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    shinbei6767opp

    @shinbei6767opp

    転がる夢なんだよ 追いかけていたいのは

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    shinbei6767opp

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    平古場くんと知念くんの
    両片想い→告白両想いまで。

    #凛知
    awe-inspiring
    #平古場凛
    rinHirakaba
    #知念寛
    zhiNianKan
    #テニ腐リ
    tennisEnthusiast
    #テニスの王子様
    princeOfTennis
    #テニプリ
    tenipuri

    潮満ちぬ「平古場クン、あなた相当性癖拗らせてますね」
     部室内に漂う気まずい沈黙を破ったのは、読んでいたテニス雑誌から視線を上げた部長だった。
    「拗らせてないさぁ。純粋な気持ちで思ってるわけよ」
    平古場が食い気味に返すが、レギュラーの面々は口々に「いや、拗らせてる」と野次る。
    ちけえねぇに大丈夫か?!正気に戻れ!」
    「お?失礼な奴だなぁ不知火っ」
    ロッカー前で並んでユニフォームに着替えながら、中学生男子らしく賑やかに小突き合う二人。
    既に着替え終わっている甲斐と田仁志は、長机で新垣手製のクッキーを摘まんでいる。
    「あー、だから凛、しょっちゅう付き合うの断ってるわけかぁ」
    「しょっちゅう?そんなに告白されてるんどー?!」
    「はぁやぁ、やっぱり平古場先輩ってモテるんですねぇ」
    クラスメイトが余計なことを言って更に変な空気になってしまった。
    「だからって何よ。それとこれとは、また違うさぁ」
    正直、何も違わないのだが、今はこう言うしかない。
    これ以上平古場が向(むき)になっても面倒なので、木手は白けた表情で続ける。
    「まぁ確かに、色気はあるんじゃないですか」
    ようやく理解を得られて、平古場は「おおっ」と気を良くする。
    「さっすが永四郎、わかってるやっし。あの色っぽいところと、子供っぽいとこのギャップがよ、また良いのよな」
    「そういうのを拗らせてると言うんですよ」
    「なんの話?」
    突然、まさに話題の人物が現れて一同は驚き、一瞬固まった。
    知念は音もなく現れ、気付けば其処に居る、ということが度々ある。
    「いや〜凛がさ、やーの」
    甲斐がごく自然と喋りだしたので、平古場は既(すんで)のところで口を押さえ黙らせた。
    「な、何でもねぇよ?」
    「凛が、わんの何?気になる」
    知念が瞳をキラキラさせて言うので、平古場は無意識に甲斐と木手に視線をやってしまう。二人して生温い眼差しを向けてきて、気恥ずかしいったらない。
    「教えてくれないの?」
    仲間外れにされたとでも思ったのか、知念が寂しそうに言うので、平古場は良心が痛んだ。
    「そんな顔すなって。後でまた、二人のときに話すからよ」
    「じゅんに?楽しみ」
    幼馴染が柔らかく微笑むと、それだけで平古場は絆されて、ほわりと胸が温かくなった。平古場は、知念の少し籠もった笑(え)声が好きで、なんとも幸せな気持ちになるのだ。
    背後からの木手の「なるほどですね」、不知火の「しんけんいみよーマジでわからん」という言葉など、耳に入らない。
    平古場が知念に告白する、数時間前の話である。



    ✿ ✿ ✿ ✿ ✿ ✿ ✿


     大切な幼馴染の誕生日であるのに、平古場の気持ちはさざ波立っていた。
    レギュラー陣で連れ立っての帰路。知念が、何やら可愛らしい紙手提げをコソコソ持っているので皆で問いただすと、「◯◯ちゃんから貰ったわけ」と自供したのだ。平古場だけが、冷やかすことも出来ず真顔で口を開けていた。
    平古場と知念と同じ小学校出身で、現在、知念と同じクラスの女生徒である。どちらかといえば大人しくて、静かに読書しているタイプ。はにかむように笑い、優しい性格なのを覚えている。
    そんな彼女が知念に誕生日プレゼントを渡したというのだから、平古場にとっては心中穏やかでない。
    「はぁやぁ、よかったな」
    耳に入ってきた自分の声があまりにも無感動で、平古場は己の矮小さが情けなかった。
    「お付き合いするのは結構ですが、部活を疎かにされては困りますよ」
    少し前を歩いている木手が横槍を入れてきて、平古場は思わず応戦する。
    「いや、まだ彼女じゃねーし。なっ?」
    隣を歩く平古場が熱心に同意を求めてくるので、知念は圧倒された。
    「んー、そうだねぇ……」
    「あい。付き合わんの?その子ぜったい知念好きやっし」
    平古場の険しい眼差しが甲斐に向くのを見て、知念は返答に悩んだ。この態度の理由を勘繰って、不安になる。
    「んー、どうだろうねぇ……」
    濁したつもりのその言葉は、幼馴染の耳には思わせぶりに聞こえたか。
    知念の顔を見られないまま、平古場の胸は沸々と焦燥に駆られていた。



     小学校が同じ校区の平古場と知念は、最終的には二人になり、それぞれの帰路につく。
    この頃には、平古場は知念と知念の彼女(仮)の今後をひとしきり想像して、どっと疲れていた。
    「凛、ちけえねえらに?疲れてる?」
    「そんなことないんどー」
    二人は、分かれ道が近いアカバナの生垣の前で立ち止まる。此処で暫し話してから別れるのが、幼い時分からの決まり事のようになっている。
    「今日はありがとうねぇ。お菓子、ばんない貰っちゃった」
    部室で渡されたケーキの手提げを覗き込み、知念は嬉しそうだ。新垣が焼いたクッキー、不知火が焼いたパンも入っている。
    「おー、皆でカメー」
    平古場はどうにも笑顔が引き攣る。ケーキの手提げの奥に見える、もう一つの小さな手提げは、件(くだん)のプレゼントである。
    「なぁ、それ、何貰ったんばぁ」
    我慢できずに聞くと、「これ?」と知念が手提げを持ち変える。
    「いや、開けなくてもいいんだけどよ」
    と言いつつも、じりじりと近付いて覗き込み、愛らしいシールで封された包装袋を、しっかりと確認する。
    「んー、一緒に開けるのは恥ずかしいし、申し訳ないさぁ」
    やんやーだよな
    と返す平古場だが、頭の中では今すぐ開けてくれと知念を揺さぶっていた。もしかしたら、この中にちょっとした手紙が入っているかもしれない。いやらしい話、平古場にとってはよくあるパターンなのだ。

     彼は何かに執着したり、大げさに考えてクヨクヨ悩むタイプでは決してない。
    だが今、自分にとって最強の安全牌……知念が人のものになってしまいそうで、大いに焦っている。これまで知念は恋愛の話、女子の話をしてくることが無かったので、勝手に安心していた。
    感じの悪い言い方になるが、その気になれば、いつでも知念と恋仲になれると思っていた。それほどに、知念が自分に心を許してくれているのを日々感じていたのだ。
    なので今は、「申し訳ない」なんて、相手への配慮にすら妙に腹が立つ。
    「……」
    束の間、知念が黙って見つめてくるので、平古場は浅く首を傾げた。
    「ぬーがよ」
    「わんが付き合うかもって、不安なの?」
    いきなり図星を言われて、唇を柔らかく巻き込む。そんなに嫌そうな顔をしていたのか。情けない。
    「好きなの?あの子」
    「あらんどー。こーいう時間がよ、減っちまうのが嫌なわけ。知念と居ると、落ち着くやし」
    さも当然という調子で返すと、知念はパッと光るように嬉しそうにして。
    「じゅんにっ?わんも、凛と居るのがいっちん落ち着く」
    平古場は顔をカァッと熱くした。知念が、気持ち驚いたように笑ったので、きっと見て分かるほどの反応だったのだろう。
    「ええ……。なんか、にふぇー」
    「凛は優しいし面白いから、一緒に居て楽しいばーよ。わんのこと、分かってくれてるからや」
    平古場からして、知念の純真さは「魔性」である。単純なもので、予期せぬ有難い言葉を浴びて、不安で一杯だった体が変な活力で漲るようだった。
    平古場があまりの嬉しさと照れで言葉に困っていると、知念も、自分が堰(せき)をきったように喋ってしまったことに気付き、控えめに続けた。
    「凛が心配してる事は起こらないから、大丈夫」
    「お、おー」
    知念の口調は優しいが、おまじないにでもかけられたような説得力があり、平古場はコクコクと頷いた。
    ふふ、という知念の笑(え)声が耳に心地良い。赤い顔のまま、平古場が続ける。
    「知念は、わんとおったらいいやんに」
    「んー。にふぇー」
    今日いちばんの笑みの知念を見て、よかった、この話は無事に完結する、と平古場は心から安心した。
    「んじゃ、また明日。気ぃつけてな。ケーキ落っことすなよー」
    「あい……」
    別れの間際、知念は恥ずかしそうに視線を落として、態度で平古場を引き留めた。
    「今日は、じゅんににふぇーどー……。凛は、知り合ってからずっとお祝いしてくれるやし……」
    「何言ってるんばぁ」
    何やらモジモジして俯いている知念が愛らしくて、平古場は笑って、二の腕をぽんぽんと叩く。知念は、普段はあまり血色のない顔を、ほんのり赤くしている。
    「凛はやっぱし特別やし、これからも、傍に居てくれんかねぇ……」



    「……」
     日付が変わったが、平古場は寝付けない。ベッドに横になり暫く経つが、まったく眠くない。
    暗がりの中、瞬きせぬ蛇のように目を丸くして、知念の言葉を繰り返す。脳内で。時に、声に出して。
    「えっ、告られた?」
    誰に見られるでもなく、破顔を堪え口元を覆う。これからも傍に、なんて、あまりにも甘い情緒を孕んでいるではないか。あのタイミングで言うのだ、意味が無いとは思えない。
    「いや待て」
    誰に聞かせるでもなく、寝返りを打ちながら言う。
    もともと知念の話し方は可愛らしいのだ。結びの言葉として言っただけかもしれない。
    「いやいや……」
    と言いながらまた寝返りを打つ。
    あんなに恥ずかしそうに言わなくても良い。それに直前の会話を思い返せば、最後のあれは、そういった気持ちを込めた言葉だったのではないか。
    「……」
    面映ゆく、頬や口元がムズムズとする。確定したわけではないのに、多幸感で胸が熱い。
    ひょっとしたら、知念と自分は、両想いかもしれない。



    ✿ ✿ ✿ ✿ ✿ ✿ ✿


    (凛が誰とも付き合いませんように)
    というのは、知念が心の中で度々念じる呪詛である。

     知念は強心臓というわけではない。
    教室で、通学路で、ふと、誰かが自分の幼馴染に告白したと耳にして、胸を痛めるのはもう何度目か。
    誰かの恋が実らなかった事を知る度、知念は「ああ、よかった」と命が救われる思いだった。
    とはいえ、彼に相応しい彼女が現れるのも、時間の問題だろう。平古場は優しいので、うんと大事にするに違いない。
    そんなことを考えるたび、知念は切なくて気が触れそうになる。

    「知念は、わんとおったらいいやんに」
    「んー。にふぇー」

    幸い、平古場は誰より気に掛けてくれるし、優しくしてくれる。
    知念の恐れる「その時」が来るまでは、せめて、変わらず傍に居てくれれば充分だ。
    知念にとって、平古場は完璧な存在である。こんな友を得ただけでも恵まれているのに、これ以上を望むのは贅沢だ。
    そのように自分に暗示をかけ、知念は、いつか自分が諦められることに期待するのだった。


     
     そんな燻った心を大きく動かしたきっかけがあった。
    数ヶ月後、家に遊びに来た平古場が、内職を手伝ってくれたときのことだ。勘のよい平古場は玄関に積まれたダンボールに気付くや、これは何だ、手伝う、と申し出てきた。
    最終的に出来上がるのは、観光客が買うような、ちょっとした雑貨である。その部材を切ったり貼ったりするのだが、細々とした作業が苦手であるのに、平古場はすすんでやってくれた。
    知念はありがたく思いつつ、大事な幼馴染に手伝ってもらっている申し訳なさと、少なからず家のことを心配させているという羞恥心で胸を痛めながら、その一日は感情を押し殺して過ごした。

     陽が傾いて薄暗くなり、平古場を見送る道すがら。
    アカバナの生垣の角で、知念は自分でも驚くほど泣いた。
    祖父と妹弟の居るところでは泣けなかった。ただただ感情が溢れ出して、止められなかった。
    平古場は、知念が泣き出しても驚くことはなかった。
    わっ、、さんごめん、、凛、、」
    しゃくり上げて、知念は自分がちゃんと話せているかも分からない。だが、潤んだ視界の向こうで平古場が、うんうんと頷いている。
    「やーはよくやってるよ。なー、文句も言わねーで。えらいさぁ」
    片手で肩をぽんぽんと叩いたあと、そのまま腕を背中にまわして、ぎゅう、と抱いてくれた。このとき知念は恥ずかしいとも情けないとも思わず、陽が落ちるまで泣き続けた。

    「っ、、に、ふぇ、、」
    「おー、ちけえねぇに」
    「ん……」
    すん、すん、と鼻を啜っている知念の頬に伝う涙を親指で拭ってやると、相手は瞳に涙を湛えたまま、はにかんだ。
    その表情が眩しくドキッとして、平古場はすぐに手を引っ込めてしまった。
    「また手伝うしよー」
    「んー……、恥ずか、し、から、、いい……」
    しゃくり上げながら話すTシャツ姿の知念は、普段よりよっぽど年相応に見える。こんな状況であるのに平古場は、目の前の幼馴染がなんとも可愛らしく映り、見入っていた。
    「そう言うなって」
    「凛、、やさし、、ねぇ、、」
    柔らかく微笑んだかと思ったら、途端に「へへへ」と笑い出す。
    「?ぬー」
    「わっさん……。いっぱい泣いて、、疲れちゃった……ふふ……」
    長いことしゃくり上げて、苦しいのだろう。平古場は、上のほうまでは手が届かないが、可能な限り背中をさすってやった。
    「だーるな。今日はよく眠れるさー」
    幼馴染の気遣いに、知念は涙目のまま微笑む。
    「凛が、夢に出てきたらいいのにねぇ……そしたら、安心するさぁ……」
    平古場は今日いちばん胸が弾んだ。やはり知念の純真さは、魔性である。
    「ん?!まぁ、そんな、行けるかわからんやしが……ちばるわ……」
    「ん……、にふぇー……」
    へらへらと笑いながらも知念はまだ涙を零しているので、優しい幼馴染は時間の許す限り、相手が落ち着くまで傍に居た。

    「落ち着いたか?一人で帰れるか?」
    「んー……凛がまた家まで送ってくれるんばぁ?」
    「いや、流石にここまで来たら帰るやし」
    やんやぁ、と言って笑う知念を見て、平古場は安心した。調子が戻ってきたようだ。
    「もうちょい一緒に居ようか?ちけえねぇに?」
    「ん」
    しっかりと頷く知念。微笑んではいるが、よく見れば泣き腫らした目元が痛々しい。
    「今日はじゅんに、ありがとうねぇ」
    「おー、気にすんな」
    お互い、暫しの沈黙のあと。
    「その……やーが恥ずかしいと思ってても、わんは何とも思わんし……」
    知念が気恥ずかしそうに口をつぐみ聞いているのを、チラッと見て、平古場は視線を逸らす。
    冷静にならなければならない。こんな状況で、余計なことは言えない。だが、自分たちは最も親しい仲なのだと、大切な相手を助けたいと思うのは当然だと、伝えずにはいられない。
    これは、純真な知念に鎌をかけるのとは違う、と、平古場は自分に言い聞かせる。
    「もっと、甘えてもいいやっし……。知念は、特別だからや……」



    「……」
    一九◯超えの身長には些か狭く感じる六畳の自室。
    もう日付が変わり随分と経つのに、暗がりの中、敷き布団とタオルケットにサンドされた状態の知念は、梟のごとく目が開いていた。
    (凛のゆくさー嘘つき……。むる全然寝れんやっし……)
    夕刻に自分がわんわん泣いていたことなど、遠い過去のようだ。
    なんだか、今でも平古場が気にかけ話しかけてくれているような感覚がある。それは、脳内で何度も、幼馴染の優しい言葉を思い返しているからだ。
    「ちゃーすが……」
    どうしよう、とぽつりと呟く。
    いま知念は、ある仮説を立てていた。それは、平古場は自分を好きかもしれないという、大いに希望的観測を含んだものだった。



    ✿ ✿ ✿ ✿ ✿ ✿ ✿


     もともと仲は良いが、あの日以来、より精神的な繋がりが強くなった気がする。
    実際そのとおりで、季節が進みダブルスを組む機会が増えると、二人の相性はとても良く、部長も満足気味であった。……短気な知念が勝手をすることはあるが。

     平古場は、以前よりも知念が、自分に対して甘え上手になったことを嬉しく思っていた。
    ちょっとしたスキンシップ(平古場はたまに、知念の腰やら肩やらをやんわり抱く。)に同じように応えたり、一緒に居る時の距離が明らかに近くなったり、お互いにしか気づけ得ない温度感の変化に、嬉しさもひとしおである。
    この感覚を「甘酸っぱい」と例えるのは恥ずかしいが、知念もこの感じを楽しんでいるとしたら、こんなに嬉しいことはない。
    もちろん彼の気持ちはまだ分からないが、現在の関係性はなんとも心地よく、互いに口にしていないだけで、しっかり両想いなのではないかと思ってしまう。
    そんな慢心が、不必要に平古場を饒舌にさせた。

    「最近、知念ちゅらかーぎーだよな〜」

     ユニフォームに着替えながら、心の声が大きめの声量で出てしまい、部室内のレギュラー陣は固まった。
    木手は読んでいたテニス雑誌から冷ややかに視線を上げ、長机でクッキーを囲む甲斐、田仁志、新垣はキョトンとしている。
    平古場が「やべ」と横を向くと、隣で着替えていた不知火は「何言ってんだこいつ」と言わんばかりの表情である。
    「平古場クン、あなた相当性癖拗らせてますね」
    「拗らせてないさぁ。純粋な気持ちで思ってるわけよ」
    正気に戻れと野次る不知火と小突き合う後ろで、クラスメイトの甲斐が余計な一言を発する。
    「あー、だから凛、しょっちゅう付き合うの断ってるわけかぁ」
    おおかた、口の軽い女子が、自分と仲の良い甲斐に話すのだろう。平古場はこざっぱりとした性格だが、こういった話題は周りに流さぬのが礼儀だと思っているので、第三者が知っているのは心外である。

     何より、知念の耳に入れたくない。
    言ってしまえば平古場の「黒歴史」だが、小学生の頃、彼女が居た時期がある。そのときの知念ときたら毎日元気がなく、輪をかけて言葉少なで、構っても全然乗ってこず、明らかに自分と距離を置いていた。
    破局の原因は、彼女の束縛に耐えられなかったからだが、実のところ、知念の態度が気がかりであったことも、大いに関係しているのだ。
    スピード破局するや知念が元気になったので、そのときの平古場は深く考えるでもなく「よかったぁ」などと安心したのだった。
    今思えば、あれは嫉妬だったのかもしれない。何にせよ、もう知念にあんな寂しそうな顔はさせたくなかった。
    「だからって何よ。それとこれとは、また違うさぁ」
    いや、何も違わない。平古場が誰とも付き合わないのは、知念が居るからである。
    「まぁ確かに、色気はあるんじゃないですか」
    向(むき)になっていたところ、木手の理解に、おおっ、と平古場は気を良くする。
    「さっすが永四郎、わかってるやっし。あの色っぽいところと、子供っぽいとこのギャップがよ、また良いのよな」
    「そういうのを拗らせてると言うんですよ」
    「何の話?」
    メンバーが賑わっている間にそっと入室していた知念が声をかけると、一同は驚いて一瞬固まった。
    「いや〜凛がさ、やーの」
    甲斐の口を平古場が咄嗟に押さえる。
    「な、何でもねぇよ?」
    「凛が、わんの何?気になる」
    平古場が自分の話をしていたなら是非とも聞きたい知念であるが、相手の表情は明らかに狼狽えている。
    「教えてくれないの?」
    シュンとして言うと、平古場は、ああっと慌てて。
    「そんな顔すなって。後でまた、二人のときに話すからよ」
    ぽんぽんと二の腕を叩くと、知念は柔らかく微笑んだ。
    「じゅんに?楽しみ」
    幼馴染の笑顔につられて、平古場が絆されたように笑うのを見て、木手は「なるほどですね」と零すのだった。



     その日の夕方の空は赤紫色で、夕陽を隠すように広がる雲のシルエットは橙色の光を帯び、とても美しかった。
    帰り道、平古場が要所要所で立ち止まって空の写真をスマホで撮るので、なんとなく知念も同じ場所から撮った。
    最終的に、いつもの分かれ道の手前、アカバナの生垣のところでまた立ち止まり、海へ拓けている方向を向いて、二人並んでパシャパシャと撮影している。
    「で、何の話してたわけ」
    ふいに聞かれて、「えっ」と目を大きくした平古場は、撮影を止め知念を見る。
    「やり過ごすつもりだったの」
    そのとおりだ。心の中でも読まれたか、ジトリと見つめられて「いやいや」と返す。
    「そんな、大した話じゃないしよー」
    「でも、わんの話だったんでしょ」
    恐らく話すまで知念は諦めないだろう。平古場は、あー、と観念する。
    「知念、いいよなって、話してたさー」
    ニュアンスを変えたが、恥ずかしくて籠もったような言い方になった。勿論、相手のほうは見られない。
    そんな幼馴染の言葉をしっかり聞き届けた知念は、ちょっと驚いたのち、はにかむ。
    「にふぇー」
    「おー」
    斜め上から降る嬉しそうな知念の声を聞き、平古場は面映ゆい。
    平古場が照れているのを分かっている知念は、話題を変えようと気遣い、また、海の方向の空を見やる。
    「空、ちゅらさんだねぇ」
    「おー、じゅんに」
    話題を変えてくれたことを有り難く思いながら、平古場も空を見る。
    ふと思い立ち、スラックスのポケットに仕舞ったスマホを今一度手にする。
    「やー、ちょっと其処立て」
    「?」
    知念の背後にまわり、両の二の腕を掴んで移動させる。知念はフラフラと、されるがまま生垣のすぐ横に立たされた。
    「あっち見て」
    「あっち……」
    「体の向きそのままで、動くなよ」
    知念が返事している間にも、背後からシャッター音がパシャパシャと鳴っている。潮風を受け、ぼう、と空を眺めながらも、平古場が自分を撮っているのだと思うと、胸が弾んだ。
    ひとしきりシャッター音が響いた後、「にふぇー」と言われたので知念が振り向く。その瞬間にもシャッター音が聞こえた。
    「ぬー、今撮ったの」
    「気にすな」
    平古場ははぐらかして、近寄ってきた知念に撮った写真を一枚ずつ見せる。
    一番手前に生垣のアカバナが映り込み、それは良い塩梅にボケている。その向こうに赤紫の空と知念が映っており、ピントは知念に合っていて、逆光により頬や黒髪が夕陽の色を纏っていて美しい。
    写真によっては風で髪がふわりと舞って、絶妙な情緒を醸し出していた。
    「わっ、でーじな」
    「結構いい感じに撮れたなー」
    咄嗟に思いついた構図だが、思いのほか良く撮れて平古場は嬉しかった。一枚一枚、知念は、凄いねぇ、綺麗だねぇ、と感嘆してくれる。
    「凛はやっぱしセンス良いやっし」
    「まぁ、モデルが良いんだろうな」
    しっかり互いに褒め合い、二人してへらへら笑う。

     知念は暫し、感慨深く写真を見つめていた。平古場の撮った自分は、自分とは思えぬような繊細なオーラを纏っている。
    顔が見えないからだろうか。夕暮れの薄暗さと相まって、美しさの中にも何とも言えない哀愁があり、
    なんだか、この写真の中の少年をほうっておけない……手を引いて、傍に居てやりたい……そんな気持ちになってしまう。
    「凛からは、わんがこんな風に見えてるんだねぇ」
    「あー、ちゅらさんどー」
    「……」
    「……」
    平古場は、ぼんっ!と顔を赤くする。動揺のあまり、スマホを持つ手が一瞬震えた。知念につられてつい、自分もしみじみと口に出してしまった。
    平古場が斜め上を盗み見ると、バチリと視線がぶつかった。
    知念は、やんわりと視線を逸らす。相手も、かつて見たことがないほど顔を真っ赤にしている。恥ずかしさからか気持ち伏し目なのが、色っぽい。
    少しして、籠もった声で礼を言われた。
    「に、にふぇー」
    「お、おお……」

     遠くのほうから小さく聞こえる潮騒だけが、唯一の音だった。視線を落とし並び立つ二人を沈黙が包むが、気まずい沈黙ではない。
    どちらからも「帰ろうか」という声かけが無く、この場に留まっているのは、互いに、この後の展開を期待しているからだ。
    穏やかに沈黙を破ったのは平古場だった。
    「もう、バレてると思うけどや……」
    赤い顔のまま、ちら、と知念を見上げると、簡単に目が合った。相手も赤い顔のまま、何やら期待の籠もった眼差しでこちらを見ているではないか。
    そんな表情に確信を得て、止まらなくなった。
    「でーじ好きなわけ。やーのこと」
    言い終わるより先に、知念が感極まったように涙をぽろりと零したので、平古場は慌てる。
    「ええっ?!わっさん!ちけえねえに?!」
    「大丈夫。ふふ……」
    知念は笑顔だがはらはらと涙を零し、照れくさそうに手の甲で頬を拭う。
    「わんも、でーじ好きだから、嬉しい」
    「!しんけんか……!」
    その言葉を聞いて平古場は、はぁぁぁ、と体の力が抜けた。その場で腰を落としそうになるのを、あっ、と知念が支える。
    「ちけえねえに?」
    「よかったー……力抜けたさー……」
    なし崩しに、緩く抱き合ったような体勢になってしまった。互いに照れはあるものの、こうして触れ合っていると、ほうっと安心して、不思議な心地である。
    「よかったねぇ」
    しみじみと知念から滲み出た言葉は、平古場にも、自分自身にも言い聞かせているようだった。
    「緊張したねぇ。言わせちゃって、わっさいびん」
    嬉し涙を零しながらも気遣ってくれる幼馴染がいじらしくて、平古場は胸がいっぱいになる。
    「謝るのはこっちやし。泣かせてんだからよー」
    平古場が、両手で頬を包むようにして涙を拭ってやると、知念は幸せそうに、ふにゃ、と笑った。
    「凛のそういう優しいとこが、ずっと好きだったんやさ」



    ✿ ✿ ✿ ✿ ✿ ✿ ✿



     就寝前、ふいに通知音が鳴り、ちょうど寝支度を終えた知念は、布団の上のスマホへ飛び付いた。
    思ったとおり平古場からで、口元が綻ぶ。寝転がりながらトーク画面を開くと、今日撮った写真が送られていた。
    知念がほくほくしていると、じっくり見返す間もないまま、既読に気付いた平古場がメッセージを送ってきた。
    〈電話、大丈夫?〉
    「わ……、恥ずかしいねぇ」
    正直、あんな後なので恥ずかしくて、ろくに話せるか分からない。だが、声は聞きたかった。
    〈いいよ〉
    と返すと、少しして、着信が来た。
    『おー、わっさん』
    「ん、大丈夫」
    互いに気恥ずかしくて、束の間「へへへ」と笑い合う。
    『なんか、大丈夫かと思ってよ』
    「んー、にふぇー」
    隣室で家族が寝ていることもあり、知念は声量を落としているのだが、それがまた……
    (声、でーじちゅらかーぎー……)
    ひどく優しく耳に響き、平古場の敏感な部分に刺さるのであった。

    『写真、ありがとうねぇ』
    「おー」
     これまでだって、夜に知念と話すことはあったが、今日はその意味が変わっているので、嬉しいやら恥ずかしいやら、地に足がつかない。
    平古場はベッドに横になってみたが、知念の優しい声を聞きながら横になると変な気が沸き起こりそうで、いかんいかんと座り直した。
    『この写真見たら、今日のこと思い出すね』
    「だっ……、だーるな……」
    『ねー』
    不意打ちを食らい、ドキドキしてしまう。平古場は、知念のこういうところに惚れているのだ。
    ふふ、と電話の向こうの知念が笑うので、平古場もつられて笑った。知念の話し方はいつだって可愛らしいが、もう寝る前だからか、いつもより幾分かゆったりして聞こえる。
    『照れるねぇ、電話』
    「おー、なんかやっぱ、照れるな」
    『でも、嬉しいねぇ……』
    スマホの向こうから、ふあ、と、小さく欠伸が聞こえた。
    「わっさん、眠いよなー」
    『んーん、大丈夫』
    と返してはくるが、声のトーンは明らかに眠そうである。控えめに話している優しい声が、少しずつ、蕩けてくる。
    「ぬー。横になってるんばぁ?」
    『あい……』
    「そんな声だからよー」
    『寝転んで、凛の声聞いてるやし……、でーーじ、、安心するさぁ……』
    聞きながら平古場は、「あ、こいつ、寝るな」と思い、笑い出しそうになるのを堪えた。
    「良かったなー、今日はよく眠れるさー」
    『んー……にふぇー……』
    「……」
    『……』

     すぅ、と眠りに落ちてしまった知念の手のスマホから、平古場の抑えた笑いが漏れている。
    『おやすみー、またや』
    通話が終わり画面が暗くなると、知念は少しむにゃむにゃ言って、柔らかく微笑んだ。


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