはい。見苦しい女装姿で悪かったな。これでもオッサン達にはウケたんだけどな」
べぇと態とらしく舌を出し、深いスリットを捲って太腿を見せつける。
体術に自信はあるが、なかなか筋肉質にならない足に真っ赤なチャイナドレスはなかなか似合っている。腕や肩幅は流石に誤魔化し切れないが、そこがまた悪趣味な輩にはウケるらしい。
「君は…………たのか?」
「なんだよ。はっきり言えって」
起き上がって引き出しの物色を再開しようとしていた魏無羨が藍忘機を振り返る。ドアの手前に立っていたはずの男がいつの間にかすぐ側にいて、何故かこちらに腕を伸ばしていた。
「なに、っ! うわっ!」
腕を掴まれてベッドに引き倒され、仰向けになった魏無羨の上に藍忘機がのしかかってくる。
解いた髪がシーツに広がり、足の間に入った逞しい太腿のせいでスリットがはしたなく捲れ上がる。お巫山戯で用意された女性物の下着を縁取る黒いレースが足の付け根を彩っていた。魏無羨を見下ろす薄い色の瞳は瞳孔が開き、色が濃くなっていく。
「おい、痛いって! そんなに怒ることないだろ[#「」は縦中横]」
「触らせたのか?」
「は?」
藍忘機は答えなかった。だが、顕になった太腿を撫でる腕の動きは雄弁だ。あの藍忘機が今何をしているのか、驚いて動けずにいる魏無羨を放って腰まで侵入した指が下着の紐を解く。あっという間に下着としての役目を果たさなくなった薄い布を太腿から抜き取り、唖然としている魏無羨の顔に藍忘機が近付いてくる。
至近距離にいる藍忘機は何やらいい香りがして、近付けば近付くほど顔立ちの良さが際立っていく。吐息が触れそうな距離になって、魏無羨は思わず目を閉じてしまった。
「あ、だめ、俺……っ、初めてだから!」
「誰にも触らせないで」
藍忘機はベッドから離れ、僅かに乱れた服装を整えていた。ゆっくりと目を開けた魏無羨はぼんやりとしたまま身体を起こし、その姿をただ見上げる。
「この船は間もなく強制捜査により鎮圧される。目的を果たしたのなら、脱出を」
「あぁ、ありがとな……?」
不意に与えられた情報に感謝を伝えるも、藍忘機は振り返らずに客室から去ってしまった。
僅かに温もりが残った頬に指を触れさせた魏無羨は、先程そこに触れた柔らかな唇の感触を思い出して、ギュッと唇を噛む。
藍湛の奴、何も知りませんみたいな顔をしてキザな真似を……!
「あ! 待て藍湛! 下着返せ!」
強制捜査で混乱する船内から、一生懸命にスリットを押さえた魏無羨が真っ赤な顔で脱出したのは、また別の話である。
終わり