ろくがつのふたり。「涙! ねえ、涙!」
「どうしたの、結乃?」
「ヤマトが初めて抱っこさせてくれたんだ! ほら見て!」
六月のある日――
プロセラルムの共有ルームでくつろいでいた水無月涙のもとに、照瀬結乃が興奮で目をきらきらさせながら駆けよってきた。その腕の中には、黒猫のヤマトが大人しく収まっている。
「ついこの間までは、撫でさせてもらえるのがやっとだったんだ! それなのに、ほら……!」
結乃は時々、姫川瑞希とともにツキノ寮を訪れる。仕事の打ち合わせのためがほとんどだが、稀に今日のようにただ遊びに来ることもある。そんな時、彼女は決まって寮の動物たちと戯れるのだ。
かわいいものが大好きで、もちろん動物も大好きな彼女に、ほとんどの動物たちがすぐ懐いたのだが、その中でなかなか懐かない子が一匹だけいた。それがヤマトだった。
最初の頃は結乃の姿を見とめただけで逃げ出し、近づくことさえままならなかった。それでもめげずに接していたおかげで、最近やっと触っても逃げられないようになっていたのだ。
「ねえ、涙! ずっと抱っこしてても全然逃げないんだよ! これ、夢じゃないよね!?」
「う、うん、大丈夫。夢じゃないよ」
興奮した結乃のテンションに気圧されつつも涙がそう答えると、彼女は嬉しそうに顔をほころばせた。
「ヤマト~。やっと私のこと信用してくれたんだね~」
そう言って腕の中のヤマトに頬ずりする彼女を見つめながら、涙はどこか納得のいかないような顔をした。
「信用……?」
「ん? どうかした、涙?」
ヤマトを床に下ろしながら不思議そうな顔を向けてくる結乃に、涙はぽつりと告げる。
「信用……じゃないと、思う」
「えっ……」
あからさまにショックを受けた顔をする結乃に、涙は慌てて言葉を続ける。
「えっとね、結乃。ぼくが言ったのは悪い意味じゃなくてね……。〝信用〟じゃなくて、結乃が〝信頼〟できる人だって分かったから、ヤマトも気を許したんだと思うな」
「信頼……」
「うん」
「信頼、かあ……」
噛みしめるようにもう一度つぶやき、結乃は照れたような笑みを浮かべた。
「うん、なんだか〝信用〟よりも〝信頼〟って言われるほうが嬉しいな。ありがとう、涙」
「うん……あのね、結乃」
「ん? なあに?」
「ぼくも、信頼してるよ」
「えっ?」
涙の突然の言葉に、結乃はきょとんとした表情で目をしばたたかせた。
そんな彼女から恥ずかしそうに目を逸らしつつも、涙は懸命に言葉を紡ぐ。
「ぼくも、結乃のこと、信頼してる。だから、その……」
「私も、涙のこと信頼してるよ」
その言葉に導かれるように、涙は再び彼女へと視線を向けた。
「涙のこと、信頼してる」
優しい笑みを浮かべながらもう一度そう言ってくれる彼女に、涙の顔にも嬉しそうな笑みが浮かんだ。
「ありがとう、結乃……」
「こちらこそありがとう、涙。――同月担当として、これからもよろしくね!」
「う、うん! よろしくね!」
◇
「涙……前はあんなに人見知りが激しかったのに、今ではもうすっかり……お父さんは嬉しい!」
「あらあら、海さんったら」
※涙結を遠くから見守る海瑞の図。